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2020(令和2)年
第8回 12月11日(金)出発予定
知られざる大西洋の島々
〜大西洋に浮かぶ絶海の英国領の孤島たち〜

アセンション島&セントヘレナ島
サンディ・ベイ海岸ハイキングつき
12日間
★羽田空港発着★
エミレーツ航空利用

ここがポイント!


 大西洋に浮かぶ絶海の孤島たち〜アセンション島とセントヘレナ島を訪れます。
 この二つの島は、イギリス領セントヘレナ、アセンションおよびトリスタンダクーニャを
 形成しています。ナポレオンを保護という名目でセントヘレナに配流したイギリスは、
 フランスによるナポレオン奪還を警戒し、フランスを牽制する意味を含め、アセンション、
 そしてもう一つの孤島トリスタンダクーニャを管轄下に置きました。政庁はセントヘレナ、
 アセンション、トリスタンダクーニャには支庁が置かれています。
 今回、従来のセントヘレナ訪問に、1泊2日のアセンションを加えたコースを紹介致します。
 たった1泊2日ですが、美しいアセンション島の景観や観光地ではない場所の雰囲気を
 お楽しみいただけると思います。低い山ながら深山の趣のあるグリーン・マウンテン、
 白い砂浜が印象的なイングリッシュ・ベイ、箱庭のような主都ジョージタウン等々。


アセンション島

 英国領セントヘレナ、アセンションおよびトリスタンダクーニャに編入されるまで、英国
 海軍の管轄下にあった、南大西洋の孤島です。。
 もともと無人島であったため、先住民族はおらず、1000人弱の住民は、通信会社や、
 海運業に属する構成員とその家族です。それは言ってみれば、企業城下町の様相を
 呈しています。
 首府はジョージタウンです。住民の住宅や会社、商店、役所、教会がこじんまりとした
 土地に集まっています。
 島の形はおにぎり型で、円錐形の火山が点在しています。
 空港があり、セントヘレナ島との間にアセンション島政府がエアーリンクをチャーターし、
 月に一度、フライトを運行させています。
 かつては英国空軍機がイギリスのブライズ・ノートン空軍基地とフォークランド諸島の
 マウント・プレザント空港とを結んでおり、その中継点となっていました。

 ・・・写真はセントヘレナ・アセンションおよびトリスタン・ダ・クーニャ観光局御寄贈・・・
  
 <(左)政府庁舎アセンション島支庁/(右)ジョージタウンの景観(イメージ)>
  
 <(左)白砂のビーチ/(右)美しい海岸線(イメージ)>
  
 <(左)火山と砂浜の景観/(右)アセンション島内陸の景観(イメージ)>


 ■
セントヘレナ島

 ちょっと変わった旅行がしたい、というのなら、セントヘレナ島はいかがですか?
 すでに、船でしか行かれない島ではなくなってしまいましたが、秘境感は健在です。

 
2018年、明治維新150年シリーズに加わった本コース
 江戸幕府がオランダに留学生を派遣した際、留学生がセントヘレナ島に上陸しています。
 一行は、ナポレオンの寓居を見物しています。
 留学生たちは、オランダで当時最先端の西洋文明を学び、幕府がオランダに発注した
 軍艦・開陽丸に乗って帰ってきました。
 留学生には、内田正雄、榎本武揚、澤太郎左衛門、赤松則良、田口俊平、津田真道、西周、
 大野規周、林研海がいました。
 後に幕府艦隊を率いて五稜郭に立てこもり、新政府に対し抗戦をした榎本武揚は、
 フランスの英雄ナポレオンに憧憬を抱き、いつか自分もと志を持っていたと言われて
 います。
 現インドネシアのバタビアを出発したオランダ船は、セントヘレナ島のゼームスタウンに
 寄港します。その際、ナポレオンの寓居を訪れた榎本武揚は、感慨もひとしおであったと
 言われています。そして彼のその衝動は、それまでつけていた『渡蘭日誌(航海日誌)』を
 セントヘレナの海に捨てさせようとします。親友・澤太郎左衛門は、それを惜しみ、榎本が
 捨てようとした日誌を預かりました。後年、箱館戦争で旧幕勢力として共闘する榎本と
 澤には海軍伝習所時代の交流のほか、このようなエピソードがあります。
 鳥羽伏見の戦いに敗れた将軍・徳川慶喜が、榎本不在の開陽丸に乗り込み、澤を臨時の
 艦長に 任命し、江戸に逃げ帰った史実もよく知られています。
 また時代は遡りますが、天正遣欧使節団が、セントヘレナ島に寄港しています。
 大航海時代から近世まで、セントヘレナは寄港地・補給地として重要な拠点だったのです。



  

◆セントヘレナ島◆
 ナポレオンの流刑地で終焉地として知られる、南大西洋に位置する英国領の火山島。
 英国の大西洋に於ける海軍の拠点で“石の軍艦”と呼ばれるアセンション島や、独自の
 郵政を持つトリスタンダクーニャ島とともに、『イギリス領セントヘレナ、アセンション
 およびトリスタンダクーニャ』を構成しています。
 島の面積は122平方キロメートルで、人口は2011年4月1日現在で5,000人弱。
 人種は欧州系とアフリカ系の混血であるセントヘレナ人が8割以上を占めています。
 宗教は英国国教会がほとんど。
 首府はジェームズタウンで、港湾部から断崖と断崖との谷間に展開しています。
 島は火山活動によって形成された奇岩怪石や、折り重なる丘陵が非常に変化に富んだ
 景観を作り出しています。
 世界で二番目にも隣の陸地から遠い島(一位はイースター島)とも言われています。
 空港が建設され、現在、飛行機で訪れることができます。

 ・・・写真はセントヘレナ・アセンションおよびトリスタン・ダ・クーニャ観光局御寄贈・・・

  
 <(左)ハート型の滝/(右)要塞(イメージ)>

  
 <(左)ハーフツリー・ホロウ/(右)ジェームズタウン(イメージ)>

  
 <(左)699段のジェイコブス・ラダー/(右)サンディ・ベイ礼拝堂(イメージ)>

  
 <(左)サンディベイ付近の丘陵地帯/(右)サンディベイ付近の奇岩怪石(イメージ)>

  
 <(左)ナポレオンの最後の寓居ロングウッド・ハウス/(右)旧ナポレオン陵(イメージ)>


 ☆
セントヘレナ島: 南大西洋の絶海の孤島
 
ナポレオン関連史跡: 最初の宿跡、寓居跡、終焉の地、旧ナポレオン陵など
 
ジェームズタウン: コロニアル建築や史跡群、商店、ジェイコブス・ラダーなど
 
サンディベイ展望台: 奇岩怪石群の景観、丘陵地帯の景観、展望台など

  
 <宿泊の候補ウェリントン・ハウスの外観と内装(イメージ)>

  
 <(左)ロングウッドで見かけたウサギ/(右)ジェームズタウンで見かけたヒメアジサシ> 





モデルプラン(手配旅行です)

≪2020年≫
 第8回 12月出発分

====================================
<01日目>
2020(令和2)年
第8回: 12月11日(金)

■行程: 羽田空港⇒ドバイ⇒ヨハネスブルグ
羽田空港発着の場合
・・手続: 搭乗手続〜安全検査〜出国〜搭乗

※移動: エミレーツ航空で空路、ドバイへ。
≪12月11日(金)≫
 EK−313 羽田空港    00:30⇒ドバイ     07:20

・・手続: 安全検査〜搭乗

※移動: エミレーツ航空で空路、ヨハネスブルグ/ORタンボ空港へ。
≪12月11日(金)≫
 EK−763 ドバイ     10:10⇒ORタンボ空港 16:35

・・手続: 入国〜機内預け荷物引取〜通関を済ませ、出口へ。
*送迎: ホテルのシャトルで空港からホテルへ。
・・夕食: 含まれません。
*宿泊: ホリデイイン・ヨハネスブルグ・エアポート(スタンダード部屋)または同等
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<02日目>
12月12日(土)
■行程: ヨハネスブルク⇒セントヘレナ島⇒アセンション島
*朝食: ホテル
*送迎: ホテルのシャトルでホテルから空港へ。
・・手続: 搭乗手続〜安全検査〜出国
※移動: エアーリンクで空路、セントヘレナ島空港へ。
 4Z−131 ORタンボ空港 09:00⇒セントヘレナ島 13:15
・・手続: (検疫〜)安全検査〜搭乗
※移動: エアーリンクのチャーター便で空路、アセンション島へ。
 SA8135 セントヘレナ島 14:30⇒アセンション島 16:30
・・手続: 入国〜機内預け荷物引取〜通関を済ませ、出口へ。
*送迎: 専用車で空港から民宿へ。
*観光: 道中、車窓から下記の場所をご覧頂けます。
 ●
アセンション島空港 ASCENSION ISLAND AIRPORT: 王室空軍基地でもあります。
  
