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2017年赤道ギニアの旅 その1
赤道ギニア ビオコ島
自然・民俗・歴史探訪 8日間
エチオピア航空利用

ここがポイント!



★赤道ギニアの旅


 

石油産業の拡大で、にわかににぎやかになってきた国、赤道ギニア。
英仏ポルトガルの旧植民地の多いアフリカにあって、旧宗主国がスペインという珍しい国。大陸と島嶼に分かれた国で、首都が島にあるという、非常に珍しい国でもあります。
このような国は、世界広しといえども、こことデンマークだけです。
この旅では、首都マラボのあるビオコ島を一周します。
東海岸に沿った村や景勝地、西海岸に沿った村や景勝地を見ます。
ときどき警察や軍人にお土産をねだられたりしますが、これもアフリカならではの景色?
家々の軒下には、森林で捕えたアンテロープがつるされて売られていたりします。
時間があれば、南部のボンベ村を訪問し、サトウキビの圧搾などをご覧頂きます。 。
中央アフリカは比較的ピグミーにである確率の高い場所なのです。



ビオコ島の歴史

 1472年(日本は文明4年。後土御門天皇の御代。室町幕府第八代将軍・足利
 義政の治世。応仁の乱の時代)にポルトガル人フェルナン・ド・ポー FERNAO DO
 POによって存在が確認され、ビオコ島はフェルナンド・ポー島と命名されました。
 ポルトガル人はビオコ島に要塞を築き、島を領有しました。
 1778年(日本は安永7年。後桃園天皇の御代。江戸幕府第十代将軍・徳川家治
 の治世)に、ポルトガルとスペインはブラジル南部のリオ・グランデ・ド・スルで
 戦火を交え、ポルトガルがブラジルの権利をスペインから譲られる事と引き換えに、
 赤道ギニア(ビオコ島を含む5つの島とアフリカ大陸のリオ・ムニ)をスペインに
 譲渡しました。エル・プラード条約によるものですが、赤道ギニアの現在の領土が
 島嶼部と大陸部に分かれているのはそのためです。
 1781年(日本は安永10年。光格天皇の御代。徳川家治の治世)にスペインの
 占領部隊がビオコ島に到達しますが、黄熱にかかり、壊滅します。
 1783年(日本は天明3年。光格天皇の御代。徳川家治の治世)にはクラレント
 修道会が修道士を派遣し、スペインは赤道ギニアの支配をクラレント修道会に委任
 します。この後ビオコ島は奴隷貿易の中継地点となりました。
 1823年(日本は文政6年。仁孝天皇の御代。江戸幕府第十一代将軍・徳川家斉
 の治世)~1843年(日本は天保14年。仁孝天皇の御代。江戸幕府第十二代将軍・
 徳川家慶の治世)の期間は、イギリスの賃借地となり、イギリスは奴隷貿易廃止の
 拠点として、現在のマラボの原型となる町を築きました。
 1843年には再びスペイン領に復します。スペイン人はイギリスが建設した町を
 サンタ・イザベルと名付け、これが現在のマラボの基礎となります。スペインからの
 入植者は、地元住民を徴発し、カカオ大農園の労働に強制的に従事させ、そのため
 1898年(明治31年)と1902年(明治35年)に、大反乱が起きています。
 スペイン人が地元住民に、一切の権利、自由を与えなかったことに起因しています。
 第二次世界大戦後の1958年(昭和33年)赤道ギニアはスペイン海外県に昇格。
 その際、地元住民はスペインの市民権を獲得します。
 1963年(昭和38年)海外県はフェルナンド・ポー県、リオ・ムニ県とに分割。
 1966年(昭和41年)には独立する方向に定まります。
 1986年(昭和43年)10月12日には赤道ギニア共和国として独立しました。
 しかし、フェルナンド・ポーとリオ・ムニは地域の成り立ちも言語、風習も異なり、
 距離も離れていることから国造りの足並みがそろわず、さらにスペイン人が大農場
 経営の権利を留保し、軍隊を駐屯させていた為、問題が複雑化してしまいます。
 1969年(昭和44年)に一度に全スペイン人が帰還していった為、インフラは
 停止し、事態を重く見た国連が支援を行い、スペインの援助を引き出します。
 1973年(昭和48年)から1979年(昭和54年)は初代大統領マシアス・
 ンゲマに由来し、マシアス・ンゲマ・ビヨゴ島と呼ばれ、その後ビオコ島に改称。
 現在は、1979年(昭和54年)8月のクーデターでマシアス・ンゲマを倒した
 テオドロ・オビアン・ンゲマが、第二代大統領として、長い治世を続けています。


