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2020年08月02日(日)以降の毎週(日)出発可能
知られざる西アフリカ
たった6日でシエラレオネ歴史探訪
羽田空港発着
エミレーツ航空/ドバイ&アクラ経由

ここがポイント!


★西アフリカの知られざる国々シリーズ★


 エクスプレス・シリーズ
   たった6日でシエラレオネ歴史探訪


 西アフリカの国々。日本人にはなじみの薄い国々ですが、それでもマリ、ガーナ、
 セネガル等、日本人が旅行者として訪れる国々はいくつかあります。
 その西アフリカの中で、一般の旅行者がなかなか行こうと思いつかない国々があります。
 今回はそうした国々の中で、シエラレオネを訪れます。
 有名な観光地は少ないけれども、行く先々で人々の暮らしと歴史を垣間見ます。
 今回はたった6日でシエラレオネのフリータウン半島の史跡めぐりをします。


シエラレオネ
 1462年(日本は寛正3年。後花園天皇の御代。室町幕府第八代将軍・足利義政の治世)に
 ポルトガルの航海士のペドロ・ダ・シントラにより『ライオンの山』と命名されたフリータウン
 半島はやがて英国の支配下に置かれました。
 1579年(日本は天正7年。正親町天皇の御代。征夷大将軍は足利義昭。織田信長の時代)に
 英国の奴隷商人ドレイクの来訪から、1772年(日本は明和9年〜安永元年。後桃園天皇の御代。
 江戸幕府第十代将軍・徳川家治の治世)に奴隷制度が廃止されるまでは、バンス島を拠点と
 した奴隷貿易が行われました。  
 1787年(日本は天明7年。光格天皇の御代。江戸幕府第十一代将軍・徳川家斉の治世))に
 奴隷貿易廃止運動の志士グランビル・シャープ率いる第一次シエラレオネ入植を皮切りに、
 ノバスコシアからの解放奴隷船団や、ジャマイカからの元逃亡奴隷を乗せた船が次々と
 シエラレオネに来訪して、いまのシエラレオネ国の基礎が作られました。
 1808年(日本は文化5年。光格天皇の御代。江戸幕府第十一代将軍・徳川家斉の治世)〜
 1960年(昭和35年)の英国植民地時代を経て、1961年(昭和36年)に独立。
 その後不幸な内乱で、国土は疲弊し、経済も低迷しましたが、2002年(平成14年)には
 内戦が終結します。その後、エボラ出血熱騒動により一時観光不可能な状態が続きましたが、
 現在は観光を産業のひとつと位置付け、リゾートや観光地の整備もすすんできています。
 動乱時には訪問が困難だった地域にも観光客向けのホテル等が建設中です。

タクガマ・チンパンジー保護区: 
 タクガマ・チンパンジー保護区は、内戦時代に棲み家を失ったチンパンジーたちを、
 保護しています。

バンス島の奴隷貿易時代の史跡: 
 1663年(日本は寛文2〜3年。後西天皇〜霊元天皇の御代。江戸幕府第四代将軍・
 徳川家綱の治世)にイギリスが貿易の中継地としてバンス島に目を付け、要塞を築き、
 入植を開始しました。1670年(寛文10年)にはイギリスの西アフリカ穀倉海岸における
 最大の貿易拠点となりました。1702年(日本は元禄15年。東山天皇の御代。江戸幕府
 第五代将軍・徳川綱吉の治世。赤穂浪士の討入の起った年)にはフランスにより、島の
 要塞が落城。その後、要塞は再建されますが、オランダやポルトガルに占領され、また
 イギリスが奪還するという、攻防の歴史が残されています。
 1719年(享保4年。中御門天皇の御代。江戸幕府第八代将軍・徳川吉宗の治世)には、
 フランス軍に、活動拠点であるヨーク島を攻撃されていたイギリス王立アフリカ会社が
 バンス島に活動拠点を移転します。しかし1728年(享保13年)に今度はポルトガルが
 バンス島の要塞を攻撃し破壊、王立アフリカ会社は撤退を余儀なくされます。
 1750年(寛延3年。桃園天皇の御代。江戸幕府第九代将軍・徳川家重の治世)になると
 王立アフリカ会社が利用した要塞は、グランド・サージェント・オズワルド社が引き継ぎ、
 直ちに奴隷貿易の主要積出港として機能し始めます。内陸部や、西アフリカ各地から
 運ばれてき奴隷たちは、主にアメリカ合衆国や、カリブ海の西インド諸島の小アンティル
 諸島へと送られてゆきました。アメリカ合衆国のサウスカロライナ州に住む、ガラ人を
 ルーツとするアフリカ系住民は、このバンス島から送られてきたと考えています。

