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2017年05月20日(土)出発
羽田空港出発〜成田空港帰着
観て、考える中央アジアの旅
カザフスタンから
そしてウズベキスタンから行く
アラル海の旅10日間

カザフスタン: アラル/カラテレン/アラル海
ウズベキスタン: ムイナク/アラル海


ここがポイント!

 観て、考える中央アジアの旅

 旅情あふれるシルクロードの旅
 玄奘三蔵の天竺渡航の史跡や、騎馬民族の時代に作られた不思議な石人、草原に
 佇むブラナの塔などの写真を見て、ここに行きたい!と思った方も多いのでは?
 今回は中央アジアを構成する5カ国のうち、カザフスタンとウズベキスタンを訪れます。
 近代建築や市場に象徴される“いま”と、岩絵や石人に象徴される“むかし”。
 今回のテーマは、消えゆくアラル海。
 アラル海はなぜ、消えようとしているのか、アラル海はこれからどこに向かうのか・・・
 クズルオルダから西、アラル海付近を経由してモスクワへと続く街道。ソビエト連邦時代に
 作られた無機質な町や村、進む砂漠化にヒントがあるかもしれません。


 
アラル海

   
アラル海をより深く 観て、感じて、思う旅 10日間

  今回のアラル海の旅は、カザフスタン側、ウズベキスタン側の両方からアクセス。
  カザフスタン側では、アラル海を後退から救おうとするプロジェクトがあります。
  水量の豊富な小アラル海の水が、ある一定の時間に旧・大アラル海に注がれます。
  ウズベキスタン側では、いまだに湖岸線の後退、そして砂漠化が深刻な問題です。
  アラル海を元の姿という悲願の裏、旧湖内に既に村ができ、人が生活しています。
  これ以上水を涸らさないように、私たちも今、直面した問題を考えてみましょう。

 


  地球における、最大にして最悪の環境破壊のひとつと言われる『アラル海の後退』。
  アラル海は、カザフスタンとウズベキスタンにまたがる塩湖です。
  塩湖の名の由来は『島が多い』という意味のトルコ語で、漢字では『鹹海』と書きます。

  アラル『海』という名前は、黒海のような海を連想させますが、実際は湖です。

  アラル海の西には更に大きなカスピ海があり、両者の間にはトゥラン低地やウスチェルト台地が
  あります。
  アラル海に隣接する土地は、北はカザフステップ、南にカラクム砂漠、南東にキジルクム砂漠に
  なっています。
  アラル海周辺は荒涼とした砂漠地帯で、降水量は年間200ミリ未満です。
  アラル海の水源は天山山脈やパミール高原などの融雪水に由来し、川として2000km以上、
  運ばれてアラル海に注ぎます。
  融雪水を運ぶ川のひとつ、シルダリヤ川は今も小アラル海に水を運んでいます。
  しかし、大アラル海に注いでいた、アムダリヤ川はすでに、アラル海への注ぎ口を失っています。
  大アラル海を構成していたバルサ・ケルメス湖は、現在では湧水にのみ、その水源を頼っている
  状態です。

  中央アジア西部に位置しており、1960年の面積は、68,000平方キロメートルでした。
  同じ塩湖で中央アジアとコーカサスとの間にあるカスピ海、アメリカとカナダの国境に位置する
  スペリオル湖、ケニアとタンザニアとウガンダにまたがるヴィクトリア湖に次ぐ、世界第四位の
  面積を誇っていました。

  ・・・大アラル海(北アラル海) 14,293平方キロメートル 世界第16位
  ・・・小アラル海(南アラル海)  2,865平方キロメートル 世界第44位

  旧ソビエト連邦が実施した灌漑事業により縮小、海岸線は大きく後退してゆきます。
  国益となる綿花の栽培、加工には大量の水が必要であったため、シルダリヤ川に連なる運河に
  湖水を流したためです。
  1989年ごろには、大アラル海と小アラル海に分断されました。
  現在、湖の面積ランキングでは、アラル海は順位に含めていません。
  現在、小アラル海は堤防により水位が守られ、やや回復に転じています。
  しかし、2005年ごろ、大アラル海はさらに西アラル海と東アラル海に二分されました。
  上記の順位は、2000年当時のデータを反映しています。

