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2020年08月01日(土)以降の毎週(土)出発可能
知られざる西アフリカ
シエラレオネ
ティワイ民俗&自然探訪9日間
成田空港発着
エチオピア航空/アジスアベバ&アクラ経由

ここがポイント!


★西アフリカの知られざる国々シリーズ★


 シエラレオネ 9日間の旅
   ティワイ島民俗&自然探訪つき


 西アフリカの国々。日本人にはなじみの薄い国々ですが、それでもマリ、ガーナ、
 セネガル等、日本人が旅行者として訪れる国々はいくつかあります。
 その西アフリカの中で、一般の旅行者がなかなか行こうと思いつかない国々があります。
 今回はそうした国々の中で、シエラレオネを訪れます。
 有名な観光地は少ないけれども、行く先々で人々の暮らしと歴史を垣間見ます。
 また、コビトカバの生息地として知られるティワイ島で野生の王国を満喫します。


シエラレオネ
 1462年(日本は寛正3年。後花園天皇の御代。室町幕府第八代将軍・足利義政の治世)に
 ポルトガルの航海士のペドロ・ダ・シントラにより『ライオンの山』と命名されたフリータウン
 半島はやがて英国の支配下に置かれました。
 1579年(日本は天正7年。正親町天皇の御代。征夷大将軍は足利義昭。織田信長の時代)に
 英国の奴隷商人ドレイクの来訪から、1772年(日本は明和9年〜安永元年。後桃園天皇の御代。
 江戸幕府第十代将軍・徳川家治の治世)に奴隷制度が廃止されるまでは、バンス島を拠点と
 した奴隷貿易が行われました。  
 1787年(日本は天明7年。光格天皇の御代。江戸幕府第十一代将軍・徳川家斉の治世))に
 奴隷貿易廃止運動の志士グランビル・シャープ率いる第一次シエラレオネ入植を皮切りに、
 ノバスコシアからの解放奴隷船団や、ジャマイカからの元逃亡奴隷を乗せた船が次々と
 シエラレオネに来訪して、いまのシエラレオネ国の基礎が作られました。
 1808年(日本は文化5年。光格天皇の御代。江戸幕府第十一代将軍・徳川家斉の治世)〜
 1960年(昭和35年)の英国植民地時代を経て、1961年(昭和36年)に独立。
 その後不幸な内乱で、国土は疲弊し、経済も低迷しましたが、2002年(平成14年)には
 内戦が終結します。その後、エボラ出血熱騒動により一時観光不可能な状態が続きましたが、
 現在は観光を産業のひとつと位置付け、リゾートや観光地の整備もすすんできています。
 動乱時には訪問が困難だった地域にも観光客向けのホテル等が建設中です。

タクガマ・チンパンジー保護区: 
 タクガマ・チンパンジー保護区は、内戦時代に棲み家を失ったチンパンジーたちを、
 保護しています。

バンス島の奴隷貿易時代の史跡: 
 1663年(日本は寛文2〜3年。後西天皇〜霊元天皇の御代。江戸幕府第四代将軍・
 徳川家綱の治世)にイギリスが貿易の中継地としてバンス島に目を付け、要塞を築き、
 入植を開始しました。1670年(寛文10年)にはイギリスの西アフリカ穀倉海岸における
 最大の貿易拠点となりました。1702年(日本は元禄15年。東山天皇の御代。江戸幕府
 第五代将軍・徳川綱吉の治世。赤穂浪士の討入の起った年)にはフランスにより、島の
 要塞が落城。その後、要塞は再建されますが、オランダやポルトガルに占領され、また
 イギリスが奪還するという、攻防の歴史が残されています。
 1719年(享保4年。中御門天皇の御代。江戸幕府第八代将軍・徳川吉宗の治世)には、
 フランス軍に、活動拠点であるヨーク島を攻撃されていたイギリス王立アフリカ会社が
 バンス島に活動拠点を移転します。しかし1728年(享保13年)に今度はポルトガルが
 バンス島の要塞を攻撃し破壊、王立アフリカ会社は撤退を余儀なくされます。
 1750年(寛延3年。桃園天皇の御代。江戸幕府第九代将軍・徳川家重の治世)になると
 王立アフリカ会社が利用した要塞は、グランド・サージェント・オズワルド社が引き継ぎ、
 直ちに奴隷貿易の主要積出港として機能し始めます。内陸部や、西アフリカ各地から
 運ばれてき奴隷たちは、主にアメリカ合衆国や、カリブ海の西インド諸島の小アンティル
 諸島へと送られてゆきました。アメリカ合衆国のサウスカロライナ州に住む、ガラ人を
 ルーツとするアフリカ系住民は、このバンス島から送られてきたと考えています。

