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2018年11月10日(土)出発
明治維新150年シリーズ

映画“長州ファイブ”の世界
イギリス&上海幕末史散策
長州五傑の軌跡 7日間の旅
幕末、攘夷論に沸く長州藩からきた五人の留学生たちの軌跡を辿ります。
東京(羽田/成田)・大阪・福岡発着 アシアナ航空利用プラン

ここがポイント!

イギリス歴史散策 長州五傑の軌跡4泊6日

◆幕末、攘夷に沸く長州藩から五人の留学生がロンドンに赴いた◆

   ★内閣の父・伊藤博文 (右上)
   ★外交の父・井上馨  (左下)
   ★工学の父・山尾庸三 (右下)
   ★鉄道の父・井上勝 (中央)
   ★造幣の父・遠藤謹助 (左上)








後世の人々は、彼らを
『長州五傑 CHOUSHU FIVE 』と呼びます。
文久三年(1863年)から元治元年(1864年)にかけて久坂玄瑞を中心とする長州藩は、下関を中心に、外国船に対する砲撃を行い、その報復を受け、 たび重なる異国との戦いの中で、国の内外に攘夷の急先鋒であることを示しました。

長州五傑の渡航をサポートしたのは、ジャーディン・マセソン商会でした。
当時の上海には、アヘン戦争の戦利品(名目は租借地)として、租界が出来上がっていました。
既に前年、江戸幕府の帆船『千歳丸』が上海に渡航しています。
実験的な貿易と、イギリスがアジアでなにを目論んでいるか、密かに調査するためです。
その中には長州藩の高杉晋作もいました。
高杉は、列強と戦えば国力の差から敗北は必至、敗北すれば国あるいは国の一部を獲られる事を認識。
『真の攘夷とは、国力を増強し、列強の侵略を許さない事』であることを確信しました。
彼の視察の報告を受けた長州藩の上層部は、列強との国力の差に衝撃を受けたに違いありません。
国内には、攘夷の先鋒であるという姿勢を保ったまま、密かに留学生をイギリスに送ることを考えます。
勤王の志士のリーダーであった周布政之助は、江戸藩邸にいた大村益次郎に差配を指示しました。
大村(当時は村田蔵六)は、長州藩の御用商人であった大黒屋を介し、英国一番館に接触します。
英国一番館はジャーディン・マセソン商会の横浜支店で、長州藩からの留学生渡航に賛同しました。
長州藩は、はじめ、井上馨、山尾庸三、井上勝(当時は野村弥吉)に密航を命じます。
後に伊藤博文、遠藤謹助が加わり、5人になった留学生は、横浜を出発、上海を経由して渡英します。
井上馨、伊藤博文は、水夫の扱いを受け、ロンドンまでの四カ月、過酷な労働の日々を送ったと言います。
それは、井上が、渡航目的を聞かれ、海軍(ネイビー)と答えるべきところ、航海術(ナビゲーション)と
答えたためだと言われています。
ロンドンに到着した5人は、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで学び、攘夷の不可を悟ります。
やがて長州藩が外国船を砲撃したというニュースを聞いた井上馨と伊藤博文は攘夷をやめさせるため
帰国、のちに病気になった遠藤謹助も帰国します。
残った井上勝と山尾庸三は、それぞれ使命を全うし、維新後まもない日本に帰国します。

この旅では、長州が生んだ5人の先駆者たちの、英国での軌跡を辿ります。
また、今回は彼らが立ち寄った上海にも寄ります。


<観光の見どころ>
長州五傑の軌跡(ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン ロンドン大学外観と長州五傑の碑見学)
ガワー通り103番の家(井上馨・山尾庸三寓居跡)
プロヴォスト街・フェローズ・ロード
[伊藤博文・井上勝・遠藤謹助寓居跡(ウィリアムソン教授宅)]
山尾庸三の軌跡(旧ロベルト&サンズ社「ネイピア造船所跡」、ストラスクライド大学「アンダーソン図・カレッジ跡」
ブルークウッド墓地 BROOKWOOD CEMETERY(長州五傑欠員補充人員〜山崎小三郎の墓)