   ⇒大アラル海は2017年02月02日現在、さらに
     ・・・バルサ・ケルメス湖
     ・・・東アラル海
     ・・・西アラル海
  の3つに分かれています。
  既に分離してしまった小アラル海と合わせ、4湖になっています。

  小アラル海と、大アラル海との間は、かつてベルグ海峡と呼ばれていました。
  現在はコカラル堤防で仕切られています。
  アラル海の干上がった部分は、通称アラルクム砂漠と呼ばれ、集落ができています。

  カザフスタン側はアラルスクが、ウズベキスタン側はムイナクが湖畔の町で、かつては湖を
  縦横無尽に船が行き交っていました。
  交易や物資の往来のために、アラル海は重要な役割を果たしていたと言えます。
  ソビエト連邦による農業用水・工業用水確保のための灌漑事業により、次第に海岸(湖岸)は
  後退してゆきました。
  現在、ウズベキスタンのムイナクや、カザフスタンのアラルは、港町ではなく、“船の墓場”として
  有名になっています。
  また海岸線が後退したエリアは、土地が荒れ、現在では砂漠化が進んでいます。
  港町として栄えていたムイナクやアラルは、すでに寒村になりつつあります。

  この旅では、アラル海とかつて湖であった場所にアクセスします。
  1960年ごろまでは湖の上であった場所に集落ができています。
  政府や国民が、消えゆくアラル海と、どう向き合っているか、に触れる旅になることでしょう。
 
 
  
カザフスタン側
  カザフスタン中南部、クズルオルダ州、アラルスク市が、アラル海の北岸の町でした。
  ウズベキスタン側のムイナク同様、当初は漁場として栄え、漁港であり、交易港であった
  アラルの港には、無数の船が停泊していたと言われています。現在、アラルスクの旧港には
  まるで首の長い恐竜のように、かまくびをもたげた状態で稼働を停止しているクレーンの残骸や
  『船の墓場』をみることができます。アラルスクには昔の湖底から吹き上げた砂塵が降り積もり、
  砂漠化も大きな環境問題として取り上げられていると言われます。かつての湖底で緑のある
  地区には、フタコブラクダが放牧されていたりします。ただ、カザフスタン側では、まだ水量の
  ある小アラル海から、かつての大アラル海への放水が行われ、湖岸の後退をなんとか食い止め
  ようとする努力が見られます。湖岸が後退する中で、旧湖面/旧湖底には集落が出現しました。
  遠ざかる湖岸を追いかけるように、漁民の集落ができてゆきました。ウズベキスタン側では、
  既に廃墟・廃村となった場所が多いですが、カザフスタン側ではカラテレン村など残っています。
  かつての漁場は、砂漠と、わずかながら、人の住む集落と化しています。今回はカラテレン村に
  2泊し、なぜ、アラル海が後退していったのか、またアラル海に水が戻る日が来るのか、それを
  考えてみたいと思います。


  
ウズベキスタン側
  ウズベキスタン西部、自治国カラカルパクスタン共和国の北部に位置する町です。
  ソビエト連邦成立以前は、静かな漁村であり、人々はアラル海で漁をして生計を
  立てていました。ムイナク港は漁港であると同時に、交易港でもあり、アラル海
  沿岸交易の中継点として、ささやかながら繁栄していました。しかし、ソビエト連邦が
  成立すると連邦政府はアラル海の豊富な水に目を付け、有望視されていた綿花業に
  力を注ぐようになり、アラル海の水をシルダリヤ川に流し、産業用水の確保に努めました。
  綿花業が軌道に乗るにつれ、アラル海湖岸は後退を始めます。
  ムイナクは20世紀中葉までは、漁業に頼っていた小村でしたが、1963年に市に昇格します。
  漁業、魚の缶詰工場などで働いていた人も、漁業の衰退に伴い、仕事替えをしたり、
  ムイナクを離れて行ったり、町の衰退の兆しを見せ始めます。
  2017年現在、港町であったムイナク市から、湖岸線は80km以上も後退しました。
  ムイナクの岬であった場所から眺めると、廃船が累々とその姿をさらし、まるで『船の墓場』の
  様になっています。ムイナクとアラル海の衰退は留めようがなく、深刻な環境問題となっています。  湖内にできた集落もいまは廃村となっています。