ブビ人
 ブビ人はもともとアフリカ大陸中部、現カメルーンに居住していたバントゥー系
 農耕民族で、13世紀に現赤道ギニアの大陸部分に居住していたバントゥー系の
 ファン人に追われ、無人島であったビオコ島へと逃れてきました。ビオコ島には
 赤道ギニアの全人口の約1/4が居住し、そのほとんどをブビ人が占めています。
 ビオコ島の南部モカ村には、かつて王が居住し、島の大部分を統治していました。
 ビオコ島の行政はおおむねブビ人によって行われています。都市部に居住しない
 ブビ人の暮らしは質素で、サトウキビを木製圧搾機で圧搾したり、自給自作型の
 農業、自給自足型漁業で生計を立てています。



リオ・ムニの歴史
 リオ・ムニにはもともとバントゥー系のファン人が居住していました。
 1778年(日本は安永7年。後桃園天皇の御代。江戸幕府第十代将軍・徳川家治
 の治世)に、ポルトガルからスペインに割譲されます。
 1843年(日本は天保14年。仁孝天皇の御代。江戸幕府第十二代将軍・徳川家慶の
 治世)には再びスペイン領に復しますが、その後、カカオと木材の産地として重きを
 なします。


ファン人
 赤道ギニアのアフリカ大陸部分リオ・ムニの主要民族で、バントゥー系農耕民族。
 リオ・ムニのほか、ガボンの北部やカメルーンの南部に居住し、また少数ながら
 コンゴ共和国やサントメ・プリンシペにも居住しています。
 17世紀後半から20世紀初頭にかけて南下、リオ・ムニをほぼ掌中にしました。
 首都のあるビオコ島の主要民族はブビ人ですが、政治の実権はファン人が握って
 いるため、ブビ人や、ブビ人とヨーロッパ人の混血であるフェルナンディノ等は
 不満を抱え、分離を求め、ビオコ自治運動を行っています。ファン人の木彫りの
 腕は有名で、ファンの匠により彫られた仮面はみやげとしても人気があります。


<観光のみどころ>

ビオコ島
 ビオコ島は、ギニア湾の東部、ビアフラ湾との境界に浮かぶ島で、南北70km、
 東西60km、面積は約2,017平方キロメートル、島の海岸線は167km。
 地理的にはカメルーンに近く、ビオコ島とカメルーンとの距離はわずか56km、
 一方、大陸側にあるリオ・ムニとの間は260kmとなっています。島の北部に
 標高3,008mの成層火山のバシーレ山(旧称サンタ・イサベル山)が聳えており、
 南部にはモカ大地を中心とする高原地帯となっています。また南西部には
 直系5kmのカルデラがあります。南部の山岳地帯の浸食は、早壮年期の段階で、
 断崖絶壁と深い峡谷が不規則に走っている為、道路建設、集落建設ができません。
 主要民族はブビ人で、ほかにフェルナンディノと呼ばれているヨーロッパ人との
 混血ムラート(クレオール)や、土着し現地人となったヨーロッパ系住民もいます。
 1992年のビオコ沖石油生産以来、社会インフラの水準が飛躍的に発展しました。


リオ・ムニ
 赤道ギニアを構成する地域で、アフリカ大陸に位置しています。北部でカメルーン、
 東部および南部でガボンと国境を接しています。リオ・ムニの6割以上が熱帯雨林に
 覆われています。総面積は約26,002平方キロメートルで、大陸の沖に浮かぶ
 コリスコ島、大エロベイ島、小エロベイ島で構成されるエロベイ諸島も含まれます。
 産業としてはコーヒー農業、林業があり、リオ・ムニの経済を支えています。
 主要都市はバータ(バタ)で、主産物であるコーヒーや木材の貿易の拠点となって
 います。港湾都市であり、ビオコ島のマラボや、隣国カメルーンの経済都市である
 ドゥアラとフェリーで結ばれています。



