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海外旅行で異文化体験、ホームステイのパームツアーセンター。 ありきたりの旅ではない、自分らしい旅をしませんか? 世界遺産、変わった遺跡巡り、エコツアーにもこだわりがあります・・・ パームツアーセンターは現地に密着した旅、ディープな旅をプロデュースします!
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添乗員同行
2017年01月21日(土)
東京(成田空港)出発限定
たった6日でレバノン
三大世界遺産巡り

〜アンジャル/バールベック/レバノン杉〜
カタール航空利用

ここがポイント!


 レバノン

 エミレーツ航空(成田空港/JR名古屋駅前/関西空港発着)利用6日間プラン
 にリンクしています。添乗員は、カタール航空利用プランに同行し、エミレーツ航空
 ご利用のお客様をケア致します。

 
 ベイルートの夜景

  
 レバノン(左)アンジャール遺跡(古写真) (右)バールベック遺跡

  
 レバノン(左)レバノン杉        (右)鳩の岩@ベイルート沖


『レバノン三大世界文化遺産巡り』 特別コース

レバノン共和国は、北から東にかけてシリアと、南にイスラエルと国境を接し、西は地中海に面しています。
首都はベイルートでかつては中東のスイスとたとえられる金融都市で、また中東のパリと呼ばれるおしゃれな街でした。
たび重なる内乱で疲弊しましたが、現在は観光地として、徐々に復興をとげています。

17年に及んだ内戦や、イスラエル軍の攻撃、シーア派過激派組織ヒズボラの暗躍など、暗い過去のためにイメージがあまり良くありません。
しかし、現在は停戦後の新しい国造りの努力が続けられており、観光資源やリゾート施設、観光客に関係するインフラはかなり回復しています。
停戦後、観光施設がある程度整ったため、当店ではベイルートに連泊し、観光する形式の旅行プランを発売します。

この2017年01月03日出発のコースには添乗員が同行します。
レバノンに1990年、1991年に訪れている立花誠が、現在のレバノンにご案内致します。
ベイルートでは、かつて中東のパリとよばれながら一時は疲弊し、不死鳥のように復興を遂げる現在進行形の歴史をご覧頂きます。
また、国内で整備の完了したアンジャル、バールベック、レバノン杉を訪れ、観光します。
かつては地中海交易時代の拠点として栄えたレバノンには、歴史的に重要な史跡や遺跡がいくつもあります。
この機会に、美しいレバノンをぜひ、ご覧下さい。