モデルプラン(手配旅行です)
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<01日目>06月03日(土)
■行程: 成田空港⇒ソウル/インチョン空港⇒アルマトゥ
羽田空港発〜成田空港帰着の場合
・・手続: 搭乗手続〜安全検査/出国
※移動: 大韓航空で空路、ソウル/インチョン空港へ。
 KE−720 羽田空港    02:00⇒インチョン空港 04:30
・・手続: 乗換手続〜安全検査
※移動: アスタナ航空で空路、カザフスタンのアルマトゥへ。
 KC−910 インチョン空港 12:55⇒アルマトゥ   16:45
・・手続: 入国〜機内預け荷物引取〜通関を済ませ、出口へ。
*送迎: 専用車で空港からホテルにご案内致します。
*夕食: ホテル
*宿泊: ホテル・カザフスタン(スタンダード部屋)または同等
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<02日目>06月04日(日)
■行程: アルマトゥ⇒クズルオルダ→アラル
*朝食: ホテル
*送迎: 混載車でホテルからアルマトゥ空港にご案内致します。
*移動: アスタナ航空の国内線で空路、クズルオルダ(クズロルダ)へ。
 KC−975 アルマトゥ   08:25⇒クズルオルダ  11:00
*出迎: ローカル・ガイドが空港にてお出迎え致します。
*移動: 混載車でアラル海探勝の基点アラルスクのホテルへ (475km)。
*観光: 道中、下記の場所を通ります。車窓から風景をご覧下さい。
 ●
クズルオルダ市街 KYZYLORDA:
  クズルオルダはカザフスタン共和国クズルオルダ州の州都です。1820年
  (日本では文政3年。仁孝天皇の御代。江戸幕府第十一代将軍・徳川家斉の
  治世)がコーカンド・ハン国が、アク・メチェト要塞として建設しました。
  1853年(日本では嘉永5〜6年。孝明天皇の御代。江戸幕府十二代将軍・
  徳川家慶〜十三代将軍・徳川家定の治世)にロシアが占領しました。ロシア
  占領の時代にはぺロフスキー要塞と呼ばれていました。そのため1867年
  (日本では慶應3年。明治天皇の治世。江戸幕府第十五代将軍・徳川慶喜の
  治世)まではペロフスクと呼ばれ、それ以降、1920年(大正9年)まで
  アク・メチェトと呼ばれました。1925年(大正14年)に現在に通じる
  クズルオルダ(赤い御殿/赤い中枢)という名で呼ばれるようになりました。
  クズルオルダの空港は、アラル海の観光の空の玄関としても機能しています。
 ●
シャガン村 SHAGAN :
  クズルオルダ市からアラル方面へ、そしてロシアへと続く街道上に位置する
  川に面した小さな町。街道はシャガンの町中ではなく、北方を走っています。
 ●
バイコヌール BAYKONUR :
  バイコヌールはソビエト連邦の宇宙基地のために建設された町です。かつて
  レニンスクと呼ばれ、閉鎖都市(軍事的な拠点として秘密が守られていた)
  でした。本来の元祖バイコヌールは、宇宙基地の北東500kmに位置して
  います。2050年まで、ロシアの租借地で、行政もロシアが行い、通貨も
  カザフスタンの通貨テンゲではなく、ロシア・ルーブルが流通しています。
 ●
カザリンスク KAZALINSK (AITEKE-BI):
  カザリンスクは、幹線道路から10kmほど南下した場所、シルダリヤ川の
  ほとりにある村です。ソ連時代を彷彿とさせる無機質な町並みと出会えます。
 ●
アラル ARAL :
  アラル市は、アラル海の北岸から20kmほど離れた場所に位置しています。
  アラル市は、都市と言うよりは“巨大な田舎町”という様相を呈しています。
*昼食: ホテル または ローカル・レストラン
*夕食: ホテル または ローカル・レストラン
*宿泊: ホテル・アラルスク(スタンダード部屋)または同等
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<03日目>06月05日(月)
■行程: アラル→アラル海→カラテレン
*朝食: ホテル
*観光: 午前、混載車でアラル(アラルスク)を観光します。
 ◎
