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2022(令和4)年06月01日(水)
『鬼滅の刃』ゆかりの地めぐり

第6回
甘露寺蜜璃の誕生地とその周辺
『鬼滅の刃』登場人物ゆかりの地(その6)
ここがポイント!


『鬼滅の刃』ゆかりの地めぐり

 

 
竈門炭治郎 竈門禰豆子(*1)
 我妻善逸 嘴平伊之助 栗花落カナヲ 不死川玄弥
 冨岡義勇 胡蝶しのぶ 煉獄杏寿郎(*2) 宇髄天元 時透無一郎
 
甘露寺蜜璃 伊黒小芭内 不死川実弥 悲鳴嶼行冥
  作中での竈門禰豆子の禰は、正しくは【ネ】+【爾】となります。
  作中での煉獄杏寿郎の煉は、正しくは【火】+【東】となります。


 ・実施月日: 2022(令和4)年6月1日(水)
 ・関連人物: 
甘露寺蜜璃(かんろじ みつり)
  ・階 級: 柱(恋柱)
  ・呼 吸: 恋の呼吸
  ・誕生日: 6月1日
  ・年 齢: 19歳(アニメ第1話の開始時は17歳ぐらい)
  ・身 長: 167cm
  ・体 重: 56kg
  ・出身地: 東京府 麻布區 飯倉
  ・趣 味: 料理、メンコで負け知らず
  ・好 物: 桜餅
  −−−以上は公式設定ーーー
  ・性 格: 男女を問わず対象にトキメク乙女な性格。思慮深く、優しいが、一方では
       「私、いたずらに人を傷付ける奴にはキュンとしないの」と言い、鬼に対し
       毅然とした態度を見せる。
  ・服 装: 隊服。ある隠のデザインで上は大きく胸部が開き、下は膝上のスカート風。
       純白の羽織は鬼殺隊入隊時に師匠・煉獄杏寿郎より贈られたもの。
  ・あだ名: 特になし。隊内で目上からは「甘露寺」「蜜璃」、目下からは「甘露寺さん」、
       外部の年上の人物からは「蜜璃ちゃん」と呼ばれることもある。
  ・活 躍: 那田蜘蛛山編の後の柱合会議編で初登場。殆どの柱が鬼(禰豆子)と兄・
       炭治郎を処刑するよう発言する中で、お館様の判断に委ねるよう進言。
       刀鍛冶の里編では、上弦の伍である『玉壺』の血気術の怪物を一掃し、
       同じく上弦の肆『半天狗』の分身である憎珀天と互角に戦い、痣が出現。
       無限城では愈史郎と共闘し、半天狗の次代の上弦の肆の鳴女を翻弄、
       無限城崩壊に貢献。最期は鬼舞辻無惨の腕を引き千切る活躍をした。
  ・終 末: 恋する伊黒小芭内に見守られて死亡。現在は小芭内と定食屋夫婦に転生
  ・設 定: 5人きょうだいのいちばん上。鬼とは無縁の家庭に育つ。常人の八倍もの
       密度の筋力を持ち、一歳二か月で四貫(約15kg)の漬物石を持ち上げたと
       いう逸話がある。、力士三人を上回る食欲は、その筋力を維持するために
       必要とされ、扉絵や回想シーンなどでは食卓いっぱいに並べられた料理に
       トキメク姿が描かれることも少なくない。異常な食欲と怪力、そして特異な
       髪の色に起因してお見合いをその場で断られるという、当時の女性にとり
       死刑宣告にも等しい目に遭い、居場所を見つける為、そして自分より強い
       殿方と添い遂げる為に、鬼殺隊に入隊。(育ちの良さからか)危機感の薄い
       印象を与えるが、柱にもすでに悲鳴嶼行冥(僧籍)、宇随天元(妻帯者)以外、
       『自分よりも強い男性』はおらず(師である煉獄杏寿郎、そして不死川実弥、
       伊黒小芭内、冨岡義勇とは力が拮抗しているという)、鬼討伐に居場所を
       見出している。厳しすぎて脱落者が後を絶たない煉獄杏寿郎のもとで剣を
       学び、柱にまで到達した才能の持ち主であり、炭治郎に「今度また生きて
       会えるかわからないけど、頑張りましょうね」と激励すると同時に、覚悟の
       程を示している。上弦、鬼舞辻無惨相手でも怯まない責任感を持っている。
       蛇柱・伊黒小芭内のことが好きで、一緒に食卓につく絵が印象的(おばみつ)

 
 ※甘露寺蜜璃は、公式設定では麻布區飯倉の出身とされています。
  麻布區を構成する「飯倉」の地名は、飯倉町一丁目、二丁目、三丁目、四丁目(現在の麻布台)、
  飯倉町三丁目、四丁目、五丁目、六丁目(現在の東麻布)、飯倉片町(現在の麻布台と六本木)、
  飯倉狸穴町(現在の麻布台、麻布狸穴町、麻布十番)が挙げられます。この地区は起伏があり、
  江戸時代には高台に武家が住み、低地には庶民が住んでいたという、複雑な行政地区でした。
  明治11(1878)年11月2日、郡区町村編制法施行により東京府麻布區が置かれました。
  明治22(1889年)5月1日、市制施行により、東京府東京市麻布區となります。
  昭和18年(1943年)7月1日、東京都政施行により、東京都麻布区となります。
  昭和22年(1947)年3月15日、芝区、赤坂区と合併し、港区が発足しました。
  日本経緯度原点が麻布台二丁目に置かれています。
  
 ※当時の飯倉は、現在とは異なり、広大な範囲であったことが判ります。
  架空の物語の人物なので、甘露寺蜜璃がどこで生まれたのか細かい設定はありません。
  今回のウオーキング・ツアーでは、見どころが比較的多く、安全に歩ける場所を歩きます。
  隣接する旧・赤坂区には、氷川神社や日枝神社、豊川稲荷などの由緒ある神社仏閣があります。
  明治〜大正の建物の殆どは関東大震災や空襲で無くなっていますが、石碑等は残っています。
  甘露寺蜜璃がどんな町で生まれ、育ったか、歩きながら想像を膨らませてみるのも面白いと思います。



■必ず、お電話またはメールでお申し込み下さい■


『鬼滅の刃』聖地巡り
 <竈門炭治郎と鬼殺隊による、鬼舞辻無惨と配下の鬼の討伐のエピソード>


 『週刊少年ジャンプ』に2016年11号から2020年24号まで、205話にわたって連載された漫画『鬼滅の刃』。   
 吾峠呼世晴氏による所謂ダーク・ファンタジーに分類される漫画で、大正時代を舞台に、鬼に家族を殺され、   
 唯一生き残った妹・禰豆子を鬼にされた主人公の心優しき炭焼きの少年・竈門炭治郎が、鬼狩りが目的の    
 私的武装集団『鬼殺隊』の水柱・冨岡義勇に導かれ、鱗滝左近次の下で厳しい修行を積み、最終選別を経て   
 鬼殺隊に入隊。鬼となった禰豆子を連れ、家族の仇を討ち、禰豆子を人間に戻す為、鬼狩りの刃を振るい、    
 同期剣士である我妻善逸、嘴平伊之助、栗花落カナヲ、不死川玄弥らと共に、様々な人(鬼である珠世や    
 愈史郎も含めて)との出会いから幾多の事を学び、下弦・上弦の鬼との戦いを経て、家族を殺し、禰豆子を   
 鬼に変えた仇敵・鬼舞辻無惨を追い詰めてゆく物語である。テレビアニメ化され、更には劇場版アニメも
 公開され、興行成績日本一を達成した。また、舞台化もされ、舞台の続編公演が2021年に予定されている。
 本編は大きく分けて三つのパートに分かれる。

(1). 竈門炭治郎立志編

1. 序章: 竈門炭治郎が所用で留守中、家族が鬼舞辻無惨に殺される。三郎じいさん宅に一泊して翌日、
  炭治郎が帰宅すると、変わり果てた家族の姿があった。しかし、すぐ下の妹の禰豆子だけはまだ息が
  あった。治療のため麓の町まで禰豆子を運ぶ途中、鬼化した禰豆子に襲われる。そこへ冨岡義勇と
  名乗る剣士が現れ、鬼である禰豆子を斬ろうとするが、炭治郎は禰豆子を、禰豆子が炭治郎を守る
  姿勢を見せたことから、冨岡義勇は禰豆子を見逃し、炭治郎に狭霧山の鱗滝左近次を訪ねるよう導く。
  炭治郎は家族の仇を討つ為、そして禰豆子を人間に戻す為の手がかりを得る為、鬼殺隊への入隊を
  希み、鱗滝左近次のもとで二年間に及ぶ厳しい修行を積む。炭治郎の優しさに鬼狩りとしての資質を
  危ぶむ鱗滝は幾多の苛烈な試練を課すが、炭治郎は持ち前の身体能力と信念で師の水の呼吸を修得、
  大岩を両断するという最後の難題も、鬼に返り討ちにされ亡霊となった鱗滝のかつての弟子の錆兔、
  真菰の導きで突破、鬼殺隊入隊の為の最終選別に参加することを許される。鬼の棲む山にて七日間を
  過ごし、鬼を倒して生き抜くという最終選別では『手鬼』との激闘を制し生き残り、鬼殺隊に入隊する。
  最終選別の後、炭治郎と同期剣士の総勢4人は、日輪刀と隊服、連絡・監視用の鎹烏をあてがわれる。

2. 浅草: 炭治郎は禰豆子を伴い、鬼殺隊最初の任務で『沼の鬼』を征伐、次の任地である浅草へと赴く。
  嗅覚にすぐれる炭治郎は、浅草の地で家族が殺されて禰豆子が鬼にされたときと同じ匂いを感じとる。
  その匂いを辿り、鬼の始祖であり、家族の仇敵・鬼舞辻無惨と邂逅。人間に化けて人間社会に溶け込む
  無惨は傍の男を鬼に変え、雑踏にまぎれて姿を消す。炭治郎と禰豆子は同じ場所で、無惨と敵対する
  鬼の珠世(稼業は医師)と彼女の助手・愈史郎(珠世が唯一鬼化に成功した青年)と会う。珠世は無惨の
  存在と履歴、鬼を人間に戻す研究をしている旨を炭治郎に伝え、無惨の呪いを克服した数少ない鬼の
  禰豆子の血液と、今後倒す鬼の血液の採取を依頼する。そこに襲来した無惨の刺客『矢印鬼・矢琶場』、
  『手毬鬼・朱紗丸』と戦いとなり、禰豆子の活躍や珠世・愈史郎の協力で矢羽場を撃破。朱紗丸は珠世の
  思考を操る血鬼術(鬼としての能力)で無惨の名を口にしたことにより、無惨の呪いが発動、殺された。
  禰豆子は師・鱗滝左近次により、人間は守るものであり、鬼は倒すものであるという暗示をかけられて
  いたが、鬼である珠世、愈史郎を人として認識。炭治郎は珠世たちに協力することを約束し、別れる。
  炭治郎は以降の戦いで、倒した鬼の血液を採取し、珠世の猫・茶々丸を介して珠世に送ることとなる。

