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2017年04月29日出発まで!

2017年インド洋徹底観光シリーズ
スリランカ
文化三角地帯徹底観光と
聖山スリーパーダ登頂 9日間

仏教聖地ミヒンタレー/世界文化遺産アヌラーダプラ/
世界文化遺産シーギリヤ/世界文化遺産ポロンナルワ
世界文化遺産ダンブッラ/世界文化遺産キャンディ
仏教・ヒンドゥー教・キリスト教の聖山スリーパーダ

タイ航空利用

ここがポイント!


 スリランカの文化三角地帯完全制覇
   
+  古都キャンディの仏歯寺拝観
     +  聖山スリーパーダ登頂



 文化三角地帯とは、スリランカ中央部、アヌラーダプラ、ポロンナルワそして
 シーギリヤを頂点とする三角形の内側に多数の遺跡群、史跡群があることから
 名付けられました。そのほかにスリランカ仏教発祥地といわれるミヒンタレー、
 巨大な一枚岩を掘って建立した石窟寺院のあるダンブッラを含め、五つの重要
 遺跡・史跡があります。七件の世界遺産の内、実に四件が文化三角地帯および
 その周辺に点在しています。
   ◎聖地アヌラーダプラ
   ◎古代都市ポロンナルワ
   ◎古代都市シーギリヤ
   ◎ダンブッラの黄金寺院
 この地に残された数多くの王宮施設や仏教遺産はいずれもスリランカに栄えた
 仏教都市の遺産で、今も参拝者が熱心に祈りを捧げる現役の聖地でもあります。
 今回の旅では、四大世界文化遺産に加え、ミヒンタレーを含めた文化三角地帯
 完全制覇の行程を組んであります。スリランカ仏教の真髄とも言われる仏歯寺
 拝観のため、古都キャンディにも立ち寄ります。仏教の国スリランカの信仰の
 世界と、歴史を目撃してきた貴重な遺跡・史跡をじっくりと、ごらん頂きます。



≪観光のみどころ≫ 

ミヒンタレー MIHINTALE:
 ミヒンタレーは、スリランカに初めて仏教が伝えられたと言われる聖地です。
 密林深くに忘れ去られていた遺跡が1934年に発掘されて以来、同国随一の
 聖地となり、現在、多くの巡礼者が訪れる霊場となりました。ミヒンタレーの
 歴史は紀元前247年の6月の満月の日から始まったとされています。この日、
 アヌラーダプラ王デーワーナンピヤ・ティッサは、この地に鹿狩りのため訪れ
 ます。ミヒンタレーの山の神デーウァは、仏教の布教のためにミヒンタレーに
 来て、逗留していたインドの仏教王アショーカ(阿育)王の息子のマヒンダを
 デーワーナンピヤ・ティッサに会わせるため、鹿に変身し、デーワーナンピヤ・
 ティッサをマヒンダのもとへと誘います。鹿を追いかけてミヒンタレーにいた
 マヒンダと出会ったデーワーナンピヤ・ティッサは、マヒンダと問答を行って、
 仏教に帰依しました。家臣や民も相次いで仏教に帰依し、七日間で8500人、
 仏教に帰依して、やがて仏教はスリランカの全土に広がったと言われています。
 王は仏教に帰依したことを喜び、マヒンダに68の石窟と僧院を奉納しました。
 現在、ミヒンタレーは、マヒンダにちなんで名付けられたと考えられています。
 
 
ミヒンタレー考古学博物館 MIHINTALE ARCHAEOLOGICAL MUSEUM:
  ミヒンタレーの遺跡群から出土した遺物や、デーワーナンピヤ・ティッサと
  マヒンダの出会いの場面、病院跡から出土した手術道具が展示されています。
 
 
病院跡 The RUIN of HOSPITAL / HOSPITAL RUINS:
  ミヒンタレーには古代の病院の遺跡があります。手術も行われていたことが
  わかっており、ミヒンタレー考古学博物館には手術道具が展示されています。
 
 
カンタカ・チェーティヤ KANTHAKA CETIYA:
  階段になった参道を登り、最初の踊り場の右側の高台に建てられている仏塔。
  周囲が130m、高さは12mで、紀元前60年頃に建立されたと言われて
  います。創建当時は30m以上あったと考えられています。この仏塔にある
  ムーンストーン(入口の階段の上り口にある半円形か円形の装飾された石板)、
  柱、ガードストーン(日本の金剛力士のように寺院建築、主に仏塔の入口に
  建つ装飾石板)にはすぐれた彫刻が施されています。ガードストーンは東に
  ゾウ、南にウシ、西にウマ、北にライオンが、彫られているのがわかります。
  カンタカ・チェーティヤの奥の巨岩には68基のアタセタ石窟院があります。
 
 
アタセタ石窟院 ATASETA CAVE:
  デーワーナンピヤ・ティッサがマヒンダに奉納した68の石窟院だと言われ、
  カンタカ・チェーティヤの奥にある巨岩に、68の石窟がうがたれています。
 
 
シンハ・ポクナ (シンハ=ライオン/ポクナ=沐浴場) SINHA POKUNA:
  アタセタ石窟院から参道を下ったところに位置する沐浴場です。ライオンが
  後ろ足で立ち上がった姿の石像 RAMPANT LION があることで知られています。
 
 
食堂跡 MONK'S REFECTORY:
  食堂(じきどう)とは、僧侶が食事をとっていた場所です。食堂の跡地には
  大きな石櫃があり、ここにご飯やカリー等を盛っていたと考えられています。
 
 
僧坊跡 MONK'S RELIC HOUSE:
  僧坊(そうぼう)とは、僧侶が寝起きをしていた場所です。ここには僧侶の
  生活する上での僧院の規則について記された、二つの石板が残されています。
 
 
会堂跡 THE ASSEMBLY HALL:
  仏教における会堂(かいどう)とは、僧侶が集会をしたり、会議を持ったり
  するためのホールで、中央の壇に長老が座し、会議の議長を務めていました。
 
 
ナーガ・ポクナ (ナーガ=蛇/ポクナ=沐浴場) NAGA POKUNA:
  頂上に向かう、二つの石段の参道の間に位置する沐浴場です。この沐浴場は
  壁面には5つの頭を持つコブラの彫刻があり、水盤の下部まで続いています。
 
 
アムバスターレ大塔 AMBASTHALE DAGOBA:
  ミヒンタレーで最も重要な史跡のひとつで、デーワーナンピヤ・ティッサが
  マヒンダと出会った場所に建立された白亜の仏塔(ダーガバ)です。大塔の
  場所にマヒンダが立ち、脇の像のある場所にデーワーナンピヤ・ティッサが
  立って問答をしたと言われています。ここから先は聖地で、履物を脱ぎます。
  アムバスタレーとはマンゴーの木のことで、マヒンダと王の問答に使われた
  マンゴーの木が大塔の内部に祀られています。大塔の周辺には石の柱が並び、
  かつてアムバスターレ大塔が、覆屋の中に納められていことがうかがえます。
  大塔の西側にも、インビテーション・ロックと呼ばれる重要史跡があります。
 
 
インビテーション・ロック INVITATION ROCK:
  アムバスターレ大塔の西側には、デーワーナンピヤ・ティッサ王が山の神の
  化身である鹿に導かれて来たときに、マヒンダが瞑想していた岩のことです。
 
 
マハー・サーヤ大塔 MAHA SEYA DAGOBA:
  頂上に建立されたミヒンタレー最大の仏塔です。釈尊の髪が祀られています。
  塔の東側にはこの地にて遷化したマヒンダの墓 MAHINDA'S TOMB があります。



