異文化体験とホームステイの旅。現地体験型の旅、超個性派の旅ならパームツアー。南太平洋・中南米・中近東・カリブ海・アフリカ・アジア・北米他


海外旅行で異文化体験、ホームステイのパームツアーセンター。 ありきたりの旅ではない、自分らしい旅をしませんか? 世界遺産、変わった遺跡巡り、エコツアーにもこだわりがあります・・・ パームツアーセンターは現地に密着した旅、ディープな旅をプロデュースします!
  TOP    会社案内    旅行業約款    店長紹介    お問合せ    FAQ  
 

 
 
スペシャルプラン
アフリカ 中近東/
北アフリカ/
マルタ
中南米 南太平洋 カリブ海 北米他 アジア その他

トップ現地発着スペシャル【アフリカの旅】
■ ブルキナファソスペシャル
■ 現地発着スペシャル

■ エリアで探す
■ 目的別で選ぶ
フォトギャラリー
■ お客様の声
会社案内
ご旅行条件
旅行業約款
ご旅行申込方法
店長ってどんな人?
お問合せ
MSN サーチ

2019年09月14日(土)羽田発
コーカサス三国 アゼルバイジャン&ジョージア(旧グルジア)

カタール経由で行く!
アゼルバイジャン&ジョージア
いいとこどり9日間

バクー/ナヒチェバン/ゴブスタン
トビリシ/軍用道路/ムツヘタ/ゴリ/ウプリスツィヘ/ズグディディ
メスティア/ウシュグリ/クタイシ/ヴァルジア遺跡
羽田空港発着カタール航空利用

ここがポイント!

コーカサス二か国 アゼルバイジャン&ジョージアいいとこどり

 カタール経由でぐんと近くなったコーカサスへの旅!


 ソビエト連邦が崩壊し、独立した国々。
 その中にコーカサス三国と呼ばれる国々があります。


★アゼルバイジャン★


 周辺がイスラム化してゆく中で、ジョージアと隣国アルメニアはキリスト教とキリスト教徒を守り続けました。
 コーカサス三国の内、一番東に位置するアゼルバイジャンは内陸国ながら、カスピ海に港を持っています。
 人口の9割以上をテュルク系アゼリー(アゼルバイジャン)人が占め、ほかに少数ながらアルメニア系、そして
 ロシア人等が住んでいます。国語はアゼルバイジャン語で、共通語としてロシア語も使用されています。
 宗教はイスラム教が9割5分を占め、そのうちの8割5分がシーア派です。
 北はロシア、北西はジョージア、西はアルメニア、南はイランと、それぞれ異なる文化圏を構築する国々に
 囲まれています。
 西南方には飛地であるナヒチェヴァン自治共和国があり、こちらはアルメニア、イラン、そしてトルコと国境を
 接しています。
 多数のアルメニア人が居住する西部のナゴルノ・カラバフは、事実上独立した状態になっており、時折紛争に
 発展します。

 国名の由来は、アケメネス朝ペルシア時代の総督アトロパテスに由来するという説と、ペルシャ語で火を
 意味する"AZAR"に由来するという説があります。アゼルバイジャンは古来より、イラン高原を支配する
 勢力に統治される歴史が繰り返されてきたため、前者の説はあり得ます。また、イスラム教以前には、
 拝火教が信じられていたことも知られており、後者の説もあり得ます。

 7世紀にはアラブの支配下に入りますが、イスラム教への改宗は強制されなかったため、拝火教として
 知られるゾロアスター教は、アラブ時代にはまだ、多数派であったと言います。
 イスラム教が浸透するのは、セルジューク朝の時代にオグズ・テュルク系の遊牧民(トルクメン)が進出して
 以降となります。
 イルハン朝の時代にはバグダットと並び、ハーン(君主)の冬営地として機能しました。
 イルハン朝滅亡後は、一時、ティムール朝の支配下に入りますが、強力な統治の下に組織されることがなく、
 また、この地から専制君主を出すこともなく、歴史的に忘れられた地域となりました。
 17世紀に現在のアゼルバイジャンを拠点にサファヴィー朝が興り、カスピ海の南西湖岸地域一帯の多くの
 トルクメン系の人々がシーア派へ改宗したことを契機に、アゼリー人と呼ばれる民族が形成されたと
 考えられています。
 1804年に始まる第一次ロシア・ペルシア戦争の講和条件として、アゼルバイジャンの大部分がロシア帝国に
 編入されました。更に1826年に始まった第二次ロシア・ペルシア戦争の講和条件として、残りの部分もロシア
 帝国に編入されました。
 1922年にはザカフカース社会主義連邦ソビエト共和国の一部となり、同連邦の解体に伴う再編成により、
 1936年以降はアゼルバイジャン・ソビエト社会主義共和国として、ソビエト連邦を構成する共和国の一つに
 なりました。
 1991年8月30日、ソ連崩壊を経て独立し、現在は独立国家共同体に参加しています。

 首都はカスピ海に面した港町バクー。
 バクーはカスピ海西岸に突き出したアブシェロン半島の南岸に位置しています。
 周辺では石油が出るため、油田(バクー油田)を持ち、カスピ海には港が置かれています。

