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2018年10月06日(土)JR大畠駅集合
明治維新150年記念コース
周防大島を歩く 4日間
徳川幕府に引導を渡した四境戦争大島口の戦いと周防の偉人史跡
ここがポイント!

店長の旅のきっかけになった島々

 店長が初めて海外デビューを飾った?のはナウル共和国。
 ナウルは中部太平洋に浮かぶ絶海の孤島で、周囲20余キロの小さな島。
 その島にはどんな産業があり、どんな歴史があり、どんな民間伝承があるか。
 当時、販売されていたガイドブックにわずか数ページで紹介されていたナウルに、
 ひきつけられるように出かけたのがそもそもの始まりです。
 そして、その原点には、『島に対する興味』というのがあります。
 高校時代、地歴クラブの合宿で、行った島々で体験したフィールドワークが、
 島という隔絶された世界に対する興味を作り上げて行ったと思われます。
 今回は合宿で二度目に行った周防大島。
 周防大島の東和町の歴史について調べているうちに、青木周弼・研蔵兄妹の
 史跡があることを知り、自由時間を利用して旅館から歩いてみに行きました。
 青木兄弟の生家の井戸が残っていました。これを見つけた時の達成感は、
 いまでも忘れられません。
 つまり店長の旅の原点の通過点に、ご案内致しましょう。


■徳川幕府に引導を渡した四境戦争・大島口の戦いの舞台を訪ねて
 2010年のNHK大河ドラマ『龍馬伝』
 2011年の民放ドラマ『仁~JIN』
 2015年のNHK大河ドラマ『花燃ゆ』
 2018年のNHK大河ドラマ『西郷どん』
 最近、幕末を題材にした時代劇ドラマや映画をよく視ます。
 久坂玄瑞、高杉晋作、桂小五郎(木戸孝允)など、長州の英雄がよく出てきますね。
 長州(山口県)は、明治維新の原動力となった若者が育った土地です。
 久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文、山縣有朋、品川彌次郎らを育てた吉田松陰。
 藩政改革を指揮した周布政之助や、維新の功労者木戸孝允、広沢真臣。
 幕末の長州は、鹿児島(薩摩)、高知(土佐)、佐賀(肥前佐賀)と並んで、多くの
 人材を幕末の世に送り出し、維新の震源地となりました。
 周防大島と阿月は、厳密に言えば長州=長門国ではなく、防州=周防国です。
 長州藩とは、長門国と周防国の二か国で構成されていました。
 そもそも『藩』という言葉は、江戸時代には殆ど使用されていませんでした。
 私たちが現在、『長州藩』と呼んでいる場所は、『毛利大膳大夫家中』と呼ばれていました。
 『首都』であった萩が長門国にあったため、後年、『長州』と呼ばれたのかもしれません。
 幕末動乱の時代、新しい時代を引き寄せたのは長州の人たちだけではありません。
 勤王僧・月性、阿月を治めた『長州藩』家老・浦靱負元襄といった教育者たちが、多くの
 人材を育てました。浦の家臣で勤王の志士の間でリーダーシップをとった人々がいました。
  ・・周防大島で生まれ、『長州藩』で医学の分野で活躍した青木周弼と青木研蔵の兄弟
  ・・第二奇兵隊の暴発を止めようとして命を落とした楢崎剛十郎
  ・・浦の家臣で、浦の管轄する地域で善政を敷いた秋良貞温
  ・・浦の家臣で奇兵隊の軍監となり、後年は教育に力を注いだ周南の独眼竜・白井小介
  ・・第二奇兵隊を率いて大島口の戦いで活躍、後に福島で暗殺された世良修蔵
  ・・奇兵隊の三代総督で、幕府との戦いを彼なりに阻止しようと暗躍し、処刑された赤禰武人
  ・・僧籍にありながら故郷(周防大島)防衛のため幕府と戦った大洲鉄念
  ・・第二奇兵隊の書記として活躍し、後に教育者となった芥川義天
 高杉晋作や久坂玄瑞、井上聞多(馨)、伊藤俊輔(博文)、山県狂介(有朋)等と尊皇攘夷運動を
 行いながら、明治の顕官になった人はいません。
 まさに吉田松陰のいう、草莽に近い人たちだったのかもしれません。
 今回の旅では、そうした人々の史跡を探訪します。