アヌラーダプラ ANURADHAPURA: 世界文化遺産 聖地アヌラーダプラ
 アヌラーダプラは、スリランカ最古の都が置かれた場所で、その歴史は今から
 2500年以上昔に遡ります。マヒンダによって仏教はミヒンタレーに齎され、
 最初の都であるアヌラーダプラで仏教文化が開花し、その後スリランカ全土へ
 広まり、更に現在のバングラデシュ(一部)やミャンマー、タイ、カンボジア、
 ラオスへと広まってゆきました。小乗仏教と言われる上座部仏教系の仏教です。
 アヌラーダプラ繁栄の時代、既に高度な水利システムを有しており、上下水道、
 灌漑施設等はいまだに現役の水利施設として利用されています。繁栄を極めた
 アヌラーダプラですが、南インドから侵攻する勢力との戦いの繰り返しの末に、
 約1400年間の歴史に幕を閉じます。しかし、この地に花開いた仏教文化は
 決して滅びることはなく、今でもスリランカ屈指の聖地として巡拝者が絶えず
 訪れて祈りを捧げています。アヌラーダプラの仏教建築の数々をご覧頂きます。

 
イスルムニヤ精舎 ISURUMUNIYA VIHARA:
  ティッサ湖の畔に建立された寺院で通称はロック・テンプルです。その名の
  通り、巨岩をくりぬいて築かれた寺院。紀元前3世紀に建てられた僧院跡を
  改装して造られた寺院で、伽藍には巨岩をくりぬいた窟院のほか、白い仏塔、
  涅槃仏を安置する本堂、寺院から発掘された寺宝を保管する宝物殿、ほかで
  構成されています。涅槃仏と本堂の極彩色の彩色は浅草寺の援助によるもの。
  デーワーナンピヤ・ティッサ王が僧院を建立したのは、仏教の保護が目的で、
  窟院には黎明期のスリランカ仏教の教義を垣間見ることができます。ゾウ像、
  火神アグニ(二面二臂で七枚の舌を持っているとされる)像、豊穣と雨の神
  パルジャニヤ像があります。アグニとパルジャニヤはヒンドゥー教の神です。
  宝物殿には王宮庭園から発掘された『恋人の像 The LOVERS 』と『王族の像
  The ROYAL FAMILY』が保管されています。遺跡地区の南端に位置しています。
 
 
王宮庭園 ROYAL PLEASURE GARDENS:
  イスルムニヤ精舎の北方、同じくティッサ湖 TISSA WEWA の畔にある遺跡で、
  『恋人の像 The LOVERS 』と『王族の像The ROYAL FAMILY』が出土しました。
 
 
スリー・マハー菩提樹 SRI MAHA BODHI TREE:
  紀元前3世紀、アショーカ王の息女サンガミッタ王女が、釈尊が悟りの聖地
  ブッダガヤの菩提樹の分け木をこの地に運び、デーワーナンピヤ・ティッサ
  王がここに植樹したもので、樹齢2000年を超える、スリランカ菩提樹の
  始祖とも呼べる霊木です。いまなお巡礼者たちがこの菩提樹を訪れ、祈りを
  捧げる姿を見ることができます。菩提樹の正面には拝殿が設けられています。
 
 
黄銅宮殿 LOHA PRASADA:
  スリー・マハー菩提樹の一ブロック北に位置する遺跡で、40列x40基の
  列柱があります。紀元前2世紀にドゥッタガーマニー王が建てた僧院の跡で、
  創建当時は黄金色の屋根が葺かれていた壮麗な建物だったと言われています。
  ローハ・プラサーダとは『黄銅の宮殿』という意味です。この列柱の周辺の
  参道には古色蒼然とした石畳が敷かれており、参拝者はその上を歩きました。
 
 
ルワンウェリ・サーヤ大塔 RUWANWELI SEYA DAGOBA:
  遠くからでも姿を見ることができる白亜の大塔。アヌラーダプラを象徴する
  仏塔です。現在の高さは55mですが、建立当時は110mの高さを誇って
  いたと言われています。紀元前2世紀、ドゥッタガーマニー王が着工。彼の
  死後、建立を引き継いだサッダーティッサ王子により、完成しました。塔を
  守るようにゾウ像が並び、山門右手にはドゥッタガーマニー王像があります。
  この大塔の建築様式は日本語で水泡型と呼びます。ドゥッタガーマニー王は
  完成を待たず死去しましたが、サッダーティッサ王子は危篤に陥った父王に
  完成した塔を見せようと、竹と布とで一夜にして塔を出現させました。強敵
  南インドとの戦いで、サッダーティッサ王子は初陣を志願しますが、父王は
  それを許さず、王子は父王を深く恨みますが、それは王子を危険にさらさぬ
  ようにという父王の慈愛によるもので、王子は深く感謝をしたとのことです。

 
トゥーパーラーマ仏塔 THUPARAMA DAGOBA:
  デーワーナンピヤ・ティッサ王の治世下、建立された高さ19mの釣鐘型の
  仏塔で、アヌラーダプラ最古の仏塔のひとつと言われています。仏陀の右の
  鎖骨が納められていると言われています。白亜の仏塔の周囲には、石の柱が
  幾本か建てられています。これは、かつてトゥーパーラーマ仏塔が、覆屋で
  覆われていた名残です。仏塔は、もともとは土塔であったと言われています。

 
ラトゥナ・プラサーダ RATNA PRASADA:
  石の宮殿があった場所で、アヌラーダプラ時代末期、王家と僧侶とが争った
  確執があった史跡。仏典を無視した圧政を行う王家を見限って、僧侶たちは
  アヌラーダプラから撤退。敬虔な仏教徒はそれに怒り、宮殿を襲撃しました。
  結局、王族が謝罪して僧侶は戻りますが、その後、今度は僧侶が驕り昂ぶり、
  頽廃し、遂にはタミル勢力によって滅亡します。ガードストーンが見事です。

 
王妃の館 QUEEN'S PAVILLON (ムーンストーン・サイト MOON-STONE SITE ):
  王妃の館があった場所で、石門の石段の手前には、たいへん保存状態のよい
  ムーンストーンがあります。外側の炎環は人間界とその煩悩を表し、内側の
  動物たちはゾウが誕生を、ウマが老化を、ライオンが病を、牡牛が死を表し
  輪廻を意味しています。ちなみにポロンナルワが建都され、ヒンドゥー教が
  入った結果、死を象徴する牡牛が、ムーンストーンから外されてゆきました。
 
 
アバヤギリ大塔 ABHAYAGIRI DAGOBA:
  かつてスリランカでは大乗仏教も勢力を持っていました。アバヤギリ大塔は
  大乗仏教の総本山で、紀元前1世紀にワッタガーミニ・アバヤ王の命で建立
  されました。創建当時の高さは110mでしたが、現在でも75mの高さを
  誇るアヌラーダプラ最大の仏塔のひとつです。大塔の開基ワッタガーミニ・
  アバヤ王はタミル勢力によってアヌラーダプラを追放される際に、ジャイナ
  教の僧から屈辱的な扱いを受けたと言います。14年の隠遁生活を経て再び
  アヌラーダプラに帰還すると、ジャイナ教寺院を破壊し、アバヤギリ大塔を
  建立しました。12世紀になるとアバヤギリ大塔を中心とする大乗仏教派と、
  マハー・ヴィハーラ寺院を中心とする上座部仏教(小乗仏教)派による勢力
  争いが激化します。当時の王パラークラマ・バーフ1世が大乗仏教派を抑え、
  スリランカの仏教を上座部仏教に統一し、大乗仏教は完全に姿を消しました。