アラルスク博物館 ARALSK MUSEUM :
  アラル市とその周辺に関する史料や絵図を展示する博物館。アラル海が以前、
  大湖であった頃の魚や鳥類のはく製、地図や古写真なども展示されています。
 ○
旧港 OLD PORT :
  アラル海はカザフスタン側でも後退しています。かつての港であった場所は、
  むき出しになった港湾のクレーン(恐竜のような形)の残骸が残っています。
 ○
四艘の船の記念碑 MONUMENT TO FOUR SHIPS :
  隣国ウズベキスタンのムイナク沖同様、アラルにも“船の墓場”があります。
  かつては大湖であったアラル海が、いまでは荒涼とした荒地になっています。
 ○
市場 LOCAL MARKET :
  アラルの町の市場。どのようなものが売られているか、ぜひ、ご覧になって
  下さい。街道を行き交うトラックや飛行機で食品・日用品が運ばれてきます。
 ○
広場 CITY SQUARE:
  アラル市は、アラル海の沿岸交易や物資移送の中継点として発展した町です。
  往時の繁栄を偲ぶ物は殆ど残っていませんが、町の広場は歴史の目撃者です。
*昼食: ホテル または ローカル・レストラン
*移動: 午後、混載車で観光をしながらアラル海の湖畔近くに位置するカラテレンへ。
 ●
アラルクム ARALKUM :
  アラルクムは“人が造った砂漠”と呼ばれています。アラル海の湖水を生活
  用水確保のため、シルダリヤ川に流し、砂漠化したために、こう呼ばれます。
 ●
コンバシュ村 KOMBASH:
  かつてはアラル海の湖水の底だった場所です。アラル海の海岸線が後退して、
  かつての湖底には小さな集落ができました。環境問題でも取り上げられます。
 ○
コンバシュ湖 KOMBASH LAKE :
  かつて大湖であったアラル海の一部です。シルダリヤ川に大量の湖水が流出。
  それにより、アラル海の一部であった現在のコンバシュに独立した湖が出現。
 ○
ボゲン村 BOGEN:
  ボゲン村もかつて、アラル海の湖底だった場所に出現した、小さな集落です。
  村にはモスク、学校も建てられ、湖底であったという記憶も後退しています。
 ○
アクラク水力発電ユニット AKLAK HYDRO UNIT :
  シルダリヤ川 SYR-DARYA RIVER は、ソ連時代、綿花農業に給水するために、
  運河として整備され、アラル海の大量の湖水を外へと運び出しました。現在、
  シルダリヤ川の河畔には、水力発電の施設が建設されています。この施設の
  存在は、アラル海が二度と元の姿に戻る事はないという未来を物語っている
  のかもしれません。シルダリヤ川流域は、すでに“砂漠化”が進んでいます。
 ●
カラテレン村 KARATEREN :
  カラテレン村もまた、アラル海の湖底だった場所に出現した集落です。現在、
  旅行者の為の民宿ができ、アラル海探勝の最前線基地の役割を担っています。
*夕食: ホテル または ローカル・レストラン
*宿泊: 民宿(ベーシック部屋)または同等
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<04日目>06月06日(火)
■行程: カラテレン→クズルオルダ
*朝食: 民宿
*観光: 終日、混載車でアラル海方面の観光をします。
 ●
コカラル堤防 KOKARAL DAM:
  コカラル堤防、通称“コカラル・ダム”は、カラテレン村の西方に位置する
  大堤防です。アクバスティ地峡に建設され、北アラル海から南アラル海へと
  水を流しています。北アラル海は“小アラル海”とも呼ばれ、小アラル海の
  水位を守るために建設されましたが、このことがアラル海の生命線であると
  いう説があります。堤防の種類は締め切り堤防で2005年に竣工しました。
  ※時間が合えば、小アラル海から旧大アラル海への放水が見られるでしょう。
   小アラル海と旧大アラル海の水位の高低差は、12m(42m−30m)。
   シルダリヤ川から豊富な量の水が注がれる小アラル海からの差し入れです。
 ○
バルサ・ケルメス BARSAKELMES:
  小アラル海と、バルサ・ケルメス湖との間にある陸地は、バルサ・ケルメス
