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2022(令和4)年09月03日(土)
『鬼滅の刃』ゆかりの地めぐり

第10回
同期剣士・雷の呼吸・我妻善逸の
誕生地とその周辺
『鬼滅の刃』登場人物ゆかりの地(その10)
ここがポイント!


『鬼滅の刃』ゆかりの地めぐり

 

 竈門炭治郎 竈門禰豆子(*1)
 
我妻善逸 嘴平伊之助 栗花落カナヲ 不死川玄弥
 冨岡義勇 胡蝶しのぶ 煉獄杏寿郎(*2) 宇髄天元 時透無一郎
 甘露寺蜜璃 伊黒小芭内 不死川実弥 悲鳴嶼行冥
  作中での竈門禰豆子の禰は、正しくは【ネ】+【爾】となります。
  作中での煉獄杏寿郎の煉は、正しくは【火】+【東】となります。


 ・実施月日: 2022(令和4)年9月3日(土火)
 ・関連人物: 
我妻善逸(あがつま ぜんいつ)
  ・階 級: 癸→庚→丙
  ・呼 吸: 雷の呼吸
  ・誕生日: 9月3日
  ・年 齢: 16歳(アニメ第1話の開始時は14歳ぐらい)
  ・身 長: 164.5cm
  ・体 重: 58kg→63kg(最終決戦後、5kgふとった)
  ・出身地: 東京府 牛込區
  ・趣 味: 花札、双六
  ・好 物: 甘味、高額なもの(すし、うなぎなど)
  −−−以上は公式設定ーーー
  ・性 格: 臆病で、女好きで騒がしい。思考がネガティブで、常に死の影に怯えている。
       努力することが嫌い。最終選別も育手である桑島慈悟郎にビンタされて、
       しぶしぶ参加した模様。しかし、誰かの役に立ちたいという気持ちは強い。
       鬼を前にすると極度の恐怖と緊張から失神してしまうほど。しかし、一たび
       眠りに陥るとその本領、天賦の才を発揮し、雷の呼吸の居合術で鬼を両断。
       修行時代は六つある雷の呼吸のうち、壱ノ型・霹靂一閃しか会得できず、
       壱ノ型以外の全てを会得した兄弟子/獪岳の背中を追い続けていた。しかし
       炭治郎・禰豆子兄妹、伊之助、しのぶ、煉獄杏寿郎、宇随天元等との出会いを
       経て、また強敵との戦いを制してから、着実に地力をつけて成長していった。
       育手である桑島慈悟郎が、善逸の兄弟子の獪岳が鬼になったことで切腹し、
       獪岳の討伐を決心した頃には見違えるような人物になっていた。初期の彼は
       アニメでのCVの下野紘氏の好演もあって、その性格がよく描かれている。
       尚、五感の中で張力に秀で、あらゆる音を聞き分ける能力がある。遊郭編では
       難なく三味線を弾きこなしている。伊之助と並び、作中成長著しい人物である。
  ・服 装: 隊服。羽織は山吹色で、鱗の模様が描かれている。育手から贈られたもの。
  ・あだ名: 特になし。隊内で目上または同期剣士からは「善逸」、煉獄杏寿郎からは
       「黄色い少年」、胡蝶しのぶからは「善逸くん」と呼ばれる。蝶屋敷の三人娘・
       きよ、すみ、なほから「善逸さん」、嘴平伊之助から「モンイツ」ほか・・・
  ・活 躍: 初登場は最終選別合格後のシーン。この時は死の影に怯える人物像であり、
       炭治郎・禰豆子と合流した鼓屋敷編で、その性格が掘り下げられ、また実力が
       描かれていた。那田蜘蛛山では、ギャラリー?のいない中で、単独で兄蜘蛛を
       討伐した。その際、霹靂一閃を昇華させ、霹靂一閃・六連を放っている。その後、
       蝶屋敷での機能回復訓練、遊郭編での任務、柱稽古を経て、更に技に磨きを
       かけ、霹靂一閃・八連、霹靂一閃・神速を会得し、獪岳との戦いでは、漆ノ型の
       火雷神を自ら編み出している。最終的には自我のまま、戦えるようになった。
  ・終 末: 鬼のいなくなった世界で竈門禰豆子と結婚する。子孫は現代に残っている。
  ・設 定: 捨て子と設定されている。かまぼこ隊(炭治郎・善逸・伊之助 +禰豆子)の
       中で唯一の町生まれ。社交的だが常識に疎く、女性にだまされ借金まみれと
       なり、その借金を育手の桑島慈悟郎に肩代わりしてもらう代わりに弟子入り。
       炭治郎と初めて任務を共にした際には、炭治郎の背負う箱の中の禰豆子が
       鬼であることを類まれなる聴力で認識している。しかし、炭治郎が命よりも
       大切というその箱を、単純に鬼として討伐しようとする伊之助から守り抜く。
       同じ常識の疎い炭治郎や伊之助と比べ、ややまともである為、ツッコミ役と
       なることも多い。初めて箱から出ていた禰豆子を見て一目惚れし、それ以降、
       「禰豆子ちゃんは俺が守る」と誓いを立てる。柱稽古では、風柱・不死川実弥の
       厳しい稽古から逃げ出そうとするが、連れ戻されている。不死川の性格から
       考えると、不死川も善逸の剣技を非凡と見抜き、戦力として勘定に入れていた
       為に、逃すまいと必死になっていたと考えられる。最終決戦後、炭治郎・禰豆子、
       伊之助とともに竈門家で暮らすが、紆余曲折の末、禰豆子にプロポーズする。
       ちなみに無限列車編で、厭夢のつくり出した夢の世界の描写では、誰よりも
       心の闇が深いことが強調された(ほとんど漆黒で夢の中には善逸しかいない)

 ※雷の呼吸・我妻善逸は、公式設定では東京府・牛込區の出身とされています。
  1878年(明治11年)11月2日、郡区町村編制法により、東京府牛込區が発足しました。
  現在の市ヶ谷、早稲田、神楽坂のあたりを含む、広大な区域でした。
  1947年(昭和22年)3月15日、東京都区部の制定によって四谷區、淀橋區と合併して新宿区となりました。
  穴八幡宮、宗相寺(井上清直墓あり)、宗源寺(矢田堀鴻墓あり)をはじめ、神社仏閣が多い地区です。
  また、夏目漱石や尾崎紅葉等、多くの文人が暮らした町です。
  最終決戦後、善逸が物書きになった描写がありますが、文人が住みやすい、育ちやすい場所だったのかも。
  東京メトロ東西線・早稲田駅をスタート地点とします。穴八幡宮、漱石山房記念館、宗柏寺の幕末の外国奉行・
  井上清直のお墓、小浜藩邸跡(杉田玄白誕生地)、神楽坂を経て、東京メトロ東西線・飯田橋駅まで歩きます。


  
 ※当時の牛込區は、広大な範囲であったことが判ります。
  架空の物語の人物なので、我妻善逸がどこで生まれたのか細かい設定はありません。
  今回のウオーキング・ツアーでは、見どころが比較的多く、安全に歩ける場所を歩きます。
  井上清直や矢田堀鴻等、幕臣たちの菩提寺があるところから、江戸幕府との関係も深い地区。
  江戸幕府末期から、明治・大正にかけて、どのような人が暮らしていたか、解説を聞きながら歩きます。
  神楽坂には昭和情緒?があふれています。そぞろ歩きを楽しみましょう。


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『鬼滅の刃』聖地巡り
 <竈門炭治郎と鬼殺隊による、鬼舞辻無惨と配下の鬼の討伐のエピソード>


 『週刊少年ジャンプ』に2016年11号から2020年24号まで、205話にわたって連載された漫画『鬼滅の刃』。   
 吾峠呼世晴氏による所謂ダーク・ファンタジーに分類される漫画で、大正時代を舞台に、鬼に家族を殺され、   
 唯一生き残った妹・禰豆子を鬼にされた主人公の心優しき炭焼きの少年・竈門炭治郎が、鬼狩りが目的の    
 私的武装集団『鬼殺隊』の水柱・冨岡義勇に導かれ、鱗滝左近次の下で厳しい修行を積み、最終選別を経て   
 鬼殺隊に入隊。鬼となった禰豆子を連れ、家族の仇を討ち、禰豆子を人間に戻す為、鬼狩りの刃を振るい、    
 同期剣士である我妻善逸、嘴平伊之助、栗花落カナヲ、不死川玄弥らと共に、様々な人(鬼である珠世や    
 愈史郎も含めて)との出会いから幾多の事を学び、下弦・上弦の鬼との戦いを経て、家族を殺し、禰豆子を   
 鬼に変えた仇敵・鬼舞辻無惨を追い詰めてゆく物語である。テレビアニメ化され、更には劇場版アニメも
 公開され、興行成績日本一を達成した。また、舞台化もされ、舞台の続編公演が2021年に予定されている。
 本編は大きく分けて三つのパートに分かれる。

(1). 竈門炭治郎立志編

1. 序章: 竈門炭治郎が所用で留守中、家族が鬼舞辻無惨に殺される。三郎じいさん宅に一泊して翌日、
  炭治郎が帰宅すると、変わり果てた家族の姿があった。しかし、すぐ下の妹の禰豆子だけはまだ息が
  あった。治療のため麓の町まで禰豆子を運ぶ途中、鬼化した禰豆子に襲われる。そこへ冨岡義勇と
  名乗る剣士が現れ、鬼である禰豆子を斬ろうとするが、炭治郎は禰豆子を、禰豆子が炭治郎を守る
  姿勢を見せたことから、冨岡義勇は禰豆子を見逃し、炭治郎に狭霧山の鱗滝左近次を訪ねるよう導く。
  炭治郎は家族の仇を討つ為、そして禰豆子を人間に戻す為の手がかりを得る為、鬼殺隊への入隊を
  希み、鱗滝左近次のもとで二年間に及ぶ厳しい修行を積む。炭治郎の優しさに鬼狩りとしての資質を
  危ぶむ鱗滝は幾多の苛烈な試練を課すが、炭治郎は持ち前の身体能力と信念で師の水の呼吸を修得、
  大岩を両断するという最後の難題も、鬼に返り討ちにされ亡霊となった鱗滝のかつての弟子の錆兔、
  真菰の導きで突破、鬼殺隊入隊の為の最終選別に参加することを許される。鬼の棲む山にて七日間を
  過ごし、鬼を倒して生き抜くという最終選別では『手鬼』との激闘を制し生き残り、鬼殺隊に入隊する。
  最終選別の後、炭治郎と同期剣士の総勢4人は、日輪刀と隊服、連絡・監視用の鎹烏をあてがわれる。

2. 浅草: 炭治郎は禰豆子を伴い、鬼殺隊最初の任務で『沼の鬼』を征伐、次の任地である浅草へと赴く。
  嗅覚にすぐれる炭治郎は、浅草の地で家族が殺されて禰豆子が鬼にされたときと同じ匂いを感じとる。
  その匂いを辿り、鬼の始祖であり、家族の仇敵・鬼舞辻無惨と邂逅。人間に化けて人間社会に溶け込む
  無惨は傍の男を鬼に変え、雑踏にまぎれて姿を消す。炭治郎と禰豆子は同じ場所で、無惨と敵対する
  鬼の珠世(稼業は医師)と彼女の助手・愈史郎(珠世が唯一鬼化に成功した青年)と会う。珠世は無惨の
  存在と履歴、鬼を人間に戻す研究をしている旨を炭治郎に伝え、無惨の呪いを克服した数少ない鬼の
  禰豆子の血液と、今後倒す鬼の血液の採取を依頼する。そこに襲来した無惨の刺客『矢印鬼・矢琶場』、
  『手毬鬼・朱紗丸』と戦いとなり、禰豆子の活躍や珠世・愈史郎の協力で矢羽場を撃破。朱紗丸は珠世の
  思考を操る血鬼術(鬼としての能力)で無惨の名を口にしたことにより、無惨の呪いが発動、殺された。
  禰豆子は師・鱗滝左近次により、人間は守るものであり、鬼は倒すものであるという暗示をかけられて
  いたが、鬼である珠世、愈史郎を人として認識。炭治郎は珠世たちに協力することを約束し、別れる。
  炭治郎は以降の戦いで、倒した鬼の血液を採取し、珠世の猫・茶々丸を介して珠世に送ることとなる。