 
サマーディ仏像 SAMADHI BUDDHA STATUE:
  雨除けの屋根の下に、4世紀に建造された、瞑想する仏陀の座像があります。
  かつては背後に菩提樹があり、ブッダガヤの悟りの場面を再現していました。

 
クッタム・ポクナ KUTTAM POKUNA:
  かつてアバヤギリ大塔の傍らにあった僧院で修業していた僧たちの沐浴場で、
  沐浴後の水の入れ替えの際に、使った水は付近の水田に放水されたそうです。

 
ジェータワナ・ラーマヤ JATAVANA RAMAYA:
  3世紀にマハーセーナ王が開基となり建立された仏塔で、アバヤギリ大塔に
  よく似ています。現在の高さは70mですが、創建当時は122mの高さを
  誇っていました。1982年には9世紀頃のサンスクリット文字で書かれた
  マハーセーナ経典の金版が発見されました。サンスクリット文字で書かれた
  経典というのは非常に希少で、仏典としても、史料としてもかなり貴重です。



シーギリヤ SIGIRIYA: 世界文化遺産 古代都市シーギリヤ
 遠くからでも確認できる巨大な一枚岩。ジャングルの中に突如現れる岩山の上に
 堅固な要塞を作って住んだ王がいました。スリランカの歴史の中で語り継がれる
 狂気の王カーシャパの生涯は、神話でも伝説でもなく、史実です。459年から
 477年にかけてアヌラーダプラを統治したダートゥセーナ王には二人の王子が
 いました。庶長子のカーシャパ、次男にして嫡男のモッガラーナ。カーシャパの
 母は庶民で、モッガラーナの母は貴族でした。カーシャパは父王を幽閉、王位を
 簒奪し、モッガラーナは身の危険を感じ、インドに亡命しました。カーシャパは
 父王に資産の移譲を求めましたが、父王は灌漑用貯水池こそが資産の全てと答え、
 カーシャパは怒りにまかせ、家臣に命じて父王を殺害しました。そして彼は都を
 シーギリヤの岩峰の頂上に奠都し、7年かかって堅固な要塞で囲み、玉座を置き
 ました。カーシャパが王としてこの地に奠都してから4年後、弟モッガラーナは
 インドから帰還してカーシャパに戦いを挑み、カーシャパは敗戦後、自殺します。
 モッガラーナはシーギリヤを仏教の僧に寄進、王位を奪還してアヌラーダプラに
 都を戻しました。シーギリヤが再び歴史に登場するのは1875年(明治8年)、
 当時セイロン(現スリランカ)を統治していたイギリスが、ジャングルの中から
 王宮施設と18人の美女のフレスコ画を“発見”した時でした。狂気の王がいた
 廃墟に描かれた美しい18人のシーギリヤ・レディは世の人々を驚嘆させました。

 
シーギリヤ博物館 SIGIRIYA MUSEUM:
  シーギリヤ遺跡のジオラマや、シーギリヤ・レディのフレスコ画のレプリカ、
  出土品の数々などが展示されています。ギフトショップも併設されています。

 
考古学博物館 ARCHAEOLOGICAL MUSEUM:
  シーギリヤ博物館と城門の間にあります。こちらはガードストーンをはじめ
  仏像、陶器、装飾品等、シーギリヤで発掘された出土品が展示されています。

 
城壁 RAMPARTS:
  狂気の王カーシャパがこの地に奠都してから7年かかって築き上げた王宮を
  モッガラーナから守るために堅固な城壁を周囲に張り巡らし要塞化しました。
 
 
城門 (The GATE):
  建設当時の城門がどのようなものであったか、現在のところ判っていません。
  ただし、敵の侵入を防ぐため、城門は小さく作ってあったに違いありません。

 
蓮の水路 LOTUS CHANNEL:
  城壁の環濠にあたる水路で、水面が蓮で覆われています。かつてこの水路に
  ワニが住んでいて、水路に入った人は、二度と戻ってこなかったといいます。

 
水の庭園 WATER GARDENS:
  城門を入ると、水の庭園があります。敷地内には王の沐浴場、噴水、乾季の
  宮殿があります。高所からパイプを通して水を引くシステムになっています。

 
王の沐浴場 ROYAL BATHING POOLS:
  5世紀に、200メートルの岩山の上に、水を循環させる必要がある沐浴場
  施設が造られたのは、かなり高度な水利システムと建築技術のたまものです。
 
 
噴水 FOUNTAIN:
  5つの穴があいた円盤状の石板で、沐浴場と円盤状の石板は上下水道施設の
  一部です。乾季の宮殿の濠に高所から地下水路を通して水を引くシステムに
  なっており、水が円盤状の石板を通る際、5つの穴から水が噴き出し、噴水
  施設として機能していました。高所にある貯水槽へと水を汲み上げるときは、
  風力を利用したことが判っています。かなり高度な水利システムと言えます。

 
乾季の宮殿 DRY SEASON PALACES:
  城門を入ってすぐのところにある建造物です。乾季の宮殿には濠があります。
  この濠は貯水槽になっており、引水された水はこの濠に貯まるシステムです。
 
 
石窟寺院 CAVE VIHARA:
  岩山に近づくと、洞窟が見えてきます。この洞窟はお堂になっていて仏陀の
  像が置かれています。他にも洞窟がありますが、修道院と考えられています。
 
 
説教の岩 PREACHING ROCK:
  洞窟寺院のはす向かいに、小さな穴があけられた大きな岩があります。穴は
  建物を建てる際にレンガを取り付けて足場にしたという説と、僧が岩に登り
  説教をした際に足場にしたという説があります。名は後者を採用しています。
  ポヤ・デーの際には、これらの穴に100個のオイル・ランプが灯されます。
  説教の岩の周辺は広場になっており、防壁のような壁が、取り囲んでいます。

 
シーギリヤ・ロック シーギリヤ・ロック SIGIRIYA ROCK
  堅固な城壁に囲まれた王宮施設の中央に聳える岩山がシーギリヤ・ロックで、
  有名なシーギリヤ・レディや鏡の回廊、ライオンのテラスはここにあります。

 
シーギリヤ・レディ〜美女のフレスコ画 Frescoes of The SIGIRIYA MAIDENS:
  5世紀に描かれた極彩色のフレスコ画です。壁面に18人の美女が描かれて
  います。岩肌にカーボナイト(有機繊維)を混ぜた粘土(ターマイトン土)、
  籾殻で岩肌を塗り固め、その後石灰と砂を混ぜた粘土で中塗りをし、さらに
  はちみつを混ぜた石灰で厚めに上塗りし、その上に描かれています。絵具は
  野菜や木、葉、花の汁を材料に作った赤、黄、緑の顔料を使用していました。
  絵のモデルとなった美女のモチーフは、一説には天上に住む妖精アプサラと
  いわれています。裸形の女性は貴族、着衣の女性は腰元と考えられています。
  腰元たちが貴族の女性に仕えているとも、腰元たちがアプサラに仕えている
  とも言われています。現在は18体が確認できますが、往時は500体もの
  美女が描かれていたと考えられています。世界文化遺産の登録基準の一です。
  狂気の王は父王を殺し、弟を追放したことで、心の安寧を求めていたと言い、
  そのために天上の妖精アプサラに救いを求め、描かせたという説もあります。

 
鏡の回廊 MIRROR WALL:
  シーギリヤ・レディと並び称される、高度な技術が施されています。美女の
  フレスコ画の下に位置する回廊の壁面に、高さ3mの鏡のような光沢を持つ
  部分があります。この岩肌にレンガを芯にして漆喰が塗られ、その上に卵白、
  はちみつ、石灰を混ぜたものが上塗りされ、さらにその壁を磨きあげました。
  かつて“鏡”の反対側に壁画が描かれ、この“鏡”に映っていたといいます。