3. 鼓屋敷: 炭治郎は禰豆子の入る木箱を背負い、次の任地の鼓屋敷に向かう。道中、最終選別を共に
  通過した我妻善逸と再会。共に任地に向かうことに。善逸は惚れた女性に騙され、借金を負わされた
  天涯孤独の少年で、借金を肩代わりして引き取ってくれた桑島慈悟郎のもとで、雷の呼吸を学んだ。
  鎹雀を連れた善逸は雷の呼吸の壱ノ型しか取得できなかったことで自信喪失し、任務に怯えていた。
  炭治郎と善逸は鬼に攫われた清の弟・正一、妹・てる子と遭遇、彼等と共に鼓屋敷に到着する。そこは
  鬼を酔わし、血肉を食らえば強大な力を与える稀血(まれち)を持つ少年・清を巡り、鬼共が争っていた。
  炭治郎・てる子、善逸・正一は、鼓の音で空間を支配、攻撃する鬼『響凱(きょうがい)』の血鬼術で分断。
  『舌長鬼』と遭遇した善逸は極度の恐怖で昏倒後、睡眠状態で覚醒し、雷の呼吸・壱の型【霹靂一閃】で
  勝利。突如現れて、てる子を踏みつけにした猪の毛皮を纏う鬼殺隊の少年・嘴平伊之助は『肥満鬼』を
  我流の獣の呼吸で退治。炭治郎は技を駆使し響凱に辛勝する。先に外に出た善逸は、禰豆子の木箱を
  斬ろうとする伊之助から箱を死守する。聴覚に優れた善逸は箱の中身が鬼であることを知っていたが、
  炭治郎が箱(禰豆子)を「命より大切」と言っていたため、彼の友情に応える形で箱を守ったのだった。

4. 藤屋敷: 珠世から聞いた無惨の側近=十二鬼月の存在。元・十二鬼月・下弦の陸(六)の響凱を倒した
  炭治郎・善逸・伊之助は、かつて鬼殺隊に助けられ、鬼殺隊に無償で尽くす藤屋敷に身を寄せ、女主人の
  ひさという媼に世話になる。炭治郎の木箱の中身が女の子(禰豆子)であったことで、女性に目のない
  善逸は炭治郎に嫉妬して激怒するが、炭治郎の妹とわかり(鬼とは承知の上で)禰豆子に惚れてしまう。
  また伊之助は、ひさの作る天ぷらや、あたたかいもてなしに「ほわほわ(人間らしい嬉しい感情)」する。
  束の間の休息で英気を養った三剣士と禰豆子は、次の任地である那田蜘蛛山へと向かうのだった。

5. 那田蜘蛛山: 那田蜘蛛山は、蜘蛛の特徴を持つ血縁のない鬼共が、偽りの家族を構成し、縄張として
  いた。聴覚にすぐれる善逸は、那田蜘蛛山から聞こえてくる不気味な音に怖気づき、やむなく炭治郎と
  伊之助は善逸を置いて入山。そこでは鬼殺隊の先遣隊が、鬼の『母』の繰り出す糸に操られ斬りあい、
  壊滅状態であった。触覚にすぐれる伊之助は炭治郎に促され、獣の呼吸の極意で鬼の『母』の居場所を
  認識するが、『母』の操る急所である頸のない鬼に襲われ、炭治郎と協力しあい、それを撃退。伊之助の
  補佐で炭治郎が『母』を破り、『母』に山に十二鬼月がいることを聞かされる。善逸は蜘蛛の姿の『兄』に
  遭遇して恐怖で卒倒。眠ったまま覚醒して『兄』を退治するも、『兄』による蜘蛛になる毒で絶体絶命に
  陥るが鬼殺隊の蟲柱・胡蝶しのぶに救われる。伊之助は炭治郎と分断され、巨躯の『父』と対戦するが
  あわや殺されかけ、水柱・冨岡義勇に救われる。炭治郎は『姉』と『弟=累(るい)』と遭遇。十二鬼月は
  累で、他の『家族』は累の命で従わされている偽りの家族とを知る。十二鬼月・下弦の伍・累と対戦した
  炭治郎は窮地に陥るが、病死した父に学んだ【ヒノカミ神楽】、母の亡霊の呼びかけで覚醒した禰豆子の
  血鬼術【爆血】で応戦。最後は冨岡義勇に助けられる。『姉』を倒した胡蝶しのぶは、禰豆子を鬼と知って
  襲撃するが、義勇がしのぶを取り押さえ、炭治郎と禰豆子を逃がす。しかし、しのぶの継子(つぐこ)の
  栗花落カナヲが禰豆子を追い詰める。そこに鎹烏が飛来し、鬼殺隊の本部からの「炭治郎と禰豆子を
  連行するように」という命を全隊員に伝え、炭治郎と禰豆子は鬼殺隊本部に連れていかれるのだった。

6. 鬼殺隊本部: 栗花落カナヲの踵落しを食らい、昏倒した炭治郎は鬼殺隊本部で、隠(かくし=鬼殺隊と
  鬼との戦いの事後処理部隊)の後藤に起こされる。そこには鬼殺隊の最上位剣士である柱たちがいた。
  殆どの柱は「鬼である禰豆子を連れ鬼殺を行う」炭治郎の行為を「隊律違反」として処断すると言うが、
  恋柱・甘露寺蜜璃が「御館様の裁断を仰ごう」と進言。そこに現れた風柱・不死川実弥が禰豆子の箱を
  携え、日輪刀で箱ごと禰豆子を刺す。激怒した炭治郎は実弥と対峙、頭突を食らわせ、一触即発となる。
  そこに「お館様=産屋敷輝哉」が出坐し、柱たちは跪く。お館様の娘の一人が鱗滝左近次からの手紙を
  披露する。そこには「禰豆子が鬼になって以来、二年以上もの間、人を襲っていないことの事実と、もし
  禰豆子が人を襲った場合、炭治郎、鱗滝左近次、冨岡義勇が切腹する」と綴られていた。納得のゆかない
  実弥は鬼の弱点の一つである日光の当たらない座敷で禰豆子を刺し、自らをも傷つけ血を滴らせ、鬼の
  禰豆子を徴発するが、禰豆子は実弥を襲わず、人を襲わないことを証明した。炭治郎と禰豆子の存在は
  公認となり、戦いで負傷した炭治郎と禰豆子は胡蝶しのぶが引き取ることとなり、胡蝶しのぶの役宅=
  病院と道場を兼ねた「蝶屋敷」に運ばれる。去り際、お館様は炭治郎に「珠世さんによろしく」と伝える。

7. 蝶屋敷: 蝶屋敷へと運ばれた炭治郎と禰豆子は、しのぶが不在時に屋敷を切り盛りする神崎アオイに
  病室に案内され、善逸、伊之助と再会する。善逸は蜘蛛の毒により、手足が短くなっており、治療の最中。
  伊之助は元来自信家であったが、那田蜘蛛山で独力では一匹の鬼も倒せなかったことから自信を喪失。
  治療が一段落した後で、炭治郎、善逸、伊之助は、しのぶの命で、機能回復訓練を受けることになった。
  ところが、同期剣士でありながら、しのぶの継子の栗花落カナヲに太刀打ちできない。炭治郎は屋敷で
  働く三人の女の子『きよ』、『すみ』、『なほ』に、全集中の呼吸を四六時中行う(常中)ことで基礎体力が
  上がると聞き、鍛錬の末に、【全集中の呼吸・常中】を会得する。そして、しのぶに競争心を煽られる形で
  伊之助、しのぶ(女の子)の「一番応援している」という激励で善逸も、遅ればせながら会得するに至る。
  カナヲは貧困層の出身で、親の虐待の末に感情を喪失、人買いに売られ曳かれている途中、胡蝶しのぶ、
  かつて花柱であった姉・胡蝶カナエに救出され、蝶屋敷に引き取られた過去を持つ。感情のない彼女は、
  命令以外のことは、カナエに与えられた銅貨を投げて決めていた。また、しのぶは両親と、花柱であった
  姉・カナエを鬼に殺されて以来、姉の好きだった笑顔を絶やさない姿勢を続けていたが、鬼への憎悪が
  限界に達し、疲れていた。しのぶは「鬼と仲良くする」という姉の信念を炭治郎に託す。炭治郎は更なる
  努力の末、カナヲと互角に渡り合える力をつける。回復し、新たなる任務を告げられた炭治郎は、アオイ、
  カナヲ等に感謝する。アオイは、運よく最終選別には残ったが、恐怖で戦えなくなった自分は腰抜けだと
  落ち込む。炭治郎は「世話をしてくれたアオイは自分の一部なのでアオイの思いは戦場に持って行く」と
  いう。カナヲにはカナヲの銅貨を放り、「表が出たらカナヲは心のままに生きる」と言い、銅貨の表を出す。
  カナヲがどうして表を出せたのか問うと、炭治郎は「表が出るまで何度でも投げた」と優しく微笑んだ。
  しのぶの問診を受けた炭治郎は【ヒノカミ神楽】についてしのぶに尋ねるが、しのぶはその存在を知らず、
  炎柱の煉獄杏寿郎ならば何かを知っているのではと伝え、お館様に炭治郎たちの次の任地を杏寿郎と
  同じ『無限列車』にするよう進言。炭治郎は蝶屋敷の廊下で、最終選別で一緒だった不死川玄弥を見る。
  剣士として成長した炭治郎、善逸、伊之助は、きよ、すみ、なほ、冨岡義勇に見送られ、列車の駅に向かう。
  一方、無惨は累の敗北後、残りの下弦の鬼を居城・無限城に招集。上弦は百年、顔ぶれが変わらないのに
  下弦は入替りが激しいと非難、下弦の壱を残し全員を粛清。下弦の壱『魘夢(えんむ)』に指令を与える。