<観光の見どころ>
世界文化遺産バクー、シルヴァンシャー宮殿、及び乙女の塔 
 バクー城壁地区(旧市街): 
  イチェリ・シェヘルと呼ばれる旧市街で、かつて旧市街を防護していた城壁の一部が残っています。
  世界遺産保護区に含まれる史跡は、下記の通りです。
   ・メフメト・モスク
   ・12世紀のメドレセ(神学校)
   ・ハッジ・ガーイブのハンマーム(浴場)
   ・ゾロアスター教寺院
   ・カースム・ベクの隊商宿
   ・カースム・ベクのモスク
   ・ムルターニー人(インド商人)の隊商宿
   ・ブハラ人(中央アジア商人)の隊商宿
   ・17世紀のハンマーム(浴場)跡

 シルヴァン・シャー宮殿: 
  シルヴァン朝のハーン(君主)が住んでいた宮殿。
  宮殿施設のうち、世界遺産保護区に含まれる史跡・建造物は、下記の通りです。
  ・シルヴァン・シャー霊廟
  ・セイッド・イェフヤ・バクーヴィー霊廟
  ・ケイグバードのモスク

 乙女の塔
  11世紀頃に建てられた高さ28mの塔で、悲話が伝説となって残っています。
  かつてバクーを統治したモンゴル系の王が、あろうことか自分の娘である王女に言い寄り、悲観した
  王女がカスピ海に身を投じたと言うものです。実際には要塞の見張塔で、かつてはカスピ海の海岸線に
  建っていたそうです。

 拝火教寺院(アテシュギャーフ寺院)跡
  バクーの東30kmの位置に、ゾロアスター教の拝火教寺院の史跡が残っています。
  イスラムの浸透とともに、この地を追われたゾロアスター教徒が、インド西北部に逃れ、そこでヒンドゥー
  教の影響を受け、再びアゼルバイジャンに拝火教をもたらした故地。宗教施設であり、かつ商業センター
  としても機能していたと言われます。

 ゴブスタン国立保護区
  ゴブスタンには、世界文化遺産『ゴブスタンの岩絵の文化的景観』として登録された、岩絵群があります。
  コーカサスの先史時代の生活文化を知るしるべになっています。
  レイヨウや水牛を狩る男の絵や、踊る女の絵、舟に乗って旅をする人の絵など、貴重な生活文化が
  刻まれています。
  また、地球に700ほどしかない泥火山の一つが存在しています。
  2001年にはバクー近郊15kmに位置する泥火山から火柱が上がりました。拝火教が信じられたのも
  理解できます。

 油田
  車を降りて見学することは困難(というか不可能)ですが、遠目に石油関連施設を見ることができます。
  鳥の頭のようなオイル・ポンプや、油田・油井の鉄塔などが点在しています。

  カスピ海に面したバクーの散策も楽しみです♪


 ナヒチェバン自治共和国
  ナヒチェバン自治共和国は、アゼルバイジャン共和国の一部をなす自治共和国です。
  周囲は北西の一部がトルコ、北西から南東までがイラン、それ以外はアルメニアと国境を接しています。
  すなわち、アゼルバイジャンの飛び地となっています。さらにアルメニアに完全に周囲を囲まれている
  ナヒチェバン自治共和国の飛び地もあります。
  自治共和国の主都は、自治共和国名と同じくナヒチェバンです。
  (飛び地であるナヒチェバン自治共和国の)飛び地も含めて総面積は5,500平方キロメートルあります。
  人口は50万人弱で、そのうち8万人弱がナヒチェバン市(広域)に住んでいます。
  新石器時代にはすでにこの地に人の定住があったことが確認されています。
  紀元前8世紀から紀元前7世紀までは、帰属がマンナエ、ウラルトゥ、メディアと目まぐるしく変わります。
  紀元前6世紀にはアケメネス朝に朝貢し、その後、大アルメニア王国に属しました。
  5世紀にはササン朝ペルシア、623年には東ローマ帝国、7世紀中葉にはアラブ人に征服されました。
  11世紀にはセルジューク朝の管轄下に入り、12世紀にはセルジューク朝のスルタン・マスウードによって
  兄弟スレイマン・シャーの摂政が分封されて以降はナヒチェバンはその中心的役割を果たしました。
  13世紀〜14世紀にはモンゴル帝国の版図に入り、イルハン朝の領土となります。
  その後、ティムールに侵略され、15世紀には黒羊朝、白羊朝にも属しました。
  16世紀になると、サファヴィー朝の管理下に入ります。
  この時代を挟んで14世紀から18世紀にかけては、オスマン朝とペルシアとの紛争地域となりました。
  1747年、ペルシア最高指導者/統治者であったナーディル・シャーの死後にナヒチェバン・ハン国が誕生。
  その後、ロシアとペルシアの戦争に巻き込まれる形となり、1849年にはロシア帝国に編入されます。
  ソビエト連邦が成立すると、ナヒチェバン自治共和国は、アゼルバイジャン・ソビエト社会主義共和国の
  一部となりました。1991年8月30日、アゼルバイジャン共和国独立に伴い、アゼルバイジャンに併合される
  形となりました。
  現在、この地に中世から住んでいたアルメニア系住民は、ナゴルノカラバフ紛争により、追放されています。
  歴史の奔流に巻き込まれ、帰属の変遷もはなはだしかったナヒチェバンですが、そのためか、各時代に
  建設された美しいさまざまなイスラム建築が狭い国土の中にひしめき合っています。
  今回の旅ではナヒチェバン自治共和国の主都ナヒチェバンに位置する様々なイスラム建築を見学します。