 
ライオンのテラス LION TERRACE:
  岩山の北側の広場にライオンの爪の形をした宮殿入口があります。かつては
  この入口はライオンの前脚と顔があり、咆哮するライオンの姿をしていたと
  いい、宮殿への階段を登ると、ライオンの喉に飲まれるイメージであったと
  考えられています。シーギリヤとはシンハラ語でライオンを意味するシンハ、
  喉を意味するギリヤ、即ちライオンの喉SHINHA GIRIYAに由来すると言います。

 
旧王宮 ROYAL PALACE:
  シーギリヤ・ロックの頂上にあるのが、カーシャパが築いた王宮の遺構です。
  辺鄙な場所に建てられた王宮のわりに、王宮の附属施設が充実していました。
  宮殿のほか、兵営、居住区、舞踊のための舞台、カーシャパ王専用のプール、
  いずれも廃墟と化し、まさに『夢のあと』というイメージです。天気のよい
  日には、遠くアヌラーダプラのダーガバ(仏塔)まで見渡すことができます。

 
象岩 ELEPHANT ROCK:
  シーギリヤ・ロックの北の崖上から下を見ると、象の背中のような岩があり、
  象岩=エレファント・ロックと呼ばれています。史跡ではなく、自然物です。

 
投石機 STONE THROWING:
  大きな岩の一部を削いで、その削がれた岩を、小石や土だんごで支えている
  箇所がありますが、これは投石機です。カーシャパ王は、弟モッガラーナを
  仮想敵として、シーギリヤ・ロックの要塞を築きましたが、もし敵が攻めて
  きたら、小石や土だんごに乗っかった大岩を押して下に落とし、敵に攻撃を
  仕掛けるという一種の武器でした。太平記で楠正成軍が千早城や上赤坂城で、
  また真田幸村(信繁)が大阪の陣で投石機を使って敵を苦しめた記録があり
  ますが、こちらは5世紀の仕掛けで年季が入っており、最古のゲリラ戦法と
  呼べるものですが、実際に使われることなく、シーギリヤ城は陥落しました。

 
議会 COUNCIL HALL:
  シーギリヤ・ロックの南側の階段を下りたあたりにある広場です。ここでは
  カーシャパ王が御前閣議を開いた場所といわれ、彼の玉座の痕跡があります。

 
アサナ小堂 ASANA CHAPEL:
  議会のはす向かいには、かつて、仏像を祀る小堂があったといわれています。
  小堂は現在残っていませんが、僧が瞑想をしていた場所と考えられています。

 
コブラ岩 The COBRA HOOD ROCK
  出口に近い場所に、かまくびをもたげたコブラのような岩がそびえています。
  自然物ですが、同時に史跡で、下方の岩肌には古代の壁画の痕跡があります。



ポロンナルワ POLONNARUWA: 世界文化遺産 古代都市ポロンナルワ
 ポロンナルワは10世紀から12世紀にかけ、シンハラ王朝の首都がありました。
 最盛期のポロンナルワには、遠くビルマ(ミャンマー)やシアム(タイ)からも
 僧たちが訪れたと言われています。遺跡や史跡が点在するポロンナルワ旧市街は、
 広大な人工の貯水池のほとりに築かれています。スリランカの歴史は都の建設と
 同時に整備された水利システムの歴史でもあります。灌漑用水や生活用水として
 利用するための貯水池や水路・運河の掘削が行われていました。農業国家のため
 水利システムの充実と整備は生命線でした。歴代王は水利システムの充実を図り、
 ポロンナルワ繁栄の礎を築きました。繁栄を極めたアヌラーダプラが南インドの
 チョーラ王朝によって征服されたため、シンハラ王朝は、首都をポロンナルワに
 遷都します。ヴィジャヤバーフ一世は水利システムを整備し、仏教普及に尽力し、
 その孫であるパラークラマ・バーフはパラークラマ・サムドラや多くの仏教寺院、
 仏塔を建立し、ポロンナルワを仏教都市として開発しました。彼から王位を引き
 継いだ南インドのカリンガ王朝出身のニッサンカ・マーラ王は、国内各地に王の
 頌徳碑や顕彰碑そして小国との関係を示す石碑を起草、ポロンナルワは最盛期を
 迎えます。ニッサンカ・マーラ王没後、ポロンナルワはチョーラ王朝に駆逐され、
 シンハラ王朝は更に島の中央部へと追いやられてしまいます。その後、忘れられ、
 密林の奥に埋もれてしまいましたが、1900年以降の発掘で脚光を浴びました。

 
パラークラマ・サムドラ PARAKRAMA SAMUDRA:
  人造湖で、ポロンナルワの生活と文化をを支えた水利システムのひとつです。
  ポロンナルワの王宮や、大伽藍(クワドラングル)はこの湖の畔にあります。

 
ポトグル・ヴィハーラ POTGUL VIHARA:
  ヤシの葉でできた仏典が納められていた図書館で4基の仏塔が目印。入口に
  円形の場所がありますが、ここは仏典などの朗唱の場所であったと言います。

 
謎の人物像 または 伝説の人物像
   STATUE OF UNKNOWN MAN /or/ The SAGA:
  旧10スリランカ・ルピー札に印刷されていた、髭をたくわえた人物像です。
  白い岩に浮き彫りにされており、手にヤシの葉でできた仏典を持っています。
  この像のモデルに関しては古くから諸説あり、パラークラマ・バーフ1世か、
  哲学者プラスティか、はたまたインドの宗教活動家アジャスタヤか、様々な
  説が唱えられています。、いまだにモデルが誰だったのか、確定していません。

 
城壁 ANCIENT WALL:
  ポロンナルワの旧市街は、堅固な城壁に覆われており、王宮施設や大伽藍は
  城壁の内側にありました。現在、城壁の遺構は、一部で見ることができます。

 
ポロンナルワ博物館 POLONNARUWA MUSEUM:
  ポロンナルワの遺跡群、史跡で発掘された出土品や、遺跡の復元模型などが
  展示されています。遺跡地図や簡単な資料があるので、貰うとよいでしょう。

 
旧王宮 The ROYAL PALACE:
  パラークラマ・バーフ1世の宮殿跡です。建物はレンガ造りで、現在は3階
  部分まで残っていますが、当時は7階建ての建物であったといわれています。
  壁の厚さは3mもあり、現在残る36本の柱は天井を支えていたといいます。
  かつてこの宮殿には、大小あわせて50も部屋があったと考えられています。
  王宮の附属施設として確認されている遺跡・史跡は、下記のものがあります。

  ・・ 
会堂 COUNCIL CHAMBER:
  林立する石柱に閣僚たちの名が刻まれています。席次はライオンが刻まれた
  玉座、玉座から右へ皇太子→将軍→首相→閣僚→大蔵大臣→書記と続きます。
  首相の正面が知事で、後の席に貴族や豪商が着座していた事が判っています。
  会堂は、旧王宮母屋の北東に位置しており、石段を登ったところにあります。

  ・・ 
集会場 AUDIENCE HALL:
  パラークラマ・バーフ1世が使用していた集会場の遺跡と考えられています。
  基壇のゾウの彫刻は、ひとつひとつ異なる姿をしているので見てみましょう。

  ・・ 
クマラ・ポクナ KUMARA POKUNA:
  ニッサンカ・マーラ王の沐浴場で、ワニの口の形をした水の樋口が造形的に
  すぐれているため、有名になりました。旧王宮南東、城壁の外側にあります。
 