  <(左)アセンション島空港/(右)空港ターミナル入口>
 ●
トラベラーズ・ヒル TRAVELLERS HILL: 王室空軍官舎や住宅、プール等があります。
  
  <(左)・(右)トラベラーズ・ヒルの王室空軍官舎>
 ●
ツーボーツ村 TWO BOATS VILLAGE: 島の中央部にある集落。宿や商店があります。
  
  <(左)景色の良いツーボーツ村/(右)ライブも行われる娯楽場ツーボーツ・クラブ>
*観光: 宿にチェックインした後で専用車でアセンション島のハイライトを巡ります。
 〇
グリーン・マウンテン国立公園 GREEN MOUNTAIN NATIONAL PARK:
  2001年(日本は平成13年)6月に国立公園に指定されました。グリーン・マウンテンは
  標高859m、アセンションで最も高い山です。19世紀の初頭、アセンション島を訪れた
  訪問者は、この山がシダやコケや草といった島の固有種が少しだけ自生する不毛の
  山であることを報告。その後、1836年(日本では天保7年。仁孝天皇の御代。江戸幕府
  第十一代将軍・徳川家斉の治世)に島を訪問したチャールズ・ダーウィンが訪れた頃、
  王立海兵隊が駐屯地に野菜と果物を供給するための菜園を展開していることを称賛。
  しかし“木々の貧困”であるという状態は殆ど改善できませんでした。1843年(日本は
  天保14年。仁孝天皇の御代。江戸幕府第十二代将軍・徳川家慶の治世)に島を訪れた
  ダーウィンの親友でキューにある王立植物園の責任者を務めたジョセフ・フッカーが
  降雨量を増やすための植林、土壌浸食防止のための急斜面への植生導入、多種多様な
  作物の導入を立案し、世界のさまざまな地域から220を超える外来植物種の種子と
  苗木を島に運びました。最終的には島の環境に適した植物だけが残り、森林を形成し、
  人の手によって緑の山が誕生しました。外来種の植物によって、固有種・在来種が絶滅
  せぬよう、保護水産局が管理しています。マウンテン・ランプという九十九折の山道が
  冒険心をくすぐります。深山の様相を呈している熱帯雨林は『無から作り上げられた
  熱帯雨林』と呼ばれ、ウサギやネズミ、野鳥、なかば”のら”状態のヒツジやヤギも出没。
  九十九折のマウンテン・ランプの一部は、ZIG ZAG(ジグザグ)とも呼ばれています。
  
  <(左)グリーン・マウンテンの頂上を望む/(右)雨水を貯めていた貯水システム>
 〇
山の兵舎 MOUNTAIN BARRACKS: 1832年(日本では天保3年。仁孝天皇の御代。
  江戸幕府第十一代将軍・徳川家斉の治世)に建てられた海軍兵舎ですが、低い所に
  雲が発生するグリーン・マウンテンの雲頂より上部にあったため、寒さと湿度が問題に
  なり、雲底よりも低いレッド・ライオンに移されました。以降、1880年(日本は明治13年)
  までには牛小屋に改造され、1990年代後半まで稼働。王立海兵隊軽歩兵の紋章が、
  兵舎の上部にみられます。世界最高所にあった海兵隊の兵舎であったと言えます。
  
  <(左)・(右)山の兵舎。世界最高所にあった海兵隊の兵舎>
 〇
レッド・ライオン RED LION: グリーン・マウンテン山中にある建物で、記録が乏しく、
  はっきりした用途はわかっていません。1863年(日本は文久3年。孝明天皇の御代。
  江戸幕府第十四代将軍・徳川家茂/将軍後見職・徳川慶喜の治世)に完成しました。
  山岳農場を支援するために駐留する下士官の山岳兵舎の役割を果たしたと考えられ、
  1990年代まで農場労働者を収容していたとされます。今後、資料館として公開予定。
  
  <(左)・(右) レッド・ライオン>
 〇
展望台 The View Point: グリーン・マウンテンの中腹に位置するレッド・ライオンの前の
  展望台からはアセンション島北部の景観を少しですが、眺められます。北部の海岸線や、
  島内に点在する小さな山々、そして、アセンション島空港の滑走路も見えます。
  
  <レッド・ライオン前の展望台から望む|(左)北海岸/(右)空港の滑走路>
 ●
アセンション版『鬼押出し』 The Art of Lava Escaping from a Volcanic eruption:
  軽井沢の鬼押出し園を小さくした感じの溶岩の芸術。軽井沢のそれが大鬼ならば、
  こちらは小鬼といった感じです。名称はなく、島北部の通信中継点付近で見られます。
  
  <(左)・(右)アセンション版『鬼押出し』。本家に比べると規模は小さいけれど・・・>
 ●
南大西洋中継局 SOUTH ATLANTIC RELAY STATION: 英国放送協会(BBC)が、
  南部アフリカや南アメリカ向けの放送の中継局をここアセンション島に設けています。
  巨大な鉄塔やアンテナが並び、アセンション島の『名所』のひとつとなっているとか。
  
  <(左)BBCのアンテナ/(右)巨大な鉄塔が林立する不思議な景観>
 〇
イングリッシュ・ベイ ENGLISH BAY: アセンション島の北部に位置する小さな湾。
  白砂のきれいなビーチですが、サメが出没するので遊泳禁止となっています。尚、
  このビーチは島民の憩いの場で、週末はピクニックに来る人が多いとのことです。
  
  <(左)・(右)きれいなビーチだが、サメが出るので遊泳禁止、とあります>
 〇
ロング・ビーチ LONG BEACH: 主都ジョージタウンの東に位置するもう一つの浜辺。
  砂浜近くにはサッカー場があり、背後の高台には砲台が残っています。ここからの
  ジョージタウンの景観はすばらしいものがあります。この浜辺も遊泳禁止とのこと。
  
  <(左)・(右)主都ジョージタウンの東に広がるロング・ビーチ>
 ●
フォート・ベッドフォード FORT BEDFORD: 1903年(日本は明治36年)に着工し、
  1906年(日本は明治39年)に竣工した、ジョージタウン背後の丘陵上の海軍要塞。
  第二次世界大戦が始まると、この要塞の活躍の場がやってきます。1941年(日本は
  昭和16年)王立海軍軍艦フード HOODから外された5.5インチ砲二門が砦に据えられ、
  そのUボート U-124を充分に牽制しました。1953年(日本は昭和28年)に武装解除、
  王立海軍軍艦スパローが寄港し、弾薬等を撤去しました。以降は史跡となっており、
  2015年(日本は平成27年)、アセンション島移民200周年の記念事業の一環として
  史跡公園として整備され、ピクニック施設や展望台が、史跡に隣接して作られました。
  
  <(左)・(右)フォート・ベッドフォードの砲台跡>
 ●
タートル・ポンド TURTLE POND: 1829年(日本は文政12年。仁孝天皇の御代。江戸
  幕府第十一代将軍・徳川家斉の治世)に作られた亀の生簀です。これは、食用として
  捕獲したアオウミガメを備蓄するための生簀であり、施設内にある砂浜ではメスの
  ウミガメが産卵をするので、容易にもう一つのたんぱく源である卵を入手できました。
  堤防と水門によって常に海水が循環するシステムになっていました1845年(日本では
  弘化元〜2年。仁孝天皇の御代。江戸幕府第十二代将軍・徳川家慶の治世)になると、
  生簀はさらに拡張され、第二次世界大戦の時代まで機能していました。もともとカメは
  初期の開拓者、船員に販売されていましたが、後にアセンション島の海軍にも供給され
  ました。現在、ウミガメは保護の対象となっており、生簀は海水プールとなっています。
  波が高く、サメが出没するアセンション島で泳げる唯一の場所として重宝されています。
  
  <巨大なカメの生簀であったタートル・ポンド>
 ●
フォート・ソーントン/フォート・コックバーン FORT THORNTON/Ft. Cockburn:
  1922年(日本は文政5年。仁孝天皇の御代。江戸幕府第十一代将軍・徳川家斉の治世)に
  築城されたと考えられており、築城当初の名称はフォート・コックバーン砦でした。後年、
  改良が加えられ、その過程でフォート・ソーントンと改称され」ました。コックバーンとは、
  ナポレオン一世をセントヘレナに移送した英国海軍コックバーン大将に因むといいます。
  現在は史跡として観光客を受け入れています。タートル・ポンド西側の丘陵上にあります。
  