※ロンドン1泊延泊プランもあります。
長州とも縁の深いアーネスト・サトウの軌跡を追います。


推奨モデルプラン(手配旅行です)
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<01日目>11月10日(土)
■行程: 成田空港⇒イスタンブール⇒ロンドン(LHR=ヒースロー)
・・手続: 搭乗手続〜安全検査/出国〜搭乗
※移動: アシアナ航空で空路、ソウル/インチョン空港へ。
≪新千歳空港発着の場合≫
 お問い合わせください
≪仙台空港発着の場合≫
 お問い合わせください
≪羽田空港発着の場合≫
 OZ−177 羽田空港    06:10⇒インチョン空港 08:45
≪成田空港発着の場合≫
 OZ−107 成田空港    09:00⇒インチョン空港 11:30
≪中部空港発着の場合≫
 お問い合わせください
≪関西空港発着の場合≫
 OZ−111 関西空港    10:50⇒インチョン空港 12:40
≪福岡空港発着の場合≫
 OZ−131 福岡空港    11:30⇒インチョン空港 13:00
≪宮崎空港発着の場合≫
 お問い合わせください
≪那覇空港発着の場合≫
 お問い合わせください
・・手続: 安全検査〜乗換手続
※移動: アシアナ航空で空路、上海/浦東空港へ。。
 OZ−365 インチョン空港 14:10⇒上海/浦東空港 15:10
*送迎: 送迎車で空港からホテルにご案内致します。
*夕食: ローカル・レストラン または ホテル
*宿泊: 上海外灘中南海濱酒店(スタンダード部屋)または同等
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<02日目>11月11日(日)
■行程: 上海
*朝食: ホテル
*観光: 半日、外灘を観光します。
 〇
上海租界の歴史的景観(外灘の対岸からの眺望):
  アヘン戦争で清国に勝利したイギリスは、南京条約により上海を開港させます。
  同時にイギリスは、領事館と、イギリス人(外国人)の居住地の建設を清朝に認めさせます。
  現在の外灘(バンド)は租界当時の面影を残しています。
  上海租界には、文久2(1862)年、幕府が帆船『千歳丸』を派遣しています。
  表向きは貿易、実際にはイギリスがアジアで何をしようとしているのかを見定めるためでした。
  一行は、租界における清国の立場をつぶさに見て、列強との国力の差を思い知ります。
  長州藩の高杉晋作、肥前佐賀藩の中牟田倉之助、薩摩藩の五代友厚が同行しています。
  彼等が、土佐の浪士たちに仲介され、後に薩長土肥を形成したのは必然だったかもしれません。
 〇
外灘
  外灘にはイギリス租界から共同租界時代に建てられた美しい建物がたくさんあります。
  今回は、租界時代に思いをはせながら、美しい欧風建築群を見学します。
 〇
旧ジャーディン・マセソン商会(怡和洋行大樓): 外灘27号
  長州五傑が訪れた際の社屋は既に改築により姿を消しています。
  英国一番館の館長ウィリアム・ケズウィック(ウィリアム・ジャーディンの姉の子)は、五傑のため、
  チェクスウィック号を差配し、五傑はその船に乗って横浜から上海にやってきました。
  既に租界である外灘には、ヨーロッパ風の建物が林立し、港には100艘を超える蒸気船が
  入港しており、それを見た五傑は、開国派に転じたと言われています。
 ※時間が許せば、上海タワー、レトロな路地裏『田子坊』、豫園を訪れます。
*昼食: 小籠包 または B級グルメ
*夕食: ローカル・レストラン または ホテル
*宿泊: 上海外灘中南海濱酒店(スタンダード部屋)または同等
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<03日目>11月12日(月)
■行程: 上海⇒ソウル/インチョン空港⇒ロンドン/ヒースロー空港
*朝食: ホテル(但し、時間によりお召し上がり頂けない場合がございます)
*送迎: 専用車でホテルから空港にご案内致します。
・・手続: 搭乗手続〜安全検査/出国