バナナ諸島: 
 フリータウン半島の南東の沖合いに浮かぶ島々、それがバナナ諸島です。ダブリン島、
 リケット島という二つの主島と、その他の島々からなる諸島です。ダブリン島の北の
 はずれにはダブリン村があり、1881年(日本は明治14年)に建立された教会の遺構が
 ありますが、かつては奴隷収容所として機能していました。ダブリン周辺にはイギリス
 植民地時代の大砲、奴隷貿易関連史跡があり、村はずれにはビーチもあります。
 
 
 <フリータウン市内写真: (左)コットン・ツリー/(右)マルーン教会>

  
 <左: フリータウン半島のビーチ/右: フリータウン俯瞰>

 
 <フリータウン郊外写真: (左)解放奴隷の屋敷/(右)タクガマのチンパンジー>

 
 <フリータウン半島写真: (左)バンス島/(右)バナナ島の民家>

 
 <(左)ある日の食事/(右)路上のバー>


ティワイ島: 
 
 1800年代の後期、未亡人であったバリの女王ニャロが、モア川の対岸、ティワイ島の背後に
 居住していたコヤの首長に恋をして、ニャロ女王は、コヤの首長と結婚することになりました。
 ニャロ女王は、引出物としてティワイ島の半分をコヤの首長に譲渡しました。
 以来、バリとコヤの首長による分割統治下に置かれるようになったと伝えられています。
 アッパー・ギニア=コンゴ熱帯雨林の一部をなすティワイ島は、生態学的に非常に重要な
 野生生物の保護区です。
 1979年(日本では昭和54年)に霊長類研究の第一人者であったジョン・オーツがティワイ島に
 研究所を設立しました。
 現在ではエコツーリズムの可能性を秘めた場所として注目されています。
 わずか12平方キロメートルのティワイ島は野生生物の宝庫であり、11種の霊長類、135種以上の
 鳥類、多種多様な蝶、627種以上の植物が確認されています。その中でも特筆すべき動物は、
 コビトカバです。コビトカバは20世紀にその存在が確認されるまでは、単なるカバの奇形種と
 信じられていたと言われています。
 竹藪が目につきますが、竹藪の周辺はかつての居住地の遺跡です。竹は昔は住居の建材として
 重宝されていました。

 川の船着場からキャンプ場を通り、調査棟まで続く遊歩道があり、探勝を楽しむことができます。

 ティワイ島には手入れの行き届いたキャンプ場があります。
 ビジターセンターは住民や訪問者に開放されており、住民、島の管理人、研究者、旅行者等らと
 情報交換をすることもできます。
 設備には、マットレスと清潔なシーツを備えた天蓋つきのテント、共同宿泊棟、共同バスルームと
 シャワー設備が供えられています。
 また、食堂、冷たい飲み物が販売されているバーと厨房があり、軽食、ドライフード、ドリンクを販売
 しています。
 訪問者は自分の生鮮食品を持参する必要があります。
 おみやげも販売され、地元で生産された工芸品、主に織物が名物です。その収益は地域経済を
 支えています。
 エコツーリズムモデルに従って、島の管理は主に、八つの自治会の長と、環境NGOの間で共同で
 行われてます。
 観光産業は、島の生命線となっています。

 ティワイ島とその周辺の八つの自治体では、観光業のほか、コーラ・ナッツの農業も行っています。
 コーラ・ナッツとは、熱帯アフリカやサヘルを中心に、嗜好品として珍重された木の実です。元来、
 コーラ・ナッツは実を少しずつ噛んで、清涼剤としてその苦みを嗜むものですが、19世紀の末期に
 誕生した清涼飲料水『コーラ』の原料としても使われていました。現在、殆どの『コーラ』を名乗る
 清涼飲料水には、コーラ・ナッツが使われることはなくなりました。しかし、シエラレオネの財団である
 『カルマ・コーラ』が製造するコーラ飲料には古式にのっとり、コーラ・ナッツが使用されています。、
 今回、コーラナッツの清涼飲料水を製造するカルマ・コーラ財団が推進する地域開発プロジェクトの
 ヘリテージ・トレイルを訪問し、地域の産業や地域住民の生活を垣間見るプランにご案内します。
 もちろん、コビトカバ探索を含む、ティワイ島の自然探訪のチャンスもあります。
 


復路のアクラ、アジスアベバでは離団が可能です。お問い合わせ下さい!

