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2017年08月05日(土)以降の毎週(土)出発可能
旧ユーゴスラビア
旧ユーゴスラビア・マケドニア共和国
+アルバニア(ポグラデッツ)
&セルビア 9日間
オフリッド/スコピエ/ノヴィ・サド/ベオグラード
アリタリア航空利用

ここがポイント!


旧ユーゴスラビアの旅

もともとはひとつだった旧ユーゴスラビア。
現在、セルビア、コソヴォ、モンテネグロ、ボスニア=ヘルツェゴビナ、スロヴェニア、クロアチア、
マケドニア(旧ユーゴスラビア・マケドニア共和国)の七カ国に分かれています。
この旅では、かつての連邦の中心であったセルビアと、ギリシアと国境を接するマケドニアを
訪れます。ギリシャがマケドニアの名乗りを許さないため、旧ユーゴスラビア・マケドニア共和国
という名前でも知られています。
今回はまさに、ギリシャから陸路で国境を越えて、旧ユーゴスラビア・マケドニア共和国に入国。
世界遺産のオフリッドで2泊し、1日を隣国アルバニアのポグラデッツ観光にあてます。
また、首都のスコピエも訪れ、観光します。
セルビアでは独立問題もあったノヴィ・サドと首都ベオグラードを観光します。
さらに、ギリシャでは有名な世界遺産メテオラの修道院を訪れ、拝観します



知られざるマケドニア: オフリッド/スコピエ



ユーゴスラビア社会主義連邦共和国が解体し、そして生まれた国マケドニア(マケドニア共和国)。
但し、ギリシャを中心とする欧州連合や、日本はこの名称を認めず、公式文書では“マケドニア旧ユーゴスラビア共和国 Former Yugoslavia Republic Of Macedonia (FYROM)”という名称で記載されます。

中欧/東欧に位置するバルカン半島に位置する内陸国です。
現在のマケドニア共和国は、地理的にマケドニアと呼称されてきた地域の北西部に位置しています。
また、かつてマケドニアと呼ばれていた地域の約4割を占めています。
しかし、地域としてのマケドニアの約5割はギリシャに属し、また、1割はブルガリア領であることや、現在のマケドニア共和国に居住する民族が、民族的に、地域としてのマケドニアの歴史を育んできたマケドニア人(ギリシャ系の言語を話す民族)と直接の血縁関係がないことから、ギリシャなどでは、マケドニア共和国がマケドニアという国名を使用することを拒否しています。

首都はスコピエで、ヴァルダル川が育む肥沃な土地には古代からイリュリア人やトラキア人など部族がそれぞれ居住区を築き、割拠していました。
紀元前4世紀から紀元前3世紀にかけて、現在のマケドニア共和国にあたるマケドニア地域の北部は、アレクサンドロス大王に連なるマケドニア王国の支配下に入ります。
マケドニア王国は、アレクサンドロス大王の時代にその版図は最大となりますが、アレクサンドロス大王の死後は分裂し、紀元前2世紀にはローマ帝国の統治下に入ります。
紀元前146年、この地域はローマ帝国のマケドニア属州の一部になったと記録されています。
やがてローマ帝国が東西に分裂すると、マケドニアは東ローマ帝国の一部となりました。
古代から中世へと移行する歴史の流れの中で、マケドニア地域には北から西ゴート族、フン族、アヴァール族、スラヴ族などが侵入を繰り返し、7世紀の初頭には、住民の多くがスラヴ族となりました。スラヴ族は現在のギリシャのテッサロニキ等を拠点とし、現マケドニア地域のほぼ全域に地理、その居住地域を拡大してゆきました。
9世紀の後半になると、テッサロニキ出身のキュリロスとメトディオス兄弟により、聖書がスラヴ語に翻訳されます。そして9世紀末、シメオン1世の統治する第一次ブルガリア帝国は、東ローマ帝国との小競り合いを繰り返しながらその勢力を拡大し、マケドニア地方もその版図に組み込まれました。キュリロスとメトディオスの弟子たちは、スラヴ語の聖書を用いて、ブルガリア帝国下に居住するスラヴ族に、キリスト教を布教してゆきました。
しかし、シメオン1世没後、ブルガリア帝国は衰退期を迎え、マケドニア地方は再び東ローマ帝国の支配下となりました。
978年、マケドニア出身サムイルはマケドニア地方を拠点として東ローマ帝国に反旗を翻します。サムイルは、オフリドを首都として第一次ブルガリア帝国を再建し、次々に東ローマ帝国の拠点を陥落させ、急速に版図を拡大しますが、1014年にサムイルが薨去すると、急速に衰退し、1018年には第一次ブルガリア帝国は壊滅、みたび東ローマ帝国の支配下に入ります。
それ以降、マケドニア地域は北方から興ったセルビア系の小豪族が小国家を立ち上げ、群雄割拠の時代を迎えます。その状態は12世紀末まで続きますが、12世紀末までには新興勢力である第二次ブルガリア帝国とセルビア王国、ラテン帝国やニカイア帝国などの十字軍国家間における勢力争い、抗争の時代を迎えます。

