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2017年04月22日(土) 成田発着
メキシコ
パレンケと周辺遺跡8日間
パレンケ遺跡/
ボナンパック&ヤシュチラン/
コマルカルコ遺跡/トニナ遺跡
ラ・ベンタ博物館公園
ここがポイント!


パレンケ/ボナンパック&ヤシュチラン/
 コマルカルコ遺跡/トニナ遺跡/ラ・ベンタ博物館公園

メキシコ、いや、メソアメリカ文明の黎明期に颯爽と歴史に登場したオルメカ文明の巨石人頭像。
ピラミッドが王陵であったという新事実で定説を覆したパレンケ遺跡。
戦いのない文明と思われてきたマヤの歴史に戦国時代があったことを示したボナンパク遺跡。
58基のまぐさ石を使って、自国が最強国であるという歴史を後世に残したヤシュチラン遺跡。
今回は、チアパス州とその周辺に点在する個性豊かな遺跡・史跡を訪れます。
パレンケ村に5泊し、歴史の記憶を辿ります。

  このコースは添乗員が同行します。
  メキシコの街を散策したり、B級グルメにトライしたり。
  メキシコの魅力をさまざまな角度からご案内してまいります。


【旅のみどころ】

パレンケ遺跡【世界文化遺産〜古代都市パレンケと国立公園】

 

 パレンケ遺跡は、マヤ文明の古代都市遺跡で、ユカタン半島の付け根に位置するチアパス州
 パレンケにあります。7世紀頃に最盛期を迎えた都城遺跡で、宮殿を中心にジャングルの中に
 建造物を配し、『マヤ遺跡の典型』と呼ばれています。
 1948年に発掘が始まり、1952年6月15日、メキシコ合衆国の考古学者アルベルト・ルスが
 『碑文の神殿』の地下室に到達し、壁面にはめ込まれていた巨大な石板を取り外したところ、
 そこに鍾乳石が垂下する洞窟のような部屋を発見しました。
 洞窟のような部屋にはマヤ文字、肖像、殉死者と目される遺体が数体安置され、生命樹を
 モチーフとしたレリーフが施された石蓋がありました。
 さらに石蓋の下からは石棺が見つかりました。被葬者は沢山装飾品に飾られ、翡翠の仮面を
 被り、7世紀にパレンケを統治していたパカル王(在位615年〜683年)であると判明しました。
 中米のピラミッドは王陵ではなく、神殿の基段だという定説を覆す発見となりました。
 1987年には、世界文化遺産に登録されました。

碑文の神殿
 パレンケにある建造物の中で最も高い建造物であり、パカル王の薨去の前後に建立されたと
 判明しています。基段部分はパカル王の陵墓となっており、王の遺体が数多の副葬品と一緒に
 発見されました。この神殿は、パカル王の嫡男のカン・バラム王に献上されたもので、壁一面に
 マヤ文字が存在、あたかも碑文に見えるため、『碑文の神殿』と呼ばれています。 最上部に
 五つの部屋の建物が建っています。

十字の神殿葉十字の神殿太陽の神殿
 これらの神殿は、碑文の神殿同様、カン・バラム王に献上された建築物群です。
 いずれの神殿にも、カン・バラム王について描かれた石板が納められています。
 ・・十字架の神殿
  宮殿と水路を隔てた反対側にある神殿でマヤ・アーチが残っています。
 ・・
太陽の神殿: 
  神殿内の壁に彫られた闘いの神の持つ太陽を象徴する盾が名の由来となっています。
 ・・
葉の十字架の神殿
  主食のとうもろこしの葉と人間の首を表現する窓が名の由来です。

パカル王の石棺
 パカル王の石棺のレリーフは、横から見ると宇宙船に乗って、操縦桿を握った宇宙飛行士の
 ように見えるために、マヤ文明と宇宙人との関連性が囁かれたり した時期もあります。
 しかし、現在では、この人物像は横たわった人物で、その上にトウモロコシを様式図案化した
 十字架の様な模様が描かれているという解釈がなされています。
 マヤ文明の建築技術や美術のレベルが高いことがわかります。

骸骨の神殿
 碑文の神殿の西にある小神殿です。神殿の柱の基部に兎の骸骨の彫刻があります。

宮殿: 
 高さ15mにも及ぶ四重塔をはじめ、水洗便所、サウナなどを備えていたことが判明して
 います。王の権威を具現化したような建物であったと思われます。

 