モデルプラン(手配旅行です)
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<01日目>月日(日)
■行程: 成田空港⇒
・・手続: 搭乗手続~安全検査/出国
※移動: エチオピア航空で空路、アジスアベバへ。
 ET-673 成田空港    21:15⇒アジスアベバ  07:45翌
・・宿泊: 機内泊
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<02日目>月日(月)
■行程: ⇒アジスアベバ⇒マラボ
・・手続: 安全検査
 ET-915 アジスアベバ  09:15⇒マラボ     11:40
・・手続: 査証取得/入国~受託荷物引取~通関を済ませ、出口へ。
*出迎: ガイドが空港にてお出迎え致します。
*送迎: 専用車で空港からホテルにご案内致します。
*昼食: ホテル
*観光: 午後、マラボの“今”観光
 ●
シポポ地区 SIPOPO : 第二のマラボとも呼ばれるマラボの新興地区
 ○
体育場: 体育場内にオリンピック・サイズのプールなどがあります
 ◎
マラボ国立公園: 発展するマラボの市内に残る緑あふれる自然公園
*夕食: ホテル
*宿泊: ホテル・アンダ(スタンダード部屋)または同等
------------------------------------
<03日目>月日(火)
■行程: マラボ→モカ
*朝食: ホテル
*観光: 終日、ビオコ島観光
 ●
ビオコ島北東部: 熱帯雨林の中を走る一本道を専用車で南下します
 ●
リアバ RIABA: ビオコ島の東海岸コンセプシオン湾にほど近い集落
 ○
モカ MOKA : ビオコ島南部、モカ台地の裾野に位置する旧王国首都
 ○
木造教会: モカの集落にある世界でも珍しい木造教会の外観を見学
 ○
ココア産業: モカの集落では生業としてカカオを乾燥させています
 ●
ルバ RUBA : スペイン最初の上陸地点。コロニアル建築があります
・・備考: ルバ見学後、モカのホテルに戻ります。
*昼食: お弁当 または ローカル・レストラン
*夕食: ホテル
*宿泊: ホテル・モカ(スタンダード部屋)
------------------------------------
<04日目>月日(水)
■行程: モカ☞モカ湖☞モカ
*朝食: ホテル
*行楽: 
モカ湖ハイキング(往復10km)
 ○
熱帯雨林: 年間 10,450mm もの降雨が育てたジャングルを歩きます。
 ○
モカ台地: ビオコ南部の大地で、熱帯雨林やクレーターがあります。
 ○
モカ湖: 別名ビアオ湖。火口湖で、常に美しい水をたたえています。
*昼食: お弁当 または ローカル・レストラン
*夕食: ホテル
*宿泊: ホテル・モカ(スタンダード部屋)
------------------------------------
<05日目>月日(木)
■行程: モカ☞サン・アントニオ・デ・ウレカ☞ルバ
*朝食: ホテル
*行楽: 
ウレカ海岸ハイキング
 ○
モカ台地の滝と渓流: 雨が降ると台地に滝や小さな渓流が現れます。
 ○
ウレカ海岸: ビオコ南部の海岸で11~2月は海亀が産卵にきます。
 ○
ウレカ漁村: 徒歩でしか行けない隔絶された村として知られています。
*昼食: お弁当
*夕食: ホテル
*宿泊: ホテル・ナウティコ(スタンダード部屋)
------------------------------------
<06日目>月日(金)
■行程: ルバ→マラボ
*朝食: ホテル
*移動: 専用車でルバからマラボに移動します。
*昼食: ローカル・レストラン
*観光: 午前、マラボの“昔”観光
 ●
マラボ旧市街: コロニアル式建築が建ち並ぶマラボ市内の歴史地区
 ○
独立広場: 南欧式の広場で、独立を記念して整備された町の中心地
 ○
マラボ大聖堂: 町のランドマークとなる荘厳な石造りのカテドラル
 ○
ラ・カサ・ベルデ LA CASA VERDE: 壁の色が緑色のコロニアル建築
 ○
国立図書館: 貴重なナショナル・アーカイブを収蔵する国立図書館
 ○
奴隷街道 SLAVE ROUTE: 奴隷貿易の悲劇はこの島でも起こりました
 ○
ギニア文化センター GUINEAN CULTURAL CENTRE: 民俗資料等を展示
 ○
中央市場: 活気のあるカラフルな市場でマラボの市民の台所的存在
 ○
西仏文化センター: ヨーロッパ側から見た史料等を展示しています
*夕食: ホテル
*宿泊: ホテル・アンダ(スタンダード部屋)または同等
------------------------------------
<07日目>月日(土)
■行程: マラボ⇒アジスアベバ⇒
*朝食: ホテル
*送迎: 専用車でホテルから空港にご案内致します。
・・手続: 搭乗手続~安全検査/出国
※移動: エチオピア航空で空路、アジスアベバへ。
 ET-905 マラボ     14:10⇒アジスアベバ  20:45
・・手続: 安全検査
※移動: エチオピア航空で空路、成田空港へ。
 ET-672 アジスアベバ  22:30⇒成田空港    20:25
・・宿泊: 機内泊
------------------------------------
<08日目>月日(日)
■行程: ⇒成田空港
・・帰国
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※内容は予告なく変更になる場合もあります。
※この旅行は手配旅行となります。