十字軍を撃退し、復活を果たした東ローマ帝国やブルガリア帝国は、東から勢力を伸ばしてきたオスマン帝国によって国力を削がれ、その背景のもと、セルビア王国はシュテファン・ウロシュ3世デチャンスキの下、この地の覇者となることに成功しました。セルビア王国はその際にマケドニア地方全域を支配下に置くことに成功すると、その嫡男であるシュテファン・ウロシュ4世ドゥシャンはスコピエに遷都、1345年(日本では 南朝: 興国6年 後村上天皇の御代/北朝: 康永4年 光明天皇の御代/室町幕府初代将軍足利尊氏の治世)にはウロシュ4世は“セルビア人とローマ人の皇帝”として戴冠を受けて、帝位につきます。しかし、ウロシュ4世没後はふたたびこの地は地方領主の割拠する時代を迎え、1371年(日本では 南朝: 建徳2年 長慶天皇の御代/北朝: 応安4年 後光厳天皇の御代/室町幕府3代将軍足利義満の治世)のマリツァ川の戦いなどを経て、遂にオスマン帝国の軍門に下りました。オスマン帝国は、支配下の人々を宗教の所属によって分類していました。そのため、この地域に居住する人々は、民族意識ではなく、教会の宗派により自分の貴族を認識していました。
オスマン帝国の支配下では、スラヴ人、アルーマニア人、トルコ人、アルバニア人、ギリシャ人、ロマ族、ユダヤ系などが居住し、さながら人種の坩堝のような地域になっていました。
19世紀に入ると、セルビア王国、ギリシャ王国がオスマン帝国から独立を果たします。それを契機に、正教徒たちもオスマン帝国からの分離をはかり、画策します。1878年(日本では明治11年)にブルガリア公国が成立すると、ブルガリアの独立を支援したロシア帝国の影響をけん制するため、ブルガリアの国土は三分割され、マケドニア地方はオスマン帝国の領土に復しました。スラヴ系の間では、マケドニアの分離とブルガリアへの併合を求める運動が行われ、その過程で、ブルガリア系ではない人々の間に、マケドニア人という民族意識が根付きます。

その後、マケドニアは、第二次バルカン戦争、ユーゴスラビアへの併合と、独立まで更なる激動の時代をかいくぐる事になります。

1991年9月8日、マケドニアはユーゴスラビア社会主義連邦共和国より独立します。

多くの民族や宗教が通り過ぎて行ったこの地には様々な文化や歴史、宗教が共存する社会が残っていました。

<観光の見どころ>

オフリッド: 
スコピエを基点に、世界文化遺産として登録されているオフリッドを日帰りで訪れます。
世界最古の湖と称されるオフリド湖周辺の静かで美しいい景観と、かつて365もの教会を有し、人々に『バルカンのエルサレム』と言われた街は、魅力的な自然と文化の宝庫です。
 ・聖ソフィア大聖堂
 ・イコン博物館
 ・サミュエル要塞
 ・古典劇場
 ・聖ヨヴァン・カネオ教会
 ・聖クリメント教会
アルバニアとの国境に位置する旅情あふれるオフリッド湖畔の観光も楽しみです♪