8. 無限列車: 炭治郎、善逸、伊之助、木箱に入った禰豆子は、乗客たちが消滅するという疑惑に包まれた
  無限列車に乗り込み、炎柱・煉獄杏寿郎と合流する。無限列車には下弦の壱・魘夢が乗り込み、車掌を操り
  全乗客を人質に取っていた。魘夢は、夢を見せて人を操る血鬼術を使う鬼であり、炭治郎、善逸、伊之助、
  杏寿郎は夢の世界に陥る。魘夢の操る車掌が切符(血鬼術を発動させる為の道具)を検札することで、
  乗客に醒めがたい夢を見せ、夢に取り込んだまま精神の核を破壊し、廃人にした上で食らおうとする。
  魘夢は人の不幸が大好きな異常性格の持ち主で、歪んだ性格を無惨に気に入られ、粛清を免れていた。
  炭治郎は失った家族と共に生きる夢を見せられ、善逸、伊之助、杏寿郎もまた、各々の醒めがたい夢に
  取り込まれていた。しかし、切符(術)を所持しない禰豆子が覚醒したことにより状況が変わる。炭治郎は
  夢そのものがギミックであるという、魘夢の血鬼術のカラクリに気付き、夢の中で自刃することで自我を
  取り戻し、目覚めることに成功。善逸、伊之助、杏寿郎もそれに倣って正気を取り戻す。魘夢は炭治郎に、
  夢と現実を逆転させ、実世界で自刃させるべく、家族に罵詈雑言を浴びせられる夢を見せるが、炭治郎は
  「俺の家族はそんなこと(罵詈雑言)は言わない」と否定。血鬼術の影響が少なかった伊之助も参戦する。
  劣勢になった魘夢は、列車と融合して急所の頸の存在をひた隠すが、禰豆子、善逸、杏寿郎に乗客全員を
  救出された上、炭治郎と伊之助の共闘により倒される。そこに上弦の参(三)・猗窩座(あかざ)が襲来する。
  杏寿郎と戦闘に入る。拳で戦う猗窩座は、戦いの最中、杏寿郎を好敵手と認め、鬼になり共に永遠に戦う
  よう呼び掛ける。杏寿郎は人の儚さも美学であると、それを拒否、己の職務を全うすると言い放ち、善戦
  するも致命傷を負う。日の出と共に逃げる猗窩座に対し、炭治郎は日輪刀を投げつけ、「煉獄さんは鬼に
  有利な闇の中で戦い、一人の死者も出さなかった。お前なんかよりずっと強い!」と絶叫する。杏寿郎は
  そんな炭治郎と、善逸、伊之助を三人を呼び寄せ、後事を三人に託し、禰豆子を鬼殺隊の一員として認め、
  父と弟、亡き母への想いを胸に息絶える。炭治郎たちはその姿に触発される。杏寿郎の戦死は鎹烏により
  柱たちに伝えられ、(かつての継子)甘露寺蜜璃は動揺するが、柱全員、上弦の鬼や無惨との戦いに向け、
  気を引き締める。炭治郎は重傷ながら煉獄邸に赴き父・槇寿郎(元・炎柱)、弟・千寿郎にお悔やみを述べる。
  槇寿郎は死んだ杏寿郎を罵倒し、炭治郎と喧嘩になる。千寿郎は炭治郎に兄の形見の日輪刀の鍔を託し、
  父に「お体を大切に」という杏寿郎の遺言を伝える。槇寿郎はそれを聞き涙し、元・炎柱の矜持を取り戻す。

(2). 鬼殺隊VS上弦の鬼編

9. 吉原遊郭: 無限列車の任務から四か月後、炭治郎等が療養する蝶屋敷に、元忍である音柱・宇髄天元が
  現れ、神崎アオイ、高田なほを連れ去ろうとする。アオイに助けを求められたカナヲは、最初こそは銅貨に
  頼ろうとするが、必死にアオイとなほの服を掴んで彼女等を助けようとする(カナヲの心の成長の一端)。
  実は吉原遊郭に鬼が棲みついているという情報の裏付の為、天元は三人のくノ一の嫁『雛鶴』、『まきを』、
  『須磨』を送り込んだものの、定期連絡が途絶えたことに異変を感じ、潜入捜査を行おうとしていたと知る。
  天元によって女装させられた炭治郎(炭子)、善逸(善子)、伊之助(猪子)は、吉原遊郭に赴く。吉原では、
  “ときと屋”に泣き虫の須磨、“荻本屋”に気丈なまきを、“京極屋”に人情に篤い雛鶴が潜入していたが、蕨姫
  花魁として吉原に百年以上棲みついていた上弦の陸『堕姫』に察知され、須磨とまきをは堕姫の血鬼術の
  帯に絡めとられて食糧貯蔵庫に監禁。異常を感知した雛鶴は忍の心得で服毒し、病を装って脱出しようと
  したが、堕姫に怪しまれ、進退窮まっていた。天元によって、炭治郎は“ときと屋”、善逸は“京極屋”、伊之助は
  “荻本屋”に潜入。炭治郎が潜入した“ときと屋”では、鯉夏花魁が炭治郎を庇ってくれるが、身請けの前夜に
  堕姫に怪しまれ、帯に捕まる。堕姫の潜伏する京極屋では、堕姫の正体に気づいた女将が数日前に転落死
  していた。善逸は禿を虐待する堕姫を詰って正体を看破され、帯に捕まる。やがて伊之助が食糧貯蔵庫を
  発見し、帯の中のまきを、須磨、善逸や遊女等を救出。上弦並に鬼化が進んだ禰豆子の活躍で堕姫を追い
  詰め、天元が堕姫の頸を斬るが、堕姫の体内から堕姫の兄・妓夫太郎が出現する。上弦の陸とは兄と妹で
  一体であった。劣勢となる炭治郎、善逸、伊之助、天元。しかし、天元に解毒され参戦した雛鶴の協力もあり、
  兄妹同時に頸を斬れば倒せると察知した天元の戦いの譜面にて逆転、遂に百三十年ぶりに上弦を討伐する。
  鬼の毒で瀕死となった天元を禰豆子の血鬼術【爆血】が救い、片目片腕を失った天元は潔く柱を引退する。

10. 刀鍛冶の里: 幾多の戦闘で疲弊した日輪刀を打ち直して貰う為、刀鍛冶の里を訪れた炭治郎。炭治郎は、
  刀匠・鋼鐡塚蛍が、度々日輪刀を駄目にする炭治郎に呆れ、二度と刀を打たないと宣言したので、直談判に
  赴いたのだ。炭治郎は里で霞柱・時透無一郎、恋柱・甘露寺蜜璃、同期剣士で風柱・不死川実弥の弟である
  不死川玄弥と再会する。無一郎の一家は杣人であったが、病気で母を亡くし、母の薬草を嵐の中に取りに
  行った父も事故で亡くなった。柱の中興の祖とも言える、始まりの呼吸の剣士の血筋である時透無一郎と、
  双子の兄の有一郎は、産屋敷あまね(お館様のご内儀)により鬼殺隊に幾度も勧誘されるが、兄・有一郎が
  頑なに拒否していた。そんなある日、時透兄弟の家を鬼が襲い、兄が殺された。兄は無一郎に厳しく接して
  いたが、実は無一郎を守ろうとしていたと知り、衝撃のあまり記憶障害となったまま鬼殺隊に入隊していた。
  甘露寺蜜璃は見た目からは想像できない、常人の八倍の筋力を持つ人物で、怪力、桃色と黄緑色の毛髪と
  いう異様な姿、尋常ではない食欲を持つ為にお見合いを断られたことで、添い遂げる殿方と、自分自身の
  居場所を見つける為に鬼殺隊に入隊したという。玄弥はかつて女手ひとつで兄弟姉妹を育ててくれた母が
  鬼にされ、兄弟姉妹を殺した際、に残った玄弥を守る為に兄の実弥が母を退治した現場を見て「人殺し」と
  詰ってしまったことを後悔し、兄に謝罪して和解する為に入隊した事が語られる。一方、刀鍛冶の里の少年・
  小鉄は絡繰技師として、戦国時代の伝説の鬼狩りを模した絡繰人形【縁壱零式】を整備し、炭治郎の稽古に
  協力する。実は、伝説の鬼狩りこそ、【ヒノカミ神楽】の原型となった【日の呼吸】の遣い手であり、炭治郎が
  亡父から受け継いだ【日の模様の耳飾り】とヒノカミ神楽を竈門家に伝えた人物であることが後に判明する。
  そこへ上弦の肆・半天狗と上弦の伍・玉壺が襲来。玉壺は刀鍛冶を襲い、記憶障害に喘ぐ無一郎を血鬼術に
  幽閉、炭治郎の稽古中に故障した縁壱零式から出た戦国時代の名刀を砥ぐ鋼鐡塚に傷を負わせるものの、
  構わずに砥ぎ続ける鋼鐡塚に圧倒された上、記憶を取り戻し、痣が発生した無一郎に撃破される。半天狗は、
  炭治郎、禰豆子、玄弥と対峙。分身術と血鬼術で圧倒するが、危機一髪のところで恋柱・甘露寺蜜璃が参戦、
  最強の分身・憎珀天を出現させる。憎珀天を本体と誤認した蜜璃は血鬼術の直撃を受け、走馬灯を見るが、
  炭治郎、禰豆子、玄弥に助けられ柱としての資質不足を恥じて涙するも、怒りを爆発させ、強大な血鬼術を
  斬り伏せる。蜜璃が憎珀天と戦う間、炭治郎、禰豆子、玄弥は半天狗の本体を発見。刀を半天狗に投げつけ
  丸腰だった炭治郎に、玉壺を倒した無一郎が、鋼鐡塚から砥ぎかけの名刀を奪って投げて渡す。日の出の
  激闘の最中、禰豆子は朝日を浴びてしまい、炭治郎は禰豆子を守るか、半天狗討伐かを迷うが、禰豆子に
  蹴とばされる形で半天狗の本体へと向かい、討伐。禰豆子は消滅せず、日の光を克服する。それと同時に
  簡単な言葉を喋れるようになり、一同は狂喜。この戦いで炭治郎は、無一郎と蜜璃の矜持と覚悟を心に刻む。
 
11. 柱稽古: 上弦との戦いで、伝説の鬼狩りたちに現れた痣が出現した炭治郎と無一郎、蜜璃。柱合会議で
  病が進行して寝たきりとなったお館様に代わり鬼殺隊本部を取り仕切る産屋敷あまね(ご内儀)によって
  痣の秘密が語られる。痣の出現した状況を問われる二人の柱。蜜璃は抽象的な表現しかできず、無一郎が
  冷静に痣の発生した状況を語る。柱の中軸で岩柱の悲鳴嶼行冥の提案で、柱稽古(柱が下の階級の隊士に
  稽古をつけることで隊士たちの資質向上をはかり、同時に柱は痣の発生を目指す為の稽古)を行うことを
  提案。しかし水柱・冨岡義勇は柱稽古を拒否。柱合会議(鬼殺隊の状態を共有し、鬼の情報を交換する為の
  会議)の場を退出してしまう。そうして始まった柱稽古で炭治郎たちは元音柱・宇随天元に基礎体力、霞柱・
  時透無一郎に剣技、恋柱・甘露寺蜜璃に柔軟訓練、蛇柱・伊黒小芭内に太刀筋矯正、風柱・不死川実弥に実戦  
  (風柱との稽古では実弥と弟・玄弥の口論に巻き込まれる形で炭治郎も風柱稽古を禁止じられてしまう)、
  岩柱・悲鳴嶼行冥に筋力強化の稽古をつけてもらい、鍛錬の積み重ねで更なる実力をつけてゆく。そんな折、
  岩柱のもとで稽古していた善逸に手紙が届く。何かにふっきれた善逸のただならぬ様子を見て炭治郎は
  心配する。善逸は「やるべきことが見つかっただけだ」といつになく厳しい表情と態度を見せつつ炭治郎を
  も励ます。お館様から「水柱の心を開いてほしいと」頼まれた炭治郎は、冨岡義勇から「実は最終選別の際、
  同期の錆兔に助けられ、鬼を一匹も倒さずに突破した」と聞かされる。その年の最終選別では錆兔ひとりが
  落命したが、錆兔によって他の鬼が倒された為、運よく最終選別を通り、その後は修行を重ね水柱となった
  ものの、自分には他の八人の柱と肩を並べる資格がないというのだ。義勇は炭治郎に、水柱にれと奮起を
  促すが、逆に炭治郎は義勇に、錆兔から受け継いだものはないか問う。その言葉により意識を取り戻した
  義勇は柱稽古を行うことを決意する。もう一人、蟲柱・胡蝶しのぶは、柱稽古に参加せず、継子のカナヲに
  姉・胡蝶カナエを殺した鬼の倒し方を伝授。漸く人の心を取り戻したカナヲは驚くべき計画を知るのだった。
  いつになく厳しい態度の師・しのぶを前にカナヲは動揺、必死に自分の考えを述べ、しのぶの壮絶な決意を
  覆そうとする(カナヲの心の成長の一端)のだが、蟲柱・胡蝶しのぶの決意は少しも揺らぐことがなかった。