バナナ諸島: 
 フリータウン半島の南東の沖合いに浮かぶ島々、それがバナナ諸島です。ダブリン島、
 リケット島という二つの主島と、その他の島々からなる諸島です。ダブリン島の北の
 はずれにはダブリン村があり、1881年(日本は明治14年)に建立された教会の遺構が
 ありますが、かつては奴隷収容所として機能していました。ダブリン周辺にはイギリス
 植民地時代の大砲、奴隷貿易関連史跡があり、村はずれにはビーチもあります。
 
 
 <フリータウン市内写真: (左)コットン・ツリー/(右)マルーン教会>

  
 <左: フリータウン半島のビーチ/右: フリータウン俯瞰>

 
 <フリータウン郊外写真: (左)解放奴隷の屋敷/(右)タクガマのチンパンジー>

 
 <フリータウン半島写真: (左)バンス島/(右)バナナ島の民家>

 
 <(左)ある日の食事/(右)路上のバー>

 


復路のアクラ、アジスアベバでは離団が可能です。お問い合わせ下さい!

■添乗員つきの手配旅行です。全行程、添乗員が同行し、お世話致します。

●復路、経由地のアクラとドバイで途中降機が可能です。お問合せ下さい。

★店長のシエラレオネの思い出はこちら


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モデルプラン(手配旅行です)
新型コロナウイルス収束後、スケジュールが変更になった場合は改訂コースを発表します。
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<01日目>2020年08月02日(日)以降の毎週(日)
■行程: 羽田空港⇒ドバイ⇒アクラ⇒フリータウン/ルンギ空港〜アバディーン埠頭
     →フリータウン
・・手続: 搭乗手続〜安全検査/出国
※移動: エミレーツ航空で空路、ドバイへ。
 EK−313 羽田空港    00:05⇒ドバイ     05:50
・・手続: 安全検査
※移動: エミレーツ航空で空路、ガーナの首都アクラへ。
 EK−787 ドバイ     07:30⇒アクラ     11:35
・・手続: 入国〜受託荷物引取〜通関〜次便乗換手続〜安全検査/出国
※移動: アスキー航空で空路、シエラレオネのフリータウン/ルンギ空港へ。
 KP−022 アクラ     14:00⇒ルンギ空港   16:20
・・手続: 入国〜受託荷物〜通関を済ませ、出口へ。
*移動: 水上タクシーでルンギ空港からフリータウン/アバディーン埠頭へ。
*送迎: 専用車でアバディーン埠頭からホテルへ。
*夕食: ホテル
*宿泊: ザ・カントリー・ロッジ・コンプレックス(スーペリア部屋) または同等
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<02日目>08月03日(月)以降の毎週(月)
■行程: フリータウン
*朝食: ホテル
*観光: 午前、奴隷貿易関連史跡の残るバンス島を観光します。
 ◎
バンス島 BUNCE ISLAND:
  フリータウン近郊、ロケ川の河口に浮かぶ
  米国のコリン・パウエル元国務長官もバンス島を訪れ、自分のルーツを感じるとの
  コメントを残しました。バンス島には奴隷貿易の時代の城塞、奴隷房などの遺跡や、
  入植者たちの墓地が残されています。ボートを利用するので、船上からの風景も
  お楽しみ頂けます。
*昼食: お弁当 または ローカル・レストラン
*観光: 午後、タクガマ・チンパンジー保護区見学とフリータウンのミニ観光
 ◎
タクガマ・チンパンジー保護区 TACUGAMA CHIMPANZEE SANCTUARY:
  タクガマ・チンパンジー保護区は、内戦時代に棲み家を失ったチンパンジーたちを、
  保護しています。1995年(平成7年)に設立。脱走事件で有名になったブルーノは、
  ここで保護されていました。それぞれのグループの生活圏は巨大な網で覆われ、
  観光客はその網を通して、チンパンジーの姿を見ることができます。午前10時30分、
  午後4時から、観光客の見学時間帯が設けられています。
 ●
クリオ・ビレッジ KRIO VILLAGE:
  タクガマ・チンパンジー保護区の近くには、解放奴隷によって作られた集落があり、
  現在も古色蒼然とした木造家屋が点在しています。現在のフリータウンに最初の
  解放奴隷が入植したのは、18世紀後期の1787年(日本は天明7年。光格天皇の御代。
  江戸幕府第十一代将軍・徳川家斉の治世)で、カナダのノヴァスコシアや、カリブの
  ジャマイカから来た人が多かったそうです。築100年ぐらいの家屋もあるとか・・・
*夕食: ホテル
*宿泊: ザ・カントリー・ロッジ・コンプレックス(スーペリア部屋) または同等
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<03日目>08月04日(火)以降の毎週(火)