 
第一シヴァ・デーワーラヤ SIVA DEVALAYA No.1:
  13世紀、ポロンナルワ時代の末期に建立された、ヒンドゥー教の寺院です。
  仏教文化の中心であったポロンナルワに、ヒンドゥー教の寺院があることが
  不思議ですが、当時の王妃の一人がヒンドゥー教徒であったからとも、13
  世紀に侵攻してきた南インドのチョーラ人が、ポロンナルワを征服した後に
  建立したとも、考えられています。ポロンナルワでは異色の遺跡と言えます。
 
 
大伽藍 QUADRANGLE:
  大伽藍の英語名クワドラングルは四角形を意味しています。城壁に囲まれた
  四角形の敷地に仏歯寺を中心とした伽藍が造られていました。シンハラ王朝
  最盛期には、ここが仏教の中心地となっていたことが判明しています。現在、
  大伽藍には11棟の建造物が残っています。現在ではポロンナルワを訪れる
  観光ポイントの筆頭に挙げられます。南口に近い遺跡から順番に紹介すると:

  ・・ 
仏堂=トゥーパーラーマ THUPARAMA:
  大伽藍の南西に位置しています。厚さ2mの壁を持つ荘厳な石造りの仏堂で、
  内部に仏像が安置されています。壁の穴は朝夕の太陽が仏像を照らす穴です。

  ・・ 
菩提樹祠 BODHI TREE SHRINE:
  トゥーパーラーマの北に位置する遺跡で、小さな祠の遺構が残されています。
  仏教で神聖視されている菩提樹が祀られていた祠が、かつてあった場所です。

  ・・ 
ラター・マンダパヤ LATA MANDAPAYA:
  菩提樹祠の北に、ニッサンカ・マーラ王が僧の読経を聞いていた場所という
  小堂跡があります。柱は蓮の茎を象っており、先端部は蕾の形をしています。

  ・・ 
仏陀像跡 (The Ruin of) BUDDHA IMAGE:
  大伽藍の北西の隅に位置する基壇です。もともとこの基壇の上には、仏陀の
  涅槃像が安置されていたことが判っています。現在は基壇のみ残っています。

  ・・ 
アタダーゲ ATADAGE:
  仏陀像跡の東側に位置する遺構で、11世紀にウィジャヤバーフ1世が建立
  した仏歯寺跡。アタダーゲとは吉祥である『八宝』の家を意味する言葉です。

  ・・ 
小仏像 BODHISATTVA:
  アタダーゲの南にある小さな仏像です。この仏像には仏堂も覆屋も祠もなく、
  風雨にさらされながら立っています。大伽藍の中心からは少し西にあります。

  ・・ 
ワタダーゲ VATADAGE:
  大伽藍のほぼ中心に位置する大仏塔です。四方に入口が設けられ、それぞれ
  ガードストーンとムーンストーンがあります。北の入口にあるものは比較的
  保存状態がよいことで知られています。ガードストーンは本尊の護法善神で、
  日本の金剛力士のような存在です。ムーンストーンは輪廻を表現しています。
  ポロンナルワのムーンストーンは、ヒンドゥー教の影響で牡牛はありません。

  ・・ 
ハタダーゲ HATADAGE:
  12世紀にニッサンカ・マーラ王が建立した仏歯寺跡です。サンスクリット
  文字で書かれたニッサンカ・マーラ王頌徳碑や舞踏家と音楽家像があります。

  ・・ 
ガル・ポタ GAL-POTHA:
  ハタダーゲの東に位置するヤシの葉の本の形の石碑です。ミヒンタレーから
  運ばれた石で造られました。石碑の大きさは長さが約9m、幅が約1.5m、
  厚さが約0.4mです。碑にはインドからの侵略者のこと、ポロンナルワと
  周辺の小国との関係、そしてニッサンカ・マーラ王に対する賞讃の言葉等が
  刻まれています。当時のポロンナルワの国情等を知る上で、重要な史料です。

  ・・ 
集会場 CHAPTER HOUSE:
  ガル・ポタの北に位置する建物の遺構ですが、崩落がひどく、原型を留めて
  いません。どのように使われていたのか、その実情はよくわかっていません。

  ・・ 
サトゥマハル・プラサーダ SATMAHAL PRASADA:
  大伽藍の北端に位置する七重の塔です。鋭角のピラミッドのような建造物で、
  上にいくほど細くなっています。この建築様式は、タイ北部のランプーンに
  あるワット・クー・クット WAT KU KUT という仏塔に酷似しており、タイの
  宮大工が建てたという伝説があります。 WAT KU KUT には仏龕がありますが、
  この塔にはありません。12世紀は各国から多くの僧が訪れていたそうです。

 
パバル・ヴィハーラ PABALU VIHARA:
  12世紀にパラークラマ・バーフ1世の王妃が開基となり建立された仏塔で、
  現在は塔の地肌がむき出しです。裾が広い二段になった珍しい様式の塔です。

 
第二シヴァ・デーワーラヤ SIVA DEVALAYA No.2:
  11世紀に南インドから侵攻してきたチョーラ王朝の人々が、ポロンナルワ
  征服の後に建立したと考えられています。No.1同様ヒンドゥー教の寺院です。
 
 
ランコトゥ・ヴィハーラ RANKOT VIHARA:
  12世紀にニッサンカ・マーラ王が開基となって建立された仏塔です。高さ
  55m、直径55mの堂々たる仏塔で、ポロンナルワでは一番の大きさです。
  一説には、アヌラーダプラのルワヌェリ・サーヤ大塔を模して建造されたと
  いわれています。ランコトゥ・ヴィハーラは『黄金尖塔』を意味しています。
  この仏塔の建築様式は水泡型建築様式で、お椀を伏せた様な形をしています。

 
ゴーパラ・パッバダ GOPALA PABHATA:
  ランコトゥ・ヴィハーラの北に位置する石窟遺跡です。遺跡の起源はかなり
  古く、紀元前5〜紀元前2世紀のものと考えられています。崩落しています。

 
ランカティラカ LANKATILAKA:
  13世紀に建立された建物で、パラークラマ・バーフ3世によって建立され、
  後にウィジャヤバーフ5世により、修復されました。高さは17.5m、幅
  18m、奥行きは52mあります。天井のない堂内には大仏があり、後には
  瞑想の道と呼ばれる小路があります。当時の僧たちが、一日三回、この道を
  瞑想しながら歩いていたと言われています。尚、大仏の頭は欠損しています。

 
キリ・ヴィハーラ KIRI VIHARA:
  ランカティラカの北に位置する白い仏塔です。キリ KIRI とはシンハラ語で
  ミルクを意味しています。パラークラマ・バーフ1世の王妃が建立しました。

 
ガル・ヴィハーラ GAL VIHARA:
  キリ・ヴィハーラの北方に位置する三体仏です。ここの仏像は涅槃像、立像、
  座像の三体です。三体の尊顔は柔和で、慈悲に溢れているといわれています。

 
デマラ・マハー・サーヤ DEMALA MAHA SEYA:
  積み重ねられたレンガの丘で、パラークラマ・バーフ1世によって、ここに
  世界一大きな仏塔を建設し始めましたが工事は頓挫し、未完成で残りました。

 
蓮池 LOTUS POND:
  デマラ・マハーサーヤの北方に、八段になった蓮の花の形をした美しい池が
  あり、かつては僧侶の沐浴場でした。ポロンナルワの名物建築のひとつです。