  <中央に見える丘の頂上にあったフォート・ソーントン>
 ●
セント・メアリー教会 St Mary's Church: ジョージタウンのセント・メアリー教会は
  1861年(日本は文久元年。孝明天皇の御代。江戸幕府第十四代将軍・徳川家茂/将軍
  後見職・徳川慶喜の治世)の昇天の日(アセンション)5月9日に奉献された、名刹です。
  
  <“ここがポイント”の一番右上の写真はこの教会をファサードから見たもの>
 ●
王立海兵隊兵舎ーエグザイルクラブ ROYAL MARINES BARRACKS-EXILES CLUB:
  1833〜1836年(日本では天保4〜7年の間。仁孝天皇の御代。江戸幕府第十一代将軍・
  徳川家斉の治世)にかけて建設された兵舎で、当初は平屋でしたが、1848年(日本では
  弘化5年〜嘉永元年。孝明天皇の御代。江戸幕府第十二代将軍・徳川家慶の治世)には
  二階部分が増築されました。1903年(日本は明治36年)に兵舎としての役割を終えて、
  現在は一階部分はテナントが入り、店舗として営業しています。二階部分は非公開です。
  
  <エグザイル・クラブ。あのエグザイルではなく、“亡命者”の意味>
 ●
ジョージタウン GEORGETOWN: アセンション島の主都。イギリス領セントヘレナ、
  アセンションおよびトリスタンダクーニャ総督府はセントヘレナにありますが、ここは
  支庁が置かれています。ひとつの自治体の主都と思えないほど、静かな佇まいです。
  
  <アセンション・ジョージタウンの港で見た|(左)クレーン/(右)桟橋>
  
  <(左)・(右)ジョージタウンの港の近くで見られる史跡建造物の倉庫群>
  
  <(左)ジョージタウンの目抜き通り/(右)アセンション島政庁(支庁)>
 〇
ボルケーノ・クラブ VOLCANO CLUB: アメリカ軍のベースの中にあるダイナー。
  アメリカン・ダイナーを髣髴とさせるファミリー・レストランとなっており、ハンバーガーや
  フライドチキン、ピザ、ホットドッグ、フィッシュ&チップスなどの軽食が提供されています。
  飲酒もでき、もちろん、テイクアウトも可能です。店内の支払いは、米ドル、イギリスポンド、
  セントヘレナ・ポンドが使えます。2020年3月時点、外食ができる唯一の食堂のようです。
  
  <(左)アメリカン・ダイナー風の店内/(右)いちおう酒保なので、店員さんも軍属?>
*夕食: ローカル食堂(ボルケーノ・クラブ)
*宿泊: 民宿 ジャムズ・アコモデーション(シャワー/トイレ付)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<03日目>
12月13日(日)
■行程: アセンション島⇒セントヘレナ島
*朝食: 民宿で自炊!
*送迎: 専用車で民宿から空港へ。
・・手続: 搭乗手続〜安全検査〜出国〜搭乗
※移動: エアーリンクのチャーター便で空路、セントヘレナ島へ。
 SA8136 アセンション島 11:15⇒セントヘレナ島 13:15
・・手続: 入島料支払〜入国〜機内預け荷物引取〜通関を済ませ、出口へ。
*出迎: ガイドが空港にてお出迎え致します。
*送迎: 専用車で空港からホテルへ。
*夕食: ホテル または ローカル・レストラン
*宿泊: 
 @ホテル: ブルー・ランタン(スタンダード部屋) または同等
 A民 宿: ハリスズ・ゲストハウス/ウェリントンハウスまたは同等(シャワー/トイレ共同)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<04日目>
12月14日(月)
■行程: セントヘレナ島
*朝食: お泊りの宿 @ホテル/A民宿
*観光: 
 <近郊>
 ●
ルーパーツ谷: RUPERT'S VALLEY
  ・・ジェームズタウンの東に位置する谷で、古い集落が残されています。ここには解放奴隷
  上陸史跡や、移民の屋敷、そして発電所などを見ることができます。小さなビーチあり。
  
  <(左)ルーパーツ谷の全景/(右)聖ミシェル教会>
 ●
奴隷墓地遺跡: The Site of the SLAVE GRAVES
  ・・ルーパーツ谷
  イギリスの提唱により、奴隷貿易が廃止された跡も、闇奴隷貿易が行われていましたが、
  イギリス海軍は大西洋を巡回し、奴隷船を取り締まり、奴隷を開放するとセントヘレナに
  上陸させました。現在、ルーパーツ谷の東の斜面を中心に、数多くの解放奴隷の遺骨が
  発見されました。二基の円筒タンクの右、パイプラインの周辺が発掘現場の跡です。
  
  <解放奴隷の墓地跡が発見された遺跡発掘地>
 ●
ハイタウン: HAYTOWN
  ・・ルーパーツ谷
  1862年(日本は文久2年。孝明天皇の御代。江戸幕府第十四代将軍・徳川家茂と将軍
  後見職・徳川慶喜の治世)、時の総督ドラモンド・ハイは、ルーパーツ谷での水の確保が
  容易になったことで、住宅地開発を行いました。現在、ハイ屋敷跡をはじめ、古民家を
  見ることができます。古民家は、ルーパーツ谷東斜面に沿うように点在しています。
  
  <(左)古民家の並ぶハイタウン/(右)ドラモンド・ハイ屋敷跡>
 ●
解放奴隷診療所跡: The CLINIC for LIBERATION SLAVES
  ・・ルーパーツ谷
  イギリス海軍によって解放された奴隷は、ルーパーツ谷やレモン谷から検疫を受けて
  上陸しました。ルーパーツ谷には、かつての解放奴隷診療所跡が史跡建造物として
  残っています。もうひとつのレモン谷の海岸にも、古い検疫所の史跡が残っています。
  
 <解放奴隷が診察を受けた病院の史跡>
 〇
ルーパーツ港: RUPERT'S PORT
  ・・ルーパーツ谷
  ルーパーツ港は、ジェームズタウン港と並ぶ海港で、貨物船がやってきます。港には
  ルーパーツ谷を護っていた防塁跡や、小さな海水浴場とバーベキュー炉もあります。
  港湾施設としては、堤防と荷揚げ荷下ろし用のクレーンとローダーなどがあります。
  
 <(左)ルーパーツ港のビーチとローダー/(右)ルーパーツ港の堤防とクレーン>
 〇
旧・脱塩プラント: OLD DESALINATION PLANTS
  ・・ルーパーツ谷
  ルーパーツ谷には脱塩プラントがあります。海水を浄化し、生活用水を作り出しています。
  レンガの塔は、港湾作業に従事させられていたボーア人の囚人たちのための生活用水を
  供給していた20世紀初頭のプラント跡です。この塔は現在のプラント敷地内にあります。
  
  <ルーパーツ港の防塁と旧・脱塩プラントの煙突>
 〇レベルウッド: LEVELWOOD
  ・・レベルウッド
  セントヘレナ島の8つの行政区のうち、島の南東部に位置する行政区です。19世紀後半、
  島にマオラン(New Zealand Flax)が持ち込まれ、マオランを栽培する農業が栄えました。
  マオランの繊維で作るロープや紐、籠の需要が高かったため、1966年(昭和41年)まで
  稼働していました。現在も、レベルウッド村にはマオランがところどころに残っています。
  
  <(左)レベルウッドの入り口とマオラン/(右)かつてマオラン畑があった広野>
 〇ベルストーン: THE BELLSTONE
  ・・レベルウッド
  レベルウッドの集落には、ベルストーンと呼ばれる不思議な石があります。一説にはこの
  石をたたくと、鐘のような音が出るため、連絡に使われたとか、使われなかったとか・・・
  
  <叩くと本当にベルのような金属音がする>
 ●
ロック・ローズ: ROCK ROSE
  ・・レベルウッド
  1795年(日本は寛政7年。光格天皇の御代。江戸幕府第十一代将軍・徳川家斉の治世)に
  建てられた大きな田舎家です。1867年(日本は慶応3年。明治天皇の御代。江戸幕府第
  十五代将軍・徳川慶喜の治世)に売りに出されています。現在、改葬が待たれています。
  
  <かつての大農場主の屋敷ロック・ローズ>
 〇
ゴリラ頭: GORILLA'S HEAD
  ・・サンディ・ベイ
  サンディ・ベイ地区で見られる奇岩怪石のひとつです。。ゴリラの頭に見えるかな?
  