≪レバノンの歴史≫ 
この国は北アフリカにカルタゴという強国を築き、リスボンやバルセロナやマルセイユなどの礎を築いたフェニキア人の発祥の地と考えられています。
地中海の要所要所に植民地を置き、栄華を誇ったフェニキア人ですが、カルタゴの強大化はローマとの衝突を招きます。
ポエニ戦争で名将ハンニバルが象の舞台でピレネーを越えてヨーロッパに攻め込んだのを最後に弱体化し、衰退します。
紀元前10世紀には、現在のレバノンにあった拠点もアッシリア帝国に併合され、民族としてのフェニキア人は滅亡しました。
その後、新バビロニアがアッシリアに代わってフェニキアを支配します。
・・紀元前525年、アレクサンドロス大王の率いるマケドニア王国の一部となります。アレクサンドロス大王の死後は、セレウコス朝シリアの一部となり、やがてはローマ帝国に征服されました。
・・7世紀には東ローマ帝国に勝利したアラブ人がこの地を征服し、イスラム化が進みます。しかし、全土がイスラム化されたわけではありません。
峻険な山は、余人の入りこむことを拒み、そのため、西アジアにおける宗教的なマイノリティの駆け込み寺の様相を呈していました。
キリスト教のマロン派(マロン典礼カトリック教会)、イスラム教のドゥルーズ派らが各地から迫害を逃れ移住してきました。
彼らは後に西アジアに強大な影響力を持ったオスマン帝国に自治を認められ、独自の宗教共同体を維持してきました。
・・19世紀ごろ、マロン派に影響力を持つローマ・カトリック教会を通じて、ヨーロッパ列強の影響力が浸透するようになります。
また、イスラム世界は宗派の枠を越えて、アラブ民族主義の中心的役割を果たすようになります。
・・1918年(日本は大正7年)、フランスがレバノンを占領します。翌年、第一次世界大戦後の世界図を決めたパリ講和会議により、フランスの委任統治下に置かれることが決まりました。
・・1920年(日本は大正9年)3月8日、シリア・アラブ王国がハーシム家のファイサル1世を国王として独立を果たします。しかしフランス=シリア戦争が勃発し、独立政権は同年7月24日、わずか4カ月ほどで瓦解しました。レバノンはシリア=レバノン地域の中でもキリスト教徒が多く、統治しやすいとみたフランスは、大レバノン建国を画策。同年9月1日、フランス占領下の独立国「大レバノン」が成立しました。1922年(大正11年)まで、大レバノンには知事が置かれ、それを補佐する諮問委員会(定員17名)が置かれましたが、その委員は各宗派から高等弁務官が任命していました。
・・1923年(大正12年)9月29日、連合国最高評議会は、レバノンとシリアの委任統治をフランスに要請することを決定しました。これにより、フランス委任統治領大レバノン、フランス委任統治領シリアが発足しました。
・・1925年(大正14年)7月に行われた選挙で代表評議会が構成され、代表評議会は大レバノンに於ける、第一期議会となりました。
・・1926年(大正15年)3月、大レバノンは、レバノン共和国となりました。
・・第二次世界大戦中は、フランス本土がドイツの占領下にあったため、亡命政府となった自由フランスにより、大レバノンとシリアが統治されていましたが、1941年(昭和16年)6月8日、両国の独立が宣言されました。
・・1941年(昭和16年)9月27日シリアが独立、同年の11月26日にはレバノンが独立を布告しました。その後、レバノンは金融、観光などの分野で国際市場にデビューし、一大金融センターとして、そしてリゾート地、観光地としての地位を高めます。しかし、その後、パレスチナ解放戦線(PLO)の流入により宗教派閥の均衡が崩れ、内戦の兆しが見え始めます。
・・1975年〜76年(昭和50年〜51年)、レバノン内戦が勃発。
・・1978年(昭和53年)には隣国シリアの軍が平和維持軍として進駐していましたが、この年、イスラエル軍がレバノンの領土に侵攻しました。内戦はイスラエルの侵攻により、更に混乱を極めました。足掛け17年の内戦の間にレバノンの国土は疲弊することになります。イスラム革命によりイスラム共和国化したイランがシーア派の過激派組織ヒズボラに対する援助を行ったり、さらには隣国シリアの政治的・軍事的思惑や、東西陣営の政治的・軍事的思惑もレバノンに暗い影を落とし、レバノンはさらなる混迷の時代を迎えることとなります。内戦終結後も、各陣営の小競り合いが続き、国土の復興はままならない状態に陥ります。
・・1982年(昭和57年)、レバノン武装勢力からの攻撃を受けたことを理由に、イスラエル軍が侵攻、イスラエル軍は西ベイルートを占拠しました。やがてPLOが駆逐されると、イスラエル軍は撤退しました。しかし、南部に親イスラエルの勢力を残したため、事実上、南部はイスラエルの影響を強く受けることになりました。混乱を収拾するために、アメリカ/イギリス/フランスが多国籍軍を組織して派兵しますが、南部住民の自爆テロにより多数の兵士を失い、さらにはアメリカとシリアが交戦したりしたため、遂に半年ほどで多国籍軍は撤退を余儀なくされました。
・・1990年(平成2年)シリア軍が再侵攻し、紛争を一気に鎮圧し、その後の撤退までの15年間、レバノンに平安をもたらしました(パックス・シリアーナ)が、ヒズボラに対する援助や、テロを黙認したりと、国際的な評価は低いものになっています。
・・1992年(平成4年)10月末から経済は回復の兆しを見せ始めます。
・・1996年(平成8年)、イスラエル国内で連続爆弾テロが発生し、ヒズボラの犯行としたイスラエル軍はレバノン南部を空爆しました。この際に、レバノンで難民救援活動を行っていた国連レバノン暫定駐留軍フィジー軍部隊のキャンプが集中砲撃され、イスラエルは国際的に激しく非難された。
・・2000年(平成12年)、イスラエル軍は南部から撤収しましたが、政治的・軍事的空白地帯に素早くヒズボラが展開し、イスラエルに対する攻撃を継続しています。
・・2006年(平成18年)7月にヒズボラがイスラエル兵士2名を拉致したことがきっかけとなり、イスラエル軍が7月12日に南部の発電所などに空爆しました。さらにイスラエル軍は空爆対象をレバノン全土に拡大し、国際空港をはじめ公共施設も被弾、国際港も封鎖されました。7月27日には国連レバノン暫定軍施設も空爆され、国連職員4名が命を落としました。7月30日にはカナが空爆され、54人の犠牲者が出ました。レバノン政府はイスラエル軍の攻撃による死者が1000人を越えたことにより、停戦を提唱。8月13日に両国が停戦決議受け入れを表明。8月14日に停戦が発効。10月1日にイスラエルは撤兵しました。
・・2008年8月13日にレバノンのミシェル・スライマーン大統領とシリアのバッシャール・アル=アサド大統領が会談。国交正常化に合意しました。
現在、レバノンはイスラエル侵攻時の被害の修復を進めつつ、地中海での天然ガス田探査計画を外国企業と推進し、観光移設の充実を図るなど、経済復興のための努力を続けています。