 
ティワンカ・ピリマゲ TIVANKA IMAGE HOUSE:
  ポロンナルワの最北の遺跡です。ティワンカとは、体躯を三つに折り曲げる
  ポーズで、内部に安置されている仏像は、体が三方向対称に曲がっています。
  極彩色の壁画があります。壁画は13世紀に描かれたものでタミル人に占拠
  されたポロンナルワの再興を期して、パラークラマ・バーフ3世の肝いりで
  描かれました。釈尊の修行風景や、仏教の教えがカラフルに描かれています。



ダンブッラ黄金(石窟)寺院 DAMBULLA CAVE TEMPLE: 
  
世界文化遺産 ダンブッラの黄金寺院
 スリランカのちょうど中央部に位置するダンブッラには、スリランカで最大の
 石窟寺院があります。岩山の頂上付近に開いた天然洞窟が寺院として利用され、
 内部には極彩色の壁画が描かれ、おびただしい数の仏像が彫られ、奉納されて
 いるのを見ると、スリランカの仏教徒達の信仰の深さを感じることができます。
 壁画は仏画や、仏教説話に基づく絵が中心で、そのほかに、侵攻を繰り返して
 きた南インドのタミル勢力との戦争の様子も描かれています。現在でも問題と
 されるシンハラ勢力とタミル勢力との抗争の歴史が、驚くほど遠い時代に端を
 発していることを知ることができます。五基の石窟は観光地であり、聖地です。
 ダンブッラという地名は『水の湧き出る岩』という意味です。それは第二窟の
 天井から湧水が滴り、それが聖水として崇められていることに由来しています。

 
石窟寺院 CAVE TEMPLE:
  創建年代の古い順番に、第一窟から第五窟まで、ナンバリングされています。
  そのうち第一窟と第二窟では、寺宝である仏像や壁画を見ることができます。

 
第一窟 デーワ・ラージャ・ヴィハーラ DAVA RAJA VIHARA:
  『神々の王の寺院』という意味の名を持つこの石窟寺院は、ダンブッラ石窟
  寺院中最古の石窟寺院です。本尊は、石窟と同じ自然石に彫られた涅槃仏で、
  全長が14m、ダンブッラ石窟寺院における最大の仏像です。涅槃仏は全身
  黄金色に塗られており、足の裏だけが赤く塗られ、花模様が描かれています。
  これは、紀元前5世紀にインドからウィジャヤ王が到達した際に、彼の掌が
  赤かったことに由来しているとされます。窟内には涅槃仏のほかに仏像五体、
  壁の一面に描かれた壁画、そしてヒンドゥー教のビシュヌ神の像があります。
  ビシュヌ神の9番目の化身が仏陀であり、仏陀像と並んで安置されています。

 
第二窟 マハー・ラージャ・ヴィハーラ MAHA RAJA VIHARA:
  『偉大な王の寺』という意味の名前ですが、偉大な王とはワガラムバーなる
  愛称で呼ばれるワッタガーミニ・アバヤ王を指しています。ダンブッラ石窟
  寺院中最大の寺院で、幅が約52m、奥行きが約25m、入口部分の高さが
  約6mあり、奥に行くほど天井は低くなります。石窟内には56体の仏像が
  安置されています。窟内の天井や壁一面に、壁画が描かれています。仏陀の
  生涯やシンハラ王朝の歴史、シンハラ王朝とタミル勢力との抗争も描かれて
  います。前述の天井から滴る聖水は壺に入り、減りも増えもしません。僧が
  仏事の際にのみ飲みますが、数日飲食せずともこの聖水だけで過ごせるとか。

 
第三窟 マハー・アルト・ヴィハーラ MAHA ALUT VIHARA:
  『偉大な新しい寺』というこの寺はキルティ・スリ・ラージャーハーが18
  世紀後半に建立しました。全長9mの涅槃仏をはじめ仏像57体があります。

 
第四窟 パッツィーマ・ヴィハーラ PACHIMA VIHARA:
  『三人の王の寺』というこの寺は、キャンディ王朝の末期に穿たれた比較的
  小さな石窟寺院です。内装も安置された黄色い仏像も新しさを感じさせます。

 
第五窟 デワナ・アルト・ヴィハーラ DEVANA ALUT VIHARA:
  石窟寺院は、第一窟から第五窟まで、創建年代の古い順番にナンバリングを
  されており、この第五窟は最も新しく、1915年に竣工した石窟寺院です。



キャンディ KANDY: 世界文化遺産 聖地キャンディ
 キャンディは中央部の丘陵地帯に位置する古都で、標高300mに建設された
 シンハラ王朝終焉の地です。南インドから侵攻を繰り返すタミル人の勢力との
 戦いで、アヌラーダプラ、ポロンナルワを征服され、最後に辿り着いた場所が
 キャンディです。峻嶮な山に囲まれた天然の要害の地であり、シンハラ王朝は
 この地に聖なる仏陀の歯、即ち仏歯を納める仏歯寺を建立、王宮を建てました。
 キャンディのシンハラ王朝は、イギリスによって滅亡させられるまで300年、
 シンハラ人の文化や仏教を保護し『スリランカで最もスリランカらしい町』と
 呼ばれています。夏には、民族と文化の祭典であるペラヘラ祭が開催されます。

 
旧王宮 KING'S PAVILLION:
  仏歯寺の北に建つ欧風建築は、16世紀末にウィマラ・ダルマ・スリヤ王が
  建てた王宮施設のひとつです。敷地に集会場や王妃の館の跡も残っています。

 
キャンディ湖 KANDY LAKE:
  19世紀の初期、最後の王となったスリー・ウィクラマ・ラジャシンハ王が
  12年の歳月をかけて造らせた人造湖で、灌漑や生活のために役立ちました。

 
仏歯寺 DALADA MALIGAWA
  キャンディ湖畔に建立されたスリランカ仏教の大本山的な寺院です。紀元前
  543年に仏陀が入滅、荼毘に付された後、仏陀の歯はインドはカリンガの
  王子が頭髪に隠しセイロン(現スリランカ)に持ち込み、アヌラーダプラに
  奉納しました。その後、シンハラ王朝の遷都の度に大切に運ばれ、最終的に
  キャンディにきました。1590年、ウィマラ・ダルマ・スリヤ王の治世で、
  王はキャンディに仏歯寺を建立し、大切に保管するように勅命を発しました。
  仏歯寺は、多くの巡礼者が訪れるスリランカ随一の名刹であり、聖地であり、
  境内は日の出から日没まで、参拝者に開放されています。仏歯が納められた
  お堂は、一日三回のプージャー(法要)の際に扉が開けられ、人々は祈りを
  捧げます。夏季には民族と文化の祭典であるペラヘラ祭が催され、仏歯寺は
  重要な儀式の舞台となり、キャンディアン・ダンス等が奉納され賑わいます。



スリーパーダ SRI PADA: 
 
キャンディから50kmほど南に位置する、標高2238mの円錐形の山です。
 スリーパーダはスリランカ随一の聖地で、宗教を超え、人々に崇拝されています。
 毎年、12月の満月から5月の満月まで、スリーパーダは巡礼者に開放されます。
 普段は闇に閉ざされる参道も、この時期には巡礼者のために照明が灯されます。
 参拝者は、深夜、麓を出発し、照明に照らされた参道を歩いて山頂を目指します。
 とくに仏教徒にとって、この山は特別な存在です。山頂で参拝者が祈りを捧げる、
 岩に残された足跡、その足跡をスリランカを訪れた仏陀が残したものと考えて
 いるからです。山頂で聖地である足跡に祈りをささげた後は、ご来光を待ちます。
 ヒンドゥー教徒は、この足跡をシヴァ神が残したものと考えています。破壊と再生、
 シヴァ神を信奉するシヴァ派の信徒にはさらに世界の創造主として崇めており、
 やはりスリーパーダを特別な聖山、あるいは霊山として信仰し、巡礼に訪れます。
 キリスト教徒には、アダムズ・ピーク ADAM'S PEAK と呼び、山頂の足跡について
 アダムが楽園を追放されて初めて到達した場所が山頂で、その時の足跡だとも、
 南インドとスリランカを訪れた聖トーマスが残したと考え、聖山と認識しています。
 宗教を超え、民族の怨讐を超え、多くの巡礼者・参拝者はもくもくとこの山を登り、
 同じように山上の足跡に同じように彼らの祈りを捧げ、ご来光を迎えるのです。
 『この山に登らない阿呆/この山に二度登る阿呆』という名言/迷言があります