★ジョージア★

 ソビエト連邦が崩壊し、独立した国々。
 その中でも異彩を放つのがジョージア。
 黎明期のソビエト連邦で強大な力と粛清の恐怖で支配体制を作り上げたスターリンや、
 ソビエト連邦末期からジョージア独立初期にかけて辣腕を振るったシュワルナゼの生国。
 この国の繁栄起源は、紀元前3世紀に遡ります。
 周辺がイスラム化してゆく中で、ジョージアと隣国アルメニアはキリスト教とキリスト教徒を守り続けました。
 独自の文字、美しい教会建築、独特の料理、なにをとっても珍しいジョージアに行ってみませんか?

 キリスト教を保護し、普及させたジョージアには、古刹・名刹と呼べる寺院が数奥あります。
 世界文化遺産に登録されたジュヴァリ大聖堂やスヴェティツホヴェリ大聖堂、バグラティ大聖堂やゲラティ
 修道院と枚挙にいとまがありません。

 素晴らしい教会建築や、ふしぎな洞窟都市遺跡(ウプリスツィヘ)を心ゆくまで楽しんだあとは、カフカス
 (コーカサス)の大山塊を訪れます。
 上スワネティ(アッパー・スワネティ)と呼ばれる地方には、非常にユニークな塔の家がたくさんあります。
 かつて争いの絶えなかったこの地方では、家族が籠城に耐えられるように、砦の機能と貯蔵庫の性質を
 併せ持つ、不思議な家が建てられました。
 今回の旅では、塔の家が最も美しい姿を見せてくれると評判の、ウシュグリ村まで足を延ばします。

 また、復路、洞窟都市ヴァルジアに立ち寄り、観光します。


<観光の見どころ>
トビリシ ジョージアの首都。トルコに水源のあるムトゥクヴァリ川の流域に広がる街で、
  三方を山に囲まれており、川岸から山の斜面にへばりつくような古い民家が印象的です。
  旧市街には伝統的な家屋が密集し、また、古刹・名刹の多い街としても有名です。

ムツヘタ ユネスコの世界文化遺産に登録された古都。町の起源は紀元前3世紀に
  さかのぼります。紀元前4世紀から紀元後5世紀まで、イベリア王国の首都として繁栄
  を極め、ジュヴァリ大聖堂や、スヴェティツホヴェリ大聖堂などが建立されました。
   
   ジュヴァリ大聖堂>

ウプリスツィヘ 洞窟都市遺跡というと、トルコのカッパドキアや、同じジョージア国内の 
  ヴァルジアが有名ですが、この洞窟住居群は紀元前6世紀にはすでに機能していたと
  いうのだから驚き。原始宗教の祭祀場や、ワインの醸造所もあります。
   
   <ウプリスツィヘ>

ゴリ 黎明期のソビエト連邦を牽引した、スターリンの誕生地。スターリンの生家は、
  強大な支配体制を作り上げ、粛清で連邦を震撼させた立役者の生家とは思えない、
  実に質素な建物です。

クタイシ 中世ジョージア建築の至宝と言われるバグラティ大聖堂や、美しい壁画と
  貴重な古文書を有するゲラティ修道院を有する街。ゲラティ修道院はユネスコの世界
  文化遺産に登録されています。
      
   <左 バグラティ大聖堂/右 ゲラティ修道院>

上スワネティ カフカスの大山塊に埋もれるように点在するスワネティ地方の村々。
  人々はなぜ、塔の家を建てたのか?そもそもこの深山になぜ、不思議な村々が点在
  するのか・・・今回の目的地はずばり、ここです。異文化体験を楽しみましょう。
         
  <メスティアの集落:  左 塔の家群/中 古い民家/右 塔の家>

ヴァルジア遺跡: ペルシャがユーラシア大陸を席巻していた時代、ギオルギ3世が
  ペルシャの侵略に対抗するため、要塞として創建したのが始まりだと言われています。
  12世紀後半にはギオルギ3世の娘タマル女王によって、修道院やチャペルが建立され、
  次第に洞窟都市としての機能を備えてゆきました。タマル女王は数年間をここに過ごし
  一時は3000ほどの洞窟部屋に50,000人の住民が住んでいたと言われています。
  山の中を蟻の巣のように築かれた洞窟都市は、外からその姿を確認することは非常に
  困難で、ムツクヴァリ川の近くにあった秘密のトンネルからしか出入りができませんでした。
  しかし、1283年(日本は弘安4年。後宇多天皇の御代。鎌倉幕府七代将軍・源惟康(惟康親王)/
  八代執権・北条時宗の治世)に大地震が起こり、洞窟の3分の2が崩落し、地表に洞窟が出現。
  13世紀にはサムツヘの大公ベカが鐘楼を奉納しました。1551年(日本は天文20年。後奈良天皇の
  御代。室町幕府十三代将軍・足利義輝の治世)には露出した洞窟都市はペルシャに侵略を受けて、
  めぼしい文化財はすべて持ち去られたとされます。現在は、地表に出た部分を見学できます。
  ヴァルジア遺跡の洞窟都市には王の間、厨、厠、チャペル、ワイン貯蔵庫など、数百から数千の
  部屋があります。水が汲める井戸があり、現在でも井戸水を飲むことができます。この井戸の水は
  『神聖なる水』として、持ち帰るとご利益があると言われています。