※移動: アシアナ航空で空路、ソウル/インチョン空港へ。
 OZ−368 上海/浦東空港 08:25⇒インチョン空港 11:20
・・手続: 安全検査
※移動: アシアナ航空で空路、ロンドン/ヒースロー空港へ。
 OZ−521 インチョン空港 14:30⇒ヒースロー空港 17:50
・・手続: 入国〜受託荷物引取〜通関を済ませ、出口へ。
*送迎: 契約タクシーまたは専用車で空港からホテルへ。
*夕食: ローカル・レストラン
*宿泊: ブルームズベリー・パーク・ア・シスル・アソシエイト・ホテル(スタンダード部屋)または同等
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<04日目>11月13日(火)
■行程: ロンドン→グラスゴー
*朝食: ホテル
*視察: 
長州五傑の軌跡(順不同)  
 ○
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)/エントランス・ホール外観/「長州五傑の碑」    ロンドンに到着した長州五傑は、彼らの渡海に協力した船長の先導で、ウィリアムソン教授の
  家に下宿し、やがてユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで基礎知識を学ぶようになります。
  彼らはウィリアムソン教授の教室に特別聴講生として編入され、熱心に、科学を学びました。
  下宿ではウィリアムソン教授夫妻に英語を学び、イギリス人の生活文化を学び、カレッジでは
  科学と文明を学んだ五傑は、いつしか“帰藩して藩のために技術者として活躍する”という
  意識から、“技術を日本に普及させ、挙国一致で富国強兵にあたる”という意識を持つに到ります。
  井上聞多(馨)は帰藩した後、攘夷運動の非を語り、刺客の襲撃に重傷を負いながら(袖解橋ノ変)、  長州の開港に尽力し、伊藤俊輔(博文)は高杉晋作の保守政権打倒(功山寺決起)に加わり、長州
  の近代化、やがては日本の政治の近代化のために活躍することになります。
 ○
ガワー通り103番の家「井上馨・山尾庸三寓居跡」
  日本の近代化には工業の発展が不可欠と悟った山尾庸三、攘夷運動で無駄な人材や経費を
  浪費せず、西欧文明や政治形態や生活文化を吸収し、発展させ、日本を西洋に負けない国に
  作り直すという強い意志を持った井上聞多(馨)は、ガワー通り103番地の家に寓居しました。
  久坂玄瑞や高杉晋作に従って品川御殿山の英国公使館を焼き討ちしたメンバーに入っていた
  二人は、長州藩が攘夷運動に邁進する文久三年〜元治元年の間、いち早く、富国強兵が必要と
  悟り、新しい時代に向けての第一歩をしるすのです。
 ○
プロヴォスト街・フェローズ・ロード「伊藤博文・井上勝・遠藤謹助寓居跡」
  この場所は、五傑の師ウィリアムソン教授宅があった場所で、史跡のプレートが残っています。  
  伊藤俊輔(博文)と野村弥吉(井上勝)、遠藤謹助は、そのままウィリアムソン教授宅にとどまり、
  勉学を続けます。伊藤は攘夷志士時代、国学者・塙次郎(塙保己一の嫡男)や、高槻脱藩浪士・
  宇野東桜を暗殺した、実行部隊で、品川御殿山の英国大使館焼き討ちにも参加していました。
  最も過激な攘夷派のひとりであった伊藤俊輔は、ロンドンに来て日英の国力の差を痛感し、
  外国と比肩するためには富国強兵が必須と悟り、日本の近代化に尽力することを誓います。
  野村弥吉(井上勝)は、鉄道に興味を示し、日本の近代交通網完備の一環として鉄道の開設を
  夢見て、その夢の実現のため、技術を学ぶため、東奔西走することになります。遠藤謹助は、
  藩命で渡英したものの、肋膜炎の悪化により、思うように学業が進まず、焦りを感じていました。
  ロンドン滞在中、紙幣というものに触れた遠藤謹助は、この紙幣を日本で作ることを決意し、
  造幣を学んで慶応二年に帰国します。大阪造幣局名物の“桜の通り抜け”は彼の発案です。
  長州藩の攘夷を抑止すべく、伊藤が元治元年、病気療養のため、遠藤は慶応二年に帰国します。