<観光のみどころ>

ベイルート BEIRUT
レバノン共和国の首都。1975年までは、“中東のパリ”という愛称で呼ばれたモダンな都市でした。たび重なる内乱で疲弊したものの、停戦後は復興を目指し、町づくりが行われていました。しかし、2006年7月にはヒズボラとイスラエル軍との衝突に端を発し、ベイルートはまたしても戦禍に見舞われます。そして今、ベイルートは再度、“中東のパリ”を取り戻すため、不死鳥のように立ち上がりました。2016年10月24日現在、ベイルートの街は活気を取り戻し、アラビアのスナックを食べさせる店や、海辺の観光客向けのレストランや、ブランド品などを売るショップも、お店を開けています。風光明媚なベイルートの景観を楽しみ、おいしいと評判のレバノン料理に舌鼓を打ち、快適なホテルでゆっくりお休み下さい。

ハムラ通り RUE HAMRA :
ベイルートの中心を南北に走る目抜き通り。ここにはヨーロッパなどからの輸入品が並ぶお店や、一般商店、中高級の飲食店が並んでいます。

マナラ MANARA:
地中海の波が打ち寄せるベイルートの北のはずれの岬に灯台(アラビア語でマナラ)があり、ベイルート港に出入りする船を見守っています。

鳩の岩 PIGEON ROCKS :
ベイルート随一の景勝地として観光客や地元の人に人気のあるスポット。地中海に浮かぶ、波の浸食で穴のあいた大きな岩と、烏帽子のような岩が仲よく並んでいます。

旧市街 OLD DOWNTOWN :
ベイルートで最も活気があるのは、実はこの古色蒼然とした旧市街です。内戦により疲弊しましたが、モスクからは祈りを告げるアッザーンが響き、生活感が戻っています。

スーク BEIRUT SOUKS :
古き良きアラブの面影を残す市場街で、町の人々の買物の場です。最近は史跡地区に場所を移し、飲食店も併設され、観光客の誘致にも力を入れています。