  自然保護区となっています。アクバスティ村は自然保護区に隣接しています。
 ○
アクバスティ村 AKBASTY VILLAGE:
  アクバスティ村はバルサ・ケルメス湖と小アラル海隔てるバルサ・ケルメス
  自然保護区に隣接する村。砂漠化こそ進んでいますが、生活の場があります。
  アクバスティ村の住民は、小アラル海や、バルサ・ケルメス湖での漁のほか、
  ラクダの飼育・放牧で生計を立てています。また、村内には共同墓地があり、
  アラル海が干上がってから、かなりの歳月が流れていることを感じさせます。
*昼食: ホテル または ローカル・レストラン
*夕食: ホテル または ローカル・レストラン
*宿泊: 民宿(ベーシック部屋)または同等
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<05日目>06月07日(水)
■行程: カラテレン→クズルオルダ
*朝食: 民宿
*移動: 混載車で572kmを走り、クズルオルダに移動します。
*観光: ボゲン、アマノトケル、カザリンスク、バイコヌール、シャガン通過。
 ●
アマノトケル AMANOTKEL:
  アラル海を囲む、荒涼とした砂漠地帯にある小村を、車窓からご覧頂きます。
  カラテレンやボゲンのある地域の外れ、カザリンスク手前に位置しています。
 ●
クズルオルダ新市街
  コルクト・アタ建築群に立ち寄ります。カザフスタンの新しい観光地として
  期待されています。突如出現する奇抜で美しい建築物群をぜひ、ご覧下さい。
*昼食: ホテル または ローカル・レストラン
*夕食: ホテル または ローカル・レストラン
*宿泊: アセタン・ホテル(スタンダード部屋)または同等
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<06日目>06月08日(木)
■行程: クズルオルダ⇒アルマトゥ
*朝食: ホテル
*送迎: 混載車でホテルから空港にご案内致します。
*移動: アスタナ航空の国内線で空路、アルマトゥへ。
 KC−976 クズルオルダ  11:30⇒アルマトゥ   12:20
*送迎: 専用車で昼食レストランにご案内致します。
*昼食: ローカル・レストラン
*送迎: 専用車で空港にご案内致します。
・・手続: 搭乗手続〜安全検査/出国〜搭乗
※移動: ウズベキスタン航空で空路、ウズベキスタンの首都タシケントへ。
 HY−766 アルマトゥ   18:55⇒タシケント   19:35
・・手続: 入国〜機内預け荷物引取〜通関を済ませ、出口へ。
*出迎: 現地係員が空港にてお出迎え致します。
*送迎: 専用車で夕食レストランにご案内致します。
*夕食: ローカル・レストラン
*送迎: 専用車でホテルにご案内致します。
*宿泊: ホテル・グランド・オルズ(スタンダード部屋)または同等
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<07日目>06月09日(金)
■行程: タシケント⇒ヌクス→ムイナク
*朝食: ホテル
*送迎: 専用車で空港にご案内致します。
*移動: ウズベキスタン航空の国内線で空路、カラカルパクスタンのヌクスへ。
 HY−011 タシケント   07:10⇒ヌクス     09:45
*送迎: 専用車でカラカルパクスタン共和国の首都ヌクスへ。
*観光: ヌクスのミニ観光をします。
 ●
ヌクス市街 NUKUS:
  カラカルパクスタン共和国はウズベキスタン共和国内にある自治共和国です。
  カラ(黒い)+カルパック(帽子)+スタン(国)の名の通り『黒い帽子を
  被る人々の国』という意味です。カラカルパク人は、ウズベク語とは異なる
  言語を話し、その言語の源流はカザフ語と祖を同じくすると言われています。
  ヌクスはカラカルパクスタン共和国の首都で、カラカルパクスタン大統領も
  ヌクスに住んでいます。カラカルパクスタンで最大都市で、人口は26万人。
  ヌクス西部にはウズベキスタンの大動脈であるアムダリヤ川が流れています。
  1932年にカラカルパク・ソビエト社会主義自治共和国が成立。それまで
  寒村に近かったヌクスは、その首都として建設が始まり、近代化されました。