■添乗員つきの手配旅行です。全行程、添乗員が同行し、お世話致します。

●復路、経由地のアクラとアジスアベバで途中降機が可能です。お問合せ下さい。

★店長のシエラレオネの思い出はこちら


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モデルプラン(手配旅行です)
新型コロナウイルス収束後、スケジュールが変更になった場合は改訂コースを発表します。
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<01日目>2020年08月01日(土)以降の毎週(土)
■行程: 成田空港⇒
・・手続: 搭乗手続〜安全検査/出国
※移動: エチオピア航空で空路、ソウル/インチョン空港経由、アジスアベバへ。
 ET−673 成田空港    21:10⇒インチョン空港 23:50
 ET−673 インチョン空港 24:50⇒アジスアベバ  07:20翌日
・・宿泊: 機内泊
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<02日目>08月02日(日)以降の毎週(日)
■行程: ⇒アジスアベバ⇒フリータウン/ルンギ空港〜アバディーン埠頭→フリータウン
・・手続: 安全検査
※移動: エチオピア航空で空路、ガーナの首都アクラへ。
 ET−921 アジスアベバ  08:40⇒アクラ     11:20
・・手続: 入国〜受託荷物引取〜通関〜次便乗換手続〜安全検査/出国
※移動: エチオピア航空とアスキー航空のコードシェア便で空路、シエラレオネの
     フリータウン/ルンギ空港へ。
 ET1042 アクラ     14:00⇒ルンギ空港   16:20
・・手続: 入国〜受託荷物〜通関を済ませ、出口へ。
*移動: 水上タクシーでルンギ空港からフリータウン/アバディーン埠頭へ。
*送迎: 専用車でアバディーン埠頭からホテルへ。
*夕食: ホテル
*宿泊: ザ・カントリー・ロッジ・コンプレックス(スーペリア部屋) または同等
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<03日目>08月03日(月)以降の毎週(月)
■行程: フリータウン
*朝食: ホテル
*観光: 午前、奴隷貿易関連史跡の残るバンス島を観光します。
 ◎
バンス島 BUNCE ISLAND:
  フリータウン近郊、ロケ川の河口に浮かぶ
  米国のコリン・パウエル元国務長官もバンス島を訪れ、自分のルーツを感じるとの
  コメントを残しました。バンス島には奴隷貿易の時代の城塞、奴隷房などの遺跡や、
  入植者たちの墓地が残されています。ボートを利用するので、船上からの風景も
  お楽しみ頂けます。
*昼食: お弁当 または ローカル・レストラン
*観光: 午後、タクガマ・チンパンジー保護区見学とフリータウンのミニ観光
 ◎
タクガマ・チンパンジー保護区 TACUGAMA CHIMPANZEE SANCTUARY:
  タクガマ・チンパンジー保護区は、内戦時代に棲み家を失ったチンパンジーたちを、
  保護しています。1995年(平成7年)に設立。脱走事件で有名になったブルーノは、
  ここで保護されていました。それぞれのグループの生活圏は巨大な網で覆われ、
  観光客はその網を通して、チンパンジーの姿を見ることができます。午前10時30分、
  午後4時から、観光客の見学時間帯が設けられています。
 ●
クリオ・ビレッジ KRIO VILLAGE:
  タクガマ・チンパンジー保護区の近くには、解放奴隷によって作られた集落があり、
  現在も古色蒼然とした木造家屋が点在しています。現在のフリータウンに最初の
  解放奴隷が入植したのは、18世紀後期の1787年(日本は天明7年。光格天皇の御代。
  江戸幕府第十一代将軍・徳川家斉の治世)で、カナダのノヴァスコシアや、カリブの
  ジャマイカから来た人が多かったそうです。築100年ぐらいの家屋もあるとか・・・
 ○
展望台 VIEW POINT of FREETOWN: 
  タクガマ・チンパンジー保護区は高台にあり、道中、フリータウンの市街地が見渡せる
  箇所を通ります。古くは西アフリカ最大の都市であった市街を俯瞰できます。
 ○聖ジョージ大聖堂 ST. GEORGE'S CATHEDRAL:
  1817年着工ー1828年竣工の、フリータウン最大にして荘厳な大聖堂です。
 ○
鉄道博物館 RAILWAY MUSEUM:
  シエラレオネには1974年まで鉄道が活躍していました。現在、鉄道博物館では、
  蒸気機関車、ディーゼル機関車など、かつての雄姿を見ることができます。
 ○
国立博物館 NATIONAL MUSEUM:
  解放奴隷が長い航海を終えてフリータウンに上陸してから現在までの歴史や、
  シエラレオネの諸民族の民俗に関する資料が展示されています。
 ○
聖ジョーンズ・マルーン ST. JOHN'S MAROON CHURCH:
  1820年(日本は文政3年。仁孝天皇の御代。江戸幕府第十一代将軍・徳川家斉の
  治世)に建立されたフリータウン最古の教会です。国指定の史跡でもあります。
 ○
マーテロー塔 MARTELLO TOWER (フリータウンの真田丸?):
  1805年(日本は文化2年。光格天皇の御代。江戸幕府第十一代将軍・徳川家斉の
  治世)に港をテムネ族から守るために築城された、防御のための出城
 ○
コットン・ツリー COTTON TREE:
  樹齢500年。万里の波濤を越え、フリータウンに上陸した解放奴隷が、一休みした
  といわれる、シエラレオネの建国神話の舞台です。撮影は、ガイドに聞いてから!
 ○
ソーントーン要塞 FORT THORNTON:
  1792年(日本は寛政4年。光格天皇の御代。江戸幕府第十一代将軍・徳川家斉の
  治世)に着工し、13年かけて完成した稜堡式要塞です。
*夕食: ホテル
*宿泊: ザ・カントリー・ロッジ・コンプレックス(スーペリア部屋) または同等
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<04日目>08月04日(火)以降の毎週(火)
■行程: フリータウン→ボー→カンバマ〜ティワイ島
*朝食: ホテル
★旅行: 2泊3日のティワイ島探勝ツアー|1日目|
 西アフリカを代表する熱帯雨林の一つであるティワイ島を訪問します。
 静かに流れるモア川の゛川中島”であるティワイ島は、野生生物探勝の基地として
 人気上昇中です。本土のカンバマからティワイ島へはボートに乗ってアクセスします。
♪出迎: 08:00ホテルのロビーにてピックアップ。
♪移動: 専用車でフリータウンからボーを経由し、ボマへ。
♪昼食: 道中、ボーの街にてお弁当 または ローカル食堂での昼食
♪見学: ティワイ自然保護区を取り巻く八つの自治体は遊歩道で結ばれています。
    自治体を管理するメンデ Mende の人々の文化、歴史、自然との共存について
    学びます。今回、八つの自治体のうち、二つを見学します。自治体は、コーラの
    原料のコーラ・ナッツを栽培しており、カルマ・コーラ社がそのコーラ・ナッツを
    仕入れています。コーラ・ナッツと地域住民との関わりや、村の産業について
    自治体の人に質問することもできます。メンデのライフスタイルも垣間見ます。