スコピエ: 
マケドニア共和国の首都で、古代からさまざまな民族や宗教の交差する土地であったため、多種多様な時代の史跡や宗教関連施設が共存しています。
 ・マザーテレサ記念館
 ・聖スパス教会
 ・ムスタファ・パシャ・モスク
 ・マケドニア歴史博物館
 ・アレクサンドロス大王像
 ・ハマム
 ・国立劇場
 ・カメン・モスト(石橋)
 ・オールド・バザール
 ・ケール城塞
 ・旧鉄道駅
 ・スコピエ旧市街


知られざるセルビア: ベオグラード/ノヴィ・サド




中欧の東部に位置するセルビアとセルビアをかつて併合していたユーゴスラビア。
この地域ほど、激動の歴史の波にもまれた地域も珍しいかもしれません。
近代以降でも、
・オスマン帝国内の自治公国(1817年〜1878年)
・独立公国(1878年〜1882年)
・独立公国(1882年〜1918年)
・セルビア・クロアチア・スロベニア王国(1818年〜1928年)
・ユーゴスラビア王国(1929年〜1941年)
・ナチス占領下に置かれた傀儡政権(セルビア救国政府/1941年〜1944年)
・ユーゴスラビア社会主義連邦共和国(1945年〜1992年)
・ユーゴスラビア連邦共和国(1992年〜2003年)
・セルビア・モンテネグロ(2003年〜2006年)
・セルビア(分離独立。2006〜)
と、目まぐるしいほどの政権交代がありました。

この地域にセルビア人が進出してきたのは、7世紀初頭。
ラシュカ、ボスニア、ドゥクリャ/ゼタ、ザフムリェ、トレビニェ、パガニァ
以上6つのコミュニティに分かれ、それぞれの部族が住み分けがなされたことが判明しています。
ゼタは今日のモンテネグロで、セルビアとモンテネグロの微妙な関連はこの時期に始まりました。
10世紀までにはセルビア人たちは正教会、またはカトリック教会に所属していたと言われます。
東にブルガリア、西に東ローマ帝国に挟まれ、民族の自立の確立が難しかったと考えられます。
そのためセルビア人たちは宗教的権威を欲し、1077年ミハイロ王は教皇によって戴冠します。
ミハイロ王は、さらに教皇から大主教の位をバールの街のために獲得します。
それにより、東ローマ帝国に対する備えを固めることができました。
そして、1世紀後、セルビア地域は東ローマ帝国より独立します。

セルビア人は中世に入ると、群雄割拠の時代に入ります。
・ドゥクリャ
・ゼタ(今日のモンテネグロ)
・ザフムリェ(今日のドゥブロブニクとヘルツェゴビナ)
・トレビニェ(今日のボスニアの一部とクロアチアの一部)
・パガニァ(今日のドゥブロブニクを除くクロアチアの沿岸地域=ダルマチア)
・ボスニア(今日のボスニアの一部)
・ラシュカ(今日のセルビアの一部とモンテネグロの一部)
これらの7つの国家は、互いに敵対していたわけではありません。
時に連合し、時に独立し、柔軟に国家を経営し、共通の敵の出現時は協力し合ったと言います。