  ソビエト連邦時代にはソビエト連邦軍の化学兵器の研究機関が置かれていた
  ことが知られています。現在は消えゆくアラル海の旅の拠点となっています。
 ○
ヌクス・マーケット NUKUS MARKET :
  ヌクスにあるスーパーマーケット。ロシアなどから運ばれた商品が並びます。
  地元のお菓子などが売られていることもあります(店の中は撮影禁止です)
 ○
中央バザール BAZAAR :
  カラカルパクスタン最大のバザールがヌクス市のはずれにあります。域内は
  様々なお店が業種別に分かれて商売をしています。珍しい物を探しましょう。
*昼食: ローカル・レストラン または ホテルの食堂
*移動: 午後、専用車でアラル海の観光拠点ムイナクに移動します。
*夕食: キャンプ
*宿泊: キャンプ
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<08日目>06月10日(土)
■行程: ムイナク→アラル海→ヌクス
*朝食: キャンプ
*観光: 終日、専用車でアラル海の今の姿を観光します。
 ○
ムイナク MO'YNOQ:
  ムイナクはかつての漁港と、わずかながら交易を支えていた港がありました。
  ソビエト連邦が成立すると、連邦政府は資金源として期待できる綿花栽培に
  目を付け、アラル海から大量の水を、シルダリヤ川、アムダリヤ川に流しました。
  その結果、湖岸は大きく後退し、ムイナクの港は砂漠地帯へと変貌を遂げました。
  ムイナクには現在も人の暮らしがあります。その暮らしを垣間見てみましょう。
 ○
湖底の集落 Deserted Village at the bottom of a Lake: 
  アラル海が後退した後も、漁民は遠ざかる湖水を追いかけて、後退した湖の、
  地表に現れた部分に集落を造り、漁をしました。その廃村跡を車窓から見ます。
 ○
アラル海 ARAL SEA:
  アラル海は、1960年代の後半より、少しずつ水位を下げ、後退してゆきました。
  ウズベキスタン側では、すでに岸辺より80kmも後退しています。本来の湖岸から
  一時間も車で走らなければ、現在の湖岸に行きつくことができません。この事態は
  カザフスタン側以上に深刻であると言えます。地表にむき出しになった湖底地帯は
  砂塵が多く、周辺の砂漠化に拍車をかけています。ラクダの放牧地にもなっています。
*昼食: キャンプ
*夕食: ホテル または ローカル・レストラン
*宿泊: ジペック・ジョル(スタンダード部屋)または同等
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<09日目>06月11日(日)
■行程: ヌクス⇒タシケント⇒
*朝食: ホテル
*送迎: 専用車でホテルから空港にご案内致します。
*移動: ウズベキスタン航空の国内線で空路、タシケントへ。
 HY−012 ヌクス     10:25⇒タシケント   12:40
*送迎: 専用車で昼食レストランにご案内致します。
*昼食: ローカル・レストラン
*送迎: 専用車でホテルにご案内致します。
*休息: ホテル・グランド・オルズ(スタンダード部屋)または同等
    ホテルのお部屋は出発までご利用頂けます。
*送迎: 専用車でホテルから夕食レストラン、その後、空港にご案内致します。
*夕食: ローカル・レストラン
・・手続: 搭乗手続〜安全検査/出国〜搭乗
※移動: 大韓航空で空路、ソウル/インチョン空港へ。
 KE−942 タシケント   21:20⇒インチョン空港 07:35翌
・・宿泊: 機内泊
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<10日目>06月12日(月)
■行程: ⇒ソウル/インチョン空港⇒成田空港
・・手続: 安全検査〜搭乗
※移動: 大韓航空で空路、成田空港へ。
 KE−703 インチョン空港 10:10⇒成田空港    12:30
・・帰国
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※内容は予告なく変更になる場合もあります。
※この旅行は手配旅行となります。
 