レバノン料理 LEBANESE CUISINE
レバノン料理は世界三大料理のひとつトルコ料理にも影響を与えたと言われる中東きっての料理です。メゼと呼ばれる前菜の数々や洗練された料理をお楽しみ頂けます。



世界文化遺産 アンジャル ANJAR
レバノン東部、ベカー高原、シリアとの国境に近い場所に位置する、レバノン唯一の城塞都市の遺跡です。
レバノン山脈の麓にウマイヤ朝のワリード1世が、8世紀に築城したのがアンジャルの要塞で、後に要塞都市になりました。
交易の港湾であるベイルートと、ウマイヤ朝の拠点であったダマスカスとの街道の中継地点に位置しています。
その交通の要衝という性格から、古くから繁栄し、またイスラム権力者たちの保養地でもあったことが確認されています。
「保養者の宮殿」/「モスク」/「公共浴場」/みごとな「アーチ」/「列柱」などの遺跡があります。



世界文化遺産 バールベック BAALBECK
レバノン東部、ベカー高原の中央に位置する古代遺跡で、ユネスコの世界文化遺産に登録されています。
バールベックとは、「ベカー高原の主たる神」という意味で、ここにフェニキアの神バアル(バダド)が祀られていたという故事に由来すると言われています。
もともとは、フェニキア人の神々の座で、聖地だったと考えられていますが、後にギリシャ系、ローマ系の神々と習合し、全能の神ユーピテル(ジュピター)/愛と美の女神ウェヌス(ビーナス)/葡萄酒の神バックス(バッカス)が祭神となったとされています。
バールベック遺跡には、この三神を祀るそれぞれの神殿によって構成されています。
ローマ遺跡の中でも、世界でも屈指の神殿群と言われています。
もともと、フェニキア人の聖地であった場所に、1世紀ごろ、ローマ帝国によって、最初の神殿が建立されました。
その後、2世紀から3世紀にかけて拡張され、ユーピテル神殿、バックス神殿が建立され、現在みられる神殿の原型が出来上がりました。その拡張の際に、中庭、柱廊なども造られたと言われています。
しかし、コンスタンティヌス帝(統一ローマの皇帝としての在位324年〜337年)がキリスト教を国教と定め、それをきっかけにかつての神殿の破壊が行われました。
バールベックの神殿は、キリスト教の教会としての役割を与えられ、その姿をとどめることができました。
7世紀にはアラブ人によって占領されますが、アラブ人もまた、この神殿を更地にせず、要塞として利用しました。

神殿正門 PROPYLAEA
正門には以前、43mの階段が備わっていましたが、マルムーク朝時代(12世紀後半以降)に石材として搬出されてしまいました。現在は少し貧相になりましたが、一部、階段が復元されています。

エジプトのステラ EGYPTIAN STELE
正門の階段上に聳える石柱は、エジプトから運ばれてきた花崗岩の石柱です。

六角形の前庭 HEXAGONAL COURT
神殿正門から階段を登ると到達する前庭は、六角形をしています。

大庭園 The GREAT COURT :
六角形の前庭を抜けると、大庭園が広がっています。長さ150m、幅110mで、儀式の場でもありました。

二基の祭壇 TWO ALTARS:
大庭園の中心に二基の祭壇が設けられています。供物として犠牲を捧げた祭壇で、彫刻が施されています。

二基の水盤 TWO BASINS
大庭園の南北に、一基ずつ、計二基の水盤があります。犠牲を清めるための水盤だったと言われています。

記念階段 MEMORIAL STEPS
大庭園から神殿の並ぶ西に、幅の広い階段があります。階段を登りきるとユーピテル(ジュピター)神殿です。

ユーピテル(ジュピター)神殿六大列柱
 SIX COLUMNS of the TEMPLE OF JUPITER

大部分は損壊していますが、「六大列柱」は健在で、バールベックの象徴となっています。

バックス(バッカス)神殿 The TEMPLE OF BACCHUS
ユーピテル神殿跡の南側に建つ神殿で、保存状態のよさは中東一と言われています。
御神体安置祭壇 CELLA」/「柱廊 PERISTYLE」/「天井 CEILING」/「彫刻 RELIEF」が残っています。