最初に組織されたセルビア人の国家は10世紀中葉のラシュカでした。
ラシュカは、チャスラヴ・クロミロヴィッチに統治されました。
またゼタには11世紀前半にはヴォイスラヴリェヴィッチ家が興り、12世紀まで統治しました。
12世紀後半に入ると、王位継承をめぐる対立が見られるようになります。
その機に乗じ、シュテファン・ネマニャが1166年にラシュカ地方を統一して新たな国を建国。
やがて“大ジュパン”と呼ばれるシュテファン・ネマニャの王国の誕生です。
この国は、時にはビザンツ帝国に援助を受け、時には帝国に反抗し、“大ジュパン”を名乗ります。
シュテファン・ネマニャは、彼の国家を東と南に拡大することで増大します。
そして、新たに沿岸地方およびゼタ地域を併合します。
“大ジュパン”は修道院の建設に熱心に取り組みます。
彼の寄進による修道院は、下記があります。
・ジュルジェヴィ・ストゥポヴィ修道院
・ラシュカ地方のステュデニツァ修道院
・アトス山のヒランダル修道院
シュテファン・ネマニャの建国したネマニッチ王朝はセルビアに黄金時代を齎すことになります。
そして14世紀中葉、皇帝ステファン・ウロシュ4世ドゥシャンの統治下で頂点に達します。
しかし、最終的には1499年、ゼタの陥落を以て、オスマン帝国の版図に組み込まれます。
オスマン帝国の支配下で一定の自治が認められますが、これがこの地域の風雲の序章となります。

多くの民族や宗教が通り過ぎて行ったこの地には様々な文化や歴史、宗教が共存する社会が残っていました。

<観光の見どころ>
 
ベオグラード: 
セルビア共和国の首都で、古代からさまざまな民族や宗教が往来する土地であったため、多種多様な時代の史跡や宗教関連施設が共存しています。
 ・共和国広場
 ・国立博物館
 ・リュビツァ妃の屋敷
 ・カレメグダン公園
 ・聖サヴァ教会
 ・空爆通り(クネズ・ミロシュ道り


ノヴィ・サド: 
ボイボディナ自治州の州都ノヴィ・サドは、セルビア第二の都市でもあります。
ノヴィ・サドとは『新しい入植地』を意味し、その名の通り、人種の坩堝です。
セルビア人は7割5分ほどで、ほかにマジャル(ハンガリー)人、スロバキア人、クロアチア人ほかが暮らしています。街は1848年革命の際に広範囲にわたり破壊されたため、現在みられる建築物は、19世紀以降のものがほとんどです。
18世紀から19世紀にかけて、独自の国家を持たなかったセルビア人にとって政治や経済、文化の拠点となったノヴィ・サドの街は『セルビア人のアテネ』と呼ばれるようになりました。
帰属がはっきりしないという不安な状況にも関らず、開き直って自慢するノヴィ・サド気質が覗われます。
 ・ペトロヴァラディン要塞
 ・時計塔
 ・カトリック大聖堂


ザエチャル(ザィエチャル): 
ザエチャル(ザィエチャル)はセルビア東部の都市で、ブルガリアとの国境付近に位置しています。
オスマン朝の支配下になった15世紀から発展し、現在も当時のオスマン朝支配下の史跡をみることができます。
街の郊外には、ローマ帝国の四分統治時代、ここで隠居した正帝ガレリウスの宮殿を中心に世界文化遺産に登録された、ガムジグラード・ロムリアーナ、ガレリウスの宮殿があります。首都から片道2〜3時間。道中の風景もお楽しみ下さい。