  <セントヘレナ島の奇岩怪石のひとつ。ゴリラの頭に見えるかな?>
 〇
ロト岩とロトの奧さん岩: LOT & LOT'S WIFE
  ・・サンディ・ベイ
  サンディ・ベイ地区で見られる奇岩怪石のひとつです。セントヘレナ版夫婦岩でしょうか。
  旧約聖書によると、ソドムとゴモラが滅亡した際、ロトの一家は神に許され、逃げるように
  促されました。そして神に、「決して振り返るべからず」と命じられます。ところがロトの
  奧さんは、戒めを破って振り返ってしまったため、塩柱にされてしまったといいます。
  
  <(左)・(右)手前がLOT、奥の稜線に並ぶ奇岩の先頭がLOT'S WIFE>
 〇
サンディ・ベイ礼拝堂: SANDY BAY CHAPEL
  ・・サンディ・ベイ
  サンディ・ベイには小さな美しい石造りのバプテスト礼拝堂があり、絵になると評判です。
  
  <(左)サンディ・ベイ礼拝堂とLOT/(右)サンディ・ベイ礼拝堂の内部>
 〇
サンディ・ベイ海岸: SANDAY BAY
  ・・サンディ・ベイ
  セントヘレナ島南部の海岸。浜辺にはイギリス海軍によって築かれた防塁と簡易
  砲台、そして自然の地形を生かした軍用倉庫の跡があります。ピクニックもできます。
  
  <(左)サンディ・ベイ・ビーチ/(右)サンディ・ベイの要塞跡>
 〇
ジョージ・ベンジャミン樹木園: GEORGE BENJAMIN ARBORETUM
  ・・セントヘレナ島中央部
  島の中央部に位置する小さな植物園で、島の動植物が保護されています。
  ジョージ・ベンジャミンは、島の名士のひとりで、セントヘレナ島の植物の固有種の
  保護に努めました。頂上からはサンディ・ベイ海岸方面がよく見えます。
  
  <(左)樹木園の遊歩道/(右)樹木園頂上からLOT'S WIFEを望む>
 〇
聖ポール大聖堂: SAINT PAUL'S CATHEDRAL
  ・・セント・ポールズ
  1853年(日本は安政2〜3年。孝明天皇の御代。江戸幕府第十三代将軍・徳川家定の
  治世)に建立された聖堂で、イギリス植民地セントヘレナ島に於ける主教座です。
  墓地にはヨーロッパ人と戦って一敗地に塗れ捕虜となったたズールー族の王侯貴族の
  墓があります。
  
  <(左)聖ポール大聖堂ファサード/(右)聖ポール大聖堂内部>
 〇
ファーム・ロッジ: FARM LODGE 【不定期にお休みになる場合があります】
  1690年(日本は元禄3年。東山天皇の御代。江戸幕府第五代将軍・徳川綱吉の治世)、
  イギリス東インド会社の大農場主の屋敷として造られました。庭園と、大農場があり、
  大農場では野菜や果物が作られ、養鶏や酪農も行われています。特筆すべきは、
  コーヒーで、1733年(日本は享保18年。中御門天皇の御代。江戸幕府第八代将軍・
  徳川吉宗の治世)にイギリス東インド会社によって持ち込まれ、流謫中のナポレオンも
  愛飲していたグリーン・ティップド・ブルボン・イエメニ種が栽培されています。現在、
  旅館となっており、宿泊できますが、外来のお客さんにもモーニング・コーヒーや、
  ランチ、アフタヌーン・ティー、ディナーを提供しています。時間が許せばお茶を一服。
  
  <(左)ファーム・ロッジ外観/(右)島で最も豪華な旅館ファーム・ロッジの内部>
 〇
ラダー・ヒル・要塞: LADDER HILL FORT
  ・・ジェームズタウン/ジェームズタウンの周囲
  1657年(日本は明暦3年。後西天皇の御代。江戸幕府第四代将軍・徳川家綱の治世)、
  イングランド共和国初代護国卿オリヴァー・クロムウェルは、イギリス東インド会社に
  セントヘレナ島の行政権を認めます。二年後には初代総督としてジョン・ダットンが
  着任。これによりバミューダに次ぐ、イギリスの二番目の植民地となったとされます。
  1660年、イギリスで王政復古が起こると、イギリス東インド会社は改めて王室に島の
  要塞化と島への植民の勅許を得ます。すでに1658年にはジェームスタウン建設が
  行われており、ジェームスタウンを守る城壁があったと言います。ジェームズタウンと
  いう地名は、当時ヨーク公であった王弟で、後にジェームズ2世となった人物に因んで
  います。現在、見られる遺構は19世紀にジェームズ・バレーの口に築かれた要塞群です。
  ナポレオンの幽閉所であったセントヘレナでは、フランスによるナポレオンの奪還を恐れ、
  フランスを仮想的とした、より堅固な要塞と見張塔、砲台等の設置が急務とされました。
  ほかにもジェームズタウン周辺にそれらの遺構があります。時間を見て訪れてみましょう。
  
  <(左)ラダー・ヒル要塞の城門/(右)かつては兵舎であった建物>
 〇
ジェイコブス・ラダー(上: The Top of JACOB'S LADDER
  ・・ジェームズタウン⇔ラダー・ヒル
  1829年(日本は文政12年。仁孝天皇の御代。江戸幕府第十一代将軍・徳川家斉の
  治世)にセントヘレナ鉄道会社により建設された索道(ロープウェイのようなもの)の
  史跡です。島の中央部の高台にある農地から農作物を町まで降ろし、また、町で出た
  排泄物を肥料にするために高台にある農地に上げるため、急斜面に築かれました。
  1871年(明治4年)、索道は撤去、699段の梯子段が設けられ、現在に至っています。
  
  <ジェイコブス・ラダーの頂上から見たジェームズタウン(左)と海岸線(右)>
*昼食: お弁当
*夕食: ホテル または ローカル・レストラン
*宿泊: 
 @ホテル: ブルー・ランタン(スタンダード部屋) または同等
 A民 宿: ハリスズ・ゲストハウス/ウェリントンハウスまたは同等(シャワー/トイレ共同)
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<05日目>
12月15日(火)
■行程: セントヘレナ島
*朝食: お泊りの宿 @ホテル/A民宿
*観光: 
 〇
プランテーション・ハウス: PLANTATION HOUSE
  ・・セントヘレナ島中央部
  セントヘレナの総督の屋敷。ジョージ王朝様式で建てられている豪華な邸宅です。
  芝生の庭には、セイシェルから連れて来られたアルダブラゾウガメが住んでいます。
  その中で特筆すべきはジョナサン!なんと180〜190歳と推定され、現在の地球上で
  もっとも長く生きている脊椎動物と考えられています。遊歩道が山に続いています。
  
  <(左)プランテーション・ハウス外観/(右)プランテーション・ハウスのエントランス>
  
  <プランテーション・ハウス内の(左)書庫/(右)客間の寝台>
  
  <プランテーション・ハウス内の(左)歴代総督の肖像/(右)ジョナサン!>
 〇
二基の奴隷の墓: TWO SLAVES' GRAVES
  ・・プランテーションハウスの森の中
  肉の解体を行っていた夫が、プランテーションハウスの下女であった妻を殺したという
  伝説があり、心霊スポットとして有名です。妻の墓には髑髏と矢と包丁が、夫の墓には
  肉の解体に使う包丁が刻まれています。周囲は鬱蒼としており、心霊伝説にも頷けます。
  
  <数々の伝説に彩られたプランテーションハウスの謎のひとつ。二基の奴隷の墓>
 〇
モデル・コテージ: MODEL COTTAGE
  ・・セントヘレナ島中央部
  プランテーション・ハウス近くに、モデル・コテージと呼ばれる不思議な建物があります。
  誰が何のために建てたのか、記録が全く残っていません。それゆえ、この建物は島の
  不思議のひとつに数えられています。漢字で書かれた扁額のようなものが建物の壁に
  飾られているため、中国系の住民のための寺院と言われていましたが、現在では否定
  されています。当時の中国系の住民に寺を建立するだけの財力がなかったからです。
  
  <ふしぎな話の多いセントヘレナ。その一つがこの建物の歴史です>
 〇
プリンスィズ・ロッジのカステル・コレクション: CASTELL COLLECTION/Prince's Lodge
  ・・セントヘレナ島中央部
  近世ヨーロッパ人の目に映った島の景観等、セントヘレナの古い絵画のコレクション。
  