ウェヌス(ヴィーナス)神殿 The TEMPLE OF VENUS
南東隅にあります。ユーピテル神殿、バックス神殿に比べると小ぶりですが、緻密な設計の建築物です。

アーチ門と列柱 ARCH DOOR & COLUMN
遺跡の南側に、比較的保存状態のよい、アーチ門を配した列柱が見られます。

南門 SOUTH GATE
遺跡の南にも門があり、ここを城門としてアラブ時代に「
要塞」(ARAB FORTIFICATIONS)がつくられました。

※尚、遺跡には
博物館が併設されており、みごとなモザイクが残されています。



世界文化遺産 カディーシャ渓谷と神の杉の森(レバノン杉)
 OUADI QADISHA AND THE FOREST OF THE CEDARS OF GOD
:
レバノン中央部に連なるレバノン山脈(ジェベル・エル・ガール)にあるカディーシャ渓谷と、その渓谷に群生するレバノン杉が世界文化遺産に登録されています。
登録名の CEDARS とは、レバノン杉を意味しています。レバノン杉はヒマラヤスギ属であり、分類学上ではマツの近縁種です。
レバノン山脈は、最高峰コルネ・エル・サウダ山(標高3087m)を中心とする山脈で、2500m以上の地点では一年の半分が雪に覆われています。
この地には古代からレバノン杉が繁茂していましたが、頑強であるために建材として重宝され、エジプトのピラミッド製造のため、大量伐採された経緯があります。
また、フェニキア人の歴史とも深く関わっており、フェニキア人はレバノン杉でガレー船の建造を始め、また、樹脂や木材をエジプトに輸出していました。
現在は1200本を数えるほどになり、樹齢1200年を超える大木は400本ほどだそうです。
現在では、レバノン杉の生い茂る景観を取り戻すため、植樹活動が行われています。
レバノンの国旗に描かれている樹は、レバノン杉であり、レバノンの象徴となっています。




モデルプラン(手配旅行です)
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<01日目>2017年01月21日(土)
■行程: 成田空港⇒
成田空港発着
・・手続: 搭乗手続〜安全検査/出国〜搭乗
※移動: カタール航空で、カタールの首都ドーハ/ハマド空港へ。
 QR−807 成田空港    22:30⇒ドーハ     04:30 翌日
・・宿泊: 機内泊
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<02日目>01月22日(日)
■行程: ⇒ドーハ⇒ベイルート
・・手続: 安全検査〜搭乗
※移動: カタール航空で空路、レバノンの首都ベイルートへ。
 QR−416 ドーハ     08:10⇒ベイルート   11:15
・・手続: 査証取得/入国〜機内預け荷物引取〜通関を済ませ、出口へ。
*送迎: 専用車で空港からホテルにご案内致します。
*昼食: ホテル
*観光: 午後、首都ベイルートを観光します。
 ●ハムラ通り RUE HAMRA :
 ○
マナラ MANARA:
 ○
鳩の岩 PIGEON ROCKS :
 ●
旧市街 OLD DOWNTOWN :
 ○
スーク BEIRUT SOUKS :
*夕食: ローカル・レストラン
 ☆
レバノン料理 LEBANESE CUISINE
*宿泊: ★★★★★ラウシェ・アルジャーン・バイ・ロタナ(スタンダード部屋)または同等
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<03日目>01月23日(月)
■行程: ベイルート
*朝食: ホテル
*観光: 終日、世界文化遺産 カディーシャ渓谷と神の杉の森を観光します。
 ○
カディーシャ渓谷と神の杉の森(世界文化遺産)
*昼食: お弁当 または ローカル・レストラン
*夕食: ローカル・レストラン または ホテル
*宿泊: ★★★★★ラウシェ・アルジャーン・バイ・ロタナ(スタンダード部屋)または同等
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<04日目>01月24日(火)
■行程: ベイルート
*朝食: ホテル
*観光: 終日、
世界文化遺産 アンジャルとバールベック遺跡を観光します。
 ◎
アンジャル(世界文化遺産)
 ◎
バールベック(世界文化遺産)
*昼食: お弁当 または ローカル・レストラン
*夕食: ローカル・レストラン または ホテル
*休息: ★★★★★ラウシェ・アルジャーン・バイ・ロタナ(スタンダード部屋)または同等
   ・・・お部屋は出発までご利用頂けます。
*送迎: 専用車でホテルから空港にお送り致します。
・・手続: 搭乗手続〜安全検査/出国〜搭乗
・・宿泊: 機内泊
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<05日目>01月25日(水)
■行程: ベイルート⇒ドーハ⇒
*朝食: ホテル
*送迎: 専用車でホテルから空港にお送り致します。
・・手続: 搭乗手続〜安全検査/出国〜搭乗
※移動: カタール航空で空路、ドーハへ。
 QR−421 ベイルート   19:15⇒ドーハ     23:35
・・手続: 安全検査〜搭乗
・・宿泊: 機内泊
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<06日目>01月26日(木)
■行程: ⇒ドーハ⇒成田空港
・・手続: 安全検査〜搭乗
☆注釈: 入出国/通関をして市内に出ることができます。
成田空港発着の場合
※移動: カタール航空で空路、成田空港へ。
 QR−806 ドーハ     03:20⇒成田空港    19:00
・・帰国
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※内容は予告なく変更になる場合もあります。
※この旅行は手配旅行となります。