ボナンパック遺跡 BONAMPAK:

 

 4世紀から8世紀まで栄えたとされるマヤ文明の都市遺跡のひとつです。
 別名はボナンパクです。
 チアパス州の東部、グアテマラとの国境地帯、標高300mの地点にあります。
 シエラマドレ山脈と平行に走る二つの山脈に挟まれた幅20qほどの平坦な谷あいに築かれた
 都城です。周囲は密林に覆われ、1.5q南西にラカンハ川が流れています。
 この都城は、北北東に向かって建てられていました。
 100m四方の広場を中心に、南側に高さ数十メートルのピラミッド型の丘陵の表面に沿って、
 神殿 TEMPLO DE LAS PINTURAS が建立されています。
 広場に一基、広場と神殿との境界線に二基の石柱が確認されます。
 神殿内部は、三つの部屋に分かれ、それぞれの壁面には
 「出陣前」
 「勝利と捕虜の獲得」
 「戦勝祝の儀式」
 の壁画が描かれており、戦争をしない文明と言われたマヤも、実は戦国時代を経験していた
 という“史実”が明らかになりました。極彩色のかなり贅沢な壁画です。



ヤシュチラン遺跡YAXCHILAN:
 ウスマシンタ川の上流に位置する古典期マヤ文明の都城の遺跡です。王の容姿や顕彰と
 思われる碑文が刻まれた58個のまぐさ石が出土して、有名になりました。
 ヤシュチランという名はマヤ語で「緑の石」という意味です。実際は紋章文字の解読により、
 かつてパチャン PA'CHAN「割れた空」と呼ばれていたことが判明しています。
 碑文によると、359年に即位した、ヨアート・バラム1世が建都したとのこと。
 マヤの戦国時代には強国であったとされ、第十代の「結び目ジャガー2世」や第十一代の
 「キニチ・タトゥブ頭蓋骨2世王」の治世、隣国のボナンパックや、ペドラス・ネグラスとの戦いに
 勝利したことがわかっています。
 さらに、中部低地における二大国家であったティカル、カラクムルにも勝利して、上級貴族を
 捕虜にしました。681年に即位した大王「イツァムナーフ・バラム2世」は60年にわたって
 この地を統治し、この間、多数の建築物が建立された記録が残るものの、実は勝者による
 歴史の捏造ではなかったかと言われています。
 実は近隣の強国ピエドラス・ネグラスに朝貢していたとも、都城パレンケや都城トニナーに
 臣従していた可能性も指摘されています。いずれにしても、7世紀末から8世紀にかけての
 「イツァムナーフ・バラム2世」と嫡男「鳥ジャガー4世」時代がヤシュチランの最盛期であった
 のは確かで、ラカンハやボナンパックを衛星都市として、この地に君臨していたことは間違い
 ないと考えられています。
 808年、ピエドラス・ネグラスに勝利したという10号リンテル(まぐさ石)の記録を最後に、
 ヤシュチランは衰退へと向かって、やがて都城は放棄されました。



コマルカルコ遺跡 COMALCALCO:
 
 
 
 コマルカルコで初期に建設された建造物群は、煉瓦ではなく、土で造られました。
 土を練る際に鳥のフンや植物の蔓を混ぜて強度を増し、それで基礎を作りました。
 その上を石灰粉(貝殻をつぶしたもの)に砂を混ぜた漆喰を塗って、固めました。
 紀元後500年頃になると、土を焼いた薄手の煉瓦建材が発明されます。石灰を
 接着剤として煉瓦をつなぎ合わせ、建物の外壁を作り、その上から件の石灰製の
 漆喰を上塗りし、装飾を加えるようになりました。一般のマヤ遺跡と比べ、建材、
 装飾が特異であるため、興味深い遺跡です。遺跡は広場と丘陵とに分かれており、
 広場には1号神殿、2号神殿、双子のような3号建築二基があり、丘陵の中腹に
 6号神殿、7号神殿が並んでいます。丘陵の頂はグラン・アクロポリスと呼ばれ
 4号神殿、5号神殿、9号神殿、宮殿建築、貯水槽等多数の建物が確認できます。
 伽藍配置がパレンケと似ており、パレンケの衛星都市であった可能性があります。