モデルプラン(手配旅行です)
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<01日目>08月05日(土)以降の毎週(土)
■行程: 東京⇒ローマ/フィウミチーノ空港⇒アテネ
・・手続: 搭乗手続〜安全検査/出国
※移動: アリタリア航空で空路、ローマ/フィウミチーノ空港へ。
 AZ−785 成田空港    13:15⇒ローマ     19:00
・・手続: 入国〜受託荷物引取〜通関〜次便乗換手続〜安全検査
※移動: アリタリア航空で空路、アテネへ。
 AZ−722 ローマ     21:50⇒アテネ     00:45翌
・・手続: 受託荷物引取を済ませ、出口へ。
*送迎: 契約タクシーまたは専用車で空港からホテルへ。
*宿泊: パン・ホテル/ホテル・エレクトラ・パレス(スタンダード部屋)または同等
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<02日目>08月06日(日)以降の毎週(日)
■行程: ⇒アテネ→カランバカ→メテオラ→カランバカ→テッサロニキ
*朝食: ホテル
*送迎: 契約タクシーまたは専用車でホテルからアテネ・ラリッサ駅へ。
*移動: 直通列車でアテネ・ラリッサ駅からカランバカ駅へ。
 DES884 アテネ     08:27→カランバカ   13:18
*送迎: 契約タクシーまたは専用車でカランバカ駅からメテオラへ。
*観光: メテオラの修道院を観光します。
・・備考: 下記の修道院から二つを訪れ、観光します。
*昼食: ローカル・レストラン
*送迎: 契約タクシーまたは専用車でメテオラからカランバカ駅へ。
*夕食: 町中の商店か駅で軽食を購入し、お配り致します。
*移動: 列車で PALAEOFARSALOS 経由でテッサロニキ駅へ。
 DES887 カランバカ   19:30→ PALAEOFARSALOS 20:24
 SUB-3590  PALAEOFARSALOS 20:43→テッサロニキ  22:45
*送迎: 契約タクシーまたは専用車でテッサロニキ駅からホテルへ。
*宿泊: ホテル・オリンピア・テッサロニキ(スタンダード部屋)または同等
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<03日目>08月07日(月)以降の毎週(月)
■行程: カランバカ→フロリナ→オフリッド
*朝食: 駅で軽食を購入し、お配り致します。
*送迎: 契約タクシーまたは専用車でホテルからテッサロニキ駅へ。
*移動: 直通列車でテッサロニキ駅からフロリナ駅へ。
 REG−81 テッサロニキ  07:14→フロリナ    09:47
*移動: 契約タクシーまたは専用車でフロリナ駅からギリシャ側国境へ。
>国境: ギリシャ出国→|緩衝地帯|→旧ユーゴスラビア・マケドニア共和国(FYROM)入国<
*移動: 契約タクシーまたは専用車でFYROM側国境からオフリッドへ。
*昼食: ローカル・レストラン
*観光: 午後、世界文化遺産オフリド観光
    世界遺産として登録されているオフリドを観光します。
    世界最古の湖と称されるオフリド湖周辺の美しい景観と、かつては365もの教会を持ち、
    「バルカンのエルサレム」と言われた街で、自然と歴史がみごとに調和する景観をご覧頂きます。
 ◎
聖ソフィア大聖堂: 旧市街を眼下に見下ろす丘の麓に建立された大聖堂。
  11世紀に建立され、オフリッド随一の名刹として信仰を集めたが、オスマン
  帝国の支配下、モスクに改装され、フレスコ画も塗りつぶされてしまった。
  第二次世界大戦後、再び教会としての活動は再開され、フレスコ画も復活。
 ○
聖クリメント教会: 聖クリメントは、聖キュリロスと聖メトディオスの弟子で、
  886年頃にオフリッドに布教のために来訪。30年にわたってこの地にあって、
  布教活動のかたわら、キリスト教の文化の発展に尽くした。もともとは聖母
  マリアを祀る教会であったが、聖クリメントの功績を讃え、彼の名に改名した。
 ◎
イコン博物館: 一大宗教センターとしての一面を持っていたオフリッドには、
  貴重なイコンもたくさん残されていた。オフリッドは聖クリメント教会の地続き
  の一画にイコン博物館を建て、貴重なイコンのコレクションを展示している。
  ここでは11世紀から19世紀にかけての素晴らしいイコンを見ることができる。
 ◎
サミュエル要塞: マケドニアでもっとも保存状態のよい要塞で、オフリッドの
  旧市街の丘の上にある。10世紀末から11世紀初頭、ブルガリア帝国の皇帝で、
