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2020(令和2)年11月01日(日)
維新史跡めぐり

第3回 東京〜激動の維新史を歩く
落日の徳川幕府を支えた幕臣たち(その1)
ここがポイント!


第3回 東京〜激動の維新史を歩く

 
落日の徳川幕府を支えた幕臣たち(その1)

■必ず、お電話またはメールでお申し込み下さい■


東京〜激動の維新史を歩く
 <落日の幕府を支えた幕臣たち>


 桜田門外の変で井伊直弼が斃れ、その権威が失墜した徳川幕府。
 一部の外様雄藩の藩士や草莽の志士たちは、幕府を見限り、朝廷に接近し、尊王攘夷運動を展開。
 肥前佐賀藩は幕府とも朝廷とも距離を置き、独自に近代化を図り、藩士に洋楽を学ばせました。
 薩摩藩は生麦事件〜薩英戦争を経て、イギリスに藩士を留学させ、同時に鹿児島に西洋学問所を設置。
 長州藩は紆余曲折あったものの、長州五傑をイギリスに送り、前原一誠らを長崎で学ばせました。
 土佐藩は長崎に商会を設置し、郷士・坂本龍馬は亀山社中を設立、経済の近代化を模索しました。

 しかし、幕府も落日をただただ、眺めていたわけではありません。
 ペリー来航の己丑(きちゅう)以来、海軍力を強化し、迫りくる西洋の圧力に備えようとしていました。
 勝海舟や榎本武揚が学んだ長崎海軍伝習所、築地の軍艦操練所、九段の蕃書調所・・・
 徳川幕府もまた、近代化のための諸施設を開設し、人材の育成に力を注いでいました。
 勝海舟や榎本武揚とともに長崎海軍伝習所で学び、幕府海軍や造船等の中心人物となった人々。
 幕府が諸外国と結んだ条約の批准や、条約の改正などの目的のために渡航した人々。
 一方で、幕府の政策を妨害しようとする不逞の浪士を取り締まった新選組、新徴組、見廻組の人々。
 そして徳川幕府から政権を奪った薩長土肥を中心とする勢力と戦わなければならなかった人々。

 滅びゆく徳川幕府の中で、必死にその権威を守り、日本の近代化に命を懸けた幕臣の墓を訪れます。
 幕府主体で新しい時代を切り開くことを夢見た人々、その時代のために懸命に学んだ人々、
 そして夢破れて明治という薩長土肥の作った時代にひっそりと隠棲した人々に思いをはせます。

 第1回: 新大塚〜大塚〜白山〜向丘〜千駄木〜本駒込
  01. 大塚:  善心寺 (栗本鋤雲墓)
  02. 白山:  寂円寺 (今井信郎家の墓)
  03. 白山:  心光寺 (吉岡艮太夫墓)
  04. 向丘:  大円寺 (高島秋帆墓)
  05. 向丘:  西教寺 (松濤権之丞墓)
  06. 向丘:  浄心寺 (佐々倉桐太郎墓)
  07. 向丘:  大林寺 (松平太郎墓)
  08. 向丘:  榮松院 (向山黄村墓)
  09. 向丘:  光源時 (甲賀源吾墓)
  10. 向丘:  蓮光寺 (山口直毅墓)
  11. 千駄木:  養源寺 (中根長十郎墓)
  12. 向丘:  高林寺 (緒方洪庵墓)
 ・・お墓巡りになります。





第3回 東京〜激動の維新史を歩く

 
東京=落日の徳川幕府を支えた幕臣たちが眠る場所

■必ず、お電話またはメールでお申し込み下さい■


◎集 合: 2020年11月01日(日)  10:00

◎代 金: お一人様 4,400円

◎経 路: 徒歩で移動

◎コース: 東京メトロ丸ノ内線・新大塚駅・・・大塚・・・白山・・・向丘・・・千駄木・・・東京メトロ南北線・本駒込駅

◎宿 泊: 当プログラムは日帰りコースです。

◎食 事: 含まれません。下町情緒あふれる地域で、と考えております。


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<01日目>11月01日(日)
■行程: 東京メトロ丸ノ内線・新大塚駅 ・・・史跡めぐり・・・ 東京メトロ南北線・本駒込駅
      ご自身で新大塚駅にお越し下さい。
      スケジュールは予告なく変更になる場合もあります)