3. 鼓屋敷: 炭治郎は禰豆子の入る木箱を背負い、次の任地の鼓屋敷に向かう。道中、最終選別を共に
  通過した我妻善逸と再会。共に任地に向かうことに。善逸は惚れた女性に騙され、借金を負わされた
  天涯孤独の少年で、借金を肩代わりして引き取ってくれた桑島慈悟郎のもとで、雷の呼吸を学んだ。
  鎹雀を連れた善逸は雷の呼吸の壱ノ型しか取得できなかったことで自信喪失し、任務に怯えていた。
  炭治郎と善逸は鬼に攫われた清の弟・正一、妹・てる子と遭遇、彼等と共に鼓屋敷に到着する。そこは
  鬼を酔わし、血肉を食らえば強大な力を与える稀血(まれち)を持つ少年・清を巡り、鬼共が争っていた。
  炭治郎・てる子、善逸・正一は、鼓の音で空間を支配、攻撃する鬼『響凱(きょうがい)』の血鬼術で分断。
  『舌長鬼』と遭遇した善逸は極度の恐怖で昏倒後、睡眠状態で覚醒し、雷の呼吸・壱の型【霹靂一閃】で
  勝利。突如現れて、てる子を踏みつけにした猪の毛皮を纏う鬼殺隊の少年・嘴平伊之助は『肥満鬼』を
  我流の獣の呼吸で退治。炭治郎は技を駆使し響凱に辛勝する。先に外に出た善逸は、禰豆子の木箱を
  斬ろうとする伊之助から箱を死守する。聴覚に優れた善逸は箱の中身が鬼であることを知っていたが、
  炭治郎が箱(禰豆子)を「命より大切」と言っていたため、彼の友情に応える形で箱を守ったのだった。

4. 藤屋敷: 珠世から聞いた無惨の側近=十二鬼月の存在。元・十二鬼月・下弦の陸(六)の響凱を倒した
  炭治郎・善逸・伊之助は、かつて鬼殺隊に助けられ、鬼殺隊に無償で尽くす藤屋敷に身を寄せ、女主人の
  ひさという媼に世話になる。炭治郎の木箱の中身が女の子(禰豆子)であったことで、女性に目のない
  善逸は炭治郎に嫉妬して激怒するが、炭治郎の妹とわかり(鬼とは承知の上で)禰豆子に惚れてしまう。
  また伊之助は、ひさの作る天ぷらや、あたたかいもてなしに「ほわほわ(人間らしい嬉しい感情)」する。
  束の間の休息で英気を養った三剣士と禰豆子は、次の任地である那田蜘蛛山へと向かうのだった。

5. 那田蜘蛛山: 那田蜘蛛山は、蜘蛛の特徴を持つ血縁のない鬼共が、偽りの家族を構成し、縄張として
  いた。聴覚にすぐれる善逸は、那田蜘蛛山から聞こえてくる不気味な音に怖気づき、やむなく炭治郎と
  伊之助は善逸を置いて入山。そこでは鬼殺隊の先遣隊が、鬼の『母』の繰り出す糸に操られ斬りあい、
  壊滅状態であった。触覚にすぐれる伊之助は炭治郎に促され、獣の呼吸の極意で鬼の『母』の居場所を
  認識するが、『母』の操る急所である頸のない鬼に襲われ、炭治郎と協力しあい、それを撃退。伊之助の
  補佐で炭治郎が『母』を破り、『母』に山に十二鬼月がいることを聞かされる。善逸は蜘蛛の姿の『兄』に
  遭遇して恐怖で卒倒。眠ったまま覚醒して『兄』を退治するも、『兄』による蜘蛛になる毒で絶体絶命に
  陥るが鬼殺隊の蟲柱・胡蝶しのぶに救われる。伊之助は炭治郎と分断され、巨躯の『父』と対戦するが
  あわや殺されかけ、水柱・冨岡義勇に救われる。炭治郎は『姉』と『弟=累(るい)』と遭遇。十二鬼月は
  累で、他の『家族』は累の命で従わされている偽りの家族とを知る。十二鬼月・下弦の伍・累と対戦した
  炭治郎は窮地に陥るが、病死した父に学んだ【ヒノカミ神楽】、母の亡霊の呼びかけで覚醒した禰豆子の
  血鬼術【爆血】で応戦。最後は冨岡義勇に助けられる。『姉』を倒した胡蝶しのぶは、禰豆子を鬼と知って
  襲撃するが、義勇がしのぶを取り押さえ、炭治郎と禰豆子を逃がす。しかし、しのぶの継子(つぐこ)の
  栗花落カナヲが禰豆子を追い詰める。そこに鎹烏が飛来し、鬼殺隊の本部からの「炭治郎と禰豆子を
  連行するように」という命を全隊員に伝え、炭治郎と禰豆子は鬼殺隊本部に連れていかれるのだった。

6. 鬼殺隊本部: 栗花落カナヲの踵落しを食らい、昏倒した炭治郎は鬼殺隊本部で、隠(かくし=鬼殺隊と
  鬼との戦いの事後処理部隊)の後藤に起こされる。そこには鬼殺隊の最上位剣士である柱たちがいた。
  殆どの柱は「鬼である禰豆子を連れ鬼殺を行う」炭治郎の行為を「隊律違反」として処断すると言うが、
  恋柱・甘露寺蜜璃が「御館様の裁断を仰ごう」と進言。そこに現れた風柱・不死川実弥が禰豆子の箱を
  携え、日輪刀で箱ごと禰豆子を刺す。激怒した炭治郎は実弥と対峙、頭突を食らわせ、一触即発となる。
  そこに「お館様=産屋敷輝哉」が出坐し、柱たちは跪く。お館様の娘の一人が鱗滝左近次からの手紙を
  披露する。そこには「禰豆子が鬼になって以来、二年以上もの間、人を襲っていないことの事実と、もし
  禰豆子が人を襲った場合、炭治郎、鱗滝左近次、冨岡義勇が切腹する」と綴られていた。納得のゆかない
  実弥は鬼の弱点の一つである日光の当たらない座敷で禰豆子を刺し、自らをも傷つけ血を滴らせ、鬼の
  禰豆子を徴発するが、禰豆子は実弥を襲わず、人を襲わないことを証明した。炭治郎と禰豆子の存在は
  公認となり、戦いで負傷した炭治郎と禰豆子は胡蝶しのぶが引き取ることとなり、胡蝶しのぶの役宅=
  病院と道場を兼ねた「蝶屋敷」に運ばれる。去り際、お館様は炭治郎に「珠世さんによろしく」と伝える。

7. 蝶屋敷: 蝶屋敷へと運ばれた炭治郎と禰豆子は、しのぶが不在時に屋敷を切り盛りする神崎アオイに
  病室に案内され、善逸、伊之助と再会する。善逸は蜘蛛の毒により、手足が短くなっており、治療の最中。
  伊之助は元来自信家であったが、那田蜘蛛山で独力では一匹の鬼も倒せなかったことから自信を喪失。
  治療が一段落した後で、炭治郎、善逸、伊之助は、しのぶの命で、機能回復訓練を受けることになった。
  ところが、同期剣士でありながら、しのぶの継子の栗花落カナヲに太刀打ちできない。炭治郎は屋敷で
  働く三人の女の子『きよ』、『すみ』、『なほ』に、全集中の呼吸を四六時中行う(常中)ことで基礎体力が
  上がると聞き、鍛錬の末に、【全集中の呼吸・常中】を会得する。そして、しのぶに競争心を煽られる形で
  伊之助、しのぶ(女の子)の「一番応援している」という激励で善逸も、遅ればせながら会得するに至る。
  カナヲは貧困層の出身で、親の虐待の末に感情を喪失、人買いに売られ曳かれている途中、胡蝶しのぶ、
  かつて花柱であった姉・胡蝶カナエに救出され、蝶屋敷に引き取られた過去を持つ。感情のない彼女は、
  命令以外のことは、カナエに与えられた銅貨を投げて決めていた。また、しのぶは両親と、花柱であった
  姉・カナエを鬼に殺されて以来、姉の好きだった笑顔を絶やさない姿勢を続けていたが、鬼への憎悪が
  限界に達し、疲れていた。しのぶは「鬼と仲良くする」という姉の信念を炭治郎に託す。炭治郎は更なる
  努力の末、カナヲと互角に渡り合える力をつける。回復し、新たなる任務を告げられた炭治郎は、アオイ、
  カナヲ等に感謝する。アオイは、運よく最終選別には残ったが、恐怖で戦えなくなった自分は腰抜けだと
  落ち込む。炭治郎は「世話をしてくれたアオイは自分の一部なのでアオイの思いは戦場に持って行く」と
  いう。カナヲにはカナヲの銅貨を放り、「表が出たらカナヲは心のままに生きる」と言い、銅貨の表を出す。
  カナヲがどうして表を出せたのか問うと、炭治郎は「表が出るまで何度でも投げた」と優しく微笑んだ。
  しのぶの問診を受けた炭治郎は【ヒノカミ神楽】についてしのぶに尋ねるが、しのぶはその存在を知らず、
  炎柱の煉獄杏寿郎ならば何かを知っているのではと伝え、お館様に炭治郎たちの次の任地を杏寿郎と
  同じ『無限列車』にするよう進言。炭治郎は蝶屋敷の廊下で、最終選別で一緒だった不死川玄弥を見る。
  剣士として成長した炭治郎、善逸、伊之助は、きよ、すみ、なほ、冨岡義勇に見送られ、列車の駅に向かう。
  一方、無惨は累の敗北後、残りの下弦の鬼を居城・無限城に招集。上弦は百年、顔ぶれが変わらないのに
  下弦は入替りが激しいと非難、下弦の壱を残し全員を粛清。下弦の壱『魘夢(えんむ)』に指令を与える。