  <(左)セントヘレナの古い絵画コレクションの一部/(右)プリンスィス・ロッジ外観>
 〇
ボーア人の墓地: BOER CEMETERY
  ・・セント・ポールズ
  1900-1902 ボーア戦争の戦争犯罪人として流罪になったボーア人の墓地です。
  
  <ボーアの人々の墓>
 〇ノールコーム・バプテスト教会: KNOLLCOMB BAPTEST CHURCH
  ・・セント・ポールズ
  トゥーム・ロードからウェスト・ロードに入ると現れる黒い石造りのバプテスト教会です。
  
  <風の通りのよい林の中に建つノールコーム・バプテスト教会の教会堂>
 ●
セントヘレナ島中央部の景観: CENTRAL ST. HELENA
  セントヘレナ島の中央部は山地となっており、標高818mのダイアナズ・ピークが島の
  最高峰です。首府ジェームズタウンから中央部へは山がちなくねくね道を走ります。
  
  <(左)ダイアナズ・ピーク/(右)島中央部には森あり、林あり、山あり、谷あり、草原あり>
 〇
ハイ・ノール要塞: HIGH KNOLL FORT
  ・・ジェームズタウン/ジェームズタウンの西郊
  ハイ・ノール要塞は、ジェームズタウンの西に位置するハイ・ノール山の三兆に築かれた
  山城。1790年(日本は寛政2年。光格天皇の御代。江戸幕府第十一代将軍・徳川家斉の
  治世)に築城されたシタデルを改築、1894年(日本は明治27年)に現在の形になりました。
  要塞には、イギリス植民地でよくみられる望楼マーテロ・タワーの遺構も残っています。
  
  <(左)円形の砲台跡の遠望/(右)円形の砲台跡>
 〇
ハーフツリー・ホロウ: HALF TREE HOLLOW
  ・・ハーフツリー・ホロウ
  ジェームズタウンからジェイコブス・ラダー699段を登りきると、ハーフツリー・ホロウが
  あります。セントヘレナ鉄道会社が建設した索道の、ラダー・ヒル側のステーションでした。
  
  <(左)向かって左の建造物は民家、右はナショナル・トラスト事務所/(右)道標>
 〇
聖アンドリュー教会: ST. ANDREW CHURCH
  ・・ハーフツリー・ホロウ
  ジェームズタウンの背後、ジェイコブス・ラダーを上った丘陵の上に広がるハーフツリー・
  ホロウには、たくさんの民家と、彼らが礼拝に行く、聖アンドリュー教会が建っています。
  
  <ハーフツリー・ホロウにある小さな教会>
 ●
スリー・タンクス: THREE TANKS
  ・・ハーフツリー・ホロウ
  ハーフツリー・ホロウの斜面に並ぶ1916年(日本は大正5年)に設置の古い貯水タンク。
  
  <(左)・(右)一見すると何の変哲もないタンクながら、実は史跡なのです>
 〇
石切場史跡: The Ruin of QUARRY
  ・・ジェームズタウン
  サンディ・ベイ礼拝堂などの窓の装飾に代表される、教会の装飾に使われた赤い石を
  切り出した石切場の史跡です。フェアリー・ターンが営巣しているのが見られるかも。
  
  <(左)赤い石の石切場跡/(右)営巣するフェアリー・ターン(シロアジサシ)>
 〇
セント・ジョン教会: ST. JOHN'S CHURCH
  ・・ジェームズタウン
  ジェームズタウンの高台に位置する英国国教会の聖堂で、1862年(日本は文久2年。
  孝明天皇の御代。江戸幕府第十四代将軍・徳川家茂と禁裏御守衛総督・徳川慶喜の
  一会桑政権の治世)に建立されました。島の第一級史跡建造物に指定されています。
  
  <セント・ジョン教会の外観>
 〇
ローマ・カトリック教会: ROMAN CATHOLIC CHURCH 
  ・・ジェームズタウン
  ジェームズタウンに残っている古刹のひとつです。白いファサードが印象的な教会です。
  
  <ローマ・カトリック教会の外観>
 〇
バプテスト教会: BAPTEST CHURCH
  ・・ジェームズタウン
  ジェームズタウンに残る古色蒼然とした石造りの教会。遠くからも見える鐘楼が印象的。
  
  <バプテスト教会の外観>
*昼食: お弁当
*夕食: ホテル または ローカル・レストラン
*宿泊: 
 @ホテル: ブルー・ランタン(スタンダード部屋) または同等
 A民 宿: ハリスズ・ゲストハウス/ウェリントンハウスまたは同等(シャワー/トイレ共同)
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<06日目>
12月16日(水)
■行程: セントヘレナ島
*朝食: お泊りの宿 @ホテル/A民宿
*行楽: 午前、セントヘレナ島を海上から眺めるボート・ツアー
 〇
ジェームズタウン埠頭: JAMESTOWN WHARF
  ・・ジェームズタウン/ジェームズタウン港
  かつてロイヤル・メール・シップRMSセントヘレナ号が接岸していたジェームズタウン埠頭
  
  <(左)ツアーボート接岸。ボートに乗って出発!/(右)海から見たジェームズタウン>
 ●
マンデンズ・バッテリー: MUNDEN'S BATTERY
  ・・ジェームズタウン近郊
  ジェームズタウンとルーパーツ谷との間の岬の先端にある複合遺跡。セントヘレナ島の
  最古の要塞のひとつをベースに、後年、近代的な砲台やサーチライト台が造られました。
  
  <セントヘレナ最古のバッテリーのひとつマンデンズ・バッテリー>
 ●
バンクス・バッテリー: BANKS BATTERY
  ・・ジェームズタウン近郊
  ”ルーパーツ谷の北東部の海岸に位置する要塞。海に向かって城門が開いています。
  海にせり出した岬の上には円形の城塞が見えます。さらに奥にあるシュガー・ローフは
  ”砂糖パンの山”という意味の円錐形の山。ここが??の折り返し地点。一路、南西方向へ。
   
  <(左)バンクス・バッテリーの海の門/(右)海の門を護る円形の城塞>
 ●
イルカのポイント: The Spot of Dolphins (※生物なので必ず見れるとは限りません)
  ボートツアーのめだまのひとつはイルカ。イルカたちがボートの周りを泳ぎ回り、ときに
  ジャンプを見せてくれます。たくさんのイルカの一斉ジャンプは迫力があります。
  
  <ツアーボートの出現に盛り上がるイルカたち>
 ●
サウス・ウエスト・ポイント: SOUTH SEST POINT
  セントヘレナ島最西端の岬。この岬を境に南部は波が荒いのが特徴です。遠くに見える
  円錐形の岩山はスピーリー・アイランド SPEERY ISLANDで、その左の岬は島の最南端です。
  
  <(左)岬を回ると荒波が待ち受けます/(右)奇岩スピーリー・アイランド>
 ●
海鳥のポイント: Egg Island ほか
  セントヘレナ島は単独の孤島ではありますが、周囲に小島が岩礁を従えています。卵島
  EGG ISLAND、 PEAKET ISLAND、 THOMPSON ISLAND もそうした小島です。これらの小島に
  海鳥が巣を作っているのが見えます。糞は遠い未来にはリン鉱石になるとのことです。
  
  <(左)白いグアノに覆われたエッグ・アイランド/(右)小さな岩礁>
  
  <(左)Thompson's Island/(右)Peaket Island ・・・いずれも海鳥の巣>
  
  <(左・右)海の人気者カツオドリ Brown Booby >
 ●
旧検疫所跡: OLD QUARANTINE STATION
  セント・ポールズから続く小径は、レモン谷 LEMON VALLEY を通って海岸に到ります。
  かつては税関であった白い建物が残り、到来した解放奴隷たちを診察した史跡です。
  
  <(左)旧検疫所跡遠望/(右)旧検疫所の建物>
 〇
難破船: Wreak Ship
  ・・ジェームズタウン
  ジェームズタウン港のある湾口には、難破船が沈んでいます。そのひとつがこれ。
  1911年(日本は明治44年)9月11日に火災で沈んだSS PAPANUIの残骸なのです。
  
  <貨客船SS PAPANUIの残骸が海面に出ています>
 〇
旧・貯水槽: OLD CISTERNS
  ・・ジェームズタウン/ジェームズタウン港
  港周辺には税関やダイビング・ショップ、倉庫等が立ち並んでいます。水色と茶色のまるで
  かまぼこのような建物は、かつての貯水槽の建物です。水利システムが改善されてから、
  茶色の建物は霊安室、水色の建物は税関として使用されました。現在は史跡建造物です。
  