12. 鬼舞辻襲来: 鬼殺隊本部=産屋敷邸に突如現れた無惨。倒しても倒しても掛ってくる鬼殺隊の殲滅を
  決意した無惨は、鬼殺隊の頭目であるお館様・産屋敷輝哉を倒すという。しかしお館様は、産屋敷一族と
  無惨が同族であると明かし、鬼の命は永遠だが人の想いも永遠であると語り、妻あまね・二人の娘と共に
  無惨を巻き込み爆死する。実は無惨襲来はお館様が仕組んだ罠で、無惨は居合わせた珠世により、彼女が
  開発した四種の薬を打ち込まれてしまう。更には産屋敷家の危機に、柱を中心とした鬼殺隊が集結。珠世は
  無惨に吸収されるが、既に愈史郎が鬼殺隊に協力しており、追い詰められた無惨は居城に戦いの場を移す。

(3). 無限城・最終決戦そして

13. 無限城(その1) 胡蝶しのぶ VS 童磨
  鬼の祖・鬼舞辻無惨の居城・無限城。そこは新たに上弦の肆となった鬼『鳴女』のかき鳴らす琵琶の音色に
  よって方向や部屋の位置が変化する空間であった。胡蝶しのぶは、姉を殺した上弦の弐『童磨』と対峙する。
  身体が小柄で手足が短く、体重の軽いしのぶは日輪刀で鬼の頸を斬ることができず、鬼の嫌う藤の花から
  作った毒で鬼を殺すという技術で柱になった人物である。那田蜘蛛山で蜘蛛の姉を倒したしのぶの毒も、
  童磨にはきかず、逆に肩先から肋骨まで斬られ、倒れてしまう。自分の体格や膂力の弱さに泣くしのぶを、
  姉・カナエの亡霊が厳しく激励する。しのぶは瀕死ながら奥義を出すが童磨には敵わず、駆けつけた継子・
  カナヲに指文字で童磨の秘密を伝えるも全身の骨を砕かれて死亡、蝶の髪飾り一つを残して吸収される。
  しのぶの戦死は鎹烏によって、新しくお館様になった産屋敷輝利哉と妹二人、鬼殺隊全員に伝えられる。

14. 無限城(その2) 我妻善逸 VS 獪岳
  善逸は自分を引き取ってくれた元鳴柱の桑島慈悟郎のもとで、兄弟子・獪岳と共に修行していた。獪岳は、
  雷の呼吸の壱ノ型しか使えない善逸を蔑み、事あるごとに苛めていた。しかし善逸は獪岳を慕い、その背を
  獪岳は、雷の呼吸をほぼ会得しながら、壱ノ型だけは取得することができなかった。孤児の獪岳は、幼少の
  頃、僧侶であった現岩柱・悲鳴嶼行冥の寺で世話になっていたが、寺の金を盗んだことを他の孤児たちに
  知られ、追い出された際に鬼に遭遇。行冥と他の子供たちを犠牲に自分だけ助かろうとした過去があった。
  その後、鬼殺隊士となった獪岳であったが、上弦の壱に遭遇、自分が助かる為に鬼となっていた。二人の師・
  桑島慈悟郎は責任をとり、介錯を付けずに切腹した。岩柱の修行中に手紙でそれを知った善逸は、師の仇・
  獪岳を自分の手で討ち取ろうと決意していた。血鬼術と雷の呼吸で攻撃を仕掛けてくる新上弦の陸・獪岳。
  善逸は怒りを糧に自我を覚醒させたまま戦い、努力で編み出した雷の呼吸・漆ノ型『火雷神』で獪岳を葬る。
  力尽きて落下する善逸を助けた愈史郎は、獪岳が鬼としての経験が浅かったので勝てた、一年後であれば
  返り討ちに逢っていただろうと語る。善逸は意識混濁の中、師の影に「お前は儂の誇りじゃ」と言われ、泣く。

15. 無限城(その3) 竈門炭治郎&冨岡義勇 VS 猗窩座
  炭治郎は冨岡義勇と共に上弦の参であり、煉獄杏寿郎を倒した猗窩座と遭遇。猗窩座は青年の姿をしては
  いるが、江戸時代に鬼となった古参の鬼。人間『狛治』であった頃、病身の父を救う為、薬を買う金欲しさに
  盗みを繰り返していた人物で、猗窩座の体の縞模様は、江戸時代での泥棒に対する刑罰のひとつであった
  入墨を髣髴とさせるものであった。奉行所に捕らわれた狛治を恥じて父親は縊死。失意の狛治は奉行所に
  江戸処払いに処される。貧乏を恨み、荒れる狛治に手を差し伸べたのは、素手で戦う武術『素流』の道場を
  営む慶蔵で、慶蔵は狛治の過去を知った上で自分の娘で病床につく恋雪の世話を命じた。狛治は献身的に
  恋雪の世話をし、恋雪に生きる希望を与えるに到る。慶蔵は狛治を恋雪の婿にと望むほど可愛がったが、
  恋雪に横恋慕した隣の剣術道場の息子によって、道場の井戸に毒を入れられ、慶蔵と恋雪は命を落とす。
  狛治は逆上し、隣の剣術道場の六十七人を惨殺して出奔、彷徨っているうちに無惨に誘われ鬼となった。
  猗窩座は拳で炭治郎と義勇を圧倒するが、激闘の末、痣の発生した義勇と、炭治郎が会得した『透き通る
  闘気』が逆に猗窩座を追い詰め、猗窩座の頸が落とされる。猗窩座は頸を再生して尚も戦おうとするも、
  人間であった頃の記憶がよみがえり、既に強くなる意義を失っていたことに気づき、再生を諦め、自害する。
  今際の際、亡霊となった恋雪が猗窩座に戦いを止めるよう語り掛け、猗窩座は人の心を取り戻し、号泣する。
  上弦の参・猗窩座の敗北と死は、上弦の壱である『黒死牟(こくしぼう)』と上弦の弐である『童磨』に伝わる。

16. 無限城(その4) 嘴平伊之助&栗花落カナヲ VS 童磨
  カナヲは、童磨の血鬼術に翻弄され日輪刀を奪われ、窮地に陥るが、伊之助が参戦。予測不能な二刀流の
  剣技で童磨に斬りかかった伊之助は、カナヲの日輪刀を取り戻すが、猪の被り物を奪われてしまう。さらに
  伊之助の面差しから、自分が営む宗教団体「万世極楽教」でかつて側に置いていた女・琴葉が伊之助の母と
  気づき、伊之助と母を蔑み、嗤う。伊之助の母は、童磨が信者の女性を喰らっている場面を見て童磨を詰り、
  逃げ出したものの、追いつかれ、伊之助をおくるみに包んで褌に姓名を記して崖から落とし、助けたという。
  童磨が記憶していた琴葉の歌う「指切りの歌」。伊之助はその歌をしのぶが歌ったことで、しのぶを親族と
  思っていたのだが、童磨がその歌を歌い、語ったことで亡き母の記憶がよみがえり、激しく童磨を憎悪する。
  伊之助は、胡蝶姉妹を殺されて童磨を憎悪するカナヲと共闘するが、童磨の血鬼術に翻弄される。しかし、
  鬼側の劣勢にその場を退出しようとした童磨の顔が崩れ始める。実はしのぶは自分の体内に貯め込んだ
  鬼にとっての致死量の70倍もの藤の花の毒を、自らを吸収させることで童磨に盛っていたのだ。すかさず
  視覚にすぐれたカナヲが花の呼吸の最終奥義『彼岸朱眼』で童磨の攻撃を躱し、頸に日輪刀を打ち込むが、
  手が凍てつき、刃が通らない。そこに伊之助が二振りの日輪刀をカナヲの日輪刀に飛ばし、押し込むことで
  童磨の頸を斬ることに成功する。かつて感情を失っていたカナヲは、カナエの死に涙を流せなかったことを
  悔いていたが、母を慕い泣く伊之助に共鳴、胡蝶姉妹を慕って泣く。しのぶの命で仲間を大切にしたカナヲ。
  それに報いるように現れた伊之助。共通の仇敵である童磨を討伐した二人は、手を携えて次の戦いに進む。
  憔悴した伊之助に肩を貸して歩くカナヲ。二人の姿は真に伊之助とカナヲの人としての成長の姿であった。

17. 無限城(その5) 不死川実弥・玄弥兄弟+時透無一郎+悲鳴嶼行冥 VS 黒死牟
  無限城の大広間。そこでは不死川玄弥、霞柱・時透無一郎が上弦の壱『黒死牟』と戦っていた。膂力不足で
  剣術が不得手な玄弥は日輪刀の他、銃と、鬼を食うことで一時的に鬼の能力を引き出す特異体質を利用し、
  戦っていた。黒死牟の回想により、かつて【ヒノカミ神楽】の源流である【日の呼吸】の遣い手で、戦国時代の
  伝説の鬼狩りが、黒死牟(人間であったときの姓名は継国厳勝=つぎくにみちかつ)の双子の弟・継国縁壱
  (つぎくによりいち)であることが判る。双子が忌まれる時代、脆弱とみられた縁壱は父親に殺されそうに
  なるが、実際は驚くべき剣の達人であることが判明する。弟に対し優越感を持ち、慈しんでいた厳勝の心は
  踏みにじられ、縁壱に嫉妬し、いつしか縁壱を超えることが生き甲斐となる。縁壱は兄を気遣い、出奔する。
  鬼殺隊に入った厳勝は危機に陥った際に成長した縁壱に助けられ、その後、無惨に出会い、縁壱に勝つ為に
  鬼=黒死牟となる。六十年後、黒死牟と年老いた縁壱が対峙。老いさらばえた弟相手に劣勢になる黒死牟。
  同じく鬼殺隊に入り呼吸法を伝授し、無惨をあと一歩まで追い詰め、珠世を救い、炭治郎や禰豆子の先祖に
  日の呼吸=ヒノカミ神楽と日の耳飾りを伝授した縁壱に、ついに勝てなかった黒死牟は、時透無一郎が己の
  子孫だと知る。劣勢になった無一郎と玄弥のもとに、風柱・不死川実弥が加勢。玄弥は兄に謝罪し、兄は彼を
  弟だと認める。しかし力の差は歴然で、岩柱・悲鳴嶼行冥の参戦があっても戦果が上がらなかった。玄弥は、
  黒死牟の髪と刀(黒死牟の体の一部)を食らって寄生植物の血鬼術を発動させ、無一郎は日輪刀を【赫刀】に
  変え、黒死牟に負荷を与える。赫刀には鬼の回復を弱める力がある。しかし、玄弥と無一郎は黒死牟により
  両断されてしまう。激闘の末に、実弥と行冥にも痣が出現、遂に黒死牟の頸を落とす。黒死牟は異形と化して
  頸を再生するも、武士とかけ離れた自分の姿に衝撃を受け、再生を止めて死を選ぶ。縁壱になりたかったと
  いうことに気づき、灰燼と化す。無一郎はあの世で兄と再会、自分の短い生涯が幸せだったと語り、兄弟の
  気持ちが一つになる。玄弥は今際の際に兄に感謝の気持ちを伝え、兄がこの世でいちばん優しい人間だと
  知っていたことを語り、実弥はそんな弟の想いに触れ、鬼のように崩れてゆく玄弥を抱きしめて、号泣する。
   