博物館 MUSEO DEL SITIO COMALCALCO:
 コマルカルコ遺跡の入口前には、博物館があり、レリーフのある煉瓦片などが
 展示されています。わに、かになどの動物や、人物が煉瓦片の表面に彫られて
 います。また、人頭像や、鳥や動物の頭の像、素焼きの排水管、巨大な甕など
 マヤ遺跡の出土品としては、非常に珍しい品々が展示されています。排水管や
 甕は現在も使えるほど上等な質感があり、遺跡の特異な地域性が感じられます。

1号神殿 TEMPLE I:
 遺跡の入口を入ってすぐ左にある巨大なピラミッド建築。高さ25mで、十二
 段の層でできており、八段目と九段目の踊り場が広くなっているのが特徴です。

2号神殿 TEMPLE II:
 1号神殿の奥に、広場を挟んで双子の3号神殿群と向かい合っています。この
 2号神殿は土壇があり、神殿からは沢山の副葬品とともに甕棺が出土しました。

3号神殿群 TEMPLE III / TEMPLE III-A:
 1号神殿の奥に、広場を挟んで2号神殿と向かい合っています。二基はまるで
 双子のように隣接し、入口側には上段部分が残り、奥側には上段がありません。

広場(北の広場) PLAZA (NORTE):
 広場では宗教的な儀礼や、葬儀、祭事、神事等が行われたと考えられています。
 埋葬施設を兼ねていた可能性があり、多数の甕棺がこの広場から出土しました。

6号神殿 TEMPLE VI:
 グラン・アクロポリスのある丘の中腹にある二基の神殿のうち、入口側の建物。
 正面の龕の部分に天界の最高神イツァムナが花で囲まれた漆喰装飾があります。

7号神殿 TEMPLE VII:
 6号神殿の隣にある神殿建築で、煉瓦で組まれた神殿が厚手の漆喰で覆われて
 います。冠をかぶった横向きの人物が描かれた、みごとな漆喰装飾があります。

4号神殿 TEMPLE IV:
 グラン・アクロポリスにある3つの神殿建築のひとつ。ピラミッドの上段には
 祠堂部分が残っています。祠堂の一部が埋葬室であることが確認されています。

5号神殿 TEMPLE V:
 グラン・アクロポリスの神殿のひとつで、他の建造物と一部、基壇を共有する
 変わった建築様式で建てられており、頂上には祠堂が残り、埋葬室があります。

9号神殿 TEMPLE IX:
 グラン・アクロポリスの神殿のひとつで、基壇の部分に龕が設けられています。
 この龕は埋葬室で、装具と衣裳と冠を身につけた王の漆喰装飾が確認できます。

宮殿建築 GRUPO PALACIO:
 グラン・アクロポリスの中心に宮殿の遺構があります。宮殿は宗教センターを
 兼ねていたようで、宮殿内部の壁の下部に、祭具を納めた龕が残されています。
 宮殿建築の外側には、列柱が残り、薄手の煉瓦を積み重ねて造られた柱が規則
 正しく並んでいます。列柱に平行して、宮殿の外壁が確認できますが、外壁は
 非常に厚く造られています。一部の建物と基壇を共有する独特の建築様式です。

貯水槽 TANQUE:
 グラン・アクロポリスの中庭( PATIO HUNDIDO ) に、降った雨を生活用水の
 ために貯めておいた貯水槽が残っています。素焼きの土管が出たのもここです。

など多数の建物が確認できます。



トニナ遺跡 TONINA:
 
 
 
 1980年代に発掘される以前は、この地に強国の遺産が残されていることなど、
 誰も想像もしませんでした。発掘によって、ピラミッドや神殿建築、円形の祭壇、
 捕虜の石板、王の立像、漆喰装飾など、当時の建築技術の粋が集められた遺跡が
 現れました。建材の石や漆喰には神聖文字が刻まれており、トニナの歴史解明も
 進み、現在では、ティカルやカラクムルに匹敵する国であったと判明しています。