 ・・・
周防国領内、瀬戸内海に浮かぶ島・周防大島・・・
 幕府が第二次長州征討令を発令し、『長州藩』の四境から攻め込んだ戦いを『四境戦争』と
 呼びます。四境戦争が始まる前に、『長州藩』の兵学者・大村益次郎は、「大島をとられても
 せいぜい補給基地となるだけで、戦争の勝敗は左右しない。だから大島は棄てる」として、
 周防大島には兵力を割かず、他の芸州口、石州口、小倉口に兵を集中させました。
 幕府艦隊は大村の読み通り、周防大島を補給基地とするため艦砲射撃を加え、上陸しました。
 島民が犠牲になるのを目の当たりにした周防大島の大洲鉄念等をリーダーとした民兵には
 『故郷を守るのは自分たちしかいない』という気持ちが芽生えたのでしょう。大村の許しを得、
 第二奇兵隊が逆襲を行い、遂に周防大島から幕府艦隊を撤退させました。
 大島口の『勝利』は周防・長門の人々を勇気づけ、幕府最強と言われた軍勢が押し寄せた
 芸州口の戦いでは、十分の一にも満たない兵力で善戦し、この戦線を膠着させることに成功。
 石州口の戦いでは、大村益次郎率いる長州軍が、浜田藩領に攻め込み、勝利しました。
 また、小倉口では高杉晋作の指揮のもと、激戦の末、小倉城を落城させました。
 たしかに、芸州口には石川小五郎(河瀬真孝)、石州口には大村益次郎、小倉口には高杉晋作、
 山県有朋、山田顕義等といった『名将』がいました。しかし、多くが民兵で組織された長州軍に
 とって、周防大島の民兵の戦いは、大いに刺激になったと考えられます。
 そして長州一国に敗れた幕府は、勝海舟と長州の広沢真臣・井上馨の会談を経て講和、撤退を
 しました。
 周防大島の小松の集落にある妙善寺の住職・三国貫嶺や、三蒲の徳誠寺の住職・田村探道、
 そして久賀の覚法寺の大洲鉄念は”僧兵”となって幕府軍と戦いました。
 故郷を自分たちの手で守る、彼らはその目的を見事に果たし、明治以降はふたたび自分たちの
 【しごと】に戻ってゆくのでした。





周防大島を歩く

 
周防大島に3泊4日します。


◎集 合: 2018年10月06日(土) 16:00 JR大畠駅の改札口に集合!

◎代 金: お問い合わせ下さい

◎経 路: 大畠までの交通費は含まれません。経路に関しては、お問い合わせ下さい。

◎コース: JR大畠⇔周防大島の旅館の間は往復シャトル

◎宿 泊: 当プログラムでは、周防大島の旅館に宿泊。

◎食 事: 大畠到着日の夕食から<朝食3回/昼食2回/夕食3回>
        日本海の海産物を主体にした夕食。別料金でうにめしも登場!


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<01日目>10月06日(土)
■行程: 日本各地→大畠(例は下記のスケジュールをご参照ください)→萩
・・移動: ご自身でJR大畠駅にお越し下さい。
 2018年(運航スケジュールは予告なく変更になる場合もあります)
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★のぞみ25  東京駅     10:30→徳山      14:48
 JR山陽本線 徳山      14:53→大畠      15:34
(19500円(乗車券:12640円, 特急券等:6910円)
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★のぞみ25  品川      10:37→徳山      14:48
 JR山陽本線 徳山      14:53→大畠      15:34
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★のぞみ25  新横浜     10:49→徳山      14:48
 JR山陽本線 徳山      14:53→大畠      15:34
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★のぞみ25  名古屋     12:13→徳山      14:48
 JR山陽本線 徳山      14:53→大畠      15:34
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★のぞみ25  京都      12:50→徳山      14:48
 JR山陽本線 徳山      14:53→大畠      15:34
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★のぞみ25  新大阪     13:05→徳山      14:48
 JR山陽本線 徳山      14:53→大畠      15:34
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★のぞみ25  新神戸     13:18→徳山      14:48
 JR山陽本線 徳山      14:53→大畠      15:34
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★のぞみ25  岡山      13:51→徳山      14:48
 JR山陽本線 徳山      14:53→大畠      15:34
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★のぞみ25  広島      14:27→徳山      14:48
 JR山陽本線 徳山      14:53→大畠      15:34
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★ひかり584 博多      13:47→徳山      14:33
 JR山陰本線 徳山      14:53→大畠      15:34