 ★集合日時: 2020年11月01日(日)10:00
 ★集合場所: 2番出口の外に出た場所で【パームツアーセンター】の看板を持って立っています。

※スタート地点: 東京メトロ丸ノ内線・新大塚駅 池袋方面ゆきホーム後方の2番出口を出た場所

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  (徒歩)
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 ○
善心寺
  宗派:  法華宗陣門流
  山号:  長清山
  院号:  守慶院
  創建:  寛永8年(1631年)
  開基:  大河内善兵衛政勝(大久保彦左衛門の甥)
  開山:  
  ※新潟県三条市にある本成寺の末寺で、法華宗陣門流関東教区に所属。
   もとは麻布日ケ窪に建てられたが、延宝6年(1678年)当地に移転。江戸時代は富士山が見えたらしい。
     
   ★
栗本鋤雲墓
     栗本鋤雲:  文政5年3月10日(1822年5月1日)〜明治30年(1897)3月6日
     幕末の幕臣、明治時代の思想家・ジャーナリスト。旧幕時代の官位は従五位下安芸守。
     外国奉行・勘定奉行・箱館奉行を歴任。幕府とフランスの関係強化に尽力し、幕府製鉄所建設、
     フランス軍事顧問団の招聘に尽力。慶応3年のパリ万国博覧会の際には正使・徳川昭武一行
     補佐の為、渡仏。大政奉還後の幕府とフランスの関係悪化の修復に努めた。
     維新後は有能な鋤雲を新政府が勧誘しようとするが、幕府高官であった鋤雲は固辞した。

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  (徒歩)
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 ○寂円寺
  宗派:  浄土真宗東本願寺派
  山号:  法輪山
  院号:  −
  創建:  寛永12年(1635年)
  開基:  ー
  開山:  守慶院日栄上人
  ※もとは神田御弓町に建てられたが、貞享5年(1688年)当地に移転。真言大谷派系の単立寺院
     
   ★
今井信郎墓
     今井信郎:  天保12年10月2日(1841年12月2日)〜大正7年(1918年)6月25日。
     江戸で生まれ育った信郎は、安政5年に剣豪・榊原健吉の直新陰流道場に入門し、免許皆伝。
     その後、講武所の師範代に就いた。慶応3年5月に京都見廻組に入隊。京都御所周辺の治安
     維持に努める。慶応3年11月15日、京都河原町近江屋において、坂本龍馬・中岡慎太郎を襲撃、
     戊辰戦争には衝鋒隊の副隊長として古屋佐久左衛門とともに新政府軍と攻防を繰り広げる。
     箱館戦争で降伏後は、坂本龍馬・中岡慎太郎暗殺の嫌疑で逮捕されるも釈放。明治期は静岡で
     農地開拓に従事し、キリスト教に帰依する。困窮する旧幕臣の救済に尽力した半生だった。

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  (徒歩)
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 ○心光寺
  宗派:  浄土宗
  山号:  護念山
  院号:  薬応院(応は古字)
  創建:  寛永5年(1628年)
  開基:  功刀喜太夫
  開山:  光蓮社明譽文宿上人
  ※もとは本郷田町に建てられたが、承応2年(1653年)当地に移転。明治43年、隣の浄雲寺を吸収合併

     
   ★
吉岡艮太夫墓
     吉岡艮太夫:  天保元年2月26日(1830年3月20日)〜明治3年11月18日(1871年1月8日)
     艮太夫は、改名前の吉岡勇平でも知られ、幕府直轄地(天領)であった矢祭に生まれました。
     火付盗賊改方頭〜普請奉行〜長崎奉行を歴任し、ジョン万次郎が世に出るきっかけを与えた
     能吏・牧志摩守義制の祐筆となり、頭角を現し、咸臨丸渡米の際は勘定方として乗船しました。
     その後、幕臣一代となり、奉行所の組頭など拝命しますが、維新の混乱時、部下が不逞行為を
     行ったことを新政府に咎められ、斬罪となりました。渡航までした能吏の悲劇的な最後でした。

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  (徒歩)
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 ○大円寺
  宗派:  曹洞宗
  山号:  金龍山
  院号:  −
  創建:  慶長2年(1597年)
  開基:  石川勝政
  開山:  久山正雄
  ※もとは神田柳原に建てられたが、慶安2年(1649年)当地に移転。ほうろく地蔵のお寺として有名
     