  

国名をジョージアとし、新しい国づくりを模索しているジョージアを楽しみましょう!



モデルプラン(手配旅行です)
============================================================================
====================================
<01日目>09月14日(土)
■行程: 羽田空港⇒ドーハ/ハマド空港⇒バクー
・・手続: 搭乗手続〜安全検査/出国審査
※移動: カタール航空で空路、ドーハ/ハマド空港
 QR−813 羽田空港    00:01⇒ドーハ     06:00
・・手続: 安全検査
※移動: カタール航空で空路、アゼルバイジャンの首都バクーへ。
 QR−351 ドーハ     07:30⇒バクー     11:20
・・手続: 査証申請→取得/入国審査〜受託手荷物引取〜通関を済ませ、出口へ。
*出迎: ガイドが空港にてお出迎え致します。
*昼食: ローカルの軽食堂
*観光: 午後、バクー市内観光
 〇
ヘイダル・アリエフ・センター: Heydar Aliyev Center (外観)
  イラクのバグダッド出身でイギリスを中心に活躍したの女性建築家ザハ・ハディドが
  遺した傑作のひとつ。美しい曲線が印象的な白亜の建物が訪れる人を魅了します。
  
  <訪れる人を「あっ」と言わせるすてきな造形>
 〇
殉教者の共同墓地: The Martyrs' Lane / Alley of Martyrs
  かつてキーロフ公園と呼ばれていたアゼルバイジャン物故志士の墓地。1990年1月
  20日のソ連によるバクー侵攻、アルメニアとの戦争の犠牲者たちが祀られています。
  
  <殉教者の共同墓地の奧には永遠の火が灯る>
 〇
フレーム・タワーズ: Flame Towers /高さ約190m (外観)
  訳せば『炎の塔』。アゼルバイジャンの歴史、文化、宗教、料理、発展に深く関わった
  『火』を象徴します。一棟はホテル、二棟はオフィスビル。夜はライトアップされます。
  
  <火の国アゼルバイジャンを象徴するフレーム・タワーズ>
 〇
カスピ海: Caspian Sea
  ロシア、カザフスタン、トルクメニスタン、イラン、アゼルバイジャンの五か国に囲まれた
  世界最大の湖(塩湖)で、近年、『海』と認定され領海協定で扱われることになりました。
  
  <カスピ海の景観を楽しめるバクー・アイ(大観覧車)>
 ●
アゼルバイジャン国立絨毯博物館: Azerbaijan National Carpet Museum (外観)
  バクーの高台の遊歩道の上から俯瞰します。絨毯を撒いたような形をしたバクーの
  名物建築のひとつ。500mほど東には巨大な観覧車バクー・アイ Baku Eyeが見えます。
  
  <絨毯を撒いたような形の国立絨毯博物館>
 〇
シルヴァン・シャー宮殿: Palace of the Shirvanshahs
  15世紀に建てられたシルヴァン朝のシャー(君主)が居住していた宮殿で、ユネスコの
  世界文化遺産『城壁都市バクー、シルヴァンシャー宮殿、及び乙女の塔』を構成します。
  
  <旧市街にあるシルヴァン・シャー宮殿>
 〇
旧市街: Old City / Icheri Sheher
  バクーで最初のユネスコ世界遺産に登録された旧市街。起源は5世紀頃と考えられ、
  迷路のような小路、共同浴場(ハンマーム)、モスク、神学校、隊商宿などが点在します。
  
  <左: バクー旧市街の名物バルコニー/右: 古色蒼然とした旧市街と現代のフレーム・タワーズ>
 〇
城壁と城門: Baki Fortress & Gosha Gala Gapisi
  ユネスコの世界文化遺産『城壁都市バクー、シルヴァンシャー宮殿、及び乙女の塔』は
  全体が堅固な城壁で囲まれ、北東部には立派な城門 Gosha Gala Gapisi が残ります。
  
  <バクー旧市街を護る城壁と城門>
 〇
ムハンマド・モスクのミナレット: The Minaret of Muhammad Mosque
  旧市街に建つ名刹ムハンマド・モスクのミナレット。壊れている箇所があり、不安定な形ながら
  旧市街を散策する人々のランドマークとなっています。付近に1323年の古い家もあります。
   