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★ひかり584 小倉      14:05→徳山      14:33
 JR山陰本線 徳山      14:53→大畠      15:34

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・・集合: 
大畠駅改札に16:00
*送迎: 旅館のシャトルで大畠駅から旅館へ。
*夕食: 旅館
*宿泊: かわい寿司旅館(スタンダード部屋)または同等
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<02日目>10月07日(日)
■行程: 周防大島
*朝食: 旅館 または ホテル
*観光: 周防大島の明治維新関連史跡を観光します。
 〇
維新史跡①西蓮寺(旧・大島町)
  四境戦争が始まると、第二奇兵隊の本陣が置かれました。当初、総司令官の
  大村益次郎は、周防大島を見捨てるつもりでしたが、苦戦が予想できた芸州
  口の戦いを膠着状態に持ち込めたため、第二奇兵隊に反撃を命じたといい、
  林半七や世良修蔵に率いられた第二奇兵隊は、幕府(伊予松山藩)軍に対し
  奇襲攻撃を行い、ついに幕府軍を周防大島から撤退させることができました。
 〇
維新史跡②四境の役大島口戦跡碑: 登山口から約3時間のハイキング
  幕府軍は高杉晋作や伊藤博文、山県有朋等による、幕府に従順な保守派政権
  打倒を受け、第二次長州征討を開始。伊予松山藩ほかに出兵を命じました。
  伊予松山藩は、由宇、久賀などを砲撃し、街を焼き払いました。長州藩軍事
  司令官・大村益次郎は少ない兵力の分散を避けるため、大島放棄を命じます。
  しかし後に芸州口の戦線を膠着させることに成功した大村は、第二奇兵隊に
  幕軍に対する奇襲を命令。大島各地で幕軍と長州軍が激突しました。ここの
  源明峠でも激戦が行われ、伊予松山藩の将・佐久間大学を戦死させました。
  海では海軍指揮官・高杉晋作や、林半七(友幸)が幕府艦隊に対して奇襲を
  繰り返し行い、ついに幕府軍を周防大島から撤退させることに成功しました。
  源明峠は周防大島の平野部を見下ろせる要害の地で、ここを奪還したことは、
  長州軍にとり非常に大きな収穫となり、各地での戦勝へと繫がってゆきます。
 〇
維新史跡③安下庄/快念寺(旧・橘町)
  四境戦争が始まると、周防大島に上陸した伊予松山藩軍の陣所となりました。
  西安下庄の港に近い場所に位置しており、付近の安楽寺も陣所となりました。
 〇
維新史跡④安下庄/安楽寺(旧・橘町)
  四境戦争が始まると、周防大島に上陸した伊予松山藩軍の陣所となりました。
  西安下庄の港に近い場所に位置しており、付近の快念寺も陣所となりました。
 〇
維新史跡⑤安下庄/普門寺(旧・橘町)
  萩藩総司令官のポジションにいた兵学者・大村益次郎は、初めから大島口の
  戦いは放棄していたため、周防大島では島・独自の民兵が組織されました。
  隊長は村上河内有信で、彼等は、西安下庄の港町を見下ろす高台に位置する
  普門寺に密かに陣所を構えました。上陸した伊予松山藩軍に対しゲリラ戦を
  挑み、伊予松山藩軍を追い詰めてゆきました。河内は御船手組組頭でした。
 〇
維新史跡⑥安下庄/西正寺(旧・橘町)
  日前村には萩藩の狙撃隊の屯所が置かれていました。萩藩の諸隊は奇兵隊や
  第二奇兵隊と同様、民間や下級武士から組織され、四境戦争で活躍しました。
*昼食: お弁当
*観光: 周防大島の明治維新関連史跡を観光します。
 〇
維新史跡⑦シーボルト上陸記念碑
  シーボルト江戸参府紀行によると「文政9年3月4日牛ヶ首に上陸。動植物
  観察や対岸の沖家室島、平郡島、水無瀬島をスケッチし、同日午後出帆」と
  あります。長崎で多くの幕末の名医を育てたシーボルトが、この島に上陸を
  していたというのは興味深く、彼の娘イネを庇護した大村益次郎が幕府軍に
  蹂躙された大島を一度は見捨て、最後は奪還を命じたのも不思議な縁です。
 〇
維新史跡⑧青木周弼・青木研蔵誕生地
  青木周弼・研蔵兄弟は、周防国大島郡和田村の村医・青木玄棟の長男・次男。
  周弼は萩藩医の能美洞庵に医学と儒学を学び、大坂では緒方洪庵と机を並べ
  共に学び、弟の研蔵と共に長崎のシーボルトのもとに特別聴講生として赴き、
  1839年に萩藩の藩医となり、3年後には周防医学所の教授蘭学掛を拝命。
  医学校である好生館設立に尽力、さらに種痘、コレラ治療等に貢献しました。
 〇
維新史跡⑨浄西寺
  四境戦争が始まると、幕府軍司令部は伊予松山藩に周防大島への砲撃を命じ、
  伊予松山藩は久賀と由宇に艦砲射撃を加えました。浄西寺の石垣には当時の
  砲撃の痕跡が残されて言います。また、付近の村田邸には、伊予松山藩軍に