*昼食: パブ(英国らしさを感じさせるパブ・ランチ)
*送迎: 契約タクシーまたは専用車でロンドン・キングスクロス駅へ。
*移動: ナショナルレイルGR636000でエジンバラへ。
 鉄道NRGR キングスクロス駅13:00→エジンバラ駅  17:18
*移動: ナショナルレイルSR757700に乗り換えて、グラスゴー/ハイストリート駅へ。
 鉄道NRSR エジンバラ駅  17:37→グラスゴーHS駅18:50
*送迎: 契約タクシーまたは専用車でハイストリート駅からホテルへ。
*夕食: ローカル・レストラン または ホテル
*宿泊: シャーブルック・キャッスル・ホテル(スタンダード部屋) または同等
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<05日目>11月14日(水) 
■行程: グラスゴー
*朝食: ホテル
*視察: 山尾庸三の軌跡  
 ○
旧ロベルト&サンズ社「ネイピア造船所跡」
  文久三(1863)年05月10日、長州藩は久坂玄瑞が率いる“光明寺党”を中心とした
  攘夷派勢力が、アメリカ商船ペンブローク号を砲撃。更に05月23日にはフランス通報艦
  キャンシャン号を、05月26日にはオランダ東洋艦隊のメデューサ号を砲撃しました。
  当時の万国公法/海律に違反するこの攻撃に、諸外国は報復攻撃を決定し、6月1日には
  アメリカ軍艦ワイオミング号が下関を攻撃、更に6月5日、フランス東洋艦隊のセミラミス号、
  タンクレード号が長州藩の砲台を破壊しました。
  長州五傑のうち、井上聞多(馨)、伊藤俊輔(博文)は、新聞にて長州藩の諸外国船舶への
  攻撃を知ります。イギリスと日本、当時の文明の格差を、ロンドンで痛感した二人は、攘夷の
  非を悟り、攘夷運動を抑止するために日本への帰国を決意、帰国の途につきます。
  山尾庸三は、日本の近代化には海軍力/航海術の向上が必須と悟り、遠藤謹助の病気による
  帰国を待ち、単身、グラスゴーの造船所へと向かいます。日本に工業を興し、西洋の技術を普及
  させると決意した山尾は・・・はたして・・・
 ○
ストラスクライド大学「アンダーソンズ・カレッジ跡」
  長州藩は、長州五傑を渡航させるにあたり、ひとり1,000両の予算を用意しましたが、物価の
  急騰するロンドンで、路銀が心細くなります。偶然、出会った薩摩藩留学生たちは、長州秘密
  留学生に、当座の費用を用立てたそうで、薩長盟和の第一歩となったという説があります。
  グラスゴーに赴いた山尾庸三は、アンダーソンズ・カレッジに通うかたわら、造船技術を体で
  学ぶため、造船所で工夫として働いたといいます。山尾は工場で聾唖の女工たちが手話で
  会話する姿を見て、手話を覚えれば、聾唖の人でも生産活動/労働ができると判断しました。
  山尾は帰国後、工業の普及に尽力しますが、同時に、手話や読唇術を教える機関の設立にも
  尽力しました。『工業を興す者は、技術のみならず、その技術を教え、伝えることも必要』と唱え、
  明治日本の近代化に大きな功績を残しました。
*昼食: パブ(英国らしさを感じさせるパブ・ランチ)
*送迎: 契約タクシーまたは専用車でグラスゴー/ハイストリート駅へ。
*移動: ナショナルレイルSR663500でエジンバラへ。
 鉄道NRSR グラスゴーHS駅13:10→エジンバラ駅  14:13
*移動: ナショナルレイルGR556000でロンドン/キングスクロス駅へ。
 鉄道NRGR エジンバラ駅  14:30⇒キングスクロス駅18:49
*送迎: 契約タクシーまたは専用車でキングスクロス駅からホテルへ。
*夕食: ローカル・レストラン
*宿泊: ブルームズベリー・パーク・ア・シスル・アソシエイト・ホテル(スタンダード部屋)または同等
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<06日目>11月15日(木)
■行程: グラスゴー→ロンドン→ロンドン/ヒースロー空港⇒
*朝食: ホテル
*観光: ブルークウッド墓地 BROOKWOOD CEMETERY 長州藩第二次秘密留学生の墓