トニナ博物館 MUSEO DE SITIO TONINA:
 入口の石碑にはマヤの文字で、博物館設立年月日が記されています。内部には
 トニナ遺跡全体から発掘された、貴重な遺物が多数、保管・展示されています。
 ・・
トニナの復元ジオラマ ALTORRELIEVE DE ESTRUCTURA PIRAMIDEL DE TONINA:
  紀元900年頃のトニナの全盛期のアクロポリスを復元したレリーフがあり、
  在りし日の建築構造を知ることができます。宮殿や神殿の配置がわかります。
 ・・
捕虜の石板
  捕虜とは戦利品のひとつであり、捕虜の像はトニナがいかに強国であったか、
  周辺国に、その威を示す目的もあり、造られたのではないかと考えられます。
 ・・
王の立像
  トニナの王は、華麗な衣裳に身を包み、体に豪華な装身具をつけていました。
  複数の王の立像が保管されていますが、年代により、次第に小さくなります。

第一球戯場 JUEGO DE PELOTA #1:
 トニナ遺跡には二つの球戯場がありました。第一球戯場は長い方の辺が70m
 あり、二辺に観覧席が設けられていました。また小さな祭壇が五基と、生贄の
 祭壇の基壇だと思われる巨大な土壇が残されています。トニナ文化を象徴する
 石造円板は、これらの小さな祭壇に奉納されたと考えられています。球戯場は
 生贄の舞台でもあり、生贄の祭壇には球戯後、生贄が奉納されたと思われます。

第二球戯場 JUEGO DE PELOTA #2:
 球戯場は、遺跡(都市国家)が宗教センターであったという性格を示すもので、
 それが二つあることから、トニナが重要な都市国家であったことがわかります。

アクロポリス GRAN ACROPOLIS:
 アクロポリスはトニナ遺跡の主要部分で、七層の基壇を持ち、一層目の基壇は
 幅が200mを超え、最盛期の高さは75mを超える巨大な複合建築であった
 ことが判っています。トニナは周辺のマヤ遺跡の中でも有数の規模と国力とを
 持っていた、一大宗教センターであったと思われます。広大な前庭もあります。
 七層のアクロポリスは宮殿、神殿、祠堂が複雑に入り組んでいるのが特徴です。
 基壇 PLATAFORMA は自然の地形を利用し、丘の底辺部分を石組で固めています。
 トニナには前庭があり、前庭から見ると、基壇部分には階段があり、下層階と
 上層階との間の踊り場の部分はテラスになっており、小さな建築物があります。
 ・・
迷宮 LABERINTO:
  基壇二層目の階段の脇に、迷宮の3つの入口があります。中には細い通路に
  なっていて、別に迷路ではありません。通路の用途は、いまもって不明です。
 ・・
水の神殿 TEMPLO DEL AGUA:
  水の神殿の奥には、小さな祠があり、水の出る口を思わせる小さな穴があり、
  祠全体が漆喰彫刻で装飾されていた痕跡がありますが、今は判然としません。
 ・・
雷紋の神殿 PALACIO DE LAS GRECAS
  基壇三層目に進むと、雷紋の神殿が姿を現します。神殿を支える基壇部分に
  美しい雷紋の装飾が施されています。三層目には幾つかの建物跡があります。
 ・・
王の立像出土地
  基壇四層目に、博物館に保管されている王の立像が出土した場所があります。
  トニナ初期の王『ジャガー・鳥・イノシシ』の称号を持つ王だと思われます。
 ・・
宮殿 PALACIO:
  宮殿建築はいくつかの複合建築物で構成されています。玉座はテラスにあり、
  玉座の足の部分はジャガーの足で表わされています。玉座から宮殿内部へと
  続く通路があります。宮殿内部には漆喰装飾壁が残されていますが、ここの
  漆喰装飾は、極彩色の絵です。宮殿から数多くの漆喰装飾が出土しましたが、
  小さなものは博物館、大きなものは覆屋の中に残されていて、見学できます。
 ・・
神殿 TEMPLO:
  七層の基壇を登りきるとアクロポリスの頂上、神殿建築があります。神殿は
  『虜囚の神殿』神殿の壁に並んで座らされている捕虜が四人刻まれています。
  ほかに『地の怪獣の神殿』や『煙たなびく神殿』や『四つの時代の壁画祠』
  などの貴重な神殿建築が残されています。頂上から眺める周辺の眺望は秀逸、
  トニナの全盛期には遠くからアクロポリスがよく見えたことが想像できます。