  <(左)ムハンマド・モスクのミナレット/(右)1323年・・・鎌倉幕府滅亡の10年前!・・・竣工の家>
 〇
隊商宿=キャラバンサライ: Caravanserai
  バクーは交通の要衝であったため、隊商宿がいくつもありました。現存する建物としては
  カースム・ベク、ムルターニー人(インド商人)、ブハラ人(中央アジア商人)の隊商宿が有名。
   
  <左: 典型的なキャラバンサライ跡/右: キャラバンサライ跡の中庭と宿舎>
 〇
共同浴場=ハンマーム: Hamam
  イスラムの生活文化の一端。現存する建物はHajji Gayyib Hamam、 Teze Bey Hamam、
  Gum Hamam、 Bairamali Hamam、 Agha Mikayil Hamam があり、外観ならば見学できます。
  
  <ハマームの正面玄関>
 〇
乙女の塔: Qiz Galasi / Maiden Tower
  異教徒の君主に求婚された王女が、夜をはかなんでカスピ海に身を投げたという伝説の
  塔。11世紀に建てられ、実際には旧市街を護る要塞の望楼の役割を果たしていたそうです。
  
  <悲話の舞台『乙女の塔』>
*夕食: ローカル・レストラン(ケバブ)
*宿泊: バクー | ハーモニー、ホテル28 または同等
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<02日目>09月15日(日)
■行程: バクー⇔ナヒチェバン
・・朝食: 含まれません。現地精算で各自お召し上がりいただきます。。
*送迎: 専用車でホテルから空港へ。
*移動: アゼルバイジャン航空で空路、ナヒチェバンへ。
 J2−251 バクー 08:00⇒ナヒチェバン  09:30
*観光: ナヒチェバン観光(市庁舎、モスク、商店などを見学)
 〇
アエスハブ・ケヒフ Eshabi-Kehf
  ナヒチェバンの聖地。巡礼者が洞窟の聖地にお詣りに来る霊場です。
  
  <アエスハブ・ケヒフの聖なる洞窟>
 〇
ナヒチェバン・カラと博物館
  ナヒチェバンの城壁跡と博物館。ナヒチェバンの歴史や民俗について学べます。
  
  <ナヒチェバンを護っていた城塞ナヒチェバン・カラ>
 〇
ノア廟
  ノアとは、旧約聖書に出てくるノアの箱舟の主人公。預言者として廟に祀られています。
   
  <左: ノア廟の外観/右: 内部拝観をしたらノアの方舟の模型を見て!>
 〇
ジュマ・モスク
  ジュマ・モスクとは『金曜日のモスク』で、毎週金曜日には大勢の参拝者が訪れます。
  
  <ナヒチェバンを代表する名刹のひとつ>
 〇
モミネ・ハトゥン廟
  おそらくナヒチェバンで最も美しいイスラム建築のひとつです。
  
  <ナヒチェバンの数あるイスラム建築の中でも傑作といわれるモミネ・ハトゥン廟>
 〇
野外博物館
  ナヒチェバンの墓標近くで発見されたヤギやヒツジの石像が展示されています。
   
  <左: 墓地から出土した品を展示する野外博物館/右: 家畜の石像>
 〇
ハーン宮殿
  かつてナヒチェバンを統治していた王(ハーン)の暮らしていた王宮跡
  
  <ナヒチェバンを統治したハーンの宮殿>
 〇
塩坑道
  ナヒチェバンの郊外に位置する塩の坑道で、一部はセラピー院として使用されています。
  
  <塩坑の塩は喘息に効くそうです>
 〇
ユシフ・イブン・クセイル廟
  街中にあるとんがり屋根のかわいらしい廟
  
  <ナヒチェバン旧市街にある廟>
*昼食: ローカルの軽食堂
  
  <空港の食堂ではナヒチェバン料理が食べられます>
*移動: アゼルバイジャン航空で空路、バクーへ。
 J2−254 ナヒチェバン  15:30 ⇒ バクー 16:50
*夕食: ローカル・レストラン(ケバブ)
*宿泊: バクー | ハーモニー、ホテル28 または同等
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<03日目>09月16日(月)
■行程: バクー⇒トビリシ
*朝食: ホテル
*観光: 終日、バクー郊外を観光します。
 ●カスピ海の景観(車窓): 運が良ければ作業船を見ることができるかもしれません。
   
  <左: カスピ海沿岸は石油・天然ガス等の宝の山/右: ところどころに簡易オイル・ポンプが>
 ◎
ゴブスタン博物館
   
  <左: ゴブスタン博物館で岩絵の時代に触れよう!/右: 古代の猟師の家(復元)>
 ◎
ゴブスタン岩絵群
   
  <左: ゴブスタンの岩絵1人物像/右: ゴブスタンの岩絵2牛>
 ◎
アテシュギャーフ拝火教神殿跡
   
  <左: アテシュギャーフの祭壇/右: 宿坊にはアテシュギャーフの歴史に関する展示がある>
 〇
燃える山ヤナル・ダグ
  バクーの北西に位置する丘で、“燃える丘”という意味です。
  地中から噴出する天然ガスが燃えており、絶えることのない火はまさに神秘。
  拝火教が信じられていたのも、火が創り出す神秘性に起因しているのかもしれません。
  周辺は石油の採掘場になっています。
  