8. 無限列車: 炭治郎、善逸、伊之助、木箱に入った禰豆子は、乗客たちが消滅するという疑惑に包まれた
  無限列車に乗り込み、炎柱・煉獄杏寿郎と合流する。無限列車には下弦の壱・魘夢が乗り込み、車掌を操り
  全乗客を人質に取っていた。魘夢は、夢を見せて人を操る血鬼術を使う鬼であり、炭治郎、善逸、伊之助、
  杏寿郎は夢の世界に陥る。魘夢の操る車掌が切符(血鬼術を発動させる為の道具)を検札することで、
  乗客に醒めがたい夢を見せ、夢に取り込んだまま精神の核を破壊し、廃人にした上で食らおうとする。
  魘夢は人の不幸が大好きな異常性格の持ち主で、歪んだ性格を無惨に気に入られ、粛清を免れていた。
  炭治郎は失った家族と共に生きる夢を見せられ、善逸、伊之助、杏寿郎もまた、各々の醒めがたい夢に
  取り込まれていた。しかし、切符(術)を所持しない禰豆子が覚醒したことにより状況が変わる。炭治郎は
  夢そのものがギミックであるという、魘夢の血鬼術のカラクリに気付き、夢の中で自刃することで自我を
  取り戻し、目覚めることに成功。善逸、伊之助、杏寿郎もそれに倣って正気を取り戻す。魘夢は炭治郎に、
  夢と現実を逆転させ、実世界で自刃させるべく、家族に罵詈雑言を浴びせられる夢を見せるが、炭治郎は
  「俺の家族はそんなこと(罵詈雑言)は言わない」と否定。血鬼術の影響が少なかった伊之助も参戦する。
  劣勢になった魘夢は、列車と融合して急所の頸の存在をひた隠すが、禰豆子、善逸、杏寿郎に乗客全員を
  救出された上、炭治郎と伊之助の共闘により倒される。そこに上弦の参(三)・猗窩座(あかざ)が襲来する。
  杏寿郎と戦闘に入る。拳で戦う猗窩座は、戦いの最中、杏寿郎を好敵手と認め、鬼になり共に永遠に戦う
  よう呼び掛ける。杏寿郎は人の儚さも美学であると、それを拒否、己の職務を全うすると言い放ち、善戦
  するも致命傷を負う。日の出と共に逃げる猗窩座に対し、炭治郎は日輪刀を投げつけ、「煉獄さんは鬼に
  有利な闇の中で戦い、一人の死者も出さなかった。お前なんかよりずっと強い!」と絶叫する。杏寿郎は
  そんな炭治郎と、善逸、伊之助を三人を呼び寄せ、後事を三人に託し、禰豆子を鬼殺隊の一員として認め、
  父と弟、亡き母への想いを胸に息絶える。炭治郎たちはその姿に触発される。杏寿郎の戦死は鎹烏により
  柱たちに伝えられ、(かつての継子)甘露寺蜜璃は動揺するが、柱全員、上弦の鬼や無惨との戦いに向け、
  気を引き締める。炭治郎は重傷ながら煉獄邸に赴き父・槇寿郎(元・炎柱)、弟・千寿郎にお悔やみを述べる。
  槇寿郎は死んだ杏寿郎を罵倒し、炭治郎と喧嘩になる。千寿郎は炭治郎に兄の形見の日輪刀の鍔を託し、
  父に「お体を大切に」という杏寿郎の遺言を伝える。槇寿郎はそれを聞き涙し、元・炎柱の矜持を取り戻す。

(2). 鬼殺隊VS上弦の鬼編

9. 吉原遊郭: 無限列車の任務から四か月後、炭治郎等が療養する蝶屋敷に、元忍である音柱・宇髄天元が
  現れ、神崎アオイ、高田なほを連れ去ろうとする。アオイに助けを求められたカナヲは、最初こそは銅貨に
  頼ろうとするが、必死にアオイとなほの服を掴んで彼女等を助けようとする(カナヲの心の成長の一端)。
  実は吉原遊郭に鬼が棲みついているという情報の裏付の為、天元は三人のくノ一の嫁『雛鶴』、『まきを』、
  『須磨』を送り込んだものの、定期連絡が途絶えたことに異変を感じ、潜入捜査を行おうとしていたと知る。
  天元によって女装させられた炭治郎(炭子)、善逸(善子)、伊之助(猪子)は、吉原遊郭に赴く。吉原では、
  “ときと屋”に泣き虫の須磨、“荻本屋”に気丈なまきを、“京極屋”に人情に篤い雛鶴が潜入していたが、蕨姫
  花魁として吉原に百年以上棲みついていた上弦の陸『堕姫』に察知され、須磨とまきをは堕姫の血鬼術の
  帯に絡めとられて食糧貯蔵庫に監禁。異常を感知した雛鶴は忍の心得で服毒し、病を装って脱出しようと
  したが、堕姫に怪しまれ、進退窮まっていた。天元によって、炭治郎は“ときと屋”、善逸は“京極屋”、伊之助は
  “荻本屋”に潜入。炭治郎が潜入した“ときと屋”では、鯉夏花魁が炭治郎を庇ってくれるが、身請けの前夜に
  堕姫に怪しまれ、帯に捕まる。堕姫の潜伏する京極屋では、堕姫の正体に気づいた女将が数日前に転落死
  していた。善逸は禿を虐待する堕姫を詰って正体を看破され、帯に捕まる。やがて伊之助が食糧貯蔵庫を
  発見し、帯の中のまきを、須磨、善逸や遊女等を救出。上弦並に鬼化が進んだ禰豆子の活躍で堕姫を追い
  詰め、天元が堕姫の頸を斬るが、堕姫の体内から堕姫の兄・妓夫太郎が出現する。上弦の陸とは兄と妹で
  一体であった。劣勢となる炭治郎、善逸、伊之助、天元。しかし、天元に解毒され参戦した雛鶴の協力もあり、
  兄妹同時に頸を斬れば倒せると察知した天元の戦いの譜面にて逆転、遂に百三十年ぶりに上弦を討伐する。
  鬼の毒で瀕死となった天元を禰豆子の血鬼術【爆血】が救い、片目片腕を失った天元は潔く柱を引退する。

10. 刀鍛冶の里: 幾多の戦闘で疲弊した日輪刀を打ち直して貰う為、刀鍛冶の里を訪れた炭治郎。炭治郎は、
  刀匠・鋼鐡塚蛍が、度々日輪刀を駄目にする炭治郎に呆れ、二度と刀を打たないと宣言したので、直談判に
  赴いたのだ。炭治郎は里で霞柱・時透無一郎、恋柱・甘露寺蜜璃、同期剣士で風柱・不死川実弥の弟である
  不死川玄弥と再会する。無一郎の一家は杣人であったが、病気で母を亡くし、母の薬草を嵐の中に取りに
  行った父も事故で亡くなった。柱の中興の祖とも言える、始まりの呼吸の剣士の血筋である時透無一郎と、
  双子の兄の有一郎は、産屋敷あまね(お館様のご内儀)により鬼殺隊に幾度も勧誘されるが、兄・有一郎が
  頑なに拒否していた。そんなある日、時透兄弟の家を鬼が襲い、兄が殺された。兄は無一郎に厳しく接して
  いたが、実は無一郎を守ろうとしていたと知り、衝撃のあまり記憶障害となったまま鬼殺隊に入隊していた。
  甘露寺蜜璃は見た目からは想像できない、常人の八倍の筋力を持つ人物で、怪力、桃色と黄緑色の毛髪と
  いう異様な姿、尋常ではない食欲を持つ為にお見合いを断られたことで、添い遂げる殿方と、自分自身の
  居場所を見つける為に鬼殺隊に入隊したという。玄弥はかつて女手ひとつで兄弟姉妹を育ててくれた母が
  鬼にされ、兄弟姉妹を殺した際、に残った玄弥を守る為に兄の実弥が母を退治した現場を見て「人殺し」と
  詰ってしまったことを後悔し、兄に謝罪して和解する為に入隊した事が語られる。一方、刀鍛冶の里の少年・
  小鉄は絡繰技師として、戦国時代の伝説の鬼狩りを模した絡繰人形【縁壱零式】を整備し、炭治郎の稽古に
  協力する。実は、伝説の鬼狩りこそ、【ヒノカミ神楽】の原型となった【日の呼吸】の遣い手であり、炭治郎が
  亡父から受け継いだ【日の模様の耳飾り】とヒノカミ神楽を竈門家に伝えた人物であることが後に判明する。
  そこへ上弦の肆・半天狗と上弦の伍・玉壺が襲来。玉壺は刀鍛冶を襲い、記憶障害に喘ぐ無一郎を血鬼術に
  幽閉、炭治郎の稽古中に故障した縁壱零式から出た戦国時代の名刀を砥ぐ鋼鐡塚に傷を負わせるものの、
  構わずに砥ぎ続ける鋼鐡塚に圧倒された上、記憶を取り戻し、痣が発生した無一郎に撃破される。半天狗は、
  炭治郎、禰豆子、玄弥と対峙。分身術と血鬼術で圧倒するが、危機一髪のところで恋柱・甘露寺蜜璃が参戦、
  最強の分身・憎珀天を出現させる。憎珀天を本体と誤認した蜜璃は血鬼術の直撃を受け、走馬灯を見るが、
  炭治郎、禰豆子、玄弥に助けられ柱としての資質不足を恥じて涙するも、怒りを爆発させ、強大な血鬼術を
  斬り伏せる。蜜璃が憎珀天と戦う間、炭治郎、禰豆子、玄弥は半天狗の本体を発見。刀を半天狗に投げつけ
  丸腰だった炭治郎に、玉壺を倒した無一郎が、鋼鐡塚から砥ぎかけの名刀を奪って投げて渡す。日の出の
  激闘の最中、禰豆子は朝日を浴びてしまい、炭治郎は禰豆子を守るか、半天狗討伐かを迷うが、禰豆子に
  蹴とばされる形で半天狗の本体へと向かい、討伐。禰豆子は消滅せず、日の光を克服する。それと同時に
  簡単な言葉を喋れるようになり、一同は狂喜。この戦いで炭治郎は、無一郎と蜜璃の矜持と覚悟を心に刻む。
 
11. 柱稽古: 上弦との戦いで、伝説の鬼狩りたちに現れた痣が出現した炭治郎と無一郎、蜜璃。柱合会議で
  病が進行して寝たきりとなったお館様に代わり鬼殺隊本部を取り仕切る産屋敷あまね(ご内儀)によって
  痣の秘密が語られる。痣の出現した状況を問われる二人の柱。蜜璃は抽象的な表現しかできず、無一郎が
  冷静に痣の発生した状況を語る。柱の中軸で岩柱の悲鳴嶼行冥の提案で、柱稽古(柱が下の階級の隊士に
  稽古をつけることで隊士たちの資質向上をはかり、同時に柱は痣の発生を目指す為の稽古)を行うことを
  提案。しかし水柱・冨岡義勇は柱稽古を拒否。柱合会議(鬼殺隊の状態を共有し、鬼の情報を交換する為の
  会議)の場を退出してしまう。そうして始まった柱稽古で炭治郎たちは元音柱・宇随天元に基礎体力、霞柱・
  時透無一郎に剣技、恋柱・甘露寺蜜璃に柔軟訓練、蛇柱・伊黒小芭内に太刀筋矯正、風柱・不死川実弥に実戦  
  (風柱との稽古では実弥と弟・玄弥の口論に巻き込まれる形で炭治郎も風柱稽古を禁止じられてしまう)、
  岩柱・悲鳴嶼行冥に筋力強化の稽古をつけてもらい、鍛錬の積み重ねで更なる実力をつけてゆく。そんな折、
  岩柱のもとで稽古していた善逸に手紙が届く。何かにふっきれた善逸のただならぬ様子を見て炭治郎は
  心配する。善逸は「やるべきことが見つかっただけだ」といつになく厳しい表情と態度を見せつつ炭治郎を
  も励ます。お館様から「水柱の心を開いてほしいと」頼まれた炭治郎は、冨岡義勇から「実は最終選別の際、
  同期の錆兔に助けられ、鬼を一匹も倒さずに突破した」と聞かされる。その年の最終選別では錆兔ひとりが
  落命したが、錆兔によって他の鬼が倒された為、運よく最終選別を通り、その後は修行を重ね水柱となった
  ものの、自分には他の八人の柱と肩を並べる資格がないというのだ。義勇は炭治郎に、水柱にれと奮起を
  促すが、逆に炭治郎は義勇に、錆兔から受け継いだものはないか問う。その言葉により意識を取り戻した
  義勇は柱稽古を行うことを決意する。もう一人、蟲柱・胡蝶しのぶは、柱稽古に参加せず、継子のカナヲに
  姉・胡蝶カナエを殺した鬼の倒し方を伝授。漸く人の心を取り戻したカナヲは驚くべき計画を知るのだった。
  いつになく厳しい態度の師・しのぶを前にカナヲは動揺、必死に自分の考えを述べ、しのぶの壮絶な決意を
  覆そうとする(カナヲの心の成長の一端)のだが、蟲柱・胡蝶しのぶの決意は少しも揺らぐことがなかった。