♪夕食: キャンプ場(同行のコックが作るキャンプ食をおたのしみください。
♪散策: 天候が許せば、ナイト・ウォーキングにご案内します。
♪宿泊: キャンプ場
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<05日目>08月05日(水)以降の毎週(水)
■行程: ティワイ島〜カンバマ→ニアニアフン→カンバマ〜ティワイ島
♪朝食: キャンプ場
♪見学: ボマからナイアニアフンまで、遊歩道を1時間半ほど歩きます。自治体の
    人々と交流し、彼らのライフスタイルを学びます。石の集合体のようにも
    見える史跡の一つ Koto-wule-hun なるものが見られるかもしれません。
♪昼食: お弁当 または キャンプ食
♪観光: 午後、滝のひとつを見に行きます。その後、カンバマを経由してキャンプへ。
♪夕食: キャンプ場
♪散策: 天候が許せば、ナイト・ウォーキングにご案内します。
♪宿泊: キャンプ場
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<06日目>08月06日(木)以降の毎週(木)
■行程: ティワイ島〜カンバマ→ボー→フリータウン
♪朝食: キャンプ場
♪探勝: 午前、地元のガイドの先導で、ティワイ島に渡り、熱帯雨林ウォーキング。
    樹幹に暮らす11種類の霊長類、熱帯雨林を棲み処にする135種類の鳥類と、
    800種類におよぶ蝶を探索。更に、マングース、野生の豚、コビトカバ等の
    哺乳類をそれぞれの足跡を辿って探索します。危険な生き物はいません。
    多種多様な植物もまた、熱帯雨林の中で生き生きと存在を示しています。
・・出発: キャンプ場を出発。
♪渡河: ティワイ島から本土のカンバマへ、ボートで渡ります。
♪移動: 専用車でカンバマからボーを経由して、フリータウンへ。
♪昼食: 道中、ボーの街にてお弁当 または ローカル食堂での昼食。
・・到着: 夕方、フリータウンのお泊りのホテルにてドロップオフ
*夕食: ホテル
*宿泊: ザ・カントリー・ロッジ・コンプレックス(スーペリア部屋) または同等
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<07日目>08月07日(金)以降の毎週(金)
■行程: フリータウン
*朝食: ホテル
*観光: 終日 バナナ島
 ◎バナナ諸島 BANANA ISLANDS:
  フリータウン半島の埠頭から小舟に乗り、バナナ諸島にある二つの主島のうち、
  ダブリン島を訪れ、上陸します。ダブリン島では奴隷貿易関連史跡(教会跡など)、
  入植者の遺跡、島民の家などをご覧頂きます。天候と時間が許せば、美しい砂浜で
  海水浴もお楽しみ頂けると思います。車窓からフリータウン半島の景観もお楽しみ
  頂けます。※
水着、タオル、ビーチサンダルをご用意下さい
 ※フリータウン半島の様々な景観の例
  ・・美しい砂浜のある
リバー・ナンバー・ツー・ビーチ RIVER NUMBER TWO BEACH
  ・・小さな漁船やバナナ諸島への渡し舟が停泊する
ケント村 KENT VILLAGE
*昼食: ダブリン島の食堂
*夕食: ホテル
*宿泊: ザ・カントリー・ロッジ・コンプレックス(スーペリア部屋) または同等
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<08日目>08月08日(土)以降の毎週(土)
■行程: フリータウン→アバディーン埠頭〜フリータウン/ルンギ空港⇒アクラ
    ⇒アジスアベバ⇒
*送迎: 専用車でアバディーン埠頭へ。
*移動: 水上タクシーでアバディーン埠頭からルンギ空港へ。
・・手続: 搭乗手続〜安全検査/出国
※移動: エチオピア航空とアスキー航空のコードシェア便で空路、アクラへ。
 ET−023 ルンギ空港   07:40⇒アクラ     10:00
・・手続: 入国〜受託荷物引取〜通関〜次便乗換手続〜安全検査/出国
※移動: エチオピア航空で空路、アジスアベバへ。
 ET1061 アクラ     12:20⇒アジスアベバ  21:00
・・手続: 安全検査
※移動: エチオピア航空で空路、ソウル/インチョン空港経由成田空港へ。
 ET−672 アジスアベバ  22:35⇒インチョン空港 16:15 翌日
・・宿泊: 機内泊
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<09日目>08月09日(日)以降の毎週(日)
 ET−672 インチョン空港 17:25⇒成田空港    20:15
・・帰国
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※内容は予告なく変更になる場合もあります。
※この旅行は手配旅行となります。
 