 ○
ブルークウッド墓地 BROOKWOOD CEMETERY
  外国船を砲撃し、全国に先駆けて攘夷を行い、朝廷を動かして攘夷を全国に普及させようと
  した長州藩ですが、過激な攘夷を嫌う孝明天皇、薩摩藩、会津藩によって、文久三(1863)年
  八月十八日、京都での政治基盤を失います(八・十八政変)。さらに、翌・元治元(1864)年の
  新撰組による池田屋襲撃で吉田稔麿など情報収集活動をしていた同志を失った長州藩は、
  卒兵し、朝廷に失地回復の嘆願をしようと出撃し、禁門ノ変を起こし、久坂玄瑞、入江九一、
  寺島忠三郎など、多くの指導者を失います。失意の長州を今度は英仏蘭米、四カ国の艦隊が
  先年の攘夷に対する報復のための艦隊を下関に迫ります。こういう事態の中、急きょ、五傑の
  うちの二人、井上聞多(馨)と伊藤俊輔(博文)が帰国し、攘夷の非を訴えます。しかし、長州は
  徹底抗戦を藩是とし、四カ国艦隊と交戦、敗れます。やがて高杉晋作により四カ国との間に
  講和が成立、井上聞多(馨)と伊藤俊輔(博文)は下関開港のため、奔走することとなります。
  しかし、朝廷は、御所の方角に攻撃を行ったした長州藩を、朝敵として討伐することを幕府に
  命じ、幕府は長州征討軍を組織し、長州に迫ります。この事態に、政権を奪取した長州・保守派は、
  禁門ノ変の首謀者として三家老を切腹させ、四参謀を斬首し、幕府への恭順を誓います。
  五傑のひとり井上聞多(馨)は、藩主・毛利敬親に、表向き幕府に恭順しつつ、来るべき幕府との
  決戦のため密かに武力を充実させる“武備恭順”を訴えますが、保守派の刺客に襲われて重傷を
  負い(袖解橋ノ変)、また、長州五傑を支援した政務役・周布政之助は失脚して自刃します。
  いよいよ長州の志士たちが根絶やしにされようとした元治元年暮、高杉晋作が長府・功山寺で
  挙兵。伊藤俊輔(博文)や、山県狂介(有朋)らも参加したこの戦いで、志士たちは保守派を打倒。
  長州藩は、井上聞多(馨)の進言を採用して武備恭順に藩論を一辺させ、富国強兵を謀ります。
  また、長州藩は、井上・伊藤の帰国によって3名となった秘密留学生の欠員補充のため、新たに
  3名をロンドンに送りこむことにします。
  国事奔走のために渡航を断念した高杉晋作に代わり彼の従弟の南貞助、長州海軍の要であった
  葵亥丸の艦長を務めた山崎小三郎、勝海舟に海軍術を学んだ竹田庸次郎を選抜、渡英させます。
  ところが、度重なる戦乱により疲弊し、逼迫した長州藩の留学費用は3人で1,000両という、
  あまりにも低額な予算で賄われることとなります。上海到着後、一旦、所用により帰国した竹田を
  残し、南貞助と山崎小三郎はロンドンに到着、山尾庸三の寓居に転がり込みます。しかし、低予算の
  ため、満足に飲食もできず、やがて山崎は肺炎に倒れます。グラバー商会の縁者による好意で、
  ある程度の経済的援助を受けられたものの、山崎はついに、何事も学ぶことなく、異国の地に倒れ
  ます。山尾庸三、野村弥吉(井上勝)、遠藤謹助、南貞助のみならず、彼の死は長州五傑を援助した
  英国人有志にも深い悲しみを与え、山崎は地元有志によって、ブルークウッド墓地 BROOKWOOD
  CEMETERY に埋葬されました。長州五傑の欠員を補充するために渡航し、志なかばで倒れた山崎
  小三郎の墓碑は、同墓地の一角に残されています。同墓地にはほかに肥前佐賀藩士秘密留学生、
  土佐藩士秘密留学生の墓も残っています。薩長土肥は先見の明で、留学生を送っていたのですね。
  南貞助は後に人種差別に異を唱え、国際結婚のさきがけとなりますが、外国商会を通さず、日本人
  渡航者の便宜を図るため、日本人経営の旅行会社の設立にも尽力します。南貞助は、われわれ
  旅行会社のさきがけとも言えるでしょう。
*昼食: ローカル・レストラン
*送迎: 契約タクシーまたは専用車でロンドン/ヒースロー空港へ。
・・手続: 搭乗手続〜安全検査/出国
※移動: アシアナ航空で空路、ソウル/インチョン空港へ。