 ※
開山期間の最終は、5月10日の満月際の翌日です。
  2017年の05月の満月際は、5月10日で、この日が上期最終となります。
  2017年の12月の満月際は、12月4日です。この日が下期最初となります


  


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<01日目> 月 日(土)
■行程: 成田空港⇒バンコク/スワンナプーム空港⇒ニゴンボ
・・手続: 搭乗手続〜安全検査/出国
※移動: タイ国際航空で空路、バンコク/スワンナプーム空港へ。
 TG−643 成田空港    12:00⇒スワンナプーム 16:30
・・手続: 安全検査
※移動: タイ国際航空で空路、コロンボへ。
 TG−307 スワンナプーム 22:10⇒コロンボ    24:01
・・手続: 入国〜機内預け荷物引取〜通関を済ませ、出口へ。
*出迎: 現地ガイドが空港にてお出迎え致します。
*送迎: 専用車で空港から空港周辺のニゴンボのホテルにご案内致します。
*宿泊: ゴルディ・サンズ・ホテル(スタンダード部屋)または同等
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<02日目> 月 日(日)
■行程: ニゴンボ→ミヒンタレー→アヌラーダプラ
*朝食: ホテル
*移動: 専用車でミヒンタレーに移動します。
*昼食: ローカル・レストラン
*観光: 午後、仏教伝来の聖地ミヒンタレーを観光します。
 ≪
ミヒンタレー
  ◎
ミヒンタレー考古学博物館 MIHINTALE ARCHAEOLOGICAL MUSEUM:
  
病院跡 The RUIN of HOSPITAL / HOSPITAL RUINS:
  
カンタカ・チェーティヤ KANTHAKA CETIYA:
  
アタセタ石窟院 ATASETA CAVE:
  
シンハ・ポクナ (シンハ=ライオン/ポクナ=沐浴場) SINHA POKUNA:
  
食堂跡 MONK'S REFECTORY:
  
僧坊跡 MONK'S RELIC HOUSE:
  
会堂跡 THE ASSEMBLY HALL:
  
ナーガ・ポクナ (ナーガ=蛇/ポクナ=沐浴場) NAGA POKUNA:
  
アムバスターレ大塔 AMBASTHALE DAGOBA:
  
インビテーション・ロック INVITATION ROCK:
  