  よって撃ち込まれた砲弾が残されています。艦砲射撃の後、伊予松山藩軍は
  周防大島に上陸しますが、第二奇兵隊により撃退されることになるのです。
*夕食: 旅館
*宿泊: かわい寿司旅館(スタンダード部屋)または同等
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<03日目>10月08日(月・祝)
■行程: 周防大島
*朝食: 旅館
*行楽: ハイキング/周防大島の明治維新関連史跡を観光します。
 〇
維新史跡⑩楢崎剛十郎生家跡: 片道一時間/往復2時間のハイキング
  楢崎剛十郎は周防大島出身の勤皇の志士。学問と詩歌に秀でた文人型郷士。
  天保9年生まれで、萩藩家老・毛利隠岐の家臣。萩藩から見れば陪臣の身分。
  奇兵隊に入隊し、九州視察や、禁門の変で活躍。第二奇兵隊の参謀を拝命。
  慶応2年4月、倉敷代官所および京都見廻役・蒔田家の浅尾藩を襲撃すべく
  脱退を企てた立石孫一郎等の説得を試みるも、逆ギレされ、殺害されました。
*昼食: お弁当
*観光: 周防大島の明治維新関連史跡を観光します。
 〇
維新史跡⑪世良修蔵招魂碑(椋野):
  戊辰戦争で会津戦争を引き起こした人物として評価が低い世良修蔵。幕末を
  扱ったドラマでは、泉谷しげるさん、渡辺いっけいさん、小沢仁志さんなど、
  一癖も二癖もありそうな名優が、おおむね評価どおりに演じて強烈な印象を
  放っていました。実際には周防大島の庄屋・中司家に生まれ、幼少の頃より
  学問に秀で、月性の清狂草堂に学び、江戸の安井息軒の三計塾の塾頭を務め、
  周防阿月領主・浦靭負の主宰する私塾・克己堂の講師として浦家に仕官して
  久しく絶えていた浦家の家臣の名家である世良氏を継いだほどの人物でした。
  第二次長州征討の際には第二奇兵隊を率いて長州藩の勝利に貢献し、さらに
  戊辰戦争の緒戦では新政府軍の勝利にも貢献しました。後に東北戦争の最中、
  会津藩の寛大な処置を求める仙台藩家老・但木土佐に対して、強硬な態度を
  とり続け、ついには暗殺され、それをきっかけに会津戦争が勃発したとして
  歴史上の評価が低い人物です。官軍下参謀・世良修蔵が、薩摩藩の下参謀・
  大山綱良に『奥羽皆敵』と認めた書状が実は会津による偽書であったという
  説もでてきており、最近、別の側面から彼の人生の再評価が行われています。
 〇
維新史跡⑫久屋寺(旧・久賀町)
  久賀の町には上陸した伊予松山藩軍が一時的に屯営した久屋寺があります。
  久賀の町は伊予松山藩軍に焼かれ、町民たちは乱暴狼藉を受けたとあります。
 〇
維新史跡⑬大洲鉄念生誕の地
  大洲鉄念は久賀の覚法寺・第十二代住持・雪道の次男として誕生しました。
  命じ仏教界に重きをなした大洲鉄念は、若いころより武芸をたしなみ、幕末、
  第二奇兵隊に籍を置き、尊王攘夷運動で活躍しました。四境戦争が始まると
  護国隊を組織して幕府軍(伊予松山藩軍)と戦い、本営の萩藩政務役・山田
  宇右衛門に援軍を要求し、大島の民心の庇護を訴えたことで知られています。
 〇
維新史跡⑭明治百年記念公園/追原古戦場
  四境戦争は維新史上、かなり重要な意味合いを持っています。長州征討とは
  幕府の派遣した大軍が、萩藩一藩を相手に戦った戦争で、戦国時代を髣髴と
  させる旧式装備の幕府軍を、民兵や下級武士を中心とした歩兵による銃撃で
  幕府軍を撃退したことで、幕府の寿命を縮めた戦争と位置付けられています。
  大島口の戦いでは主に民兵の組織が活躍し、大島を補給基地にしようとした
  幕府艦隊を撤退させただけではなく、芸州口、石州口、小倉口で戦っていた
  長州軍を大いに勇気づけたことが想像できます。芸州口で先鋒として戦った
  彦根藩井伊家ですら、この後幕府を見限り、「官軍」として戊辰戦争に派兵、
  求心力を失った徳川幕府は、衰退してゆきます。久賀の明治百年記念公園は、
  四境戦争大島口の戦いの戦場のひとつで、公園内には記念碑が建っています。
 〇
維新史跡⑮八田八幡宮
  久賀の八田八幡宮の境内には、四境戦争をはじめ、戊辰戦争等で戦死または
  戦病死した物故志士・兵士が祀られています。毎年8月15日が例祭日です。
*夕食: 旅館
*宿泊: かわい寿司旅館(スタンダード部屋)または同等
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<04日目>10月09日(火)
■行程: 周防大島→大畠駅
*朝食: 旅館
・・自由: 午前、自由行動
*送迎: 旅館のシャトルで大畠駅へ。
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★JR山陰本線 大畠      15:07→新山口     16:33
 のぞみ33  新山口     16:58→小倉      17:16