  オフリッドに都を置いたサムエル(サミュエル)によって築城された。この要塞
  からはオフリッド湖と美しいオフリッドの旧市街を見渡すことができる。
 ○
聖ヨヴァン・カネオ教会: オフリッド湖に突き出した岬の先端に建立された教会。
  小さくてかわいらしい教会であるため、いつしかオフリッドの象徴の様な立場に
  昇格し、ここを訪れるマケドニア共和国内外からの観光客の目を楽しませている。
 ○
古典劇場: 三方を丘に囲まれたオフリッド旧市街のいちばん奥に位置する。
*夕食: ローカル・レストラン
*宿泊: パーク・レイクサイド・ホテル(スタンダード部屋)または同等
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<04日目>08月08日(火)以降の毎週(火)
■行程: オフリッド→ポグラデッツ→オフリッド
*朝食: ホテル
*観光: 終日、公共交通機関を利用して、アルバニアのポグラデッツを観光します。
 ○
ポグラデッツ POGRADEC: オフリッド湖に面した隣国アルバニアの国境の町。
  国境を越えるとすぐに国の経済力の違いがわかるかもしれません。街角の露店、
  東ヨーロッパのイメージが残る無機質な町並みやアパート、何を売っているのか
  判然としないふしぎなお店、そういった風景がまだ見られる20世紀の史跡です。
  現在、オフリッド湖周辺は、『オフリッド湖周辺の自然文化遺産』として、ユネスコの
  世界遺産暫定リストに登録されており、観光開発が進んでいるので、行くなら今!
*昼食: ローカル・レストラン
・・備考: 復路、時間が許せば古刹ナウム修道院を訪れる予定です。
*夕食: ローカル・レストラン
*宿泊: パーク・レイクサイド・ホテル(スタンダード部屋)または同等
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<05日目>08月09日(水)以降の毎週(水)
■行程: オフリッド→スコピエ
*朝食: ホテル
*移動: 契約タクシーまたは専用車でオフリッドから首都スコピエへ。
*昼食: ローカル・レストラン
*観光: 午後、スコピエを観光します。
 ◎マザーテレサ記念館: マザーテレサはスコピエ市の出身。18歳でロレト
  修道女会に入り、カルカッタに赴任することとなる。ノーベル平和賞受賞者。
 ◎
聖スパス教会: 17世紀にかつての聖堂跡地に建立。オスマン帝国治世下、
  モスクより高い異教の建物が建ったのは奇跡。現在の建物は19世紀の増築。
 ◎
ムスタファ・パシャ・モスク: スコピエにはイスラム教のモスクが幾つか
  あるが、このモスクは名刹中の名刹。かつて教会があった場所に建立された。
 ◎
マケドニア歴史博物館: オールド・バザールに建つ博物館。展示は考古学
  部門と民俗学部門に分かれ、貴重なイコンや民族衣装などが展示されている。
 ○
アレクサンドロス大王像: 実際のマケドニアの版図はどこかという問題は
  さておき、アレクサンドロス大王はマケドニア国民にとっても英雄でしょう。
 ○
ハマム: オールド・バザールには、15世紀に作られた公共浴場(ハマム)
  が残っている。15世紀当時の人々の娯楽の一端をうかがい知る事ができる。
 ○
国立劇場<外観>: ヴァルダル川ほとりに建つ。隣接するマケドニア自治
  独立闘争博物館の建物と並び、スコピエを代表する景観の一つとなっている。
 ○
カメン・モスト: ヴァルダル川にかかる、旧市街とマケドニア広場を結ぶ。
  15世紀にオスマン朝のムラト2世の命により建造。市旗にも描かれる名橋。
 ○
オールド・バザール: 旧市街にある賑やかな市場。スコピエ市民の生活に
  とって欠かせない日用雑貨や食品など、ありとあらゆるものが売られている。
 ○
ケール城塞: ヴァルダル川の北岸にそびえる丘の上に築かれた堅固な城塞。
  11世紀にスコピエの市街を守る、防衛ラインとして築城された歴史を持つ。
 ○
旧鉄道駅: 1963年に起きた大震災で壊滅的な被害を被った旧鉄道駅は、
  現在は装身具や彫刻、コイン等のコレクションを展示する博物館として活躍。
 ●
スコピエ旧市街の景観: キリスト教、イスラム教、それぞれの文化を育み、
  発展してきたスコピエ旧市街はエキゾチックな雰囲気を持つ歴史の宝庫です。
*夕食: ローカル・レストラン または ホテル
*宿泊: ホリデイイン・スコピエ(スタンダード部屋)または同等
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<06日目>08月10日(木)以降の毎週(木)