  <燃え続ける炎の山ヤナル・ダグ>
 ●
石油採掘場の景観(車窓)
   
  <左: 休まず稼働するオイル・ポンプ/右: ゴブスタン付近の油井>
*昼食: ローカル食堂
  
  <アゼルバイジャンの家庭料理のイメージ(一例)>
*夕食: ローカルの軽食堂
*送迎: 観光終了後、空港にご案内致します。
・・手続: 搭乗手続〜安全検査/出国審査
※移動: アゼルバイジャン航空で空路、ジョージアの首都トビリシへ。
 J29225 バクー     23:00⇒トビリシ    00:10 翌
・・手続: 入国〜受託手荷物引取〜通関を済ませ、出口へ。
*送迎: 専用車で空港からホテルにご案内致します。
*宿泊: ホテル・ツータ(スタンダード部屋)または同等
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<04日目>09月17日(火)
■行程: トビリシ
*朝食: ホテル
*観光: 朝、トビリシのミニ観光にご案内致します。
 ◎
メテヒ教会: 創建が5世紀の古刹。ムトゥクヴァリ川のほとりの丘の上に建つ。
   
  <左: 豪壮なメテヒ教会の外観/右: 天と地とを結ぶイメージのファサード>
 ○
硫黄鉱泉: 旧市街に位置する浴場は、硫黄鉱泉をひく名湯として知られる。
   
  <左: 温泉街には浴場のドームが並ぶ/右: 温泉街から見上げるナリカラ要塞>
 〇
タマダの像: タマダとはジョージア伝統の宴に於けるトーストマスター(宴会奉行)
   
  <左: ジョージアの宴会は宴会奉行が取り仕切る/右: 旧市街のレストラン街>
 ◎
シナゴーグ(ユダヤ教会): イスラエル建国とともに、去った。ユダヤ人の祈りの跡
   
  <左: シナゴーグの正面玄関/右: シナゴーグの内陣>
 〇
キャラバンサライ跡: トビリシは交通の要衝であったため、隊商宿もありました。
   
  <左: 通りの南側のキャラバンサライ跡/右: 通りの北側のキャラバンサライ跡>
 ◎
シオニ大聖堂: 創建6世紀のジョージア正教の総本山。遠くから巡礼に来る人も多い。
   
  <左: シオニ大聖堂の本堂/右: 境内の西側に建つ鐘楼>
*観光: その後、軍用道路観光へとご案内致します。
 〇軍用道路
  ロシア連邦のウラジカフカス(コーカサスを征服せよ)とトビリシとを結ぶ街道を
  1799年(日本は寛政11年。光格天皇の御代。江戸幕府第十一代将軍・徳川家斉の
  治世)に帝政ロシアがコーカサス攻略のための軍用道路として整備したものです。
  ジョージア側の国境地点カズベギ(ステッパンツミンダ)までは舗装されています。
  物騒な名前からは想像がつかないほど風光明媚な景勝地が多く、世界中の旅人を
  未了しています。今回の旅では、ジョージア滞在の一日を使って、軍用道路を往復し、
  数々の景勝地を訪れます。コーカサス攻略の道であったり、交易路であったり、道は
  多くの旅人や隊商たちを往来させ、複雑な歴史を刻んできた、まさに歴史街道です。
   
  <左: よく見ると山肌に穴居の遺跡が・・・/右: 軍用道路を進むとやがて雪山が見えてくる>
   
  <左: 軍用道路ツアーに含まれるある日の昼食/右: デザートも出ました!>
   
  <左: 季節によっては雪原を歩くこともできる/右: 5月初旬の軍用道路(十字架峠付近)>
 〇
ジンヴァリ貯水湖
  首都トビリシの水源となっているジンヴァリ貯水湖には、ジンヴァリ・ダムがあります。
  コーカサスの山々に囲まれた静かな貯水湖は、軍用道路の第一の絶景ポイントです。
   
  <左/右: 碧い水をたたえるジンヴァリ貯水湖>
 〇
アナヌリ教会
  ジンヴァリ貯水湖の湖畔に残る要塞。その城壁の中に、二つの教会があります。
  17世紀の建立で、大きい教会は聖母教会です。外観はもとより内装もみごとです。
   
  <左: 大コーカサス山脈の塔の家のような望楼/右: アナヌリ教会の本堂>
   
  <左: 境内を進むともう一つのお堂に着く/右: 塔の家のような鐘楼>
 〇
十字架峠
  軍用道路の先にはロシア連邦のウラジカフカスがありますが、ウラジカフカスは、
  オセチアの中心地です。12世紀、ジョージアの建設王ダヴィッド4世は、イスラム教の
  国であったオセチアとの国境に、木製の大きな十字架を建設したと言われています。
  ちなみに十字架峠は標高2379mで、軍用道路の最高地点となっています。峠には、
  最高地点を示すモニュメントが建てられています。十字架はジュヴァリと呼ばれます。
   
  <左: ジョージア=ロシア友好のモニュメント/右: 5月の十字架峠付近の雪山>
 〇
ステッパンツミンダ(カズベギ)
  現在、ジョージア語でステッパンツミンダと呼ばれていますが、旧名のカズベギでも
  有名です。ロシアとの国境とは10kmほど北にあり、辺境の雰囲気が漂っています。
   