ラ・ベンタ博物館公園: PARQUE MUSEO LA VENTA:
 ラ・ベンタ遺跡はオルメカ文明の遺跡で、紀元前800年〜400年頃に栄えた文明です。
 マヤ文明に大きく影響を与えたオルメカ文明の遺跡からは、石造物が多く出土しています。
 ラ・ベンタ遺跡は1925年に発見されましたが、周辺で石油採掘が始まったため、遺跡は
 崩壊の危機を迎えます。その際、石造物は主都ビジャエルモサに移送され、1958年に
 博物館公園が開設しました。

・・
巨石人頭像: CABEZA OLMECA
 オルメカ文明の遺跡から出土することで知られる巨石人頭像は、集落と集落との境界線に
 置かれていたと考えられています。材質は玄武岩または安山岩です。
 現在確認されている巨石人頭像は、小さなもので高さ147cm、最大のものは340cmに達し、
 大きさは2〜3mに達します。顔はネグロイド系に見えます。
 ベラクルス州のサン=ロレンソ (SAN LORENZO )からは10個、見つかりました。
 サン=ロレンソの場合、遺跡北方18kmの地点トウシュトラ山塊の石切場から運ばれてきた
 石材で造られていると考えられています。
 同じくベラクルス州トレス・サポーテス(TRES ZAPOTES)で2個、コバタ(COBATA)で1個、
 そして タバスコ州ラ・ベンタ(LA VENTA)から4個出土しました。
 風貌がネグロイドに見えるのはデフォルメで、アフリカとの関連は否定されています。
 頭部には『ヘルメット』という兜のような浮き彫りが見られ、オルメカの為政者または
 宗教的な儀式による球戯における競技者のポートレートと考えられています。
 ラ・ベンタ博物館に展示されているのでラ・ベンタ遺跡は巨石人頭像の宝庫と思われています。
 実際にはラ・ベンタが栄えた時代は、巨石人頭像の衰退期にあたると考えられています。

・・オルメカ文明
 紀元前1250年頃〜紀元頃にかけ、先古典期のメソアメリカで栄えた文明です。
 紀元前2000年頃に定住型農耕村落が成立後、750年後と考えられています。
 アメリカ大陸で最古の文明と言われ、その後のメソアメリカ諸文明に影響を与え、
 『母なる文明』と言われています。オルメカとはナワトル語で『ゴムの国の人』を意味し、
 メキシコ湾岸の定住民を指していた言葉です。宝石の加工、巨大石造物の建造などの
 技術を有し、ジャガー信仰など、メソアメリカで最古の宗教を持っていたと言われています。
 巨大石造物で最も有名なものは『巨石人頭像 CABEZA OLMECA』です。