■行程: スコピエ⇒ベオグラード
*朝食: ホテル
・・自由: 午前、自由行動。
*昼食: ホテル
*送迎: 契約タクシーまたは専用車でホテルからスコピエ空港へ。
・・手続: 搭乗手続〜安全検査
※移動: セルビア航空で空路、セルビアの首都ベオグラードへ。
 JU−163 スコピエ    15:05→ベオグラード  16:15
・・手続: 受託荷物引取を済ませ、出口へ。
*送迎: 契約タクシーまたは専用車で空港からホテルへ。
*夕食: ローカル・レストラン
*宿泊: ホテル・ズラトニク(スタンダード部屋)または同等
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<07日目>08月11日(金)以降の毎週(金)
■行程: ベオグラード
*朝食: ホテル
*観光: 午前、ボイボディナ自治州の州都
ノヴィ・サドを観光します。
 ◎
ペトロヴァラディン要塞: ドナウ川東岸の丘の上に建つ要塞で、難攻不落を
  誇っていた名城も、現在では地元の芸術家たちが集まるサロンのようになって
  います。夏にはバルカン半島最大の音楽祭イグジットの会場になっています。
 ○
時計塔: ペトロヴァラディン要塞のもうひとつの目玉は、ノヴィ・サド市の
  象徴ともいえる時計塔です。この時計塔は、四方に文字盤を配し、ドナウ川を
  航行する船員たちに、遠くから時間を伝えることができたと言われています。
 ○
カトリック大聖堂: 古来ノヴィ・サドの中心は、ドナウ川の西岸の旧市街。
  この旧市街の市庁舎の向かいに、ボイボディナ自治州で随一の名刹と言われる
  カトリックの大聖堂があります。周辺は近代の重厚な建築が多いエリアです。
*昼食: ローカル・レストラン
*観光: 午後、首都ベオグラード市内を観光します。
 ○
共和国広場: ベオグラード旧市街の中央部にある広場。ミハイロ公の像や、
  国立劇場、国立博物館等に囲まれています。ミハイロ公の像は撮影スポット。
 ◎
国立博物館: 1844年に開館したセルビア最古の博物館。先史時代から
  近代に到る複雑なセルビアの歴史の遺物や、美術品の類が保管されています。
 ◎
リュビツァ妃の屋敷: 第二次セルビア蜂起の最高指導者として、オスマン
  朝からセルビアの自治権を獲得したミロシュ・オブレノヴィッチ公の屋敷で、
  ミロシュ公夫人リュビツァの名を冠しています。典型的バルカン・セルビア
  建築様式で建てられており、屋敷の内部は19世紀の装飾が施されています。
 ○
カレメグダン公園: サヴァ川とドナウ川とが合流する丘の上にある公園で、
  紀元前4世紀ごろには既に、街を守る要塞が築かれていたと言われています。
  現在の建物は殆どが18世紀以降のものです。時計塔や物見櫓もあります。
 ○
聖サヴァ教会: 東方正教系の教会として世界最大の規模を誇り、セルビア
  正教の大本山とも言うべき教会。聖サヴァとは、セルビア正教会を創立した
  シュテファン・ネマニャの子息。内部はまだ未完成で、工事が続いています。
 ●
クネズ・ミロシュ通り(空爆通り): 国会議事堂から南西方向にのびる道は
  ベオグラードの主要な大通りのひとつで、1999年にNATOによる空爆で
  破壊された建物がそのままの姿で残っていることから、空爆通りと呼ばれます。
  ・・・など
*夕食: ローカル・レストラン
*宿泊: ホテル・ズラトニク(スタンダード部屋)または同等
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<08日目>08月12日(土)以降の毎週(土)
■行程: ベオグラード⇒ローマ⇒
*朝食: ホテル
*送迎: 契約タクシーまたは専用車でホテルから空港へ。
・・手続: 搭乗手続〜安全検査
※移動: アリタリア航空で空路、ローマ/フィウミチーノ空港へ。
 AZ−591 ベオグラード  12:00⇒ローマ     13:35
・・手続: 安全検査/出国
※移動: アリタリア航空で空路、成田空港へ。
 AZ−784 ローマ     15:15⇒成田空港    10:30 翌日
・・宿泊: 機内泊
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<09日目>08月13日(日)以降の毎週(日)
■行程: ⇒成田空港
・・帰国
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※内容は予告なく変更になる場合もあります。
※この旅行は手配旅行となります。