12. 鬼舞辻襲来: 鬼殺隊本部=産屋敷邸に突如現れた無惨。倒しても倒しても掛ってくる鬼殺隊の殲滅を
  決意した無惨は、鬼殺隊の頭目であるお館様・産屋敷輝哉を倒すという。しかしお館様は、産屋敷一族と
  無惨が同族であると明かし、鬼の命は永遠だが人の想いも永遠であると語り、妻あまね・二人の娘と共に
  無惨を巻き込み爆死する。実は無惨襲来はお館様が仕組んだ罠で、無惨は居合わせた珠世により、彼女が
  開発した四種の薬を打ち込まれてしまう。更には産屋敷家の危機に、柱を中心とした鬼殺隊が集結。珠世は
  無惨に吸収されるが、既に愈史郎が鬼殺隊に協力しており、追い詰められた無惨は居城に戦いの場を移す。

(3). 無限城・最終決戦そして

13. 無限城(その1) 胡蝶しのぶ VS 童磨
  鬼の祖・鬼舞辻無惨の居城・無限城。そこは新たに上弦の肆となった鬼『鳴女』のかき鳴らす琵琶の音色に
  よって方向や部屋の位置が変化する空間であった。胡蝶しのぶは、姉を殺した上弦の弐『童磨』と対峙する。
  身体が小柄で手足が短く、体重の軽いしのぶは日輪刀で鬼の頸を斬ることができず、鬼の嫌う藤の花から
  作った毒で鬼を殺すという技術で柱になった人物である。那田蜘蛛山で蜘蛛の姉を倒したしのぶの毒も、
  童磨にはきかず、逆に肩先から肋骨まで斬られ、倒れてしまう。自分の体格や膂力の弱さに泣くしのぶを、
  姉・カナエの亡霊が厳しく激励する。しのぶは瀕死ながら奥義を出すが童磨には敵わず、駆けつけた継子・
  カナヲに指文字で童磨の秘密を伝えるも全身の骨を砕かれて死亡、蝶の髪飾り一つを残して吸収される。
  しのぶの戦死は鎹烏によって、新しくお館様になった産屋敷輝利哉と妹二人、鬼殺隊全員に伝えられる。

14. 無限城(その2) 我妻善逸 VS 獪岳
  善逸は自分を引き取ってくれた元鳴柱の桑島慈悟郎のもとで、兄弟子・獪岳と共に修行していた。獪岳は、
  雷の呼吸の壱ノ型しか使えない善逸を蔑み、事あるごとに苛めていた。しかし善逸は獪岳を慕い、その背を
  獪岳は、雷の呼吸をほぼ会得しながら、壱ノ型だけは取得することができなかった。孤児の獪岳は、幼少の
  頃、僧侶であった現岩柱・悲鳴嶼行冥の寺で世話になっていたが、寺の金を盗んだことを他の孤児たちに
  知られ、追い出された際に鬼に遭遇。行冥と他の子供たちを犠牲に自分だけ助かろうとした過去があった。
  その後、鬼殺隊士となった獪岳であったが、上弦の壱に遭遇、自分が助かる為に鬼となっていた。二人の師・
  桑島慈悟郎は責任をとり、介錯を付けずに切腹した。岩柱の修行中に手紙でそれを知った善逸は、師の仇・
  獪岳を自分の手で討ち取ろうと決意していた。血鬼術と雷の呼吸で攻撃を仕掛けてくる新上弦の陸・獪岳。
  善逸は怒りを糧に自我を覚醒させたまま戦い、努力で編み出した雷の呼吸・漆ノ型『火雷神』で獪岳を葬る。
  力尽きて落下する善逸を助けた愈史郎は、獪岳が鬼としての経験が浅かったので勝てた、一年後であれば
  返り討ちに逢っていただろうと語る。善逸は意識混濁の中、師の影に「お前は儂の誇りじゃ」と言われ、泣く。

15. 無限城(その3) 竈門炭治郎&冨岡義勇 VS 猗窩座
  炭治郎は冨岡義勇と共に上弦の参であり、煉獄杏寿郎を倒した猗窩座と遭遇。猗窩座は青年の姿をしては
  いるが、江戸時代に鬼となった古参の鬼。人間『狛治』であった頃、病身の父を救う為、薬を買う金欲しさに
  盗みを繰り返していた人物で、猗窩座の体の縞模様は、江戸時代での泥棒に対する刑罰のひとつであった
  入墨を髣髴とさせるものであった。奉行所に捕らわれた狛治を恥じて父親は縊死。失意の狛治は奉行所に
  江戸処払いに処される。貧乏を恨み、荒れる狛治に手を差し伸べたのは、素手で戦う武術『素流』の道場を
  営む慶蔵で、慶蔵は狛治の過去を知った上で自分の娘で病床につく恋雪の世話を命じた。狛治は献身的に
  恋雪の世話をし、恋雪に生きる希望を与えるに到る。慶蔵は狛治を恋雪の婿にと望むほど可愛がったが、
  恋雪に横恋慕した隣の剣術道場の息子によって、道場の井戸に毒を入れられ、慶蔵と恋雪は命を落とす。
  狛治は逆上し、隣の剣術道場の六十七人を惨殺して出奔、彷徨っているうちに無惨に誘われ鬼となった。
  猗窩座は拳で炭治郎と義勇を圧倒するが、激闘の末、痣の発生した義勇と、炭治郎が会得した『透き通る
  闘気』が逆に猗窩座を追い詰め、猗窩座の頸が落とされる。猗窩座は頸を再生して尚も戦おうとするも、
  人間であった頃の記憶がよみがえり、既に強くなる意義を失っていたことに気づき、再生を諦め、自害する。
  今際の際、亡霊となった恋雪が猗窩座に戦いを止めるよう語り掛け、猗窩座は人の心を取り戻し、号泣する。
  上弦の参・猗窩座の敗北と死は、上弦の壱である『黒死牟(こくしぼう)』と上弦の弐である『童磨』に伝わる。

16. 無限城(その4) 嘴平伊之助&栗花落カナヲ VS 童磨
  カナヲは、童磨の血鬼術に翻弄され日輪刀を奪われ、窮地に陥るが、伊之助が参戦。予測不能な二刀流の
  剣技で童磨に斬りかかった伊之助は、カナヲの日輪刀を取り戻すが、猪の被り物を奪われてしまう。さらに
  伊之助の面差しから、自分が営む宗教団体「万世極楽教」でかつて側に置いていた女・琴葉が伊之助の母と
  気づき、伊之助と母を蔑み、嗤う。伊之助の母は、童磨が信者の女性を喰らっている場面を見て童磨を詰り、
  逃げ出したものの、追いつかれ、伊之助をおくるみに包んで褌に姓名を記して崖から落とし、助けたという。
  童磨が記憶していた琴葉の歌う「指切りの歌」。伊之助はその歌をしのぶが歌ったことで、しのぶを親族と
  思っていたのだが、童磨がその歌を歌い、語ったことで亡き母の記憶がよみがえり、激しく童磨を憎悪する。
  伊之助は、胡蝶姉妹を殺されて童磨を憎悪するカナヲと共闘するが、童磨の血鬼術に翻弄される。しかし、
  鬼側の劣勢にその場を退出しようとした童磨の顔が崩れ始める。実はしのぶは自分の体内に貯め込んだ
  鬼にとっての致死量の70倍もの藤の花の毒を、自らを吸収させることで童磨に盛っていたのだ。すかさず
  視覚にすぐれたカナヲが花の呼吸の最終奥義『彼岸朱眼』で童磨の攻撃を躱し、頸に日輪刀を打ち込むが、
  手が凍てつき、刃が通らない。そこに伊之助が二振りの日輪刀をカナヲの日輪刀に飛ばし、押し込むことで
  童磨の頸を斬ることに成功する。かつて感情を失っていたカナヲは、カナエの死に涙を流せなかったことを
  悔いていたが、母を慕い泣く伊之助に共鳴、胡蝶姉妹を慕って泣く。しのぶの命で仲間を大切にしたカナヲ。
  それに報いるように現れた伊之助。共通の仇敵である童磨を討伐した二人は、手を携えて次の戦いに進む。
  憔悴した伊之助に肩を貸して歩くカナヲ。二人の姿は真に伊之助とカナヲの人としての成長の姿であった。

17. 無限城(その5) 不死川実弥・玄弥兄弟+時透無一郎+悲鳴嶼行冥 VS 黒死牟
  無限城の大広間。そこでは不死川玄弥、霞柱・時透無一郎が上弦の壱『黒死牟』と戦っていた。膂力不足で
  剣術が不得手な玄弥は日輪刀の他、銃と、鬼を食うことで一時的に鬼の能力を引き出す特異体質を利用し、
  戦っていた。黒死牟の回想により、かつて【ヒノカミ神楽】の源流である【日の呼吸】の遣い手で、戦国時代の
  伝説の鬼狩りが、黒死牟(人間であったときの姓名は継国厳勝=つぎくにみちかつ)の双子の弟・継国縁壱
  (つぎくによりいち)であることが判る。双子が忌まれる時代、脆弱とみられた縁壱は父親に殺されそうに
  なるが、実際は驚くべき剣の達人であることが判明する。弟に対し優越感を持ち、慈しんでいた厳勝の心は
  踏みにじられ、縁壱に嫉妬し、いつしか縁壱を超えることが生き甲斐となる。縁壱は兄を気遣い、出奔する。
  鬼殺隊に入った厳勝は危機に陥った際に成長した縁壱に助けられ、その後、無惨に出会い、縁壱に勝つ為に
  鬼=黒死牟となる。六十年後、黒死牟と年老いた縁壱が対峙。老いさらばえた弟相手に劣勢になる黒死牟。
  同じく鬼殺隊に入り呼吸法を伝授し、無惨をあと一歩まで追い詰め、珠世を救い、炭治郎や禰豆子の先祖に
  日の呼吸=ヒノカミ神楽と日の耳飾りを伝授した縁壱に、ついに勝てなかった黒死牟は、時透無一郎が己の
  子孫だと知る。劣勢になった無一郎と玄弥のもとに、風柱・不死川実弥が加勢。玄弥は兄に謝罪し、兄は彼を
  弟だと認める。しかし力の差は歴然で、岩柱・悲鳴嶼行冥の参戦があっても戦果が上がらなかった。玄弥は、
  黒死牟の髪と刀(黒死牟の体の一部)を食らって寄生植物の血鬼術を発動させ、無一郎は日輪刀を【赫刀】に
  変え、黒死牟に負荷を与える。赫刀には鬼の回復を弱める力がある。しかし、玄弥と無一郎は黒死牟により
  両断されてしまう。激闘の末に、実弥と行冥にも痣が出現、遂に黒死牟の頸を落とす。黒死牟は異形と化して
  頸を再生するも、武士とかけ離れた自分の姿に衝撃を受け、再生を止めて死を選ぶ。縁壱になりたかったと
  いうことに気づき、灰燼と化す。無一郎はあの世で兄と再会、自分の短い生涯が幸せだったと語り、兄弟の
  気持ちが一つになる。玄弥は今際の際に兄に感謝の気持ちを伝え、兄がこの世でいちばん優しい人間だと
  知っていたことを語り、実弥はそんな弟の想いに触れ、鬼のように崩れてゆく玄弥を抱きしめて、号泣する。
   