  <(左)税関にもなった水色の貯水槽跡/(右)霊安室にもなった茶色の貯水槽跡>
*昼食: お弁当
*観光: 午後、首府ジェームズタウンのウォーキング・ツアー
≪ジェームズタウン・ウォーキング・ツアー≫
 〇
城門: THE ARCHWAY
  ・・ジェームズタウン
  城壁で守られたジェームズタウンの、海に向かって開いた城門で、1832年(日本は
  天保3年。仁孝天皇の御代。江戸幕府第十一代将軍・徳川家斉の治世)に完成しました。
  なお、城門の内側の右の壁には1878年(日本は明治11年)4月14日の大洪水の際に
  どこまで水位上がったかを示す黒いパネルがつけられています。城門の上は通路が
  あり、上を歩くことができます。また、左側の城壁には商店やお弁当屋さんがあります。
  
  <城門。右側の黒いパネルは大洪水の際の水位を示します>
 〇
戦没者慰霊碑: THE CENOTAPH
  ・・ジェームズタウン/ジェームズタウン港付近
  ジェームズタウン埠頭に位置する戦没者慰霊碑。
  第二次世界大戦中の1941年、RFA DARKDALEが、ジェームズタウン埠頭の沖で
  ナチス=ドイツのUボートに魚雷で攻撃され沈没、乗組員41名が亡くなりました。
  
  <戦没者慰霊碑>
 〇
港湾庁舎(旅客ターミナル): Port Government Building (Passengers' Terminal)
  ・・ジェームズタウン/ジェームズタウン港付近
  時計塔のある建物。ジェームズタウン港にある庁舎で、海路で来訪する旅客のための
  ターミナル。入国管理(局)、税関や銀行、食堂もあります。砲台跡が残っています。
  
  <時計塔と砲台跡>
 〇
スイミング・プール: SWIMMING POOL
  ・・ジェームズタウン/ジェームズタウン港付近
  ジェームズタウンの城壁、かつてのコートヤードにある市営スイミング・プール
  
  <スイミング・プール>
 〇
旧シグナル・ステーション: OLD SIGNAL STATION
  ・・ジェームズタウン/中心部
  有事の際に、陸上・海上に信号を送った旧シグナル・ステーション。白亜の建物です。
  
  <(左)・(右)危急を知らせる信号手の詰所跡。小さな看板が出ています>
 〇
ザ・キャッスル・ガーデンズ: THE CASTLE GARDENS
  ザ・キャッスルの裏手には、さまざまな種類の熱帯植物を見られる庭園があります。
  庭園では、セントヘレナ島の固有種である熱帯植物も、いくつか見ることができます。
  
  <ザ・キャッスル・ガーデンズはジェームズタウンの町民の憩いの場所>
 〇
ポーティアス・ハウス跡: former PORTEOUS HOUSE
  ・・ジェームズタウン/中心部
  1815年10月17日、ジェームズタウンに上陸したナポレオン・ボナパルトは、最初の一夜を
  ザ・キャッスル・ガーデンズ南隣にあったポーティアス・ハウスで過ごしました。その翌日、
  ブライアーズのバルコンベ提督の屋敷に移り、七週間逗留しました。そのポーティアス・
  ハウスは現存しておらず、新しい建物が建っています。南隣は旧アメリカ領事館跡です。
  
  <この建物は新しいですが、これが建つ前にナポレオン寓居の遺構がありました>
 〇
ザ・キャッスル: THE CASTLE
  ・・ジェームズタウン/中心部
  イギリスがセントヘレナ島を領有してまもない1659年(日本は万治2年。後西天皇の
  御代。江戸幕府第四代将軍・徳川家綱の治世)、イギリスによって、築城されました。
  城は政府の所在地としての役割を果たし、公文書室や政庁も、城に置かれました。
  
  <(左)ザ・キャッスルの正門/(右)ザ・キャッスルの建物の一階は公文書収蔵庫>
 〇
警察署: POLICE STATION(外観のみ)
  ・・ジェームズタウン/中心部
  ザ・キャッスルの南隣に位置する建物がセントヘレナ警察署。静かな佇まいです。
  
  <セントヘレナの平和を守る警察署>
 〇
裁判所: COURTHOUSE (MAGISTRATES COURT, SUPREME COURT)(外観のみ)
  ・・ジェームズタウン/中心部
  ザ・キャッスルの地続きの一画には、裁判所があります。裁判所の建物は建築物と
  して一見の価値がありrます。治安判事裁判所と最高裁判所が置かれています。
  
  <裁判所と二門の大砲>
 〇
図書館: PUBLIC LIBRARY(外観のみ)
  ・・ジェームズタウン/中心部
  裁判所の南隣に位置する建物がセントヘレナ図書館。街路樹に覆われています。
  
  <図書館>
 〇
セント・ジェームズ教会: ST. JAMES CHURCH
  ・・ジェームズタウン/中心部
  ジェームズタウンの裁判所の向かいに位置する重厚な黒い教会で、南半球最古の
  英国国教会/聖公会の教会です。1774年(日本は安永2〜3年。後桃園天皇の御代。
  江戸幕府第十代将軍・徳川家治の治世)に建立されました。島民の殆どが信者です。
  
  <セント・ジェームズ教会の外観>
 〇
刑務所: PRISON(外観のみ)
  ・・ジェームズタウン/中心部
  セント・ジェームズ教会の西側の奧、古い倉庫に隣接して建てられた小さな刑務所。
  
  <セント・ジェームズ教会に燐s都する刑務所>
 〇
セントヘレナ博物館: THE MUSEUM OF ST. HELENA(外観のみ)
  ・・ジェームズタウン/ジェイコブス・ラダー登り口
  ジェームズタウンとラダー・ヒルとをつなぐ梯子段『ジェイコブス・ラダー』登り口に
  位置する博物館で、2002年に開館しました。島の歴史や自然史に関する展示品を
  見ることができます。建物は19世紀に倉庫として使われていた史跡建造物です。
  
  <セントヘレナ博物館の外観>  
 〇
ジェイコブス・ラダー(下): The Bottom of JACOB'S LADDER
  下から見上げると迫ってくるような梯子段。かつては索道の下駅がありました。現在、
  麓には博物館、The Run(後述)の隧道があります。夕方6時に梯子段に灯りがともります。
  
  <ジェイコブス・ラダーを麓から見上げる>
 〇
ザ・ラン: THE RUN
  ・・ジェームズタウン
  港町ジェームズタウンの港と町を護っていた要塞に沿って掘られた水路が残っています。
  
  <(左)ジェイコブス・ラダー(麓)の脇の水門/(右)ジェームズタウンを走る水路>
 〇郵便局: THE POST OFFICE
  ・・ジェームズタウン/中心部
  セントヘレナ島の郵便局では、この島の収入源ともなっている、イギリス海外領土
  セントヘレナ、アセンションおよびトリスタンダクーニャ発行の切手を購入できます。
  
  <珍しい切手を買うならここ!>
 〇
ザ・コンスレート・ホテル: The CONSULATE HOTEL
  ・・ジェームズタウン/中心部
  ジェームズタウン中心部に建つ古民家(お屋敷)を改装したホテル。よく見るとテラスから
  ナポレオンがジェームズタウンを見下ろしています。
  
  <(左)ホテル外観/(右)二階バルコニーから通りをみつめるナポレオン>
 〇
ザ・マーケット: The MARKET
  ・・ジェームズタウン/中心部
  ザ・マーケットはかつての市場の跡です。スーパーマーケットや地元の商店が活躍する
  現在では、観光客にうれしいショッピング・スポットになっています。

  
  <営業日にはお土産が買えるザ・マーケット>
 〇
ブリッジ時計塔: BRIDGE MEMORIAL CLOCK
  ・・ブリッジ時計塔は、今でも時を刻んでいる、ジェームズタウンのランドマーク的存在です。
  
  <ザ・マーケットの脇に建つブリッジ時計塔>
 〇
ナポレオン通り: NAPOLEON ROAD
  ・・ジェームズタウン
  ジェームズタウンの目抜き通りです。この島と縁が深いナポレオンの名前を冠しています。
  