18. 無限城(その6) 伊黒小芭内+甘露寺蜜璃+愈史郎 VS 鳴女+鬼舞辻無惨
  無限城を支配する鳴女の血鬼術に翻弄される二人の柱―蛇柱・伊黒小芭内と恋柱・甘露寺蜜璃。愈史郎は
  窮地に陥った蜜璃を救い、鬼であることを打ち明けた上で無惨攻略の秘策の為、蜜璃に協力を依頼する。
  蜜璃が攪乱したことで鳴女は判断を狂わせ、愈史郎は鳴女の頭を乗っ取り、逆に支配することに成功する。
  産屋敷邸で重傷を負った無惨は、無限城に作りだした繭に籠って回復を待つ。新たに鬼殺隊のお館様と
  なった輝利哉は、もともと五つ子であったが二人の姉を爆発で失い、生き残った妹・くいな、かなたと共に
  元炎柱・煉獄槇寿郎、元音柱・宇随天元と妻の雛鶴・まきを・須磨に支えられ、愈史郎の目くらましの血鬼術で
  無限城の鬼殺隊と連携を取り、その指揮を執っていた。愈史郎の撒く【目の札】は、敵の目を眩ますと同時に
  味方同士で状況を共有できるものであった。しかし無惨が復活。繭に近づいていた隊士たちを次々と討ち
  取ってゆく。珠世の薬で思うように動けない無惨は珠世を葬り去る。敬愛する珠世を殺された愈史郎は激怒、
  無惨を夜明けの迫る地上にたたき出すことを誓う。無惨は、鳴女が愈史郎に支配されたことを知り、鳴女を
  殺すが、無限城が崩壊し、無惨は生き残った鬼殺隊ともどもビルの建ち並ぶ都会の地上にたたき出される。
  一方、鬼殺隊司令部(所在不明)に預けられ、鱗滝左近次に看病され眠っていた禰豆子は、亡き父の亡霊に
  「起きろ禰豆子。炭治郎が危ない」と言われて目覚めると、司令部を飛び出し、鱗滝左近次を振り切りきる。
  槇寿郎、天元、くいな、かなたが追跡の是非を問うが、父の声を聴いたお館様は、禰豆子の意志に委ねる。

19. 最終決戦: 竈門炭治郎+我妻善逸+嘴平伊之助+栗花落カナヲ+愈史郎と茶々丸+村田等隊士+隠
       +伊黒小芭内+甘露寺蜜璃+不死川実弥+悲鳴嶼行冥+冨岡義勇 VS 鬼舞辻無惨
  鬼を人に戻す薬、老化する薬、細胞分裂(無惨は分裂して生き残った過去がある)阻止、細胞破壊の四つの
  薬を打ち込まれた無惨は、なおも圧倒的な力で残った鬼殺隊を圧倒。小芭内、蜜璃、そして黒死牟を倒し
  合流した行冥、実弥は、其々の能力を駆使して無惨に斬りかかるが、蜜璃は頭部・左腕・腹部に反撃を受けて
  戦線を離脱するも凄まじい戦意を見せる。蜜璃を隠に託した小芭内は、蜜璃の戦意に応えるべく戦線復帰
  する。炭治郎は無惨との戦いで、十三の【ヒノカミ神楽】の型を十二までしか知らないことに焦るが、戦いの
  中で十二の型を順に行うことで環状攻撃、すなわち十三番目の型になることを悟る。しかし、隙を衝かれた
  炭治郎は無惨に無惨自身の血を注入され、絶体絶命の危機に陥り、共闘する義勇もまた、弾き飛ばされる。
  無惨の波状攻撃は凄まじく、愈史郎の目くらましを利用して無惨に攻撃を加えていた善逸、伊之助も、他の
  柱と共に吹き飛ばされ、カナヲも腹部を斬られて、立つことができなくなる。カナヲに襲い掛かろうとする
  無惨。その時、愈史郎、那田蜘蛛山で共闘した先輩隊士の村田等の介抱で復活した炭治郎がカナヲを救う。
  愈史郎は猫の茶々丸(最終決戦の前に珠世によって鬼になった猫)を使って無惨の血を注がれた鬼殺隊に
  血清を打ち込んでいく。無一郎の話を思い出した小芭内は自力で痣と赫刀を出現させ、実弥と行冥もまた、
  互いの武器を交差させて赫刀を出現させる。衰えながらも圧倒的な力を見せつける鬼舞辻無惨に対峙する
  鬼殺隊。視力を失った小芭内は相棒である蛇の鏑丸に無惨の攻撃を読ませ、その隙を衝いて攻撃をかける。
  そして炭治郎から愈史郎の【目の札】を受け取り、鏑丸と視界を共有した小芭内は、炭治郎を信じて共闘を
  促す。夜明け前、鬼殺隊の執拗な攻撃に≪脅威を感じた≫無惨は、攻撃をやめて逃げ出す。刀を握れる者
  全員が無惨を逃がすまじと刃を振るう。あれほど鬼を恐れていた善逸も自我のまま奥義を連発、伊之助も
  傷ついて死んでいった仲間に涙しながら刃を振るう。炭治郎は無惨の体を壁に縫い付けるが、劣勢となる。
  「もういい加減にしてよ!馬鹿ぁ!」致命傷を負い、戦線を離脱していた蜜璃が無惨の左腕を引きちぎる。
  蜜璃の反撃に≪恐怖した≫無惨は異形と化して炭治郎を襲うが、小芭内が楯となり、炭治郎の刀に義勇が
  片腕を添え、赫刀を出現させる。再生速度が速く、刀で倒せない無惨の唯一の弱点は日光。無惨はなりふり
  構わず巨大な赤子の姿で逃亡をはかるが、お館様の指揮のもと、隠が自動車で襲い掛かり、最後は行冥の
  鎖で引き倒される。日の光に焼かれ、崩れる無惨。千年以上繰り広げられた鬼殺隊と鬼の戦いは遂に集結。
  しかし、力尽きた行冥は亡き教え子たちに連れられ昇天。鬼の生贄として生まれた小芭内と、見合い相手に
  存在を否定された蜜璃は、居場所を与えてくれた鬼殺隊の職務を全うし、来生での再会を期して亡くなる。

20. おにいちゃん: 竈門禰豆子は珠世の、鬼を人間に戻す薬によって全ての記憶を取り戻し、人間に戻った。
  しかし、辿り着いた戦場で見たのは、戦い、力尽きた兄の変わり果てた姿だった。傍らでは、片腕を失った
  恩ある冨岡義勇が悲嘆にくれていた。しかし、無惨は死の間際、鬼殺隊を殲滅するという自分の思いを、
  炭治郎にすべての血を注ぐことで託していた。鬼として目覚める炭治郎。日の光も克服し、赫刀をもって
  しても倒すことのできない炭治郎。「道を間違えたら互いを止める」という約束を果たすべく、伊之助が
  炭治郎に立ち向かうが、優しかった炭治郎を思い出し、刃を振り下ろすことができない。義勇も、日の光の
  もとに出られない鬼の愈史郎も、なすすべがない。暴走する炭治郎を止めようとしたのは禰豆子であった。
  禰豆子は炭治郎に苦労をかけたことを詫び、炭治郎の不遇を哀れみ、涙ながらに全力で止めようとする。
  そんな禰豆子を炭治郎が噛む。一同が絶望するところに重傷のはずのカナヲが歩み寄る。しのぶが開発し、
  一つだけ残った藤の花から作った鬼を人間に戻す薬。カナヲは先の彼岸朱眼で片目を失明していたが、
  残った目で彼岸朱眼を放ち、炭治郎の攻撃を掻い潜って薬を打ち込む。炭治郎は自我と鬼化の間で葛藤、
  亡くなった多くの仲間に支えられるように現世に復帰。無惨の思いは打ち砕かれ、一人で取り残される。
  生き残った義勇と実弥は、最後の柱合会議に於いて、鬼殺隊の解散を告げられ、お館様に篤く労われる。
  思想の違いから行き互いになっていた二人は、初めて微笑みあう。しのぶ亡き後、アオイの切り盛りする
  蝶屋敷では、炭治郎が目を覚まし、人間・禰豆子と再会。愈史郎によって、最初に噛んだ相手が、鬼になって
  人間に戻ったことで無惨の血に抗体を持つ禰豆子であったことが幸いし、しのぶの薬がそれに作用した
  ことが語られる。人間に戻った禰豆子を善逸がますます好きになったことは言うまでもない。刀鍛冶の里の
  人たち、隠の人たち、煉獄槇寿郎・千寿郎父子、宇随天元と雛鶴・まきを・須磨等が炭治郎等を見舞い、労う。
  炭治郎は、自分を助けてくれたカナヲに寄り添い、鏑丸を貰ったカナヲの優しさに触れる。禰豆子は実弥と
  再会。実弥は禰豆子に今までの非礼を詫び、「寝るのが好き」と明るく笑う禰豆子に、亡き弟の姿を重ね、
  優しく微笑み、頭をなでる。伊之助はそんな騒ぎの中、厨房に向かい、こっそり盗み食いするもアオイに
  発見される。しかしアオイはそんな伊之助のために、お盆に彼だけが食べてよい食事を用意していたのだ。
  ほわほわしながら食べる伊之助。回復した炭治郎・善逸・伊之助は、命を落とした仲間の墓参を済ませ、義勇、
  鱗滝左近次に別れを告げ、三郎じいさんたちの待つ炭治郎・禰豆子の生まれ故郷へと去ってゆく。(おわり)

21. 後日譚: 
  無惨や鬼との戦いで命を落とした柱達は、生き残った人々の子孫が暮らしている現在、鬼のいない世界で
  転生という形で生きています。オバミツ夫婦(小芭内と蜜璃)は白蛇の置物のあるメガ盛りの定食屋を経営。
  行冥は幼稚園の先生。しのぶとカナエは同じ女子高に通学。無一郎と有一郎は再び双子の赤ちゃんとして。
  煉獄杏寿郎は弟・千寿郎の子孫に転生したのかも。天元と三人の嫁のうちの誰かとの子孫は体操選手に。
  実弥の子孫は警察官となり、玄弥によく似た後輩とバディを組み活躍。義勇の子孫は錆兔と真菰の転生と
  おぼしき子供達と同じ小学校に通っているようです。永遠の命を授かった愈史郎は、珠世の絵を描く画家に。
  当時から生き続けている産屋敷輝利哉は、日本最高長寿を保っています。炭治郎とカナヲ、善逸と禰豆子、
  伊之助とアオイはそれぞれ結婚し、その子孫たちは現在、鬼のいない世界で平和に暮らしているのです。
   