18. 無限城(その6) 伊黒小芭内+甘露寺蜜璃+愈史郎 VS 鳴女+鬼舞辻無惨
  無限城を支配する鳴女の血鬼術に翻弄される二人の柱―蛇柱・伊黒小芭内と恋柱・甘露寺蜜璃。愈史郎は
  窮地に陥った蜜璃を救い、鬼であることを打ち明けた上で無惨攻略の秘策の為、蜜璃に協力を依頼する。
  蜜璃が攪乱したことで鳴女は判断を狂わせ、愈史郎は鳴女の頭を乗っ取り、逆に支配することに成功する。
  産屋敷邸で重傷を負った無惨は、無限城に作りだした繭に籠って回復を待つ。新たに鬼殺隊のお館様と
  なった輝利哉は、もともと五つ子であったが二人の姉を爆発で失い、生き残った妹・くいな、かなたと共に
  元炎柱・煉獄槇寿郎、元音柱・宇随天元と妻の雛鶴・まきを・須磨に支えられ、愈史郎の目くらましの血鬼術で
  無限城の鬼殺隊と連携を取り、その指揮を執っていた。愈史郎の撒く【目の札】は、敵の目を眩ますと同時に
  味方同士で状況を共有できるものであった。しかし無惨が復活。繭に近づいていた隊士たちを次々と討ち
  取ってゆく。珠世の薬で思うように動けない無惨は珠世を葬り去る。敬愛する珠世を殺された愈史郎は激怒、
  無惨を夜明けの迫る地上にたたき出すことを誓う。無惨は、鳴女が愈史郎に支配されたことを知り、鳴女を
  殺すが、無限城が崩壊し、無惨は生き残った鬼殺隊ともどもビルの建ち並ぶ都会の地上にたたき出される。
  一方、鬼殺隊司令部(所在不明)に預けられ、鱗滝左近次に看病され眠っていた禰豆子は、亡き父の亡霊に
  「起きろ禰豆子。炭治郎が危ない」と言われて目覚めると、司令部を飛び出し、鱗滝左近次を振り切りきる。
  槇寿郎、天元、くいな、かなたが追跡の是非を問うが、父の声を聴いたお館様は、禰豆子の意志に委ねる。

19. 最終決戦: 竈門炭治郎+我妻善逸+嘴平伊之助+栗花落カナヲ+愈史郎と茶々丸+村田等隊士+隠
       +伊黒小芭内+甘露寺蜜璃+不死川実弥+悲鳴嶼行冥+冨岡義勇 VS 鬼舞辻無惨
  鬼を人に戻す薬、老化する薬、細胞分裂(無惨は分裂して生き残った過去がある)阻止、細胞破壊の四つの
  薬を打ち込まれた無惨は、なおも圧倒的な力で残った鬼殺隊を圧倒。小芭内、蜜璃、そして黒死牟を倒し
  合流した行冥、実弥は、其々の能力を駆使して無惨に斬りかかるが、蜜璃は頭部・左腕・腹部に反撃を受けて
  戦線を離脱するも凄まじい戦意を見せる。蜜璃を隠に託した小芭内は、蜜璃の戦意に応えるべく戦線復帰
  する。炭治郎は無惨との戦いで、十三の【ヒノカミ神楽】の型を十二までしか知らないことに焦るが、戦いの
  中で十二の型を順に行うことで環状攻撃、すなわち十三番目の型になることを悟る。しかし、隙を衝かれた
  炭治郎は無惨に無惨自身の血を注入され、絶体絶命の危機に陥り、共闘する義勇もまた、弾き飛ばされる。
  無惨の波状攻撃は凄まじく、愈史郎の目くらましを利用して無惨に攻撃を加えていた善逸、伊之助も、他の
  柱と共に吹き飛ばされ、カナヲも腹部を斬られて、立つことができなくなる。カナヲに襲い掛かろうとする
  無惨。その時、愈史郎、那田蜘蛛山で共闘した先輩隊士の村田等の介抱で復活した炭治郎がカナヲを救う。
  愈史郎は猫の茶々丸(最終決戦の前に珠世によって鬼になった猫)を使って無惨の血を注がれた鬼殺隊に
  血清を打ち込んでいく。無一郎の話を思い出した小芭内は自力で痣と赫刀を出現させ、実弥と行冥もまた、
  互いの武器を交差させて赫刀を出現させる。衰えながらも圧倒的な力を見せつける鬼舞辻無惨に対峙する
  鬼殺隊。視力を失った小芭内は相棒である蛇の鏑丸に無惨の攻撃を読ませ、その隙を衝いて攻撃をかける。
  そして炭治郎から愈史郎の【目の札】を受け取り、鏑丸と視界を共有した小芭内は、炭治郎を信じて共闘を
  促す。夜明け前、鬼殺隊の執拗な攻撃に≪脅威を感じた≫無惨は、攻撃をやめて逃げ出す。刀を握れる者
  全員が無惨を逃がすまじと刃を振るう。あれほど鬼を恐れていた善逸も自我のまま奥義を連発、伊之助も
  傷ついて死んでいった仲間に涙しながら刃を振るう。炭治郎は無惨の体を壁に縫い付けるが、劣勢となる。
  「もういい加減にしてよ!馬鹿ぁ!」致命傷を負い、戦線を離脱していた蜜璃が無惨の左腕を引きちぎる。
  蜜璃の反撃に≪恐怖した≫無惨は異形と化して炭治郎を襲うが、小芭内が楯となり、炭治郎の刀に義勇が
  片腕を添え、赫刀を出現させる。再生速度が速く、刀で倒せない無惨の唯一の弱点は日光。無惨はなりふり
  構わず巨大な赤子の姿で逃亡をはかるが、お館様の指揮のもと、隠が自動車で襲い掛かり、最後は行冥の
  鎖で引き倒される。日の光に焼かれ、崩れる無惨。千年以上繰り広げられた鬼殺隊と鬼の戦いは遂に集結。
  しかし、力尽きた行冥は亡き教え子たちに連れられ昇天。鬼の生贄として生まれた小芭内と、見合い相手に
  存在を否定された蜜璃は、居場所を与えてくれた鬼殺隊の職務を全うし、来生での再会を期して亡くなる。

20. おにいちゃん: 竈門禰豆子は珠世の、鬼を人間に戻す薬によって全ての記憶を取り戻し、人間に戻った。
  しかし、辿り着いた戦場で見たのは、戦い、力尽きた兄の変わり果てた姿だった。傍らでは、片腕を失った
  恩ある冨岡義勇が悲嘆にくれていた。しかし、無惨は死の間際、鬼殺隊を殲滅するという自分の思いを、
  炭治郎にすべての血を注ぐことで託していた。鬼として目覚める炭治郎。日の光も克服し、赫刀をもって
  しても倒すことのできない炭治郎。「道を間違えたら互いを止める」という約束を果たすべく、伊之助が
  炭治郎に立ち向かうが、優しかった炭治郎を思い出し、刃を振り下ろすことができない。義勇も、日の光の
  もとに出られない鬼の愈史郎も、なすすべがない。暴走する炭治郎を止めようとしたのは禰豆子であった。
  禰豆子は炭治郎に苦労をかけたことを詫び、炭治郎の不遇を哀れみ、涙ながらに全力で止めようとする。
  そんな禰豆子を炭治郎が噛む。一同が絶望するところに重傷のはずのカナヲが歩み寄る。しのぶが開発し、
  一つだけ残った藤の花から作った鬼を人間に戻す薬。カナヲは先の彼岸朱眼で片目を失明していたが、
  残った目で彼岸朱眼を放ち、炭治郎の攻撃を掻い潜って薬を打ち込む。炭治郎は自我と鬼化の間で葛藤、
  亡くなった多くの仲間に支えられるように現世に復帰。無惨の思いは打ち砕かれ、一人で取り残される。
  生き残った義勇と実弥は、最後の柱合会議に於いて、鬼殺隊の解散を告げられ、お館様に篤く労われる。
  思想の違いから行き互いになっていた二人は、初めて微笑みあう。しのぶ亡き後、アオイの切り盛りする
  蝶屋敷では、炭治郎が目を覚まし、人間・禰豆子と再会。愈史郎によって、最初に噛んだ相手が、鬼になって
  人間に戻ったことで無惨の血に抗体を持つ禰豆子であったことが幸いし、しのぶの薬がそれに作用した
  ことが語られる。人間に戻った禰豆子を善逸がますます好きになったことは言うまでもない。刀鍛冶の里の
  人たち、隠の人たち、煉獄槇寿郎・千寿郎父子、宇随天元と雛鶴・まきを・須磨等が炭治郎等を見舞い、労う。
  炭治郎は、自分を助けてくれたカナヲに寄り添い、鏑丸を貰ったカナヲの優しさに触れる。禰豆子は実弥と
  再会。実弥は禰豆子に今までの非礼を詫び、「寝るのが好き」と明るく笑う禰豆子に、亡き弟の姿を重ね、
  優しく微笑み、頭をなでる。伊之助はそんな騒ぎの中、厨房に向かい、こっそり盗み食いするもアオイに
  発見される。しかしアオイはそんな伊之助のために、お盆に彼だけが食べてよい食事を用意していたのだ。
  ほわほわしながら食べる伊之助。回復した炭治郎・善逸・伊之助は、命を落とした仲間の墓参を済ませ、義勇、
  鱗滝左近次に別れを告げ、三郎じいさんたちの待つ炭治郎・禰豆子の生まれ故郷へと去ってゆく。(おわり)

21. 後日譚: 
  無惨や鬼との戦いで命を落とした柱達は、生き残った人々の子孫が暮らしている現在、鬼のいない世界で
  転生という形で生きています。オバミツ夫婦(小芭内と蜜璃)は白蛇の置物のあるメガ盛りの定食屋を経営。
  行冥は幼稚園の先生。しのぶとカナエは同じ女子高に通学。無一郎と有一郎は再び双子の赤ちゃんとして。
  煉獄杏寿郎は弟・千寿郎の子孫に転生したのかも。天元と三人の嫁のうちの誰かとの子孫は体操選手に。
  実弥の子孫は警察官となり、玄弥によく似た後輩とバディを組み活躍。義勇の子孫は錆兔と真菰の転生と
  おぼしき子供達と同じ小学校に通っているようです。永遠の命を授かった愈史郎は、珠世の絵を描く画家に。
  当時から生き続けている産屋敷輝利哉は、日本最高長寿を保っています。炭治郎とカナヲ、善逸と禰豆子、
  伊之助とアオイはそれぞれ結婚し、その子孫たちは現在、鬼のいない世界で平和に暮らしているのです。
   