  <ナポレオン通りはナポレオン・ボナパルトの葬送の道でもあります>
*夕食: ホテル または ローカル・レストラン
*宿泊: 
 @ホテル: ブルー・ランタン(スタンダード部屋) または同等
 A民 宿: ハリスズ・ゲストハウス/ウェリントンハウスまたは同等(シャワー/トイレ共同)
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<07日目>
12月17日(木)
■行程: セントヘレナ島
*朝食: お泊りの宿 @ホテル/A民宿
*観光: 午前、セントヘレナ島東部の観光
 〇
ハート型の滝(観瀑台): HEART-SHAPED WATERFALL
  ・・レッドヒル
  ジェームズタウンそしてセントヘレナ島を代表する景勝地のひとつ。ジェームズタウン
  南方のレッドヒルの山中に位置しています。滝のすぐ近くまで遊歩道が置かれています。
  遠い方の観瀑台から見ると、高さ90mの滝が落ちる崖の部分がハート型をしています。
  天候や道路状況によりますが、先に近い観瀑台、後で遠い観瀑台を訪れる予定です。
  
  <(左)乾期のハート型の滝2019.06.09/(右)雨季のハート型の滝>
 〇
ミレニアム・フォレスト: MILLENNIUM FOREST
  ・・セントヘレナ島東部
  荒涼としたセントヘレナ島東部、フラッグスタッフの丘の麓では次の千年紀に森になるよう
  植樹が行われています。
  
  <ご興味のある方は、一株購入して植樹することもできます>
 〇
キング&クイーン岩: KING & QUEEN ROCK
  ・・セントヘレナ島東部
  空港滑走路に近い小さな岬の先端にある奇岩。隣接する岩の頂上には信号所跡も。
  
  <(左)キング&クイーン岩。名前の由来は不明/(右)いちばん右の岩山の信号所跡>
 〇
トゥルクス・キャップ(岩): TURKS CAP
  ・・セントヘレナ島東部
  空港滑走路に近い断崖絶壁の下にある奇岩。トルコ帽の様な形から名づけられました。
  
  <まるでトルコ帽のような奇岩>
 〇
セントヘレナチドリ生息地: WIREBIRD
  ・・セントヘレナ島東部
  セントヘレナチドリは、セントヘレナの固有種です。イギリス領セントヘレナの紋章に
  描かれている、いわばナショナル・バードです。現在、絶滅危惧種となっています。
  島の東部では、セントヘレナチドリを見るチャンスが比較的多いといわれています。
  
  <よちよとと走る愛嬌ものセントヘレナチドリ>
 〇
ボーア人流刑者の第一収容所跡: The SITE of BOER PRISONER CAMP #1
  ・・セントヘレナ島東部
  1900年(明治33年)〜1902年(明治35年)、南アフリカから流刑に処されたボーア
  人の囚人が、セントヘレナ島西部の比較的平坦な場所に共同生活をしていました。
  ボーア戦争に敗れた捕囚たちの第一収容所跡には現在、風車が並んでいます。
  
  <劣悪な流謫地で共同生活をしていたボーア人の収容所跡>
 〇
フラッグスタッフ: FLAGSTUFF
  ・・セントヘレナ島東部
  ボーア人流刑者の第一収容所跡から続くなだらかな斜面は、フラッグスタッフ山へと
  続いています。かつては変事が起こると旗手がこの山に登り、信号を送った史跡です。
  現在は、風力発電を行っており、幾基もの風車が立ち並んで独特の景観を作っています。
  
  <馬の競争ができたという草原の奧に聳える島の名山>
 〇
ブルー・ヒル: BLUE HILL
  ・・セントヘレナ島西部
  セントヘレナ島西部は、観光客にも殆ど知られていない、島の秘境と呼べる場所です。
  山がちな地形に建設された道路を走ると、意外なほど開けた場所が突如、現れます。
  それが西部の中心であるブルー・ヒルの集落で、酪農場や農家を見ることができます。
  
  <観光地ではなく、地元の人の生活が垣間見られるブルー・ヒル>
 〇
ブルー・ヒル・ショップ(田舎の店): BLUE HILL SHOP
  ・・セントヘレナ島西部
  ブルー・ヒルの集落にある創業44年(2019年現在)の老舗なんでも屋さん。食品をはじめ
  日用雑貨などが売られています。
  
  <(左)かわいらしいブルー・ヒル・ショップの外観/(右)女主人と店の商品>
 〇
ハイ・ヒル(展望台): The BASE of HIGH HILL
  ・・セントヘレナ島西部
  ブルー・ヒルの集落から山道に入ると、やがてハイ・ヒル(標高707m)が見えてきます。
  ハイ・ヒルを望む展望台からは、ハイ・ヒル越しに、大西洋を見下ろすことができます。
  
  <(左)ハイ・ヒルの全貌/(右)ハイ・ヒル展望台からスピーリー・アイランドを望む>
 〇
セント・ヘレナ十字架教会: ST. HELENA & THE CROSS
  ・・セントヘレナ島西部
  ブルー・ヒル集落に白いお堂と黒い屋根の教会があります。聖ヘレナと十字架教会です。
  聖ヘレナはコンスタンティヌス大帝の母で、325年に息子からアウグスタの称号を受け、
  聖地エルサレムに聖遺物発見の旅に出た際、『真の十字架』を発見したとされています。
  重篤な病を得た女性に真の十字架を触らせ、快癒したことで、奇跡を確信したといわれ、
  セントヘレナ島の島名も、聖ヘレナに由来しています。静かなたたずまいの名刹です。
  
  <セント・ヘレナ十字架教会の外観>
 〇
ザ・フライアーズ 托鉢僧の岩: The FRIAR ROCK
  ・・セント・ポール
  セント・ポールの集落から海岸線へと続く岩峰の稜線には、まるで托鉢僧あるいは修道士と
  いう意味のフライアーズ・ロックがあります。古い絵などで見ると大きく立派に描かれて
  いますが、実際には非常に小さい奇岩怪石です。見落とさないよう、気をつけましょう。
  
  <(左)南西方面から見たザ・フライアーズ/(右)北東方面から見たザ・フライアーズ>
*昼食: お弁当
*夕食: ホテル または ローカル・レストラン
*宿泊: 
 @ホテル: ブルー・ランタン(スタンダード部屋) または同等
 A民 宿: ハリスズ・ゲストハウス/ウェリントンハウスまたは同等(シャワー/トイレ共同)
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<08日目>
12月18日(金)
■行程: セントヘレナ島
*朝食: お泊りの宿 @ホテル/A民宿
*観光: ナポレオン関連史跡を中心とした内陸部の観光をします。
 ◎
ブライアーズ・パビリオン: THE BRIAR'S PAVILION
  ・・ジェームズタウン近郊
  ジェームズタウンの近郊に、ナポレオンの最初の流謫地寓居だった『イバラの館』が
  ありました。ウィリアム・バルコンベ一家の屋敷で、当時14歳の娘エリザベス・ルシア・
  バルコンベは、フランス語が話せたため、ナポレオンと一家との通訳を務めました。
  
  <ナポレオンの最初の流謫地寓居ブライアーズ・パビリオン>
 ●
アラーム・ハウス: ALARM HOUSE(外観のみ)
  ・・アラーム・フォレスト
  ナポレオンが流されてきた際、イギリスが最も恐れたのは、エルバ島を脱出して
  百日天下を実現したナポレオンのカリスマ性と影響力でした。このため、イギリスは
  セントヘレナ総督に命じて、ナポレオンの流謫地や船着場を見下ろす高台に要塞や
  砲台を作ってナポレオンの脱出を警戒しました。アラーム・フォレスト(警報の森)は、
  その史実から命名されました。アラーム・ハウスは、見張小屋の役割を果たしました。
  
  <(左)林の中に建つアラーム・ハウス/(右)正門から見たアラーム・ハウス>
 ◎ナポレオン陵跡: NAPOLEON'S TOMB at GERANIUM VALLEY
  ・・ゼラニウム・バレー
  1821年(日本は文政4年。仁孝天皇の御代。江戸幕府第十一代将軍・徳川家斉の治世)
  5月5日、ナポレオン・ボナパルトは5年の流謫の後、セントヘレナ島で亡くなりました。
  ナポレオンは生前、フランスに帰還できなければ、ゼラニウム・バレーに埋葬するよう、
  依頼してたので、希望通り、ゼラニウム・バレーに陵墓が作られました。1840年(日本は
  天保11年。仁孝天皇の御代。江戸幕府第十二代将軍・徳川家慶の治世)にナポレオンの
  遺骸は、セントヘレナ島を出てパリに移され、アンヴァリッド(廃兵院)に改葬されました。
  