■行程: フリータウン
*朝食: ホテル
*観光: 午前、フリータウン市内観光
 ○
展望台 VIEW POINT of FREETOWN: 
  タクガマ・チンパンジー保護区は高台にあり、道中、フリータウンの市街地が見渡せる
  箇所を通ります。古くは西アフリカ最大の都市であった市街を俯瞰できます。
 ○聖ジョージ大聖堂 ST. GEORGE'S CATHEDRAL:
  1817年着工ー1828年竣工の、フリータウン最大にして荘厳な大聖堂です。
 ○
鉄道博物館 RAILWAY MUSEUM:
  シエラレオネには1974年まで鉄道が活躍していました。現在、鉄道博物館では、
  蒸気機関車、ディーゼル機関車など、かつての雄姿を見ることができます。
 ○
国立博物館 NATIONAL MUSEUM:
  解放奴隷が長い航海を終えてフリータウンに上陸してから現在までの歴史や、
  シエラレオネの諸民族の民俗に関する資料が展示されています。
 ○
聖ジョーンズ・マルーン ST. JOHN'S MAROON CHURCH:
  1820年(日本は文政3年。仁孝天皇の御代。江戸幕府第十一代将軍・徳川家斉の
  治世)に建立されたフリータウン最古の教会です。国指定の史跡でもあります。
 ○
マーテロー塔 MARTELLO TOWER (フリータウンの真田丸?):
  1805年(日本は文化2年。光格天皇の御代。江戸幕府第十一代将軍・徳川家斉の
  治世)に港をテムネ族から守るために築城された、防御のための出城
 ○
コットン・ツリー COTTON TREE:
  樹齢500年。万里の波濤を越え、フリータウンに上陸した解放奴隷が、一休みした
  といわれる、シエラレオネの建国神話の舞台です。撮影は、ガイドに聞いてから!
 ○
ソーントーン要塞 FORT THORNTON:
  1792年(日本は寛政4年。光格天皇の御代。江戸幕府第十一代将軍・徳川家斉の
  治世)に着工し、13年かけて完成した稜堡式要塞です。
*昼食: ローカル・レストラン
*行楽: 午後はフリータウン半島のビーチにご案内します。
*夕食: ホテル
*宿泊: ザ・カントリー・ロッジ・コンプレックス(スーペリア部屋) または同等
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<04日目>08月05日(水)以降の毎週(水)
■行程: フリータウン
*朝食: ホテル
*観光: 終日 バナナ島
 ◎バナナ諸島 BANANA ISLANDS:
  フリータウン半島の埠頭から小舟に乗り、バナナ諸島にある二つの主島のうち、
  ダブリン島を訪れ、上陸します。ダブリン島では奴隷貿易関連史跡(教会跡など)、
  入植者の遺跡、島民の家などをご覧頂きます。天候と時間が許せば、美しい砂浜で
  海水浴もお楽しみ頂けると思います。車窓からフリータウン半島の景観もお楽しみ
  頂けます。※
水着、タオル、ビーチサンダルをご用意下さい
 ※フリータウン半島の様々な景観の例
  ・・美しい砂浜のある
リバー・ナンバー・ツー・ビーチ RIVER NUMBER TWO BEACH
  ・・小さな漁船やバナナ諸島への渡し舟が停泊する
ケント村 KENT VILLAGE
*昼食: ダブリン島の食堂
*夕食: ホテル
*宿泊: ザ・カントリー・ロッジ・コンプレックス(スーペリア部屋) または同等
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<05日目>08月06日(木)以降の毎週(木)
■行程: フリータウン→アバディーン埠頭〜フリータウン/ルンギ空港⇒アクラ
    ⇒アジスアベバ⇒
*朝食: ホテル
*送迎: 専用車でアバディーン埠頭へ。
*移動: 水上タクシーでアバディーン埠頭からルンギ空港へ。
・・手続: 搭乗手続〜安全検査/出国
*昼食: 空港のスナック
※移動: アフリカ・ワールド航空で空路、アクラへ。
 AW−324 ルンギ空港   14:00⇒アクラ     16:30
・・手続: 入国〜受託荷物引取〜通関〜次便乗換手続〜安全検査/出国
※移動: エミレーツ航空で空路、ドバイへ。
 EK−788 アクラ     17:50⇒ドバイ     05:50 翌日
・・宿泊: 機内泊
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<06日目>08月07日(金)以降の毎週(金)
■行程: 
・・手続: 安全検査
※移動: エミレーツ航空で空路、羽田空港へ。
 EK−312 ドバイ     07:40⇒羽田空港    22:35
・・帰国
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※内容は予告なく変更になる場合もあります。
※この旅行は手配旅行となります。
 