  人が生まれてこのかた出会ってきた幾多のおとぎばなし、寓話、歴史等を思い出させるエピソードの数々。
  勧善懲悪だけでは語ることのできない筋立てや、人間だけではなく、討伐される鬼の生きざまや言い分。
  作者が決して全てを語ろうとはせず、読者がそれぞれ思い描く登場人物・鬼の設定や、その行動の背景。
  主人公達(炭治郎、善逸、伊之助、カナヲ)が戦いの中で仲間と連携、人間として大きく成長してゆく過程。
  成長してゆくことによって、目の前に立ちはだかる大きな壁を乗り越えてゆくという、魅力溢れる展開・・・
  『鬼滅の刃』が老若男女に受け入れられ、愛される理由はこうした一つ一つの積み重なりなのかもしれません。
  登場人物の描写もまた魅力の一つであり、登場人物の誰一人として、設定がおろそかにされてはいません。
  炭治郎と禰豆子、不死川実弥と玄弥、時透無一郎と有一郎、煉獄杏寿郎と千寿郎、黒死牟・厳勝と継国縁壱、
  胡蝶しのぶとカナエ、産屋敷輝利哉とくいな・かなた・・・ この物語は様々な兄弟姉妹の姿をも描きます。

  様々な人との出会い、試練、戦いの中で得た経験・知識、父祖から引き継いだ物を自分の糧にした竈門炭治郎
  自分の才を過小評価し、鬼共に慄きながらも苦手な努力を積み重ね、才能そして人格を鍛え抜いた我妻善逸
  人ならざる存在から、自分が受けた優しさと仲間との連携を通じ、誰より仲間を気遣う人となった嘴平伊之助
  感情を失って、命令のままに刃を振るう日々から、自分の意思で仲間と助け合うまでに成長した栗花落カナヲ
  鬼殺隊としての資質に欠けることを知りながら、兄に謝罪をする為に努力、死の間際に夢を叶えた不死川玄弥
  資質に欠ける自分が柱になったことを恥じ、他の柱と距離を置いた日々から脱却し、勝利に貢献した冨岡義勇
  姉の遺言を守って鬼への憎悪をひた隠し、勤めて明るく振舞い、カナヲ、アオイ、炭治郎達を導いた胡蝶しのぶ
  代々炎柱を勤める家に生まれ、豪放磊落な性格で、凄まじいほどの責任感と生き様を見せて散った煉獄杏寿郎
  元忍の経験を活かし、三人の嫁(雛鶴、まきを、須磨)と連携し、人の命を重んじ、後輩を気遣って戦った宇随天元
  精神的に不安定な状態で凄まじいほどの剣の才能を発揮し、覚醒後は仲間を気遣い、大勢を守った時透無一郎
  昼行燈・お調子者・天然・ドジっ子ながら、自分の居場所・鬼殺隊に誇りを持ち、凄まじい覚悟を見せた甘露寺蜜璃
  生贄として育ち、逃亡したことを詰られ、人間不信となるも蜜璃、炭治郎達と出会い、彼等を導いた伊黒小芭内
  粗暴な外見や言動の内側に誰よりも篤くて優しい本性を秘め、柱の任務を遂行し、責任を果たした不死川実弥
  盲目という負い目をものともせず、鬼殺隊・柱の第一人者として君臨、幾多の隊士の支えとなった悲鳴嶼行冥
  鬼となりながら鱗滝左近次の暗示(いいつけ)を守り、鬼殺隊の一員となり、鬼として、人として成長した禰豆子

  コロナ禍の2020年、伝染病の脅威、低迷する経済という不安な世情の中で、人々に元気を与えた鬼滅の刃
  私たちはこの物語から『何か』を感じ取ったはず。この作品は生まれるべくして生まれたのかもしれません。
  2021年、そしてそれ以降が、鬼のいない平和な世界になるよう、頑張らなくてはなりません。 猪突猛進!

  (表記)
  作中での竈門禰豆子の禰は、正しくは【ネ】+【爾】となります。
  作中での煉獄杏寿郎の煉は、正しくは【火】+【東】となります。



『鬼滅の刃』ゆかりの地めぐり

第十回
  我妻善逸の誕生地とその周辺



■必ず、お電話またはメールでお申し込み下さい■


◎集 合: 2021年09月03日(土) 15:00

◎代 金: お一人様 大人6,600円 / 小人3,300円

◎経 路: スタート地点からゴール地点まで、徒歩で移動

◎コース: 東京メトロ東西線・高田馬場駅・・・(観光)・・・東京メトロ東西線・飯田橋駅

◎宿 泊: 当プログラムは日帰りコースです。

◎食 事: なし


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<01日目>2022(令和4)年09月03日(土)
■行程: 東京メトロ東西線・早稲田駅・・・(観光)・・・東京メトロ東西線・飯田橋駅
     ご自身で早稲田駅にお越し下さい。
     スケジュールは予告なく変更になる場合もあります)
 
 ★集合日時: 2022(令和4)年09月03日(土)12:00
 ★集合場所: 東京メトロ東西線・高田馬場駅 A5出口階段下
        JR線・西武新宿線方面改札を出てすぐ左
        【パームツアーセンターの看板】と【我妻善逸のグッズ】を持って立っています。

※スタート地点: 東京メトロ東西線・高田馬場駅 A5出口階段下
        JR線・西武新宿線方面改札を出てすぐ左


9月3日  我妻善逸の出生地めぐり
 ★スタート:  東京メトロ東西線・高田馬場駅 A5出口階段下

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 子育地蔵尊(拝観)
  ・概要: 江戸時代初期には荒地だったが、元禄の末頃に小泉源兵衛さんという人物が
      この地に来て、鉄砲玉を作り、火薬の番をしながら、荒地を開墾していたという。
      やがて源兵衛さんに同心する人々が集まり、二十八戸からなる源兵衛村が誕生。
      2〜30年のうちに源兵衛さんをはじめとする初期入植者が亡くなり、村人たちは
      源兵衛さんたちの供養のために享保11(1726)年にこの地蔵尊を安置したという。
      尚、地蔵尊の地続きの一角には寛文13(1673)年の庚申塔、明治時代の馬頭観音、
      大正時代の彰忠碑、戦前の防火用水マンホール等、各時代の石造物が残っている。

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 地蔵坂通り/地蔵横丁(通過)
  。概要: 西早稲田の子育地蔵尊として信仰を集める小泉源兵衛さん等を供養する地蔵尊。
      その西に走る急坂が地蔵坂通りで、坂のふもとにはこじんまりとした集落があって
      地蔵横丁と名づけられている。荒地を開墾した源兵衛さんたちの苦労が偲ばれる。

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 西早稲田水路跡(散策)
  ・概要: 江戸時代初期、江戸御府内の開墾は、水との闘いであったという。運河や水路を
      残し、暗渠を築いて、その上に町が作られていった。西早稲田にも用水路の痕跡を
      見つけられる。小泉源兵衛さんゆかりの天祖神社と早稲田通りの間でも見られる。

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 茶屋町通り(通過)
  ・概要: 西早稲田一帯には、その昔、直参旗本の馬術練習所があった。馬術の調練は一般
      公開されていたため、多くの見物客で賑わっていたらしい。そのため、馬術練習所
      周辺にはいつしか茶屋が出店するようになったという。それが地名に残っている。

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 栄亮寺(亮朝院)/別名: 高田の七面堂(拝観)
  ・山号: 如意山
  ・院号: 亮朝院
  ・宗派: 日蓮宗
  ・本尊: 三宝祖師
  ・開基: ―
  ・開山: 日暉真蓮社信鸞上人
  ・中興: −
  ・創建: 江戸時代初期
  ・移転: 寛文11年(1671)
  ・墓所: @美濃高富藩主・本庄道貫: 寛政9年11月5日(1797年12月22日)〜安政5年8月26日
       (1858年10月2日)江戸幕府の伏見奉行や奏者番、若年寄等の要職を歴任した。
      A常陸宍戸藩主・松平頼徳: 天保2年4月3日(1831年5月14日)〜元治元年10月5日
       (1864年11月4日)水戸藩支藩の宍戸藩の藩主。幕命により天狗党の乱の平定に
       向かうも、天狗党に同情的であったため水戸藩保守派と交戦、切腹を命じられた。
       墓所に残っているのは宍戸藩主・松平頼徳や宍戸藩の犠牲者たちの慰霊碑である。
  ・概要: 西早稲田の住宅街には、由緒ある神社仏閣が点在している。亮朝院もそのひとつ。
      牛込和田富山荒井山五明村に日暉が祀った七面堂が起源。江戸幕府第四代将軍・
      徳川家綱から明暦元(1655)年に祈祷所に指定されお筆を賜った。その二年後には
      五明村に寺領を賜った。石造金剛力士像、狛犬像等が寄進された。本堂、七面堂、
      鐘楼(元禄15年造立)と梵鐘、山門(赤門)等のほか、多数の文化財が残されている。
     
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 水稲荷神社(拝観)
  ・祭神: 倉稲魂大神、佐田彦大神、大宮姫大神
  ・社格: 村社
  ・創建: 社伝によれば藤原秀郷(別名 俵藤太、田原藤太)が天慶4(941)年に創建したという。
      秀郷は冨塚と呼ばれていたこの地に稲荷大神を勧請し、「冨塚稲荷」と命名したという。
  ・札所: −
  ・例祭: 9月9日
  ・神事: 旧暦二月初午の日に行われるオビシャ(御歩射、御備射)、大晦日のお餅つき
  ・備考: 別名として戸塚稲荷神社、高田水稲荷神社、早稲田水稲荷神社とも呼ばれる。元禄15
      (1702)ご神木の椋の根元より霊水が湧き出し、眼病に効き目があると評判となった。
      また、火難退散の神託が下ったことで、当社は「水稲荷神社」と呼ばれるようになった。
      昭和38(1963)年、早稲田大学と土地交換を行い、甘泉園公園に隣接する当地に遷座。
      その際、旧社地である早稲田大学より、「冨塚古墳の遺構」が現社殿の真裏に移された。
      境内には江戸市中最大最古という富士塚があり、7月の海の日とその前日に拝観可能。


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 甘泉園公園(散策)
  ・概要: 甘泉園公園は、江戸時代後期、御三卿の清水徳川家の下屋敷があったところ。回遊式
      大名庭園として有名。この地は湧水が湧き出しており、茶の湯に適していると評判が
      よかったという。明治維新後は、相馬子爵家の邸宅となり、戦前は早稲田大学の付属
      施設となった。戦後は東京都に売却され、昭和44(1969)年以降は新宿区の管轄と
      なっている。尚、隣接する水稲荷神社も清水徳川家の下屋敷の跡地に建てられている。

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 面影橋(通過)
  ・概要: 都電荒川線(東京さくらトラム)の面影橋駅のすぐ近くの神田川に架かるコンクリート
      橋。歌川広重の浮世絵にも描かれる姿見の橋との関連性はよくわからなくなっている。

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 山吹之里碑(通過)
  ・概要: 神田川に架かる面影橋を渡ると、「山吹之里」の石碑が建つ。太田道灌が外出の際に
      雨に降りこめられ、蓑を借りるべく、民家に立ち寄った。そのあばら家から15歳くらいの
      少女が一輪の山吹の花を差し出した。道灌がその意味を量り兼ね、家臣に相談したら、
      「七重八重花は咲けども山吹の実の一つだになきぞ悲しき」という後拾遺和歌集の
      兼明親王の歌にかけて「山あいのかやぶきの家であり、貧しくて蓑(実の)ひとつ持ち
      あわせがない」と答えたと教わった。古歌に疎かった道灌は恥じ、歌道に精進したと
      いう。実は埼玉県の越生にも、同様の伝説地がある。この山吹のくだりは、後年、落語の
      演目としても取り上げられたこのやりとりを岩田のご隠居にならった八五郎が、実際に
      このやりとりを再現しようと、カタカナでこの和歌を書いた紙を手に、だれかが雨具を
      借りに来るのを待っていた。しかし来た男は提灯を所望。なんとか雨具を貸してくれと
      言わせることに成功した八五郎、男にカタカナで書いた和歌を見せたところ、都都逸と
      誤認されて憤慨、「おめえは歌道に暗ぇなぁ」というと「角が暗ぇから提灯を借りに来た」
      と返される。この「道灌」という噺は、落語家の前座話として、現在も生き続けている。