 2017年06月03日(土)出発限定。
 添乗員が同行/または/合流し、お世話致します。
 


<最少催行人数 :
1名で催行>添乗員同行

<添乗員同行のコース>
人数 ご旅行代金 航空券代 合計
01名様でご参加の場合 お問合せ下さい お問合せ下さい お問合せ下さい
02名様でご参加の場合 お問合せ下さい お問合せ下さい お問合せ下さい
03名様でご参加の場合 お問合せ下さい お問合せ下さい お問合せ下さい
04名様でご参加の場合 お問合せ下さい お問合せ下さい お問合せ下さい
05名様でご参加の場合 お問合せ下さい お問合せ下さい お問合せ下さい
06名様でご参加の場合 お問合せ下さい お問合せ下さい お問合せ下さい
おひとり部屋追加料金 お問合せ下さい


●お申込期間:出発1カ月前まで



●ご旅行代金には下記のものが含まれます*
 *車 両:
  <専用車>
   01日目: アルマトゥ空港→ホテル
   06日目: アルマトゥ空港→昼食レストラン→アルマトゥ空港
        タシケント空港→夕食レストラン→ホテル
   07日目: ホテル→タシケント空港
        ヌクス空港→ムイナク
   08日目: ムイナク
   09日目: ムイナク→ヌクス空港
        タシケント空港→夕食レストラン→ホテル→タシケント空港
  <混載車>
   02日目: アルマトゥのホテル→アルマトゥ空港送迎
   02日目〜06日目: クズルオルダ以遠の全行程
 *交 通: 
  <カザフスタン>
   国内線 アルマトゥ⇒クズルオルダ⇒アルマトゥ
  <ウズベキスタン>
   国内線 タシケント⇒ヌクス⇒タシケント
 *宿 泊: 各地のスタンダード・クラスの宿のスタンダード部屋を利用/ムイナクはキャンプです。
  <カザフスタン>
   アルマトゥ   ホテル・カザフスタン(スタンダード部屋)または同等
   アラル     ホテル・アラルスク(スタンダード部屋)または同等
   カラテレン   民宿(ベーシック部屋)
   クズルオルダ  アセタン・ホテル(スタンダード部屋)または同等
  <ウズベキスタン

   タシケント   グランド・オルズ(スタンダード部屋)または同等
   ムイナク    キャンプ(テント)
   ヌクス     ジペック・ジョル(スタンダード部屋)または同等
 *食 事: 朝食8回/昼食8回/夕食9回
 *観 光: 
  <カザフスタン>
   英語ガイド/入場観光◎の箇所の入場料・拝観料
   (但し、附属施設などの特別拝観料や撮影料が別途かかる場合があります)
  <ウズベキスタン>
   日本語ガイド/入場観光◎の箇所の入場料・拝観料
   (但し、附属施設などの特別拝観料や撮影料が別途かかる場合があります)
 *諸 税: 宿泊税・観光税

●ご旅行代金に含まれないもの
 x 国際線航空券と、航空券の他に別途徴収される税・料金(燃油付加料金など)
  特別空港諸税 出入国時に徴収される税・料金
 x 査証代
 x 個人的な支払い(電話、FAX、ネットなど現地でご利用になる通信費/明記されない
  お食事/お飲物/ホテルのミニバーやルームサービスほか)
 x チップ
 x 飲食費(明記されていないお食事/お飲物)
 x オプショナルツアー/英語ガイドを日本語ガイドに変更する場合の追加料金

●旅券(パスポート)/査証(ビザ)
 ・・旅券: 帰国時から起算して6カ月以上の残存有効期間が必要。
     未使用の査証欄余白が4ページ以上、必要です。

 ・・査証
 =カザフスタン査証(2017.02.06現在、日本国籍の場合、免除となります)=
  ※旅券: 帰国時から起算して6カ月以上の残存有効期間が必要。
       また、未使用の査証欄余白が2ページ以上、必要です。

 =ウズベキスタン査証(日本国籍の場合/※日本国籍以外のお客様はご相談下さい)=
  @旅券: 帰国時から起算して6カ月以上の残存有効期間が必要。
       また、未使用の査証欄余白が2ページ以上、必要です。

  A写真: 顔写真 縦4.5cmx横3.5cm 1枚
  B費用: 実費2,500円+代行申請手数料7,560円




 
電話でのお問合せは・・・080−5028−6007 まで
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