 2017年07月01日(土)以降の毎週土曜日に出発可能
 このコースには添乗員が同行し、お世話い致します。



<最少催行人数 :1名で催行。添乗員付のみ>

★添乗員同行★

 ◆2017年07月01日(土)以降の毎週(土)
人数 現地費用 航空券代 合計
 1名様でご参加の場合 お問い合わせ下さい お問い合わせ下さい お問い合わせ下さい
 2名様でご参加の場合 お問い合わせ下さい お問い合わせ下さい お問い合わせ下さい
 3名様でご参加の場合 お問い合わせ下さい お問い合わせ下さい お問い合わせ下さい
 4名様でご参加の場合 お問い合わせ下さい お問い合わせ下さい お問い合わせ下さい
 5名様でご参加の場合 お問い合わせ下さい お問い合わせ下さい お問い合わせ下さい
 6名様でご参加の場合 お問い合わせ下さい お問い合わせ下さい お問い合わせ下さい
 7名様でご参加の場合 お問い合わせ下さい お問い合わせ下さい お問い合わせ下さい
 8名様でご参加の場合 お問い合わせ下さい お問い合わせ下さい お問い合わせ下さい
 9名様でご参加の場合 お問い合わせ下さい お問い合わせ下さい お問い合わせ下さい
10名様でご参加の場合 お問い合わせ下さい お問い合わせ下さい お問い合わせ下さい
 お一人部屋追加料金 お問い合わせ下さい


●お申込期間: 出発2か月前まで



●ご旅行代金に含まれるもの
 *査証: 赤道ギニア査証代
 *航空: 国際線 日本⇔マラボ往復航空券と2017.04.18時点の燃油サーチャージ
 *車両: 送迎/観光ともに専用車を利用します。
 *宿泊: 赤道ギニア内では各地スタンダード級ホテルのスタンダード部屋を利用します
   マラボ   ホテル・アンダ(スタンダード部屋)または同等
   モカ    ホテル・モカ(スタンダード部屋)
   ルバ    ホテル・ナウティコ(スタンダード部屋)
 *食事: 朝食5回/昼食5回/夕食5回
 *観光: 入場箇所(◎)の入場・拝観料
 *諸税: 宿泊税/観光税

●ご旅行代金に含まれないもの
 X通信費: 現地でご利用になる電話/FAX/ネット等の利用費
 Xチップ: 運転手/ガイド/ホテルの枕銭
 X飲食費: お飲物/明記されないお食事
 X個人費: ホテルや観光地の有料施設を利用する場合の利用費/オプショナルツアー
 X諸経費: 経由地での諸経費

●旅券(パスポート)/査証(ビザ)
 ・・旅券: 帰国時に6カ月と滞在日数以上の残存有効期間が必要
     見開きで2頁(左頁から連続4頁)の未使用の査証欄
 ・・査証: 日本で申請し、現地で入国時に受領します。





電話でのお問合せは・・・・080-5028-6007 まで

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