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 堀部安兵衛碑(通過)
  ・概要: 赤穂四十七士でも特に人気の高い堀部安兵衛武庸―寛文10(1670)年〜元禄16年2月
      4日(1703年3月20日)の記念碑が甘泉園公園の北門付近に設置されている。安兵衛が
      赤穂浅野家に仕官する前、高田馬場で義理のおじの助太刀(仇討ち)をした事績を記す。
      当時、越州浪人であった中山安兵衛は、高田馬場の仇討ちで一躍有名となり、赤穂藩の
      堀部弥兵衛の娘婿にと所望され、紆余曲折の末、堀部家に婿入りして赤穂藩士となった。
      元禄赤穂事件により主君・長矩が亡くなると、江戸の急進派として情報収集等に努めた。

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 高田馬場跡(通過)
  ・概要: かつて、西早稲田一帯には直参旗本の馬術練習所があった。高田馬場もその一つで、
      一般公開されていた旗本の馬術練習を見に、多くの見物客が来訪したと言われている。

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 早稲田大学・大隈重信像(通過)
  ・概要: 西郷隆盛が戦死(西南戦争)し、大久保利通が暗殺(紀尾井坂の変)されると、佐賀藩士
      出身の大隈重信が長州藩士出身の伊藤博文とともに事実上、政府の第一人者となり、
      独自の財政掌握路線を敷こうとした。これには郷土・佐賀藩の後輩・佐野常民や民間の
      渋沢栄一も反対した。また性急な政党内閣設立について暗躍したり、北海道の官有物を
      政商・五代友厚(旧薩摩藩士)に払い下げる動きを牽制するようになる。この状況を危惧、
      明治14年10月11日に大隈は政権から追放された。その後、大隈は立憲改進党を設立し、
      早稲田大学の前身である東京専門学校を創立した。大正9年(1920)、大学となった。

     

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 宝泉寺(通過)
  ・山号: 禅英山
  ・院号: 了心院
  ・宗派: 天台宗
  ・本尊: 薬師如来
  ・開基: (伝)藤原秀郷(別名 俵藤太、田原藤太)
  ・開山: ー
  ・中興: 上杉朝良・・・文亀元(1501)年/牛込時国・・・天文19(1550)年
  ・創建: (伝)弘仁元(810)年/天慶4(941)年
  ・移転: 昭和38(1963)年
  ・概要: 寺伝によると、承平天慶の乱のうち、平将門の乱の平定に向かう藤原秀郷(俵藤太)が、

      自らの毘沙門天像を祀って戦勝祈願をしたのが起源という。その後、荒廃していたのを
      関東管領・上杉朝良が再建するも、戦乱で荒廃し、さらに牛込時国により再建され、後の
      江戸時代には現在の早稲田大学の敷地の大部分を寺領として有する大寺院となった。
      昭和中期、早稲田大学と土地交換を行い、現在地に移転した。早稲田大学と関係が深い。
      境内に入って左側に鐘楼があり、正徳元(1711)年に鋳造された立派な梵鐘が見られる。

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 穴八幡宮(拝観)
  ・祭神: 応神天皇、仲哀天皇、神功皇后
  ・社格: 旧村社
  ・創建: 社伝によれば康平5年(1062)奥州から凱旋した源義家(八幡太郎。鎌倉幕府源氏将軍、
      室町幕府足利将軍などの祖)が、この地に兜と太刀を奉納し、八幡神を祀ったという。
  ・札所: −/冬至〜節分の間に冬至の『一陽来復』のお守りが出る
  ・例祭: 9月15日
  ・神事: 流鏑馬
  ・備考: 寛永13年(1636)的場が造られた際に八幡宮を守護神とした。寛永18年(1641)社僧の
      良晶が宮守の庵建設のため、南側の山裾を工事していると横穴が見つかり、金銅製の
      御神像が出現。時の三代将軍・家光はこの話にたいへん喜び、穴八幡宮を幕府祈願所、
      城北総鎮護とした。以来、八幡宮は『穴八幡宮』と呼ばれるようになった。歴代将軍家が
      たびたび参拝し、明治維新後は皇太子(大正天皇)の御蟲封祈祷が行われた。建物は、
      東京大空襲で殆ど焼け落ちてしまったが、昭和36年(1961)御鎮座900年事業として、
      復活をみた。参道の階段には、幕府奧医師であった松本順(良順)奉納の鳥居がある。

     

     左: 穴八幡宮の松本良順奉納の鳥居/右: 穴八幡宮の境内

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 夏目漱石誕生之地碑(見学)
  ・概要: 文豪・夏目漱石(慶応3年(1867)1月5日〜大正5年(1916)12月9日)は、牛込馬場下(現・
      新宿区喜久井町)に名主・夏目小兵衛直克・千枝夫妻の末子として誕生。漱石誕生の頃、
      父の直克は現在の牛込から高田馬場の広範囲を治めており、公務・訴訟を扱っていた。
      夏目家は、戦国時代からこの地方の郷士として存在しており、元禄期には馬場下の世襲
      名主として活躍していた。そのこともあり、若松町に到る坂は「夏目坂」と呼ばれている。

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 夏目坂(通過)
  ・概要: 正式名称は「夏目坂通り」馬場下町交差点と若松町交差点とを結ぶ全長約690mの道。
      夏目漱石の生家が、この坂の途中にあったことから名づけられた。後年、漱石は、随筆
      「硝子戸の中」で、夏目坂について触れている。夏目坂の周辺は歴史のある寺院が多い。

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 有島武郎旧居跡(通過)
  ・概要: 有島武郎―明治11(1878)年3月4日〜大正12(1923)年6月9日は、明治〜大正時代に
      活躍した小説家。志賀直哉や武者小路実篤らと共に同人「白樺」に参加していた。代表
      策に「カインの末裔」、「或る女」等がある。実弟に画家の有島生馬、小説家の里見クが、
      息子に俳優の森雅之がいる。「婦人公論」記者・波多野秋子と軽井沢の別荘で心中した。

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 大和田健樹終焉の地(通過)
  ・概要: 大和田健樹―安政4年4月29日(1857年5月22日)〜明治43(1910)年10月1日は明治
      時代に活躍した日本の詩人、作詞家、国文学者。宇和島藩士の家に生まれ、書道、四書、
      和歌、俳句、国学を学んだ。作詞家として「鉄道唱歌」「故郷の空」「青葉の笛」等の作品を
      残した。脊髄炎にかかった健樹は、避暑のために訪れた法身寺で53年の生涯を終えた。

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 法身寺(通過)
  ・山号: 月海山
  ・院号: ー
  ・宗派: 臨済宗円覚寺派
  ・本尊: 釈迦如来
  ・開基: 松平伊豆守姪妙円尼
  ・開山: 別傳碩分座原和尚/寛永8(1631)年に創建
  ・中興: 二世淳山碩然和尚
  ・創建: 寛永8(1631)年
  ・移転: ―
  ・概要: 普化宗鈴法寺の江戸番所の菩提寺であった関係で、鈴法寺の資料を所蔵している。

      「鉄道唱歌」等の作詞で知られる大和田健樹はこの寺で療養中、53年の生涯を終えた。

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 原町貮丁目鎮守 稲荷社(通過)
  ・概要: こじんまりとしたお社が、法身寺の前にある。詳細については未詳ながら、原町貮丁目の
      鎮守として、集落の人々に守られているという。周辺には古色蒼然とした建物が残る。

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 漱石山房(見学)
  ・概要: 文豪・夏目漱石は、牛込馬場下で生まれ育ち、晩年の9年間を『漱石山房』と呼ばれた
      早稲田南町の家で暮らした。ここで『三四郎』『こころ』『道草』等が執筆し、「木曜会」と
      呼ばれる文学サロンが開かれた。その跡地に整備された「新宿区立漱石山房記念館」。
      ここで漱石の生涯を知ることができる。常設の通常展では、「夏目漱石と新宿」「漱石の
      生涯」、「漱石作品世界」、「漱石を取り巻く人々」、「漱石と俳句」、「漱石と書画」を知る
      ことができるほか、新宿区が所蔵する草稿や書簡、初版本などの収蔵資料も閲覧できる。
      1階の無料コーナーには「漱石と新宿」、「漱石の生涯」、「漱石の人物像」、「漱石の家族」、
      漱石に関する基本情報を紹介。有料コーナーでは、漱石山房を再現した展示を展開して
      いる。また2階の有料コーナーでは、グラフィックパネル、映像、貴重な収蔵資料を展示。

     

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 宗参寺(拝観)
  ・山号: 雲居山
  ・院号: ー
  ・宗派: 曹洞宗
  ・本尊: 釈迦如来
  ・開基: 牛込勝正
  ・開山: 天海禅師
  ・中興: ー
  ・創建: 天文13(1544)年
  ・移転: ー
  ・概要: 
天文12(1543)年に亡くなった牛込重行(法号:宗参)の墓所を嫡男の牛込勝正が造営
      したのが起源という。牛込氏は、牛込神楽坂駅に近い光照寺あたりに牛込城を築いて
      牛込地区を領した。室町時代には後北条氏に仕え、その後は徳川氏に仕え、江戸幕府の
      旗本として幕末まで続いた。境内に牛込氏の墓、兵学者・山鹿素行の墓が残されている。
  ・墓所: 山鹿素行―元和8年8月16日(1622年9月21日)〜貞享2年9月26日(1685年10月23日)
      は江戸時代の兵学者で、山鹿流兵法や古学派の祖。儒学を極め、それ故に国教とも言える
      朱子学に疑問を持ったことから罪を得て赤穂浅野家にお預けとなった。元禄赤穂事件で
      大石内蔵助が山鹿流兵法を駆使して吉良邸に討ち入ったというのはこのことに由来する。
      文楽や歌舞伎の仮名手本忠臣蔵で、大星由良助(大石内蔵助)が山鹿流の陣太鼓を打つ、
      というシーンが有名になっているが、実際には山鹿流兵法に陣太鼓は存在しないという。

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 新宿区立鶴巻南公園(通過)
  ・概要: 昭和33年(1958)戦災復興の一環として造られた公園で、周囲の公園よりも敷地が広く、
      また、健康遊歩道や、健康遊具などを早い段階で設置した公園としても知られている。
      現在では、イベントの会場としても珍重され、市民のいこいの場として親しまれている。

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 宗源寺(通過)
  ・山号: 十却山
  ・院号: 正覚院
  ・宗派: 浄土宗
  ・本尊: 阿弥陀如来(慈覚大師作)
  ・開基: 宇佐美久甫
  ・開山: 真蓮社信鸞上人
  ・中興: −
  ・創建: 寛永8年(1631)
  ・移転: 万治2年(1659)
  ・墓所: 
江戸幕府最後の海軍総裁・矢田堀讃岐守鴻(文政12(1829)〜明治20年(1887)12月
      18日。号・函陵。甲府徽典館・学頭〜長崎海軍伝習所・伝習生〜軍艦教授所・教授頭〜
      軍艦頭取〜軍艦奉行並〜軍艦奉行〜海軍総裁と、幕府の学問所や海軍で活躍した。
      維新後は沼津兵学校・校長や、明治政府の海軍における事務・取調機関に籍を置いた。
      榎本艦隊に参加した初代・気象台長・荒井郁之助は甥にあたる)夫妻のお墓(非公開)
  ・概要: 旧牛込區には、江戸時代黎明期から存在する寺院、江戸時代初期に他所から移転して
      きた寺院が多いが、宗源寺もそうした寺院のひとつ。山の手三十三観音霊場11番札所。