   ★高島秋帆墓
     高島秋帆:  寛政10年8月15日(1798年9月24日)〜慶応2年1月14日(1866年2月28日)
     長崎町年寄の三男として生まれ、始めは漢学を学ぶ。しかし、日本砲術と西洋砲術の格差に
     驚き、出島のオランダ人を通じてオランダ語や様式砲術を学び、高島流砲術を完成させたぶ。
     天保4年(1833年)肥前佐賀武雄領主・鍋島茂義が入門。秋帆は翌年、茂義に免許皆伝を授与。
     天保12年5月9日(1841年6月27日)、武州徳丸ヶ原で日本初の様式砲術等の演習を実施する。
     長崎会所の運営が杜撰という理由で長崎奉行・伊沢政義に逮捕されるも、ペリー来航による
     騒乱の折、秋帆の持つ様式兵学の知識を必要とした幕府により、赦免され、後進の育成に尽力。

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  (徒歩)
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 ○西教寺
  宗派:  浄土真宗本願寺派
  山号:  涅槃山
  院号:  −
  創建:  寛永7年(1630年)
  開基:  村松左衛行武(親鸞聖人の弟子となった後、慈専坊)が常州那珂郡村松に一宇のお堂を建立。
  開山:  (再)江戸開基の釈了賢(十世)が神田金助町に江戸の堂を建立
  ※もとは神田金助に建てられたが、明暦3年(1657年)当地に移転。
表門の朱殿門は姫路藩酒井家屋敷門
     
   ★松濤権之丞墓:
     松濤権之丞:  天保7年(1836年)〜慶応4年(1868年)4月頃
     
松濤権之丞は、武家の非嫡出子として誕生(一説には父親は加賀藩重役とも)し、幼少時は寺に
     入っていたとのこと。やがて御家人株を購入し、外国奉行支配常役格同心を拝命すると、頭角を
     表す。小笠原諸島に外国奉行水野忠徳の随員として渡り、日本による領有宣言に立ち会う。また、
     横浜鎖港談判のための遣仏使節の随員として渡仏。帰国後も重用されるが、幕府瓦解の際には
     陸軍総裁・勝海舟のもとで、旧幕府勢力の恭順工作に尽力するも、反対派によって暗殺された。

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  (徒歩)
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 ○浄心寺
  宗派:  浄土宗
  山号:  湯オ(山偏に壽)山
  院号:  常光院
  創建:  元和2年(1616年)
  開基:  畔柳助九郎
  開山:  還蓮社到誉文喬
  ※もとは湯島に建てられたが、明暦3年(1657年)当地に移転。
戦後、白山の正念寺を吸収合併
     
   ★佐々倉桐太郎墓:
     佐々倉桐太郎:  天保元年(1830年)〜明治8年12月17日(1875年)
     江戸生まれ。御家人・結城家から浦賀奉行所組与力・佐々倉家の養子となる。弘化3年(1846年)
     アメリカ使節ビッドル、ペリー提督の来航時には応接係を勤め、嘉永7年(1854年)には鳳凰丸の
     建造係を拝命、竣工後は副将に任命。長崎海軍伝習所第一期生に選抜され、航海術・測量を修得。
     軍艦操練所教授方となり、咸臨丸渡米の際には運用方券砲術方を勤め、サンフランシスコ入港時、
     赤松則良とともに、日本人初の祝砲を撃った。明治以降は兵学を教え、海軍軍人を多数育成した。

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  (徒歩)
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 ○大林寺
  宗派:  曹洞宗
  山号:  福壽山
  院号:  ー
  創建:  元和年間(1615〜1624年)
  開基:  臨済宗の元秀和尚
  開山:  喜山春悦和尚(駒込・高林寺から第二代住職として招聘される)
  ※もとは下谷に建てられたが、移転を繰り返し正徳2年(1712年)当地に移転。
   
松平太郎のほか、長府藩出身の教育者・諸葛信澄の墓もある。諸葛信澄は幕末の長府藩報国隊士で、
   隊長・泉十郎(野々村勘九郎)暗殺に抗議して奇兵隊に投じ、戊辰戦争で活躍、後に教育者となった。
     
   ★松平太郎墓:
     松平太郎:  天保10年(1839年)〜明治42年5月24日(1909年)
     旗本・松平九郎左衛門の子に生まれ、日本で初めてフランス語を習得した村上英俊にフランス語を
     学ぶ。幕府に仕え、文久年間に奥祐筆、慶応3年6月には外国奉行支配組頭を拝命し、勤めあげた。
     慶応4年(1868年)1月、鳥羽伏見の戦いが勃発すると、2月に歩兵頭となり、その後陸軍奉行並に
     任命される。陸軍総裁・勝海舟のもとで旧幕府勢力の恭順工作を命じられるも、主戦論者であった
     太郎は大鳥圭介に合流し、箱館に渡り、俗に言う蝦夷共和国で副総裁に任命。五稜郭降伏の後は、
     北海道開拓使御用係・開拓使五等出仕となるもほどなく辞職、以降、悠々自適の半生を送った。