  <(左)ナポレオン旧陵の正門と参道/(右)ナポレオン旧陵>
 ◎
ロングウッド・ハウス: LONGWOOD HOUSE
  ・・ロングウッド
  ナポレオンの最後の6年間の寓居で、屋敷の敷地は現在フランス政府が領有しています。
  現在、ロングウッド・ハウスは博物館になっており、ナポレオンの遺品や寝室を展示して
  います。ナポレオンは壁に塗ったヒ素で暗殺されたとも言われ、調査が続いています。
  ナポレオンは流刑ではなく、流謫という状況に近く、島では散策などはできたようです。
  また、将校や中国人従者を引き連れて島に来ており、比較的豪華な生活であったとか。
  
  <ナポレオン最後の寓居ロングウッド・ハウス>
 〇ベルトランの寓居跡: BERTRAND'S COTTAGE (外観のみ)
  ・・ロングウッド
  ナポレオンの忠臣で、セントヘレナに随行し、崩御まで仕えたアンリ・ガティアン・
  ベルトラン HENRI GATIEN BERTRANDが寓居で、旅館・食堂に改装(現在、休業中)
  
  <忠臣ベルトランの寓居。彼はナポレオン崩御まで仕えました>
 〇
聖マシュー教会: ST. MATTHEW CHURCH
  ・・ロングウッド
  ロングウッド地区のはずれ、ハット・ゲートに位置する聖マシュー教会は、1862年(日本は
  文久2年。孝明天皇の御代。江戸幕府第十四代将軍・徳川家茂と禁裏御守衛総督・徳川
  慶喜の一会桑政権の治世)に建立されました。第一次世界大戦中に過疎により衰退し、
  現在は改装されています。石造りの美しい教会は本国イギリスの教会を髣髴とさせます。
  
  <(左)聖マシュー教会の外観/(右)聖マシュー教会の内部>
 〇
ハット・ゲート・ストア: HUTT'S GATE STORE
  ・・ハット・ゲート
  島の中央部、トゥーム・ロードとロングウッド・ロードとが合流する地点に、小さな建物が
  あります。ハット・ゲート・ストアと呼ばれる村の何でも屋で、史跡建築物の一つです。
  軒下の看板は営業当時のもの。天文学者ハレーはここを寓居にしていたといいます。
  
  <1677年にはすでにここで営業していたという分岐点の商店(現在は廃墟)>
 〇
ハレーの天体観測所史跡: The SITE of HALLEY'S OBSERVATORY
  ・・セントヘレナ島中央部
  ハレー彗星で有名な天文学者ハレーが、セントヘレナ島に建造した天体観測所跡です。
  
  <ハレーとセントヘレナに関する説明版の残る天体観測所史跡>
 〇
トゥンジの蒸留所: STILLROOM OF TUNGI SPIRIT
  ・・セントヘレナ島中央部
  セントヘレナ島にはトゥンジと呼ばれる地酒があります。ウチワサボテンの果実等を
  使って作る蒸留酒です。ジェームズタウンへの帰途、トゥンジの蒸留所に寄ります。
  
  <トゥンギのほか様々なリキュールが造られ、売られています>
*昼食: お弁当
*夕食: ホテル または ローカル・レストラン
*宿泊: 
 @ホテル: ブルー・ランタン(スタンダード部屋) または同等
 A民 宿: ハリスズ・ゲストハウス/ウェリントンハウスまたは同等(シャワー/トイレ共同)
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<09日目>
12月19日(土)
■行程: セントヘレナ島
*朝食: お泊りの宿 @ホテル/A民宿
*行楽: サンディ・ベイでのハイキング・ツアー
 サンディ・ベイ海岸から磯伝いに、ロッツ・ワイフ・ポンドという潮だまりまで歩きます。
 奇岩怪石の宝庫であるセントヘレナ島南部の景観をお楽しみ頂きます。歩きやすい
 靴でご参加下さい。目的地はロトさんの奧さん岩の麓にあります。
*昼食: お弁当
*夕食: ホテル または ローカル・レストラン
*宿泊: 
 @ホテル: ブルー・ランタン(スタンダード部屋) または同等
 A民 宿: ハリスズ・ゲストハウス/ウェリントンハウスまたは同等(シャワー/トイレ共同)
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<10日目>
12月20日(日)
■行程: セントヘレナ島⇒ヨハネスブルク
*朝食: お泊りの宿 @ホテル/A民宿
*送迎: 専用車でセントヘレナ空港へ。
・・手続: 搭乗手続〜安全検査〜出国〜搭乗
※移動: エアーリンクで空路、ヨハネスブルクへ。
 4Z−132 セントヘレナ島 14:30⇒ORタンボ空港 21:15
・・手続: 入国〜受託荷物引取〜通関を済ませ、出口へ。
*送迎: ホテルのシャトルで空港からホテルへ
*宿泊: エアポート・ゲーム・ロッジ(スタンダード部屋)または同等
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<11日目>
12月21日(月)
■行程: ヨハネスブルク⇒ドバイ⇒
*朝食: ホテル
*送迎: ホテルのシャトルでホテルから空港へ
・・手続: 搭乗手続〜安全検査〜出国〜搭乗
※移動: エミレーツ航空で空路、ドバイへ。
≪12月21日(月)≫
 EK−764 ORタンボ空港 18:50⇒ドバイ     05:05 翌
・・手続: 安全検査〜搭乗
・・宿泊: 機内泊
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<12日目>
12月22日(火)
■行程: ⇒ドバイ⇒羽田空港

羽田空港発着の場合
・・手続: 安全検査/乗換
※移動: エミレーツ航空で空路、帰国の途へ。
≪12月22日(火)≫
 EK−312 ドバイ     08:35⇒羽田空港    22:45
・・帰国
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※内容は予告なく変更になる場合もあります。
※この旅行は手配旅行となります。



 2020年12月11日(金)


羽田発 エミレーツ空港利用
 添乗員が同行し、お世話致します。



<最少催行人数 :
1名で催行。添乗員つきのみ>

羽田空港発着
人数 旅行代金 航空券代 合計
01名様でご参加の場合  お問い合わせください 旅行代金に含まれます  お問い合わせください
02名様でご参加の場合 お問い合わせください 旅行代金に含まれます お問い合わせください
03名様でご参加の場合 お問い合わせください 旅行代金に含まれます お問い合わせください
04名様でご参加の場合 お問い合わせください 旅行代金に含まれます お問い合わせください
05名様でご参加の場合 お問い合わせください 旅行代金に含まれます お問い合わせください
06名様でご参加の場合 お問い合わせください 旅行代金に含まれます お問い合わせください
 シングル部屋追加料金  お問い合わせください

●お申込期間: 出発4週間前まで



●ご旅行代金には下記のものが含まれます*
 *車両: アセンション島、セントヘレナ島は専用車、ヨハネスブルグは混載車を利用します。
 *宿泊: 各地のスタンダード・クラスのスタンダード部屋
  ヨハネスブルグ 
   候補@ホリデイイン・ヨハネスブルグ・エアポート(スタンダード部屋)または同等
   候補Aエアポート・ゲーム・ロッジ(スタンダード部屋)または同等

  アセンション島 民宿 ジャムズ・アコモデーション(スタンダード部屋または同等
  セントヘレナ島
   @ホテル: ブルー・ランタン(スタンダード部屋) または同等
   A民 宿: ハリスズ・ゲストハウス/ウェリントンハウスまたは同等
        (シャワー/トイレ共同)

 *食事: 朝食10回/昼食6回/夕食8回>
 *添乗: 添乗員の交通費/宿泊費/食費/通信費/諸経費
 *観光: 入場が必要な個所の入場料・拝観料
 *諸税: 宿泊税/観光税

●ご旅行代金に含まれないもの
 X査証代: アセンション島査証代
      セントヘレナ島の入島税(お一人GBP20.00相当額)
 X通信費: 現地でご利用になる電話/FAX/ネット利用費
 X航空券: 日本⇔アセンション島往復航空券と別途徴収される燃油サーチャージ/空港諸税
 X諸経費: 土産代/洗濯代
 X飲食代: 飲物/明記されない食事/ルームサービス/ミニバー等
 X追加費: 経由地(南アフリカ)での延泊代や食費/オプショナルツアー

旅券(パスポート)/査証(ビザ)
 ・・旅券(パスポート): 帰国時に残存有効期間が6カ月以上+ご旅行期間の20日間分
           未使用の査証欄が見開き2ページ(左ページから連続4ページ)あること
 ・・査証(ビザ)  :  2019年07月22日現在、アセンション島は要・査証
           セントヘレナ島は査証は不要となっております。





電話でのお問合せは・・・・080−5028−6007 まで
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