     
     左: 宗源寺/右: 矢田堀鴻墓

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 宗柏寺(拝観)
  ・山号: 一樹山(日意大僧都の母=本阿弥光悦の姉=の法号・一樹院にちなむという)
  ・院号: −
  ・宗派: 日蓮宗
  ・本尊: 釈迦如来(伝教大師が延暦年間に比叡山で彫ったものという)
  ・開基: 尾形宗柏(尾形光琳、尾形乾山兄弟の祖父)
  ・開山: 興正院日意大僧都(尾形宗柏の子)
  ・中興: 16世・日永によって天保13年(1842)、諸堂が改修された
  ・創建: 寛永8年(1631年)
  ・移転: ー
  ・墓所: 井上清直
(文化6年(1809)〜慶応3年(1867)12月25日。江戸幕府後期の旗本。
      寺社奉行吟味役〜勘定組頭格〜下田奉行〜外国奉行〜軍艦奉行〜南町奉行〜
      関東郡代〜北町奉行を歴任。南北両奉行を経験したのは彼と遠山景元(金さん)
      のみという。兄に外国奉行として活躍した川路聖謨。親戚に最後の西国郡代・窪田
      鎮勝/清河八郎を暗殺した窪田備前守鎮章の父子がいる。能吏として有名)の墓
  ・概要: 境内には、井上信濃守清直のお墓のほか、坂東の英雄・平将門公の碑がある。


     
     左: 井上清直墓/右: 平将門公一族の慰霊碑

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 浄輪寺(拝観)
  ・山号: 常榮山
  ・院号: −
  ・宗派: 日蓮宗
  ・本尊: ー(確認中)
  ・開基: ー
  ・開山: 日閑
  ・中興: ー
  ・創建: 慶長17年(1612年)
  ・移転: ー
  ・概要: 浄輪寺は
慶長17(1612)年、毘沙門天を携えた近江源氏の佐々木氏の末裔によって
      建てられた。2022年の大河ドラマの『鎌倉殿の13人』で、源頼朝のもとに馳せ参じた
      佐々木四兄弟や、ばさら大名として有名な佐々木道誉もまた、近江佐々木氏の一族。
      『鎌倉殿の13人』では四兄弟の父である佐々木秀義(康すおんさん)が言語不明瞭な
      老武将という強烈なキャラクターで登場した。境内に和算家・関孝和のお墓がある。

  ・墓所: 関孝和ー生年不詳〜宝永5年10月24日)は江戸時代の和算家(数学者)で、甲府の
      徳川綱豊に仕え、綱豊が将軍(六代将軍・徳川家宣)になると直参旗本に取り立てられ、
      西の丸御納戸組頭に任じられた。孝和の死後は関家は振るわず、後年、改易となった。

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 多聞院(吉祥寺)/牛込不動(拝観)
  ・山号: 照臨山
  ・院号: 多聞院
  ・宗派: 真言宗豊山派
  ・本尊: 大日如来像
  ・開基: −
  ・開山: 覺祐上人(天正年間に寂)が法流開山したという
  ・中興: 覺彦律師
  ・創建: 年代不詳
  ・移転: 慶長12年(1607)平河(千代田区平河町)から牛込外濠付近に移転
      その後、寛永12年(1635)弁天町に移転したという
  ・墓所: 
@松井須磨子(明治19年(1886)3月8日〜大正8年(1919)1月5日。新劇女優で歌手。
       松代藩士族の家に生まれ、はじめ平凡な結婚をするが、離縁され、女優を目指した。
       新進著しい新劇の看板女優として活躍するが、島村抱月とのスキャンダルをおこす。
       抱月がスペイン風邪で病死すると、後を追うように自殺。日本初の整形美人女優と
       しても知られる。彼女の波乱の一生は、その後、映画やドラマ、舞台で上映・上演)墓
      A吉川湊一(1748〜1829)。江戸時代後期の平家琵琶の名手。幼くして失明した彼は
       八重橋検校に平家琵琶の手ほどきを受け、技を磨き、文政9年(1812)職検校にまで
       出世した。職検校在任中は京都で暮らしたが、引退後は牛込の屋敷で余生を送った。
  ・概要: 上記のお墓のほか、生田春月の詩碑、御府内八十八ヶ所霊場の記念碑などが建つ。


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 泉鏡花旧居跡(通過)

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 鏑木清方旧居跡(通過)

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 越前小浜藩邸跡・杉田玄白生誕の地(通過)
  ・概要: 新宿区矢来町の一角の公園に『若狭小浜藩邸跡』の碑が建つ。寛永5年(1628)に
      藩主・酒井忠勝が三代将軍・家光からこの地を拝領して、下屋敷とした。江戸城の
      火災の際には、家光がここに避難し、柵矢来を巡らせて警備にあたったことから、
      この地の地名が「矢来町」となったという。小浜藩邸には小堀遠州作といわれる
      庭園があり、江戸名園のひとつと言われた。後年、「解体新書」を翻訳した藩医の
      杉田玄白はここで生まれた。藩邸の碑の側面に『杉田玄白生誕の地』と刻まれる。
      幕末、早い段階で同藩出身の梅田雲浜が全国に遊説し、尊王攘夷思想を広めた。

     


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 矢来能楽堂(通過)

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 秋葉神社(通過)

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 尾崎紅葉旧居跡(通過)
  ・概要: 明治時代の小説家・俳人として有名な、尾崎紅葉(慶応3年(1867)〜明治36年
     (1903)が住んでいた『尾崎紅葉旧居跡』は新宿区指定史跡に指定されている。
      紅葉は、明治24年(1891)から亡くなるまでをここで暮らし、代表作であり未完の
      『金色夜叉』など、多くの作品を生み出した。大家?は鳥居家で、紅葉は鳥居家の
      母屋に住まい、十千万堂(とちまんどう)と名付けた。1階に泉鏡花等が起居した。

     

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 圓福寺(通過)

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 芸術倶楽部跡・島村抱月終焉の地(通過)

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 朝日坂(通過)

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 赤城神社(拝観)

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 毘沙門天・善國寺(拝観)
  ・山号: 鎮護山
  ・院号: −
  ・宗派: 日蓮宗
  ・本尊: 毘沙門天
  ・開基: 徳川家康
  ・開山: 日惺上人
  ・中興: −
  ・創建: 文禄4年(1595)池上本門寺第十二代貫主・日惺上人により馬喰町に創建
  ・移転: 火災が原因で馬喰町→麹町を経て、寛政5年(1793)に現在地に移転。
  ・墓所: −

  ・概要: 「神楽坂の毘沙門さま」として信仰を集め、芝の正伝寺、浅草の正法寺と並んで
      江戸三毘沙門
と呼ばれた。新宿山ノ手七福神の一つにも数えられている。毎月
      5日には本堂にて開法の会(毘沙門講)が開催されるほか、節分会の豆まき式、
      花まつり、ほうろく灸等の年中行事でも知られる。境内には石の寅が安置されて
      いる。毘沙門さまは寅年、寅の月、寅の日、寅の刻に生誕されたということから、
      寅の日に御開帳される。神楽坂地区を代表する名刹として、参拝する人が多い。

     

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 神楽坂(散策)
  ・概要: 牛込地域南西部に位置し早稲田通りの大久保通り交差点から外堀通り交差点
      を結ぶ坂。この坂名に由来し、町名となっており、神楽坂一丁目から六丁目まで
      ある。江戸時代に外堀に設置されていた牛込門に通じる交通の要衝であった。
      全国でも珍しい、午前と午後とで進行方向が逆転する、逆転式一方通行の坂。
      江戸名所図会によると、この坂の右側にあった穴八幡の御旅所があり、祭礼で
      神輿が渡御する頼に神楽が奏でられたからとも、神楽坂若宮八幡の神楽の音が
      この坂でもよく聞こえたからという説もある。大正時代には花街として隆盛を
      誇ったという。その後も発展を続け、山の手銀座と呼ばれ、現在に引き継がれて
      いる.和菓子舗や、民具を売る古色蒼然としたお店が並び、観光客にも人気である。

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 坊ちゃんの塔(通過)

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 牛込揚場跡碑(通過)

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 ★ゴール: 東京メトロ東西線・飯田橋駅


※時間に余裕があり、ショッピングの時間がとれれば、神楽坂の和菓子屋さんに寄りたいと思います。

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今後の予定

 2022(令和4)年09月14日(水)〜17日(土)
  『鬼滅の刃』ゆかりの地めぐり〜第11回〜蛇柱・伊黒小芭内の誕生地とその周辺

 2022(令和4)年10月31日(月)発
  『鬼滅の刃』ゆかりの地めぐり〜第12回〜音柱・宇随天元の誕生地とその周辺

 2022(令和4)年11月29日(火)発
  『鬼滅の刃』ゆかりの地めぐり〜第13回〜風柱・不死川実弥&同期剣士・不死川玄弥の誕生地とその周辺

 <以下、三巡目>

 2月8日
  『鬼滅の刃』ゆかりの地めぐり〜第1回〜水柱・冨岡義勇の誕生地とその周辺

 2月24日
  『鬼滅の刃』ゆかりの地めぐり〜第2回〜蟲柱・胡蝶しのぶの誕生地とその周辺
  
 

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■企画者〜本庄久美〜より

 コロナ禍にあえぐ現在の日本。医療機関はひっ迫し、経済は停滞し、人々は忍耐を強いられています。
 かつて疫病(はやりやまい)は儀式で祓われるもので、大陸から導入された追儺(ついな)の儀式は、
 宮中でも大晦日の年中行事として行われていました(南北朝時代以降は衰退)。
 2001年の大河ドラマ「北条時宗」で、征夷大将軍・宗尊親王(吹越満さん)が方相氏に扮していました。
 鎌倉時代には幕府でも、この大陸由来〜宮中経由で伝えられたこの儀式が行われていたのでしょう。
 追儺は儺人(なじん)が厄災・鬼・魑魅魍魎を祓う儀式で、四つの目をもつ方相氏が、こどもの「しんし」を
 引き連れて、厄災・鬼・魑魅魍魎を宮中から追い出すという儀式でした。(しんし=にんべんに辰子+子)
 「鬼滅の刃」が爆発的に流行したのも、人々の心に追儺を祈願する思いがあったからかもしれません。
 作中で産屋敷輝哉が、人の思いは永遠・・・と語る場面があります。平安時代から続く「鬼退治」の祈願は
 まちがいなく、私たち現在に生きる人に伝わっているのかもしれません。

 
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※内容は予告なく変更になる場合もあります。
※この旅行は手配旅行となります。

 
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 2021年09月03日(土)
 
●旅行代金には下記のものが含まれます*
 *入場料の必要な個所での入場・拝観料
 *ガイド/添乗員費用
 *ミネラルウォーター1本
  
●旅行代金に含まれないもの
 ・・集合場所に来られるまで/解散以降の交通機関
 ・・前日までに到着される方、解散後の旅行の、交通費・宿泊費・観光費用
 ・・その他、個人的な支払い(電話、FAX、ネット通信費/明記されていないお食事/
   お飲み物)とそれに関わる税金、サービス料






電話でのお問合せは・・・・080−5028−6007 まで
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