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  (徒歩)
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 ○榮松院
  宗派:  浄土宗
  山号:  千年山
  院号:  榮松院
  創建:  天正17年(1589年)
  開基:  中村式部少輔一氏の妻で中村伯耆守一忠の母(池田せん)
  開山:  教蓮社順誉上人
  ※もとは神田明神下に建てられたが、慶安元年(1648年)当地に移転。
   
向山黄村のほか、浄瑠璃太夫の薩摩浄雲や歌舞伎役者の初代・松本幸四郎の墓がある。
     
   ★向山黄村墓:
     向山黄村:  文政9年(1826年)〜明治30年8月12日(1897年)
     名門・足利氏につながる旗本・一色家の三男として生まれた黄村は、幼い頃から類まれな学際を
     備え、幕臣・向山源太夫に養子として迎えられた。昌平坂学問所に入学すると頭角を現し、やがて
     教授方出役となった。箱館奉行支配組頭であった養父の源太夫が蝦夷で客死してからは家督を
     継ぎ、箱館奉行支配調役、箱館奉行支配組頭、表祐筆、奧祐筆、外国奉行支配組頭、目付、慶応2年
     (1866年)には外国奉行・隼人正になる。翌年には駐仏公使となりパリに赴き、ナポレオン3世にも
     拝謁。明治維新後は主君・徳川家達に随従して駿府に移住。府中を『静岡』と命名したことは有名。

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  (徒歩)
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 ○光源寺
  宗派:  浄土宗
  山号:  天昌山
  院号:  松翁院
  創建:  天正17年(1589年)
  開基:  仙石秀久
  開山:  本誉道公
  ※もとは神田四軒町に建てられたが、慶安元年(1648年)当地に移転。
   
駒込大観音として有名。初代の大観音像は第二次世界大戦の空襲で焼失。平成5年に再建された。
     
   ★甲賀源吾墓:  境内には甲賀源吾顕彰碑(右)も。落雷から街の人を守り、身代わりになったとか。
     甲賀源吾:  天保10年1月3日(1839年2月16日)〜明治2年3月25日(1869年5月6日)
     遠州掛川藩士・甲賀孫太夫秀孝の第4子として掛川藩江戸藩邸に誕生。佐倉藩士・木村軍太郎に
     蘭学を、築地の軍艦教授所教授頭・矢田堀景蔵(鴻)に航海術を学んださらにオランダ語、英語を
     修め、幕臣に登用されると軍艦操練方手伝出役に任命。その後は神奈川港警衛、軍艦操練教授
     方出役、御軍艦組出役を歴任。文久3年(1863年)には御軍艦組に召し出され、御目見以上の
     格式となった。長州藩の攘夷に対する詰問使を乗せた朝暘丸を艦長として操舵。順調に出世を
     するものの、戊辰戦争が勃発。宮古湾海戦では土方歳三等を載せた回天の艦長として出撃、戦死。

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 ○蓮光寺
  宗派:  浄土宗
  山号:  金池山
  院号:  功徳院
  創建:  慶長6年(1602年)
  開基:  戸田采女正
  開山:  教蓮社尊誉上人露宿玄的大和尚
  ※もとは湯島に建てられたが、明暦の大火の後、当地に移転。
   
探検家・最上徳内の墓や、美濃大垣藩・戸田家の墓がある。
     
   ★山口直毅墓:
     山口直毅:  天保元年9月25(1830年11月10日)〜明治28年12月10日(1895年)
     漢詩人としても名をはせた山口直樹は、槍奉行・林内蔵頭元賓の子として江戸に生まれた。
     官途は従五位下信濃守、駿河守。泉処と号す。昌平黌で学び、学問吟味及第となり、安政4年
     (1857年)山口直養の養子となる。その後、学問所教授方、目付、講武所奉行並騎兵奉行兼帯を

     歴任。徳川慶喜に供奉して京都に赴き、慶応元年(1865年)に江戸南町奉行兼外国奉行となり、
     翌年には歩兵奉行、慶応3年(1867年)6月には外国奉行兼陸軍奉行に就任。能吏ぶりを発揮。
     鳥羽伏見の戦いの後、若年寄格外国事務総裁となる。維新後は主に漢詩人として活躍した。