 2020年08月01日(土)以降の毎週(土)成田空港を出発可能
 エチオピア航空利用予定
 添乗員が同行し、お世話致します。



<最少催行人数 :1名から催行。添乗付きのみ>

人数 ご旅行代金 航空券代 合計
01名様でご参加の場合 お問い合わせ下さい 旅行代金に含まれます お問い合わせ下さい
02名様でご参加の場合 お問い合わせ下さい 旅行代金に含まれます お問い合わせ下さい
03名様でご参加の場合 お問い合わせ下さい 旅行代金に含まれます お問い合わせ下さい
04名様でご参加の場合 お問い合わせ下さい 旅行代金に含まれます お問い合わせ下さい
05名様でご参加の場合 お問い合わせ下さい 旅行代金に含まれます お問い合わせ下さい
06名様でご参加の場合 お問い合わせ下さい 旅行代金に含まれます お問い合わせ下さい
  お一人部屋追加料金 お問い合わせ下さい

●お申込期間:出発1か月前まで



●ご旅行代金には下記のものが含まれます*
 *宿泊: 下記のホテル または同等クラスのスタンダード部屋
  ・・フリータウン: ザ・カントリー・ロッジ・コンプレックス(スーペリア部屋) または同等
  ・・ティワイ島周辺: ボマ・キャンプ場 または 周辺のキャンプサイト