 2020年08月02日(日)以降の毎週(日)羽田空港を出発可能
 エミレーツ航空利用予定
 添乗員が同行し、お世話致します。



<最少催行人数 :1名から催行。添乗付きのみ>

人数 ご旅行代金 航空券代 合計
01名様でご参加の場合 お問い合わせ下さい 旅行代金に含まれます お問い合わせ下さい
02名様でご参加の場合 お問い合わせ下さい 旅行代金に含まれます お問い合わせ下さい
03名様でご参加の場合 お問い合わせ下さい 旅行代金に含まれます お問い合わせ下さい
04名様でご参加の場合 お問い合わせ下さい 旅行代金に含まれます お問い合わせ下さい
05名様でご参加の場合 お問い合わせ下さい 旅行代金に含まれます お問い合わせ下さい
06名様でご参加の場合 お問い合わせ下さい 旅行代金に含まれます お問い合わせ下さい
  お一人部屋追加料金 お問い合わせ下さい

●お申込期間:出発1か月前まで



●ご旅行代金には下記のものが含まれます*
 *宿泊: 下記のホテル または同等クラスのスタンダード部屋
  ・・フリータウン: ザ・カントリー・ロッジ・コンプレックス(スーペリア部屋) または同等
  ・・ティワイ島周辺: ボマ・キャンプ場 または 周辺のキャンプサイト

 *食事: 朝食4回/昼食4回/夕食4回
 *交通: 下記の車両/船舶を利用します。
   ・・シエラレオネ: 送迎/観光ともに混載車(燃料代込)
    船舶: 水上タクシー空港送迎/バンス島観光のボート/バナナ島観光の渡し舟
 *航空: 日本⇒シエラレオネ⇒日本 航空券(税・燃油代込)
 *案内: シエラレオネでは英語ガイド兼運転手がご案内致します。
 *観光: 入場箇所の入場料/拝観料
 *税金: 宿泊税/観光税
 *添乗: 添乗員の交通費/宿泊費/食費/観光同道経費/査証代/現地での通信費