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 ○養源寺
  宗派:  臨済宗妙心寺派
  山号:  白華山
  院号:  ー
  創建:  元和2年(1616年)
  開基:  稲葉正勝(春日局の息子)
  開山:  秀嶽
  ※もとは湯島に建てられたが、明暦の大火の後、当地に移転。
   
陸奥宗光等の師・安井息軒の墓や、佐倉藩出身の思想家・西村茂樹の墓、日米和親条約締結の
   立役者のひとり井戸対馬守覚弘の墓がある。
     
   ★中根長十郎墓:
     中根長十郎:  寛政6年(1794年)〜文久3年10月23日(1863年12月3日)
     天保9年(1838年)より一橋家に仕え、徳川慶喜が一橋家の当主であった時代には、側用人兼
     番頭として、活躍。当時の同僚には後に徳川慶喜の身代わりとして暗殺された平岡円四郎が
     いる。主君・徳川慶喜に攘夷の不可を説き、
開国・公武合体こそが幕府の進むべき道だと諭した。
     そのため、徳川慶喜が攘夷を決行しないのは、中根長十郎の奸計であると誤認されることになり、
     文久3年10月23日、江戸雉子橋門外で刺客に暗殺された。慶喜の上洛の発駕の三日前であった。
     徳川慶喜の腹心で能吏であった中根、平岡、そして原市之進は5年の間に皆、暗殺されてしまった。

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 ○高林寺
  宗派:  曹洞宗系の単立寺院
  山号:  金峰山
  院号:  ー
  創建:  慶長元年(1596年)
  開基:  ー
  開山:  桂岩和尚
  ※もとは神田山に建てられたが、明暦の大火の後、当地に移転。神田山時代、三代将軍家光が立ち寄り、
   境内から湧く清水でお茶を飲んだことから『お茶の水』の地名が生まれたという。
     
   ★緒方洪庵墓:
     緒方洪庵:  
文化7年7月14日(1810年8月13日)〜文久3年6月10日(1863年7月25日)
     備前足守藩士・佐伯惟因の三男として生まれ、文政8年(1825年)、足守藩大坂蔵屋敷留守居役と
     なった父に連れられて大坂にで、蘭学者で医者の中天游に蘭学と医学を学ぶ。天保2年(1831年)
     江戸にでて坪井信道や宇田川玄真に医学を学ぶ。また、長崎でオランダ医者ニーマンに学んだ。
     天保2年(1845年)大阪に適塾をひらき、弘化2年(1845年)過書町に引っ越す。彼の門下からは
     福沢諭吉、大鳥圭介、橋本左内、大村益次郎、長与専斎、佐野常民、高松凌雲、所郁太郎らが出た。
     文久2年(1862年)幕府の西洋医学所頭取に任命され、幕臣となるが、翌年、にわかに病没した。

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※ゴール地点: 東京メトロ南北線・本駒込駅(解散) 
※駒込の吉祥寺拝観をご希望の方は、解散地点から境内までご案内します。
 榎本武揚や、幕府の医師・林洞海、幕府海軍の傑物・赤松則良等のお墓があります。

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次回の予定
  池之端、日暮里、谷中に点在する旧幕臣のお墓を訪れます。

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■企画者〜本庄沙織里・久美より

 私の両親は大の大河ドラマのフアンで、特に幕末維新ものが大好きです。
 印象に残っている大河ドラマの中に、平成10年に放映された『徳川慶喜』があります。
 大政奉還をした江戸幕府いや、日本史上最後の征夷大将軍・徳川慶喜の生涯を描いたドラマです。
 今回ご紹介する中根長十郎(演・信太昌之さん)も前半、活躍していました。
 維新に活躍した幕臣の生きざまが、活き活きと描かれていました
 今回のコースでは、開国後の幕府で、新しい日本のかじ取りを夢見た人々のお墓を訪ね歩きます。
 江戸で起こった政治事件がどのような波紋を投げかけたか、を考えたいと思います。

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※内容は予告なく変更になる場合もあります。
※この旅行は手配旅行となります。
 
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 2020年11月01日(日)
 
●旅行代金には下記のものが含まれます*
 *入場料の必要な個所での入場・拝観料
 *ガイド/添乗員費用
  
●旅行代金に含まれないもの
 ・・新大塚駅駅に来られるまで/本駒込駅で解散以降の交通機関
 ・・前日までに到着される方、解散後の旅行の、交通費・宿泊費・観光費用
 ・・その他、個人的な支払い(電話、FAX、ネット通信費/明記されていないお食事/
   お飲み物)とそれに関わる税金、サービス料






電話でのお問合せは・・・・080−5028−6007 まで
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