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<01日目>04月22日(土)
■行程: 成田空港⇒メキシコシティ⇒ビジャエルモサ→パレンケ
・・手続: 搭乗手続〜安全検査/出国
※移動: アエロメヒコで空路、メキシコシティへ。
 AM−057 成田空港    14:25⇒メキシコシティ 12:50
・・手続: 入国〜受託手荷物引取〜通関〜受託手荷物再登載〜安全検査
※移動: アエロメヒコで空路、ビジャエルモサへ。
 AM−419 メキシコシティ 16:15⇒ビジャエルモサ 17:45
・・手続: 受託手荷物引取を済ませ、出口へ。
*送迎: 専用車で空港からパレンケ村のホテルへ(約2時間)
*夕食: ホテル
*宿泊: AXKAN PALENQUE **** (スタンダード部屋)または同等
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<02日目>04月23日(日)
■行程: パレンケ
*朝食: ホテル
*観光: 専用車でパレンケ遺跡と周辺のみどころを観光します。
 ◎
パレンケ遺跡: 宮殿跡/碑文の神殿/十字架の葉の神殿
 〇
ミソル・ハの滝: パレンケ村近郊の幻の名漠
 〇
アグア・アスールの滝: パレンケ村近郊の幻の名漠
*昼食: お弁当 または ローカル・レストラン
*夕食: ホテル
*宿泊: AXKAN PALENQUE **** (スタンダード部屋)または同等
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<03日目>04月24日(月)
■行程: パレンケ
*朝食: ホテル
*観光: 終日、ボナンパック遺跡とヤシュチラン遺跡観光/プライベート
 ◎ボナンパック遺跡
 ◎ヤシュチラン遺跡
*昼食: ローカル・レストラン
*夕食: ホテル
*宿泊: AXKAN PALENQUE **** (スタンダード部屋)または同等
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<04日目>04月25日(火)
■行程: パレンケ
*朝食: ホテル
*観光: 終日、コマルカルコ遺跡観光/プライベート
 ◎
コマルカルコ遺跡
*昼食: お弁当 または ローカル・レストラン
*夕食: ホテル
*宿泊: AXKAN PALENQUE **** (スタンダード部屋)または同等
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<05日目>04月26日(水)
■行程: パレンケ
*朝食: ホテル
*観光: 終日、ボトニナ遺跡観光/プライベート
 ◎
トニナ遺跡
 ○
パレンケ村: 帰路、パレンケ村を少し散策します。
*昼食: お弁当 または ローカル・レストラン
*夕食: ホテル
*宿泊: AXKAN PALENQUE **** (スタンダード部屋)または同等
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<06日目>04月27日(木)
■行程: パレンケ⇒メキシコシティ⇒
*朝食: ホテル
*移動: 専用車で観光をしながらビジャエルモサ空港へ。
*観光: ビジャエルモサのラ・ベンタ博物館に立ち寄り、見学します。
 ◎
ラ・ベンタ博物館
*昼食: ローカル・レストラン
*送迎: 引き続き空港にご案内致します。
・・手続: 搭乗手続〜安全検査
※移動: アエロメヒコの国内線で空路、メキシコシティへ。
 AM−510 ビジャエルモサ 18:37⇒メキシコシティ 20:25
・・手続: 受託手荷物引取〜次便乗換手続〜安全検査
・・宿泊: 機内泊
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<07日目>04月28日(金)
■行程: ⇒メキシコシティ⇒
※移動: アエロメヒコで空路、成田空港へ。
 AM−058 メキシコシティ 01:31⇒成田空港    06:20翌
・・宿泊: 機内泊(国際日付変更線通過)
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<08日目>04月29日(土)
■行程: ⇒成田空港
・帰国
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※内容は予告なく変更になる場合もあります。
※この旅行は手配旅行となります。
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 2017年04月22日(土)成田空港出発限定
 アエロメヒコ利用コース
 添乗員が同行し、お世話致します。



<最少催行人数 :1名様から。定員10名。添乗員同行>

 <添乗員同行コースのみ>
人数 現地発着代 航空券代 合計
01名様でご参加の場合 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
02名様でご参加の場合 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
03名様でご参加の場合 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
04名様でご参加の場合 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
05名様でご参加の場合 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
06名様でご参加の場合 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
07名様でご参加の場合 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
08名様でご参加の場合 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
09名様でご参加の場合 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
10名様でご参加の場合 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
 お一人部屋追加料金 お問い合わせください


●お申込期間:出発5週間前まで


●ご旅行代金には下記のものが含まれます
 *宿 泊: 下記のホテルまたは同等クラスのホテルのスタンダード部屋
  パレンケ   AXKAN PALENQUE **** (スタンダード部屋)または同等
 *交通機関:
  国際線:  成田空港⇔メキシコシティ往復
  国内線:  メキシコシティ⇔ビジャエルモサ往復
  専用車:  基本的に送迎、ボナンパックとヤシチュラン以外の観光は専用車を利用します。
 *食 事:  朝食5回/昼食5回/夕食5回
 *観 光:  観光にかかる入場・拝観料/ローカル・ガイド経費
 *税 金:  観光税/宿泊税
 *添 乗:  添乗員の諸経費(交通費・宿泊費・食費・通信費等)


●ご旅行代金に含まれないもの
 x 航空券とは別に徴収される燃油サーチャージ、空港諸税、入出国経費等
 x 通信費: 現地でご利用になる電話/FAX/ネットなどのの通信費
 x 飲食費: 明記されないお食事/お飲物/ルームサービス/ミニバー
 x 個人費: 洗濯代/お土産代/ホテルや観光地の有料サービス利用費
 x チップ: 運転手/ガイド/ホテルの枕銭
 x その他: 経由地でかかる諸経費/オプショナルツアーなど


●旅券(パスポート)/査証(ビザ):
 ・・旅券(パスポート):  帰国日から起算して6カ月以上の残存有効期間が必要です。
 ・・査証(ビザ):  日本国籍のお客様の場合、査証は不要です。
         日本以外の国籍をお持ちのお客様はご相談下さい。





電話でのお問合せは・・・・080−5028−6007 まで
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