 2017年01月21日(土)
 成田空港出発
 このコースは
エミレーツ航空利用コースにリンクしています。
 添乗員はカタール航空利用プランに同行します。
 ベイルート到着から4日目の晩まで合流し、お世話致します。




 <最少催行人数 :1名で催行>添乗員同行

 <添乗員つき>
人数 航空券代 旅行代金 合計  
1名様でご参加の場合 旅行代金に含まれます 630,000円 630,000円
2名様でご参加の場合 旅行代金に含まれます 510,000円 510,000円
3名様でご参加の場合 旅行代金に含まれます 480,000円 480,000円
4名様でご参加の場合 旅行代金に含まれます 450,000円 450,000円
5名様でご参加の場合 旅行代金に含まれます 450,000円 450,000円
6名様でご参加の場合 旅行代金に含まれます 450,000円 450,000円
シングル部屋追加料金    30,000円


●お申込期間:出発1カ月前まで

レバノンはビザ(査証)が必要です。

◆レバノン◆ ベイルート空港到着後、取得します。
@旅券(パスポート): 残存有効期間は帰国時に6カ月以上あること。
 査証欄の余白は、見開きで1ページ(左のページから連続2ページ)あること。
A顔写真: 最近6カ月以内に撮影された証明写真(縦3cmx横2.5cm)2枚。
 念のためにお持ち下さい。裏面に旅券と同じ署名をすること。
B査証代: 実費 2016年10月24日現在、無料



●現地発着料金には下記のものが含まれます*
 *送迎:  専用車/英語ドライバー 
 *観光:  専用車/英語ガイド兼ドライバー、入場料・拝観料
 *宿泊:  ★★★★★ クラスのスタンダード部屋
   ベイルート ラウシェ・アルジャーン・バイ・ロタナ
 *食事:  朝食2回/昼食3回/夕食3回
 *添乗:  添乗員の交通費/宿泊費/食費/通信費/手配手数料

<ご旅行代金に含まれないもの>
 
*個人的な支払い(電話、FAX、ネット通信費/チップ/明記されていないお食事/
  お飲み物/オプショナルツアー)





電話でのお問合せは・・・・080−5028−6007 まで
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