  <左/右: 軍用道路の終点ステパンツミンダ。有料トイレや売店があります>
 〇
ツミンバ・サメバ教会(ゲルゲティのツミンバ・サメバ教会)
  ステッパンツミンダには、ジョージアを代表する名刹のひとつ、ツミンバ・サメバ教会が
  あります。14世紀に建立された山岳寺院で、ツアーでは車でアクセスしますが、夏季は
  トレッキングしながら参拝することができます。ここが軍用道路のツアーの終着点です。
  ツミンバ・サメバ教会は、5043mのカズベグ山を擁する、大コーカサス山脈の山懐に
  位置しています。晴れた日には、大コーカサス山脈やカズベグ山を見ることができます。
   
  <左/右: 美しいツミンバ・サメバ教会>
*昼食: ローカル・レストラン
*夕食: ローカル・レストラン
*宿泊: ホテル・ツータ(スタンダード部屋)または同等
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<05日目>09月18日(水)
■行程: トビリシ→ムツヘタ→ゴリ→ズグディディ
*朝食: ホテル
*移動: 専用車で観光しながらズグディディに移動します。
*観光: 道中、下記の場所に立ち寄り、観光をします。
<世界文化遺産ムツヘタ(紀元前3世紀〜紀元後6世紀までの首都)>

 ◎ジュヴァリ聖堂: 古都ムツヘタを眼下に見下ろす山の上に建つ6世紀建立の名刹。
   
  <左: 豪壮なジュヴァリ大聖堂/右: ジュヴァリ大聖堂から見るムツヘタの景観>
 ◎
スヴェティツホヴェリ大聖堂: 337年にキリスト教を国教としたミリアン王の墓がある
   
  <左: 堅固な石壁に囲まれたスヴェティツホヴェリ大聖堂/右: 石壁の中にある本堂>
<ゴリ/ウプリスツィヘ周辺>
 ○
ゴリのスターリンの生家: ソ連を牽引した立役者スターリンの生家は意外に・・・
   
  <左: ヨシフ・スターリンの生家/右: スターリンの専用列車の内部>
 ◎
ウプリスツィヘ洞窟都市遺跡: ジョージアのカッパドキア?教会も備えた地下都市!
   
  <左/右: ウプリスツィヘの洞窟都市>
   
  <左/右: 近づくとかなり立派な部屋が彫られているのに驚かされる>
   
  <左: 洞窟住居遺跡と教会/右: ランチで食べたジョージアの伝統料理ハチャプリ>
*昼食: ローカル・レストラン
*夕食: ローカル・レストラン または ホテル
*宿泊: ガーデン・パレス・ホテル(スタンダード部屋)または同等
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<06日目>09月19日(木)
■行程: ズグディディ→ウシュグリ→メスティア
*朝食: ホテル
*移動: 専用車で観光しながらスワネティ地方へ。ホテル到着は20時頃です。
*観光: 到着後、ゼモ・スワネティを観光します。
   
  <左: ヨーロッパ・中東で最大のエングリ・ダム/右: くぐるのが怖い?手掘りのトンネル>
  
   
  <左: つづら折りの山道を進む/右: 道中のロッジでトイレを借りられます。飲物も買えます>
<メスティア>
 〇
メスティア博物館
   
  <左: 動植物をモチーフにした民具/右: 博物館には民俗資料が数多く展示されています>
 〇
メスティアの塔の家
   
  <左: 内部見学のできる『塔の家』/右: 報復の歴史が生んだ報復から逃れるための『塔の家』>
<ウシュグリ>
 〇
ウシュグリの塔の家
   
  <右: ウシュグリ村の教会/右: ウシュグリ村の奧には大コーカサス山脈>
   
  <左/右: 郷愁を誘うウシュグリ村の『塔の家』>
*昼食: お弁当 または ローカルの軽食堂
*夕食: ホテル
*宿泊: マウンテン・リゾート(スタンダード部屋)または同等
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<07日目>09月20日(金)
■行程: メスティア→クタイシ→アハルツィヘ
*朝食: ホテル
*移動: 専用車で観光しながらアハルツィヘへ。
*観光: 道中、クタイシを観光します。
 ◎
バグラティ大聖堂: 11世紀建立の中世ジョージア建築の至宝。元・世界遺産
   
  <左: 元・世界文化遺産バグラティ大聖堂/右: バグラティ大聖堂の鐘楼>
 ◎世界文化遺産 
ゲラティ修道院: 1106年建設の修道院で壁画・蔵書も貴重
   
  <左: ふたつのお堂が並んで見えるゲラティ修道院の参道/右: ゲラティ修道院の鐘楼>
   
  <左: ここの地下にはワイン蔵があります/右: 偉大なる創健者ダヴィド四世の陵墓>
*昼食: ローカル食堂
*夕食: ホテル
*宿泊: ホテル・ロムシア(スタンダード部屋)または同等
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<08日目>09月21日(土)
■行程: アハルツィヘ→ヴァルジア遺跡→トビリシ⇒
*朝食: ホテル