 2017年08月05日(土)以降の毎週土曜日に出発日を設定できます。
 このコースは添乗員が同行し、お世話致します。


<最少催行人数 :1名様より催行。定員5名様>

★添乗員同行★

 ◆2017年◆
人数 旅行代金 航空券代 合計
 1名様でご参加の場合 お問い合わせください。 料金に含まれます。 お問い合わせください。
 2名様でご参加の場合 お問い合わせください。 料金に含まれます。 お問い合わせください。
 3名様でご参加の場合 お問い合わせください。 料金に含まれます。 お問い合わせください。
 4名様でご参加の場合 お問い合わせください。 料金に含まれます。 お問い合わせください。
 5名様でご参加の場合 お問い合わせください。 料金に含まれます。 お問い合わせください。
 お一人部屋追加料金 お問い合わせください。


●お申込期間:出発2週間前までにお申し込みください




●ご旅行代金には下記のものが含まれます*
 *宿泊: 下記のホテル または同等クラスのスタンダード部屋
  ・・アテネ: パン・ホテル/ホテル・エレクトラ・パレス(スタンダード部屋)または同等
  ・・テッサロニキ: ホテル・オリンピア・テッサロニキ(スタンダード部屋)または同等
  ・・オフリッド: パーク・レイクサイド・ホテル(スタンダード部屋)または同等
  ・・スコピエ: ホリデイイン・スコピエ(スタンダード部屋)または同等
  ・・ベオグラード: ホテル・ズラトニク(スタンダード部屋)または同等
 *食事: 朝食7回/昼食6回/夕食6回
 *交通: 下記の車両/船舶を利用します。
  ・・ギリシャ: 送迎/観光ともに契約タクシーまたは専用車
  ・・旧ユーゴスラビア・マケドニア共和国: 送迎/観光ともに契約タクシーまたは専用車
  ・・セルビア: 送迎/観光ともに契約タクシーまたは専用車
 *航空: 日本⇒アテネ/スコピエ⇒ベオグラード⇒日本 航空券(税・燃油代込)
 *案内: ギリシャ/旧ユーゴスラビア・マケドニア共和国/セルビア: 英語ガイド兼運転手がご案内致します。
 *観光: 入場箇所の入場料/拝観料
 *税金: 宿泊税/観光税
 *添乗: 添乗員の交通費/宿泊費/食費/観光同道経費/査証代/現地での通信費


●ご旅行代金に含まれないもの
 x 通信費: 現地でご利用になる通信費(電話/FAX/ネット)利用費用
 x 飲食代: 明記されない食事代/飲物代/お部屋のミニバーやルーム・サービス
 x 個人費: 洗濯代/ホテルや観光施設の有料サービス・施設使用料
 x 観光費: オプショナル・ツアー
 x 経由地: 経由地での諸経費
 x チップ: ガイドや運転手へのチップ/ホテルの枕銭
 x 渡航費: 旅券(パスポート)申請/更新/査証欄増補などの費用
 x 査証代: 日本以外の国籍をお持ちのお客様で、サ書言うが必要な方の査証代


●旅券(パスポート)/査証(ビザ):
 ・・旅券(パスポート):
  ・・帰国日の翌日から起算して6カ月以上の残存有効期間
  ・・未使用の査証欄が3頁

 ・・査証(ビザ): 日本国籍のお客様は、今回の旅に査証は必要ありません。
        日本以外の国籍をお持ちのお客様はご相談下さい。





 
電話でのお問合せは・・・・080−5028−6007 まで
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