 OZ−522 ヒースロー空港 20:10⇒インチョン空港 16:05翌日
・・宿泊: 機内泊
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<07日目>11月17日(金)
■行程: ⇒ソウル/インチョン空港⇒日本各地
・・手続: 安全検査
※移動: アシアナ航空で空路、帰国の途へ。
≪新千歳空港発着の場合≫
 お問い合わせください
≪仙台空港発着の場合≫
 お問い合わせください
≪羽田空港発着の場合≫
 OZ−178 インチョン空港 20:50⇒羽田空港    23:00
≪成田空港発着の場合≫
 OZ−108 インチョン空港 18:50⇒成田空港    21:10
≪中部空港発着の場合≫
 お問い合わせください
≪関西空港発着の場合≫
 OZ−118 インチョン空港 17:20⇒関西空港    19:05
≪福岡空港発着の場合≫
 OZ−136 インチョン空港 18:15⇒福岡空港    19:40
≪宮崎空港発着の場合≫
 お問い合わせください
≪那覇空港発着の場合≫
 お問い合わせください
・・手続: 安全検査〜乗換手続
・・帰国
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※内容は予告なく変更になる場合もあります。
※この旅行は手配旅行となります。
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 2018年11月10日(土)羽田/成田/関西/福岡発

 添乗員が同行し、お世話致します。
  


<最少催行人数 :1名から催行。定員6名。添乗員同行
 
    料金はお問い合わせ下さい
              
●お申込期間:出発4週間前まで

●旅行代金には下記のものが含まれます
 *車両: 貸切車(契約タクシー または 専用車)
 *鉄道: ロンドン⇔グラスゴー往復 一等切符(予約料を含む)
 *宿泊: 各地のスタンダード・クラスのホテルのスタンダード部屋
   上海(外灘)   上海外灘中南海濱酒店 または同等
   ロンドン     ブルームズベリー・パーク・ア・シスル・アソシエイト・ホテル または同等
   グラスゴー    シャーブルック・キャッスル・ホテル または同等 
 *観光: 入場料/拝観料が必要な場所の入場料/拝観料
 *食事: 朝食5回/昼食4回/夕食5回
 *税金: 宿泊税/観光税
 *添乗: 添乗員の交通費/宿泊費/食費/行動費/諸税/通信費


●旅行代金に含まれないもの
 x航空券代
 x飲物代/明記されないお食事代
 xオプショナルツアー代 (お問合せ下さい)
 xチップ
 x個人的な支払い(現地でご利用になる電話、FAX、ネット通信費/ルームサービスやミニバー利用費/
  ホテルの有料サービス ほか)


●旅券(パスポート)/査証(ビザ)
 ◎パスポート: 帰国日から起算して6カ月以上の残存有効期間と見開き1ページの未使用査証欄
 ◎ビザ: 今回は日本国籍のお客様はビザは必要ありません。他国籍のお客様はお問合せ下さい。





電話でのお問合せは・・・・080−5028−6007 まで
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