マハー・サーヤ大塔 MAHA SEYA DAGOBA:
*移動: 専用車でアヌラーダプラに移動します。
*夕食: ローカル・レストラン または ホテル
*宿泊: パーム・ガーデン・ホテル(スタンダード部屋)または同等
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<03日目> 月 日(月)
■行程: アヌラーダプラ
*朝食: ホテル
*観光: 終日、アヌラーダプラを観光します。
 ≪
世界文化遺産 聖地アヌラーダプラ
  ◎イスルムニヤ精舎 ISURUMUNIYA VIHARA:
  ◎王宮庭園 ROYAL PLEASURE GARDENS:
  ◎
スリー・マハー菩提樹 SRI MAHA BODHI TREE:
  ◎
黄銅宮殿 LOHA PRASADA:
  ◎
ルワンウェリ・サーヤ大塔 RUWANWELI SEYA DAGOBA:
  ◎
トゥーパーラーマ仏塔 THUPARAMA DAGOBA:
  ◎
ラトゥナ・プラサーダ RATNA PRASADA:
  ◎
王妃の館 QUEEN'S PAVILLON (ムーンストーン・サイト MOON-STONE SITE ):
  ◎
アバヤギリ大塔 ABHAYAGIRI DAGOBA:
  ◎
サマーディ仏像 SAMADHI BUDDHA STATUE:
  ◎
クッタム・ポクナ KUTTAM POKUNA:
  ◎
ジェータワナ・ラーマヤ JATAVANA RAMAYA:
*昼食: ローカル・レストラン
*夕食: ローカル・レストラン または ホテル
*宿泊: パーム・ガーデン・ホテル(スタンダード部屋)または同等
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<04日目> 月 日(火)
■行程: アヌラーダプラ→シーギリヤ→ポロンナルワ
*朝食: ホテル
*移動: 専用車でシーギリヤに移動します。
*観光: 半日、シーギリヤを観光します。
 ≪
世界文化遺産 古代都市シーギリヤ
  ◎シーギリヤ博物館 SIGIRIYA MUSEUM:
  ◎
考古学博物館 ARCHAEOLOGICAL MUSEUM:
  ◎
城壁 RAMPARTS:
  ◎
城門 (The GATE):
  ◎
蓮の水路 LOTUS CHANNEL:
  ◎
水の庭園 WATER GARDENS:
  ◎
王の沐浴場 ROYAL BATHING POOLS:
  ◎
噴水 FOUNTAIN:
  ◎
乾季の宮殿 DRY SEASON PALACES:
  ◎
石窟寺院 CAVE VIHARA:
  ◎
説教の岩 PREACHING ROCK:
  ◎
シーギリヤ・ロック シーギリヤ・ロック SIGIRIYA ROCK
  ◎
シーギリヤ・レディ〜美女のフレスコ画 Frescoes of The SIGIRIYA MAIDENS:
  ◎
鏡の回廊 MIRROR WALL:
  ◎
ライオンのテラス LION TERRACE:
  ◎
旧王宮 ROYAL PALACE:
  ◎
象岩 ELEPHANT ROCK:
  ◎
投石機 STONE THROWING:
  ◎
議会 COUNCIL HALL:
  ◎
アサナ小堂 ASANA CHAPEL:
  ◎
コブラ岩 The COBRA HOOD ROCK
*昼食: お弁当 または ローカル・レストラン
*移動: 専用車でポロンナルワに移動します。
*夕食: ローカル・レストラン または ホテル
*宿泊: ディアパーク・ホテル(スタンダード部屋)または同等
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<05日目> 月 日(水)
■行程: ポロンナルワ
*朝食: ホテル
*移動: 終日、世界文化遺産ポロンナルワを観光します。
 ≪世界文化遺産 古代都市ポロンナルワ
  ◎パラークラマ・サムドラ PARAKRAMA SAMUDRA:
  ◎
ポトグル・ヴィハーラ POTGUL VIHARA:
  ◎
謎の人物像 または 伝説の人物像
   STATUE OF UNKNOWN MAN /or/ The SAGA:
  ◎
城壁 ANCIENT WALL:
  ◎
ポロンナルワ博物館 POLONNARUWA MUSEUM:
  ◎
旧王宮 The ROYAL PALACE:
   ・・ 
会堂 COUNCIL CHAMBER:
   ・・ 
集会場 AUDIENCE HALL:
   ・・ 
クマラ・ポクナ KUMARA POKUNA:
  ◎
第一シヴァ・デーワーラヤ SIVA DEVALAYA No.1:
  ◎
大伽藍 QUADRANGLE:
   ・・ 
仏堂=トゥーパーラーマ THUPARAMA:
   ・・ 
菩提樹祠 BODHI TREE SHRINE:
   ・・ 
ラター・マンダパヤ LATA MANDAPAYA:
   ・・ 
仏陀像跡 (The Ruin of) BUDDHA IMAGE:
   ・・ 
アタダーゲ ATADAGE:
   ・・ 
小仏像 BODHISATTVA:
   ・・ 
ワタダーゲ VATADAGE:
   ・・ 
ハタダーゲ HATADAGE:
   ・・ 
ガル・ポタ GAL-POTHA:
   ・・ 
集会場 CHAPTER HOUSE:
   ・・ 
サトゥマハル・プラサーダ SATMAHAL PRASADA:
  ◎
パバル・ヴィハーラ PABALU VIHARA:
  ◎
第二シヴァ・デーワーラヤ SIVA DEVALAYA No.2:
  ◎
ランコトゥ・ヴィハーラ RANKOT VIHARA:
  ◎
ゴーパラ・パッバダ GOPALA PABHATA:
  ◎
ランカティラカ LANKATILAKA:
  ◎
キリ・ヴィハーラ KIRI VIHARA:
  ◎
ガル・ヴィハーラ GAL VIHARA:
  ◎
デマラ・マハー・サーヤ DEMALA MAHA SEYA:
  ◎
蓮池 LOTUS POND:
  ◎
ティワンカ・ピリマゲ TIVANKA IMAGE HOUSE:
*昼食: ローカル・レストラン
*夕食: ローカル・レストラン または ホテル
*宿泊: ディアパーク・ホテル(スタンダード部屋)または同等
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<06日目> 月 日(木)
■行程: ポロンナルワ→ダンブッラ→キャンディ  
*朝食: ホテル
*移動: 専用車で世界文化遺産のダンブッラに移動します。
*観光: 午前、世界文化遺産ダンブッラ石窟寺院拝観
 ≪
世界文化遺産 ダンブッラの黄金寺院
  ◎石窟寺院 CAVE TEMPLE:
  ◎
第一窟 デーワ・ラージャ・ヴィハーラ DAVA RAJA VIHARA:
  ◎
第二窟 マハー・ラージャ・ヴィハーラ MAHA RAJA VIHARA:
  ◎
第三窟 マハー・アルト・ヴィハーラ MAHA ALUT VIHARA:
  ◎
第四窟 パッツィーマ・ヴィハーラ PACHIMA VIHARA:
  ◎
第五窟 デワナ・アルト・ヴィハーラ DEVANA ALUT VIHARA:
*昼食: ローカル・レストラン
*移動: 専用車で古都キャンディに移動します。
*夕食: ローカル・レストラン または ホテルホテル
*宿泊: ホテル・スイス(スタンダード部屋)または同等
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<07日目> 月 日(金)
■行程: キャンディ→コロンボ
*朝食: ホテル
*観光: 午前、古都キャンディを観光します。
 ≪
世界文化遺産 聖地キャンディ
  ◎旧王宮 KING'S PAVILLION:
  ◎
キャンディ湖 KANDY LAKE:
  ◎
仏歯寺 DALADA MALIGAWA
*昼食: ローカル・レストラン
*移動: 専用車でスリーパーダ参拝の基地ナラタニヤへ。
*夕食: ホテル または ローカル・レストラン
*宿泊: ワトサラ・イン(スタンダード部屋)
・・備考: 山頂への出発は01:30頃です。それまでお休み下さい。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<08日目> 月 日(土)
■行程: スリーパーダ(山麓→山頂→山麓)→コロンボ⇒
*登山: 聖山スリーパーダ登頂
    ♪01:30頃 山麓を出発。約7kmの山道を頂上を目指して歩きます。
    ♪05:00頃 山頂に到着。ご来光を待ちます。
    ♪日の出後 下山開始。
*朝食: ホテル(ホテル帰着後、朝食をお取り頂き、休息となります。)
*休息: 朝食後、出発までお休み頂きます。
*移動: 専用車でコロンボに移動します。
*昼食: ローカル・レストラン
(*観光: 時間が許せば、コロンボのミニ観光をします。)
 ●
フォート地区の植民地時代の建物
 ○
ヨーク・ストリート
 ○
人気のスリランカ雑貨店
*夕食: ローカル・レストラン
*送迎: 専用車でコロンボ空港にお送り致します。
・・手続: 搭乗手続〜安全検査/出国
・・宿泊: 機内泊
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<09日目> 月 日(日)
■行程: ⇒コロンボ⇒バンコク/スワンナプーム空港⇒成田空港
※移動: タイ国際航空で空路、バンコク/スワンナプーム空港へ。
 TG−308 コロンボ    01:20⇒スワンナプーム 06:15
・・手続: 安全検査
※移動: タイ国際航空で空路、成田空港へ。
 TG−676 スワンナプーム 07:35⇒成田空港    15:45
・・帰国
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
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※内容は予告なく変更になる場合もあります。
※この旅行は手配旅行となります。
※この旅行は発着地点が変わることもあります
 

 2017年05月13日(土)以降の毎週(土)に出発可能
 ご希望により添乗員が同行し、お世話致します。



<最少催行人数 :1名から催行。定員6名。添乗員付>


■添乗員が同行しない場合:
人数 旅行代金 航空券代 合計
1名様でご参加の場合 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
2名様でご参加の場合 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
3名様でご参加の場合 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
4名様でご参加の場合 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
5名様でご参加の場合 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
6名様でご参加の場合 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
お一人部屋追加料金 お問い合わせください


■添乗員が同行する場合:
人数 旅行代金 航空券代 合計
1名様でご参加の場合 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
2名様でご参加の場合 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
3名様でご参加の場合 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
4名様でご参加の場合 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
5名様でご参加の場合 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
6名様でご参加の場合 お問い合わせください お問い合わせください お問い合わせください
お一人部屋追加料金 お問い合わせください


●お申込期間:出発4週間前まで



●旅行代金には下記のものが含まれます*
 *航空券: 成田空港⇔コロンボ往復
 *宿 泊: 各地のスタンダード・クラスの宿のスタンダード部屋 または同等
   ニゴンボ   : ゴルディ・サンズ・ホテル()スタンダード部屋)または同等
   アヌラーダプラ: パーム・ガーデン・ホテル(スタンダード部屋)または同等
   ポロンナルワ : ディアパーク・ホテル(スタンダード部屋)または同等
   キャンディ  : ホテル・スイス(スタンダード部屋)または同等

   ナラタニヤ  : ワトサラ・イン(スタンダード部屋)
 *食 事: 朝食7回/昼食7回/夕食7回
 *車 両: 専用車を利用します。
 *観 光: 各地の観光地の入場料/拝観料/入山料
 *添乗員: 添乗員の国際線・国内線航空券代/宿泊費/食費/観光同行経費/通信費

●旅行代金に含まれないもの
 x 現地でご利用の通信費(電話・FAX・ネット通信費)
 x 明記されない食事代/お飲物代/ミニバーやルームサービス
 x ホテルの有料施設使用料
 x 洗濯代うやお土産代 など
 x チップ
 x 経由地での諸経費

●旅券(パスポート)/査証(ビザ)
 ・・旅券: スリランカ: 旅券残存有効期間は帰国日に6カ月以上必要
 ・・査証: 日本国籍のお客様 − 今回のご旅行に査証が必要です。
      ・ 方法1: インターネットで事前に電子査証を申請(US$30.00)
        クレジットカード払いとなります。
        当店で代行する場合、手数料として2,700円が別途かかります。
      ・ 方法2: 到着時にコロンボ空港で取得する(US$35.00)
     他の国籍のお客様はご相談下さい。





電話でのお問合せは・・・080−5028−6007 まで

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