  人が生まれてこのかた出会ってきた幾多のおとぎばなし、寓話、歴史等を思い出させるエピソードの数々。
  勧善懲悪だけでは語ることのできない筋立てや、人間だけではなく、討伐される鬼の生きざまや言い分。
  作者が決して全てを語ろうとはせず、読者がそれぞれ思い描く登場人物・鬼の設定や、その行動の背景。
  主人公達(炭治郎、善逸、伊之助、カナヲ)が戦いの中で仲間と連携、人間として大きく成長してゆく過程。
  成長してゆくことによって、目の前に立ちはだかる大きな壁を乗り越えてゆくという、魅力溢れる展開・・・
  『鬼滅の刃』が老若男女に受け入れられ、愛される理由はこうした一つ一つの積み重なりなのかもしれません。
  登場人物の描写もまた魅力の一つであり、登場人物の誰一人として、設定がおろそかにされてはいません。
  炭治郎と禰豆子、不死川実弥と玄弥、時透無一郎と有一郎、煉獄杏寿郎と千寿郎、黒死牟・厳勝と継国縁壱、
  胡蝶しのぶとカナエ、産屋敷輝利哉とくいな・かなた・・・ この物語は様々な兄弟姉妹の姿をも描きます。

  様々な人との出会い、試練、戦いの中で得た経験・知識、父祖から引き継いだ物を自分の糧にした竈門炭治郎
  自分の才を過小評価し、鬼共に慄きながらも苦手な努力を積み重ね、才能そして人格を鍛え抜いた我妻善逸
  人ならざる存在から、自分が受けた優しさと仲間との連携を通じ、誰より仲間を気遣う人となった嘴平伊之助
  感情を失って、命令のままに刃を振るう日々から、自分の意思で仲間と助け合うまでに成長した栗花落カナヲ
  鬼殺隊としての資質に欠けることを知りながら、兄に謝罪をする為に努力、死の間際に夢を叶えた不死川玄弥
  資質に欠ける自分が柱になったことを恥じ、他の柱と距離を置いた日々から脱却し、勝利に貢献した冨岡義勇
  姉の遺言を守って鬼への憎悪をひた隠し、勤めて明るく振舞い、カナヲ、アオイ、炭治郎達を導いた胡蝶しのぶ
  代々炎柱を勤める家に生まれ、豪放磊落な性格で、凄まじいほどの責任感と生き様を見せて散った煉獄杏寿郎
  元忍の経験を活かし、三人の嫁(雛鶴、まきを、須磨)と連携し、人の命を重んじ、後輩を気遣って戦った宇随天元
  精神的に不安定な状態で凄まじいほどの剣の才能を発揮し、覚醒後は仲間を気遣い、大勢を守った時透無一郎
  昼行燈・お調子者・天然・ドジっ子ながら、自分の居場所・鬼殺隊に誇りを持ち、凄まじい覚悟を見せた甘露寺蜜璃
  生贄として育ち、逃亡したことを詰られ、人間不信となるも蜜璃、炭治郎達と出会い、彼等を導いた伊黒小芭内
  粗暴な外見や言動の内側に誰よりも篤くて優しい本性を秘め、柱の任務を遂行し、責任を果たした不死川実弥
  盲目という負い目をものともせず、鬼殺隊・柱の第一人者として君臨、幾多の隊士の支えとなった悲鳴嶼行冥
  鬼となりながら鱗滝左近次の暗示(いいつけ)を守り、鬼殺隊の一員となり、鬼として、人として成長した禰豆子

  コロナ禍の2020年、伝染病の脅威、低迷する経済という不安な世情の中で、人々に元気を与えた鬼滅の刃
  私たちはこの物語から『何か』を感じ取ったはず。この作品は生まれるべくして生まれたのかもしれません。
  2021年、そしてそれ以降が、鬼のいない平和な世界になるよう、頑張らなくてはなりません。 猪突猛進!

  (表記)
  作中での竈門禰豆子の禰は、正しくは【ネ】+【爾】となります。
  作中での煉獄杏寿郎の煉は、正しくは【火】+【東】となります。





『鬼滅の刃』ゆかりの地めぐり

第六回
  恋柱・甘露寺蜜璃の誕生地とその周辺



■必ず、お電話またはメールでお申し込み下さい■


◎集 合: 2022(令和4)年06月01日(水) 15:30

◎代 金: お一人様 大人3,300円 / 小人1,650円

◎経 路: スタート地点からゴール地点まで、徒歩で移動

◎コース: 東京メトロ南北線・六本木一丁目駅・・・(観光)・・・東京メトロ銀座線・赤坂見附駅(約3時間)

◎宿 泊: 当プログラムは日帰りコースです。

◎食 事: 含まれません。


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<01日目>2022(令和4)年06月01日(水)
■行程: 東京メトロ南北線・六本木一丁目駅 ・・・(観光)・・・ 東京メトロ銀座線・赤坂見附駅
     ご自身で六本木一丁目駅にお越し下さい。
     スケジュールは予告なく変更になる場合もあります)
 
 ★集合日時: 2022(令和4)年06月01日(水)15:30
 ★集合場所: 中央改札口の改札を出た場所
        【パームツアーセンターの看板】と【甘露寺蜜璃のグッズ】を持って立っています。

※スタート地点: 東京メトロ南北線・六本木一丁目駅 改札口を出た場所

6月1日  甘露寺蜜璃の出生地めぐり
★東京メトロ南北線・六本木一丁目駅 中央改札口

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 ≪六本木パート≫

 
旧住友会館(通過)
  ・概要: 東京メトロ六本木一丁目駅の中央改札口を出ると、緑に囲まれた泉ガーデンタワーがある。
      泉はしのあった場所を抜けると、右手に『旧住友会館』のパネルがある。この地には住友家の
      麻布別邸があった。取り壊されてしまっているが、パネルの写真で往時をしのぶことができる。

     

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偏奇館跡(通過)
  ・概要: 作家・永井荷風が大正9年から昭和20年の空襲で焼けるまでの25年間住んだ場所。ペンキ
      塗り木造二階建ての洋館で、偏屈な奇人であることを自認していた荷風が『偏奇館』と命名。
      この偏奇館を基点として、江戸情緒を懐かしみつつ「すみだ川」「日和下駄」などを執筆した。

     

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御組坂(通過)
  ・概要: 江戸時代、この地域の南側には幕府御先手組の屋敷があった。そのため、御組坂と呼ばれる
      ようになった。先手組とは、戦時における将官であり、若年寄の管轄下にあった。江戸時代は
      戦乱がなかったため、主な職務は江戸城の警備、将軍外出時の警護、江戸城下の治安維持で
      あった。江戸の行政や司法を司る南北町奉行所は文官である役方であるのに対し、先手組は
      武官である番方に分類され、六位相当の布衣役であった。火盗改メと呼ばれた火付盗賊改方
      長官は、先手頭一名が加役として兼務する形がとられていた。長谷川平蔵宣以が有名である。

     

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 山形ホテル跡(通過)
  ・概要: 御組坂と交差する道を南下すると、『山形ホテル跡』を示す史跡がある。永井荷風の作品にも
      登場するこのホテルは、大正9年から昭和元年まで営業していた。現在はビルに囲まれている。

     

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 日本国憲法草案審議の地(通過)
  ・概要: サウジアラビア王国大使館の並びの植込みの中に碑が立つ。昭和21年、連合国軍総司令部と
      日本国政府との間で日本国憲法の草案について審議が行われた史跡。総司令部側の代表は
      民生局長ホイットニー准将、民政局次長ケーティス大佐。日本国政府側は外務大臣・吉田茂、
      法務大臣・松本烝治。当初GHQは天皇制の廃止を念頭に置いていたが、ソ連とその支持国が
      日本に共和制を敷いて混乱を招き、それに乗じて北海道を領有化する方策を持っているのを
      察知し、象徴天皇制を敷いて天皇からすべての政治的な権限を剥奪する骨子に切り替えた。
      そして「基本的人権の尊重」「国民主権」「平和主義」を三大要素として日本国憲法が誕生した。

     

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行合坂(通過)
  ・概要: 『ゆきあいざか』という、変わった名称は、双方から行き合う道の坂であったためか、それとも
      市兵衛町と飯倉町の間の道の坂であったためか、どちらが正しい由来なのかは不明である。
      行合坂に面して、港区立麻布小学校が建つ。ここはかつての紀州徳川家屋敷の跡地である。

     

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紀州徳川家屋敷跡(通過)
  ・概要: 徳川御三家のひとつ、紀州徳川家は、江戸時代には紀尾井町、麹町のエリアに屋敷を持って
      いたが、明治維新後に太政官に返納、以降、大正時代の末期まで、飯倉片町に屋敷を持った。
      現在、港区立麻布幼稚園の建つ場所であった。紀州藩は幕末の政局の中では大和で挙兵した
      天誅組を幕府軍として討伐し、第二次長州征討の際には総督として長州藩に敵対した。その為、
      戊辰戦争で敗走した幕府軍将兵は、紀州藩を頼って落ち延び、紀州藩も朝敵と見做される事に
      なった(鳥羽伏見の戦いで負傷した京都見廻組の佐々木只三郎も敗残将兵のひとりで、藩内の
      紀三井寺で亡くなっている)が、時の藩主・徳川茂承は藩兵1500人と軍費15万両を献じ、さらに
      京都の警備につくことで官軍に転じた。明治6年に江戸城(皇居)西の丸が火災に見舞われた時、
      紀尾井町の中屋敷を太政官に納めたのも、明治政府の心証を良くする為と考えられなくもない。
      茂承と、その婿養子で家督を継いだ徳川頼倫(徳川宗家・徳川家達の異母弟)はこの屋敷を活用、
      困窮する旧士族等が自立できるよう、私費を投じて尽力した。その一環として邸内に建てられた
      南葵楽堂にはみごとなパイプオルガンが置かれていたが、現在、東京藝術大学の楽堂にある。

     

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 飯倉片町交差点(見学)
  ・概要: 古代には飯倉御厨と伊勢神宮への神饌を収める倉があったとされ、飯倉という地名はその事に
      由来すると江戸時代には考えられていた。しかし、御厨成立前に、すでに飯倉という地名があり、
      飯倉の語源は御厨とは関係がないという説もある。現在の芝大神宮は、寛弘2年81005年)に、
      「飯倉山」と呼ばれていた芝丸山古墳に伊勢神宮を勧請して創建されたとされ、飯倉の名称は
      これに由来するとも考えられる。芝大神宮は古くは飯倉神明と呼ばれ、古代の屯倉跡であった
      可能性も考えられていた。現在、地名としての飯倉は絶滅しているが、交差点等に名残が見える。
  ・鬼滅: 恋柱・甘露寺蜜璃は、飯倉で生まれたとされている。神饌、屯倉など、食べものに通じる地名で、
      常人の八倍の筋力を維持するため、幼少期から力士三人分より多く食べていた彼女に相応しい。
      史実では、戊辰戦争後、そして太政官が東京奠都を行った際、京都にあった多くの公家もまた、
      東京に引っ越してきた。実在した甘露寺という公家も居を東京に移している。蜜璃の家系について
      言及はされていないが、刀鍛冶の里で「宮さん宮さん」ととことんやれ節を口ずさんでいたのを
      考慮すると、少なくとも官軍として明治新政府軍に与し、旧幕府勢力と戦った家系と考えられる。

     

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鼬坂−いたちざかー(通過)
  ・概要: 由来は不明。文久2年(1862年)の地図には、鼬坂と記載がある。地続きの一角にある植木坂や
      鼠坂と混同されていた時期もあるという。坂の上は麻布台三丁目で、坂の下は麻布台三丁目と
      麻布狸穴町との境界をなしている。坂の歴史も先述の二つの坂との混同についてのみ記される。