●ご旅行代金に含まれないもの
 x 通信費: 現地でご利用になる通信費(電話/FAX/ネット)利用費用
 x 飲食代: 明記されない食事代/飲物代/お部屋のミニバーやルーム・サービス
 x 個人費: 洗濯代/ホテルや観光施設の有料サービス・施設使用料
 x 観光費: オプショナル・ツアー
 x 経由地: 経由地での諸経費
 x チップ: ガイドや運転手へのチップ/ホテルの枕銭
 x 渡航費: 旅券(パスポート)申請/更新/査証欄増補などの費用
 x 査証代: シエラレオネ査証代金/ガーナ査証代金


●旅券(パスポート)/査証(ビザ):
 ・・旅券(パスポート):
   ・帰国日の翌日から起算して6カ月以上の残存有効期間
   ・未使用の査証欄が左ページから連続2頁(見開き1頁)x3カ国分

 ・・査証(ビザ): シエラレオネ/ガーナの観光査証が必要です。

 【シエラレオネ】 日本で申請し、空港到着時に取得します。
  <必要書類>
   @上記の条件を満たす旅券
   A実費US$180.00/申請手数料10,800円

 【ガーナ】
  <必要書類>
   @パスポート: 査証申請時に6カ月以上の残存有効期間と、見開き1頁の未使用査証欄
   A証明写真: 縦4.5cmx横3.5cm 1枚 カラー 正面上半身・無帽・背景は無地
   B申請書: 1枚。ダウンロードが必要。署名欄にパスポートと同じサイン
   C個人履歴用紙: 1枚。必要事項は英文で記入すること。
   D渡航目的と訪問予定地を説明した英文のレター 1枚
   E往復航空券のコピー 1枚
   F黄熱予防接種証明書
   G実費11,000円+代行手数料10,800円





電話でのお問合せは 080−5028−6007 まで

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・・・店長のシエラレオネの思い出・・・

1993年の12月15日。ギニアのコナクリーからの乗り合いタクシーで、陸路国境を越え、フリータウンにたどり着いたのは翌日の早朝。当時シエラレオネは夜間外出禁止令が発令されていて、夜9時から朝の6時までは車で移動することもできませんでした。フリータウンについて真っ先に向かったのは、ロンリープラネットにも載っていた古びた木造の宿シティホテルでした。そこのおじいさんが昔日本の漁船で働いていたということで、記憶を辿りながら、日本語でいろいろ話しかけてくれたのは驚き。思えば、シエラレオネで日本語を話すなんてまず普通では考えられないですよね。これが第一の驚き。
第二の驚きは、コットンツリーの周りを歩き回っていたとき、憲兵に検挙されたことです。通常アフリカでこういう状況に陥ると、賄賂をせびりまくられるのがオチですが、憲兵たちは「政府関係の建物の周りをうろついてるとスパイと間違えられるよ!」とか、日本のことをいろいろ聞かれたり、アフリカ放浪の旅を顛末を聞かれたり、シエラレオネの国内ではどこそこが危ないから行ってはいけないとか、どこの店のぶっ掛けご飯はおいしいとか、両替をするならレートのいい銀行を教えてあげる、今晩サッカーの試合があるので一緒に観戦しようとか・・・・・いままでのアフリカの官憲のイメージが崩れ去ってしまうような、不思議で暖かい時間を過ごしました。一銭もせびられるわけでもなく、おみやげを要求されるわけでもなく、仲良くなった1人の憲兵が市内の案内役まで買って出てくれました。
あれから不幸な内乱の業火にたたきこまれたシエラレオネであの親切な人たちがどうなったか知る由もありませんが、もし今回ご縁があって皆様とご一緒にフリータウンに行くことができたら、あの気のいい親切な友達の消息を聞いてみたいと思います。


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