*移動: 専用車で観光しながらトビリシに移動します。
*観光: 道中、ヴァルジア遺跡に立ち寄り、観光をします。
 ○
ヴァルジア遺跡: ペルシャがユーラシア大陸を席巻していた時代、ギオルギ3世が
  ペルシャの侵略に対抗するため、要塞として創建したのが始まりだと言われています。
  12世紀後半にはギオルギ3世の娘タマル女王によって、修道院やチャペルが建立され、
  次第に洞窟都市としての機能を備えてゆきました。タマル女王は数年間をここに過ごし
  一時は3000ほどの洞窟部屋に50,000人の住民が住んでいたと言われています。
   
  <左: ヴァルジア遺跡の遠望/右: 無数にある洞窟住居跡>
   
  <左: 玄関のある洞窟『お屋敷』/右: 一見しただけではわからない教会>
   
  <左: 洞窟内にはこうした通路が無数に彫られている/右: 名物マス料理が出ることも!>
*昼食: ローカル・レストラン
*夕食: ローカル・レストラン
*送迎: 専用車で空港にお送り致します。
・・手続: 搭乗手続〜安全検査/出国審査
・・宿泊: 機内泊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<09日目>09月22日(日)
■行程: ⇒トビリシ⇒ドーハ⇒羽田空港
※移動: カタール航空で空路、ドーハ/ハマド空港へ。
 QR−256 トビリシ    03:10⇒ドーハ/ハマド 05:15
・・手続: 安全検査
※移動: カタール航空で空路、羽田空港へ。
 QR−812 ドーハ     06:45⇒羽田空港    22:40
・・帰国
====================================
==============================================================================================
※内容は予告なく変更になる場合もあります。
※この旅行は手配旅行となります。


 2019年09月14日(土)羽田発
 添乗員が同行/または/合流し、お世話致します。


<最少催行人数 :1名様より催行>

★添乗員同行/または/合流★

 ◆2019年◆
人数 ご旅行代金 航空券代 合計
 1名様でご参加の場合   お問合せ下さい。   お問合せ下さい。   お問合せ下さい。
 2名様でご参加の場合 お問合せ下さい。 お問合せ下さい。 お問合せ下さい。
 3名様でご参加の場合 お問合せ下さい。 お問合せ下さい。 お問合せ下さい。
 4名様でご参加の場合 お問合せ下さい。 お問合せ下さい。 お問合せ下さい。
 5名様でご参加の場合 お問合せ下さい。 お問合せ下さい。 お問合せ下さい。
 6名様でご参加の場合 お問合せ下さい。 お問合せ下さい。 お問合せ下さい。
 7名様でご参加の場合 お問合せ下さい。 お問合せ下さい。 お問合せ下さい。
 8名様でご参加の場合 お問合せ下さい。 お問合せ下さい。 お問合せ下さい。
 9名様でご参加の場合 お問合せ下さい。 お問合せ下さい。 お問合せ下さい。
10名様でご参加の場合 お問合せ下さい。 お問合せ下さい。 お問合せ下さい。
 お一人部屋追加料金   お問合せ下さい。


●お申込期間:出発2週間前までにお申し込みください



●旅行代金には下記のものが含まれます*
 *専用車:
  バクー到着からバクー出発まで、専用車となります。
  トビリシ到着からトビリシ出発まで、専用車となります。
   ・・燃料、運転手(運転手の宿泊費・食費・日当)を含みます。
 *観光費:  観光に必要な入場料・拝観料
 *ガイド:  英語ガイド
 *食事代:  朝食6回、昼食8回、夕食8回
 *宿泊費:  下記の宿泊施設 または 同等クラスの宿泊施設
  バクー  :  ハーモニー、ホテル28(スタンダード部屋)または同等
  トビリシ  :  ホテル・ツータ(スタンダード部屋)または同等
  ズグディディ:  ガーデン・パレス・ホテル(スタンダード部屋)または同等
  メスティア :  マウンテン・リゾート(スタンダード部屋)または同等
  アハルツィヘ:  ホテル・ロムシア(スタンダード部屋)または同等
 *税 金:  観光税・宿泊税

●旅行代金に含まれないもの(ご利用航空会社によって料金が変わります)
 *国際線航空券: 関西空港施設使用料、入出国関連料金、空港税
 *個人的支払い: 電話、FAX、ネット通信費/チップ/明記されていない食事/
  お飲み物/オプショナルツアー/査証代




【査証(ビザ)】
アゼルバイジャン
※日本国籍の方は30日以内の滞在に査証は、バクーのヘイダル・アリエフ空港で取得できます。(7/25現在)
 料金は無料です。
 顔写真は不要ですが、念のため、4.5cmx3.5cmの証明写真(カラー)を2枚用意しておきましょう。
 但し、入国時に6カ月以上+滞在日数以上の旅券(パスポート)残存有効期間が必要です。
ジョージア
※日本国籍の方は90日以内の滞在に査証は不要です。
 但し、入国時に3カ月以上+滞在日数以上の旅券(パスポート)残存有効期間が必要です。




 

 
電話でのお問合せは・・・・080−5028−6007 まで
▲TOPへ