     
     左: 鼬坂 坂の上より/右: 鼬坂 坂の下より

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島崎藤村旧居跡(通過)
  ・概要: 詩人で小説家の島崎藤村―明治5年2月17日(1872年3月25日)〜昭和18(1943)年8月22日は
      大正7年から昭和11年まで鼬坂の家に住んでいた。そしてこの家で名作『夜明け前』を執筆した。
      また『飯倉付近』という作品には、大正〜昭和初期の飯倉界隈のようすが活き活きと描かれている。

     

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植木坂ーうえきざかー(通過)
  ・概要: 狸穴と麻布台を結ぶ三つの坂(鼬坂、植木坂、鼠坂)のひとつ。「植木坂」という名称は、この坂の
      エリアに古い時代、植木商が住みついたからだと言われている。急勾配の坂で緑が多く、古き良き
      時代を彷彿とさせる。
かつては坂に平行して水路があったとされる。現在は暗渠になっているかも。

     

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鼠坂−ねずみざかー(通過)
  ・概要: 狸穴と麻布台を結ぶ三つの坂(鼬坂、植木坂、鼠坂)のひとつ。由来が不明で、全貌が未詳である
      鼬坂と違い、木標が建てられている。その説明によると、鼠坂と鼬坂は同じ坂を指しているように
      解釈がされている。しかし、文久2年の古地図を見れば、鼬坂は独立した坂として記載されている。

     
     左: 鼬坂 坂の上より/右: 鼬坂 坂の下より

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狸穴坂ーまみあなざかー(通過)
  ・概要: 古川に向かって織りなす斜面の谷間の部分に、かつては「魔魅(まみ)」が棲んでいたと言われる。
      魔魅とは、アナグマを指すとも、雌の狸を指すとも言われている。また、古来この地は砂金が出た
      という伝説があり、「まぶ=黄金」がなまって「まみ」になったとも言う。子母澤寛の「勝海舟」に、
      若き日の海舟の師で都甲市郎左衛門という人物が出てくるが、その人物は狸穴に住んでいたとの
      記載がある。NHK BSの「小吉の女房2」では、風間杜夫さんが演じる史実の人物・都甲斧太郎として
      登場する。蘭学者であり、胆石に苦しむ馬にアラビアゴムを飲ませて胆石を取り除いたのだという。
      狸穴には狸穴公園、ロシア大使館(旧ソ連大使館)などがあり、坂の上には「狸穴坂」の石碑が残る。

     

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狸穴公園(休息)
  ・概要: 狸穴公園は、「彫刻のある街づくり」事業の一環として設置された「風水の刻」の噴水がある、憩いの場。
      2020年の3月以降、狸穴公園の東側の斜面に七種の紫陽花が植えられ、紫陽花の名所となっている。
      また公園の一角には赤い鳥居が鮮やかな『狸穴稲荷大明神』があり、地域の人たちの信仰を集めている。

     
     左: 風水の刻/右: 狸穴稲荷大明神

     

 飯倉熊野神社(参拝)
  ・祭神: 素戔嗚尊・伊弉諾尊・伊弉冉尊
      相殿神: 塩竈大神・宇迦之御霊大神・火之加具都知大神
  ・社格: 村社
  ・創建: 不明。伝・元正天皇御代(680−748年)、伝・養老年間(717ー724年)芝浦海辺の地に鎮座ありとのこと。
      文明年間(1469−1487年)太田道灌によって再建、宝物寄進があったという。
  ・例祭: 例大祭は6月1ー3日(暦により変更)
  ・神事: 歳旦祭(1月1日)、元始祭(1月3日)、追儺式(2月第一週吉日)、紀元節(2月11日)、祈年祭(2月17日)、
      大祓式(6月30日)、明治節(11月3日)、新嘗祭(11月23日)、大祓式(12月31日)
  ・備考: 養老年間にはすでに鎮座していたと思われるが、主要な記録は元禄時代の大火で消失してしまった。
      第二次世界大戦末期、米軍の空襲によって社殿等灰燼に帰し、昭和27年に再建されたが、その後、社地
      は土地開発によって削られるなどした。最近はサッカーの守り神として選手サポーターの信仰を集める。

     

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日本経緯度原点(通過)
  ・概要: 熊野神社の奥、アフガニスタン大使館の脇の芝生の丘に、日本の緯度軽度の中心となる場所がある。
      明治25年(1892年)、この場所にあった東京天文台の子午環の中心が日本の経緯度の原点として
      定められた。子午環そのものは関東大震災で大破したが、場所を示すプレートが嵌められている。

     

     
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三河台公園
  ・概要: 三河台公園は六本木四丁目二番地にある憩いの場。住宅地の一角にある防災機能を有した複合公園。
      ロケ地として映像作品にも登場する地元では有名な公園。かまどの機能を持つベンチや、防災トイレの
      機能を持つベンチ等が備えられている。また、コンテンポラリーなオブジェもある。旧三河台町にある。

     

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フランシスコ会チャペル
  ・概要: フランシスカン・チャペル・センターは、六本木外国人共同体によって昭和42(1967)年10月4日に建立
      された、アシジの聖フランシスコを祀るカトリックの教会堂で、六本木四丁目二番地の住宅地に建つ。
      週末のミサに加え、慈善活動や、聖書の講義などが行われている。元は宣教師のための日本語学校。

     

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志賀直哉旧居の跡
  ・概要: 明治から昭和にかけて活躍した小説家の志賀直哉ー明治16(1883)年2月20日〜昭和46(1971)年
      10月21日は、宮城県石巻に生まれ、東京府で育った。昭和24(1949)年には文化勲章を受賞。代表作に
      「暗夜行路」「和解」「小僧の神様」「城の崎にて」などがある。明治30(1897)年から15年ほど住んだ。

     

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 ≪赤坂パート≫

 
檜町公園(通過)
  ・概要: 江戸時代には長州藩の下屋敷があり、「檜屋敷」と呼ばれていた。桜田の上屋敷(現・日比谷公園)は
      藩主の公邸であるのに対し、下屋敷は藩主の別邸兼藩士の詰所であった。元治元年(1864年)夏の
      池田屋事件〜蛤御門の変(禁門の変)により、長州藩は朝敵となり、各地にあった長州藩邸は幕府に
      摂取されることとなった。桜田の上屋敷も、麻布の下屋敷(当・檜屋敷)も幕吏に踏み込まれ、一部の
      藩士は幕吏に抵抗し、斬殺されたり、自刃したり、50名ほどが落命したと伝わる。明治維新後、麻布の
      下屋敷は取り壊され、軍の施設を経て公園となった。近隣住民の憩いの公園として親しまれている。

     

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檜坂(通過)
  ・概要: 檜坂、檜町など、このあたりの地名には「檜(ひのき)」という文字が散見される。理由としては、この
      地にあった長州藩(毛利家)の中屋敷が、檜の木が多かったことから「檜屋敷」と呼ばれていたため。
      藩主毛利家の先祖は毛利元就で、さらに系図を辿ると『鎌倉殿の13人』の一人、大江広元に行きつく。

     

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本氷川坂(通過)
  ・概要: 赤坂氷川神社の南西側に位置する坂。坂途中の東側に本氷川明神があって、坂の名になったという。
      かつて建っていた本氷川明神社は明治16年4月、氷川神社に合祀された。元氷川坂と書いたともいう。

     

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(幕末時代の)勝海舟邸跡(見学)
  ・概要: 勝海舟が安政6年(1859年)から慶応4年(1868年)までを過ごした幕末時代の邸跡。旧・氷川小学校跡地。
      新選組副長・土方歳三が、新政府軍に捕らえられた局長・近藤勇の助命嘆願に訪れた勝安房守邸という
      のは、ここにあたる。ここに坂本龍馬や陸奥宗光、土方歳三等が訪れていたとのは感慨深いものがある。
      海舟はこの屋敷を「ちょっとそこまで行ってくる」と言って出て、咸臨丸で渡米したといいう伝説がある。
      勝海舟が西郷隆盛との談判に赴く際も、この屋敷から出かけている。説明版に勝の略歴が刻まれている。

     
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氷川神社(参拝)
  ・祭神: 素戔嗚尊・奇稲田姫命・大己貴命
  ・社格: 准勅祭社/府社
  ・創建: 伝・天暦5年(951年)
  ・例祭: 9月16日
  ・神事: 四合稲荷祭/末廣稲荷祭/西行稲荷祭/型代流し神事ほか
  ・備考: 伝承によると、天暦5年(951年)蓮林僧正が霊夢を見て、現在の赤坂4丁目のあたりに奉斎したという。
      享保15年(1730年)江戸幕府第八代将軍・徳川吉宗によって現在地に遷された。現在の社殿(東京都の
      有形文化財)はこの時に造営された。明治元年(1868年)に准勅祭社に列した。江戸七氷川のひとつ。
      境内には淺野土佐守長澄の邸跡があるが、元禄赤穂事件で有名な浅野内匠頭長矩の夫人(瑤泉院)の
      実家である。また、港区の天然記念物の大銀杏や、包丁塚等がある。月次祭は朔日と十五日に行われる。
      境内の北東にある山車の展示スペースの脇から氷川坂に降りる石段の途中に、四合稲荷神社がある。

     
     左: 氷川神社/右: 若者たちが力試しをした力石

     
     左: 忠臣蔵で有名な浅野内匠頭室・瑶泉院の実家・浅野土佐守邸跡/右: 氷川神社拝殿

     
     左: 社叢と灯籠と狛犬と/右: 氷川神社の山車の展示スペース

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四合稲荷(参拝)
  ・概要: 明治31(1898)年に赤坂氷川神社の近くに鎮座していた古呂故稲荷(ころこいなり)・地頭稲荷、本氷川
      稲荷、玉川稲荷の四社を合祀したことに由来。その際、勝海舟により「四社を合祀」、幸福の「しあわせ」、
      「志を合わせる」をかけて、四合(しあわせ)稲荷と命名された。昭和9(1934)年、明徳稲荷を合祀した。

     

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氷川坂(通過)
  ・概要: 赤坂氷川神社の北東側に位置する坂。江戸幕府八代将軍・徳川吉宗の命で建てられた赤坂氷川神社の
      もと正面に当たる坂。氷川神社の神輿展示スペースから四合稲荷を経て石段を降りると氷川坂に到る。

     

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南部坂(見学)
  ・概要: 江戸時代初期には氷川神社のあたりに東北の名門・南部氏の中屋敷があったが、淺野氏との間で屋敷
      替えが行われ、南部氏は現在の広尾に引っ越して行った。元禄赤穂事件の発端となった淺野長矩刃傷
      事件の後、未亡人となった瑤泉院は実家に引き取られたが、それが現在の氷川神社の境内にあたる。
      忠臣蔵屈指の名場面「南部坂雪の別れ」で有名になった。史実では、大石内蔵助は『金銀受払帳』等を
      瑤泉院の用人・落合与左衛門に討ち入り当夜に届けた事になっているが、創作では、討ち入りを翌日に
      控えた内蔵助が決算帳簿一式に討ち入り趣意書(連判状)を携えて瑤泉院の実家・三次淺野家の屋敷を
      訪れ、瑤泉院に最期の別れをしようとするが、瑤泉院の侍女に吉良家の間者がまぎれている事を看破、
      自分は他藩に仕官する為にお別れに来たと嘘をつく。瑤泉院は、討ち入りをせず、他家に仕えるという
      内蔵助の態度を詰り、長矩の位牌に手を合わせることを許さず、追い返してしまう。内蔵助は退去の後、
      雪の南部坂に跪き、瑤泉院の座所に向かって無言の別れをする。間者は内蔵助の携えてきた連判状に
      気づくき、それを盗もうとするが、三次淺野家の腰元に捕らえられる。瑤泉院はそこで初めて内蔵助の
      真意に気づき、涙ながらにその場にいない内蔵助に詫びる・・・という風に描かれている。忠臣蔵の映画、
      ドラマでは、このエピソードを取り上げることが多い。現在は坂の一部がアメリカ大使館の敷地内にある。