 *食事: 朝食5回/昼食5回/夕食6回
 *交通: 下記の車両/船舶を利用します。
   ・・シエラレオネ: 送迎/観光ともに混載車(燃料代込)
    船舶: 水上タクシー空港送迎/バンス島観光のボート/バナナ島観光の渡し舟
 *航空: 日本⇒シエラレオネ⇒日本 航空券(税・燃油代込)
 *案内: シエラレオネでは英語ガイド兼運転手がご案内致します。
 *観光: 入場箇所の入場料/拝観料
 *税金: 宿泊税/観光税
 *添乗: 添乗員の交通費/宿泊費/食費/観光同道経費/査証代/現地での通信費


●ご旅行代金に含まれないもの
 x 通信費: 現地でご利用になる通信費(電話/FAX/ネット)利用費用
 x 飲食代: 明記されない食事代/飲物代/お部屋のミニバーやルーム・サービス
 x 個人費: 洗濯代/ホテルや観光施設の有料サービス・施設使用料
 x 観光費: オプショナル・ツアー
 x 経由地: 経由地での諸経費
 x チップ: ガイドや運転手へのチップ/ホテルの枕銭
 x 渡航費: 旅券(パスポート)申請/更新/査証欄増補などの費用
 x 査証代: シエラレオネ査証代金/ガーナ査証代金


●旅券(パスポート)/査証(ビザ):
 ・・旅券(パスポート):
   ・帰国日の翌日から起算して6カ月以上の残存有効期間
   ・未使用の査証欄が左ページから連続2頁(見開き1頁)x3カ国分

 ・・査証(ビザ): シエラレオネ/ガーナの観光査証が必要です。

 【シエラレオネ】 日本で申請し、空港到着時に取得します。
  <必要書類>
   @上記の条件を満たす旅券
   A実費US$180.00/申請手数料10,800円

 【ガーナ】
  <必要書類>
   @パスポート: 査証申請時に6カ月以上の残存有効期間と、見開き1頁の未使用査証欄
   A証明写真: 縦4.5cmx横3.5cm 1枚 カラー 正面上半身・無帽・背景は無地
   B申請書: 1枚。ダウンロードが必要。署名欄にパスポートと同じサイン
   C個人履歴用紙: 1枚。必要事項は英文で記入すること。
   D渡航目的と訪問予定地を説明した英文のレター 1枚
   E往復航空券のコピー 1枚
   F黄熱予防接種証明書
   G実費11,000円+代行手数料10,800円





電話でのお問合せは 080−5028−6007 まで

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・・・店長のシエラレオネの思い出・・・

1993年の12月15日。ギニアのコナクリーからの乗り合いタクシーで、陸路国境を越え、フリータウンにたどり着いたのは翌日の早朝。当時シエラレオネは夜間外出禁止令が発令されていて、夜9時から朝の6時までは車で移動することもできませんでした。フリータウンについて真っ先に向かったのは、ロンリープラネットにも載っていた古びた木造の宿シティホテルでした。そこのおじいさんが昔日本の漁船で働いていたということで、記憶を辿りながら、日本語でいろいろ話しかけてくれたのは驚き。思えば、シエラレオネで日本語を話すなんてまず普通では考えられないですよね。これが第一の驚き。
第二の驚きは、コットンツリーの周りを歩き回っていたとき、憲兵に検挙されたことです。通常アフリカでこういう状況に陥ると、賄賂をせびりまくられるのがオチですが、憲兵たちは「政府関係の建物の周りをうろついてるとスパイと間違えられるよ!」とか、日本のことをいろいろ聞かれたり、アフリカ放浪の旅を顛末を聞かれたり、シエラレオネの国内ではどこそこが危ないから行ってはいけないとか、どこの店のぶっ掛けご飯はおいしいとか、両替をするならレートのいい銀行を教えてあげる、今晩サッカーの試合があるので一緒に観戦しようとか・・・・・いままでのアフリカの官憲のイメージが崩れ去ってしまうような、不思議で暖かい時間を過ごしました。一銭もせびられるわけでもなく、おみやげを要求されるわけでもなく、仲良くなった1人の憲兵が市内の案内役まで買って出てくれました。
あれから不幸な内乱の業火にたたきこまれたシエラレオネであの親切な人たちがどうなったか知る由もありませんが、もし今回ご縁があって皆様とご一緒にフリータウンに行くことができたら、あの気のいい親切な友達の消息を聞いてみたいと思います。


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