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★JR山陰本線 大畠      15:07→新山口     16:33
 のぞみ33  新山口     16:58→博多      17:33

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★JR山陰本線 大畠      15:07→徳山      15:49
 のぞみ42  徳山      15:54→広島      16:16
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★JR山陰本線 大畠      15:07→徳山      15:49
 のぞみ42  徳山      15:54→岡山      16:52
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★JR山陰本線 大畠      15:07→徳山      15:49
 のぞみ42  徳山      15:54→新神戸     17:25
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★JR山陰本線 大畠      15:07→徳山      15:49
 のぞみ42  徳山      15:54→新大阪     17:38
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★JR山陰本線 大畠      15:07→徳山      15:49
 のぞみ42  徳山      15:54→京都      17:54
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★JR山陰本線 大畠      15:07→徳山      15:49
 のぞみ42  徳山      15:54→名古屋     18:31
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★JR山陰本線 大畠      15:07→徳山      15:49
 のぞみ42  徳山      15:54→新横浜     19:54
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
★JR山陰本線 大畠      15:07→徳山      15:49
 のぞみ42  徳山      15:54→品川      20:06

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★JR山陰本線 大畠      15:07→徳山      15:49
 のぞみ42  徳山      15:54→東京      20:13
(19500円(乗車券:12640円, 特急券等:6910円)

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※内容は予告なく変更になる場合もあります。
※この旅行は手配旅行となります。
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 2018年10月06日(土) 大畠駅に16:00集合
*現地参加はできません。必ず1カ月前までにご予約下さい。


●旅行代金には下記のものが含まれます*
 *タクシー代: 周防大島内
 *旅館
  ≪周防大島≫
   ○かわい寿司旅館または同等
 *ガイド/添乗員費用(東京からの往復切符、萩での前泊代・食費を含みます)
 *食事: 朝食3回/昼食2回/夕食3回
 *見島観光経費/萩観光経費
  
●旅行代金に含まれないもの
 ・・萩港までの往復交通機関
 ・・前日までに到着される方、解散後の旅行の、交通費・宿泊費・観光費用
 ・・その他、個人的な支払い(電話、FAX、ネット通信費/明記されていないお食事/
   お飲み物)とそれに関わる税金、サービス料




 

電話でのお問合せは・・・・080-5028-6007 まで
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