     
     南部坂雪の別れは芝居や映像で有名になったが、史実ではないという。

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(明治時代の)勝海舟邸跡(見学)
  ・概要: 勝海舟は、明治初頭は、主君・徳川慶喜/徳川家達に従って静岡に移住していたが、明治政府に乞われて
      出仕し、明治5年(1872年)から死去までをこの地で暮らした。主君・徳川慶喜の名誉回復に心血を注いだ。
      邸跡には海舟と弟子の坂本龍馬の像が建つ。勝海舟にしても、中岡慎太郎にしても、龍馬と並ぶ人物は
      必ずと言ってよいほど座っている。それは龍馬の身長が高すぎるため、つり合いが取れないかららしい。
      徳川慶喜は明治天皇に拝謁し、名誉挽回すると、勝海舟邸を訪れ、礼を言ったという。そして海舟の孫の
      伊代子と、自分の十男の精(くわし)とを娶せ、嫡男・小鹿(ころく)を失って後継のいない勝家を継がせる
      ことにした。福沢諭吉に新政府に仕官したことを詰られた海舟は『毀誉は他人の主張、行蔵は我に存す』と
      相手にしなかったが、海舟が明治政府に出仕したのは、徳川一族と幕臣を守るためではなかったのか??

     
     左: 勝と龍馬の師弟像/右: 勝海舟邸跡碑

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氷川公園(通過)
  ・概要: 氷川公園のある一帯は、江戸時代の前期、広島藩浅野家を本家とする浅野家の本家・分家の屋敷があり、
      赤穂藩(忠臣蔵の発端となった刃傷事件で有名な浅野内匠頭長矩の藩)の屋敷も、もとはここにあった。
      後に赤坂區が買収し、明治41(1908)年に東京市氷川尋常小学校が開校。火災で移転後は公園となった。

     
     左: 氷川公園/右: 氷川公園周辺の町名の由来/下: 公園付近沿革案内

     

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みすじ通りの勝海舟旧居跡(通過)
  ・概要: 
一ツ木通りと田町通りとの間、みすじ通りというところには、海舟が妻・民子と新婚時代を過ごした住居の
      跡地がある。碑や説明版はないが、若き日の勝海舟が過ごした場所である。福岡藩の蘭学者・永井青崖に
      蘭学を学び、逃亡犯・高野長英が訪れ、『氷解塾』を開いた場所でもある。海舟と名乗ったのもここである。

     
     このあたりだが、勝海舟の旧跡を示す碑や説明版はない。民子夫人との新婚の住まいでもあった。

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日枝神社(通過)
  ・祭神: 主祭神; 大山咋神/国常立神・伊弉冉神・足仲彦尊
  ・社格: 官幣大社/別表神社
  ・創建: 不詳
  ・例祭: 6月15日(山王祭)
  ・神事: 奇数月には庚申祭が行われる
  ・備考: 伝承によると、文明10年(1478年)太田道灌が江戸城を築城の際、川越の無量寿寺(現・喜多院・中院)の
      川越日枝神社を勧請したのが始まりという。その後、徳川家康が江戸に入府の際、江戸城内の紅葉山に
      遷座した。この地は江戸城から見て、裏鬼門にあたるため、江戸鎮護のため徳川家代々の信仰を集めた。

     
     左: 山王日枝神社鳥居/右: 山王日枝神社神門

     
     左: 女性の神猿(まさる)/右: 男性の神猿(まさる)

     
     左: 山王日枝神社社殿/右: 山王稲荷神社・八坂神社・猿田彦神社の狛犬

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黎明期の牧場跡(通過)
  ・概要: 江戸時代から信仰を集めていた日枝神社には芝〜麹町〜霊巌島〜神田に至る広大な氏子地域を有して
      おり、明治初年には、この広大な土地から東京の酪農がスタートした。明治6年には、すでに7軒の牧場が
      存在していたという。幕府瓦解により困窮した幕臣たちの一部が、酪農業に帰農することもあったという。

     

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一ツ木通り(通過)
  ・概要: TBSを中心とした赤坂サカスのあるエリアから青山通りにかけて商店街を構成する通り。みすじ通りや
      田町通りと平行している。何を隠そう、パームツアーセンター店長・立花が生まれ育った場所なのです。

     

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九郎九坂(通過)
  ・概要: 江戸時代に一ツ木の名主であった秋元八郎左衛門の先祖・九郎九が同所に居住していたことから坂名が
      九郎九坂となったという。九郎九坂は「くろぐざか」と発音する。また、この坂の付近には鉄砲の射撃場が
      あったことから、別名を鉄砲坂ともいう。現在は豊川稲荷東京別院の正門の脇に木標が建てられている。

     

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豊川稲荷東京別院(拝観)
  ・山号: ー
  ・院号: ー
  ・宗派: 曹洞宗
  ・本尊: 豊川ダキニシンテン
  ・開基: 大岡越前守忠相
  ・開山: −
  ・創建: 文政11年(1828年)
  ・移転: −
  ・墓所: ー

  ・概要: お稲荷さんというと通常は神社を想像するが、ここは曹洞宗の寺院。豊川ダキニシンテンを本尊とする。
      大岡越前守忠相が、自邸に三河の豊川稲荷からダキニシンテンを勧請して祀ったのが始まりとされる。
  ・鬼滅: 境内にはお稲荷さんだけあって、お狐さまの像がたくさん置かれている。鬼滅の刃では、元・水柱である
      鱗滝左近次が育手として育成した水の呼吸の剣士たちは、鱗滝に貰った狐のo面をつけて最終選別を
      戦った。錆兔、真菰も炭治郎もそうである。日枝神社はお猿さん、周辺には動物を祀る神域が少なくない。

     
     左: 豊川稲荷東京別院の外観/右: 豊川稲荷東京別院の山門

     
     左: 豊川稲荷東京別院の本殿/右: 奥の院

     
     左: 大岡越前(忠相)廟/右: 子だき狐。境内には狐さんがいっぱい


   ↓

 
旧岡崎藩江戸上屋敷表門(通過)
  ・概要: 本多忠勝系本多家の家系である、岡崎藩主・本多忠民(ほんだただもと)の江戸上屋敷の表門で、火災で
      消失した門を文久2(1862)年に再建したもの。もともとは八重洲にあったが、持ち主が変わる度に移転し、
      最終的には山脇学園の所有となって赤坂の地に落ち着いたもの。長屋門様式で国の重要文化財に指定。

     

   ↓

 
牛鳴坂(通過)
  ・概要: 赤坂と青山とを結ぶ厚木通に位置する坂で、路面が悪路で、車を曳く牛が苦しんで鳴いたことが由来。
      現在はもちろん舗装されているが。また、この坂は別名「さいかち坂」と呼ばれていたことが記録に残る。

     

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赤坂氷川山車展示スペース(通過)
  ・概要: 赤坂小学校の跡地にある、赤坂氷川の祭事で活躍した山車の展示スペース。かつては山王日枝神社や、
      神田明神の祭礼に次ぐ規模であった赤坂氷川神社の祭礼では、山車がお練りし、華やかであったという。
      現在、赤坂氷川山車保存会が、山車の保存を目的に山車の展示を行い、山車と祭礼の保存に努めている。

     
     左: 赤坂小学校記念碑/右: 山車展示スペース


   ↓

 ★解散場所: 18:30頃 東京メトロ銀座線・赤坂見附駅がゴールとなります。

 ★解散後に: 夕食をご希望の方は、実費にて赤坂見附駅付近のピザ&パスタのお店にご案内致します。
       お申込み人数によっては予約が必要となりますので、5月24日(火)までにご連絡ください。


※実際には大正時代の建物の多くは、関東大震災や、東京大空襲等によって破壊されており、当時を偲ばせる
 建物は探すのが困難になっています。しかし、街並みは健在。飯倉や狸穴を歩きながら、大正時代がどんな
 時代であったか、想像を働かせてみましょう。ぽつんぽつんと点在する古い家屋は、一見の価値があります。

※今回、見学する坂道や史跡の殆どは、さまざまな歴史や伝説に彩られています。いくつかの坂は古い時代の
 記憶をその名に留めていると云ってよいでしょう。想像力を働かせ、坂名の由来となった場面を思い浮かべて
 みましょう。昔の人々の感性に少しだけ、近づけるかもしれません。

※さらに赤坂から青山方面のぶらり歩きをご希望の方は、解散後、実費にてご案内します。
 なつかしグッズのショップ、美術ギャラリーや、カフェなど、昭和情緒を満喫できると思います。

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次回の予定
  07月14日(木)/奥多摩の雲取山周辺のハイキング

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■企画者〜本庄久美〜より

 コロナ禍にあえぐ現在の日本。医療機関はひっ迫し、経済は停滞し、人々は忍耐を強いられています。
 かつて疫病(はやりやまい)は儀式で祓われるもので、大陸から導入された追儺(ついな)の儀式は、
 宮中でも大晦日の年中行事として行われていました(南北朝時代以降は衰退)。
 2001年の大河ドラマ「北条時宗」で、征夷大将軍・宗尊親王(吹越満さん)が方相氏に扮していました。
 鎌倉時代には幕府でも、この大陸由来〜宮中経由で伝えられたこの儀式が行われていたのでしょう。
 追儺は儺人(なじん)が厄災・鬼・魑魅魍魎を祓う儀式で、四つの目をもつ方相氏が、こどもの「しんし」を
 引き連れて、厄災・鬼・魑魅魍魎を宮中から追い出すという儀式でした。(しんし=にんべんに辰子+子)
 「鬼滅の刃」が爆発的に流行したのも、人々の心に追儺を祈願する思いがあったからかもしれません。
 作中で産屋敷輝哉が、人の思いは永遠・・・と語る場面があります。平安時代から続く「鬼退治」の祈願は
 まちがいなく、私たち現在に生きる人に伝わっているのかもしれません。

 
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※内容は予告なく変更になる場合もあります。
※この旅行は手配旅行となります。

 
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 2022(令和4)年06月01日(水)
 
●旅行代金には下記のものが含まれます*
 *入場料の必要な個所での入場・拝観料
 *ガイド/添乗員費用
 *ミネラルウォーター1本
  
●旅行代金に含まれないもの
 ・・集合場所に来られるまで/解散以降の交通機関
 ・・前日までに到着される方、解散後の旅行の、交通費・宿泊費・観光費用
 ・・その他、個人的な支払い(電話、FAX、ネット通信費/明記されていないお食事/
   お飲み物)とそれに関わる税金、サービス料






電話でのお問合せは・・・・080−5028−6007 まで
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